作戦会議だよ、えっちゃん
デュークス達はグラスの元へ戻ろうとした。しかし。
「壁が降りてる……」
道の途中で、大きな鉄の壁が降りていた。彼らが走って来たのは一本道。別の道に来てしまった訳でもない。
ハンスが壁に触れる。冷たく硬さのある壁は、人の力ではそう簡単に壊せるものではなかった。
「やっぱりどっかで監視してるんだよ。でなけりゃ、こんなのタイミング良く出てこないだろ」
デュークスは胸元の青い石を手に取った。だが齧る事はなく、ただ石を見つめる事しか出来ない。
「檻よりは簡単に壊せそうだけど、やっぱりここじゃ変身するには狭すぎる」
「今日は一先ず撤退のが良くない? さっきの兵達も気絶させただけだし、そろそろ起きちゃうかもじゃん。こうなってる以上、あのドラゴンをすぐどこかに連れ出すのも難しいだろうし。他のドラゴン捕まえる気なら、まだ殺される事もないだろうし」
「……そうだな」
納得するしかない自分に、デュークスは悔しさを感じていた。
対して、アンナは自信満々に手を上げて発言した。
「じゃあ、作戦会議しましょう。どうやってあのドラゴンを助けるかを考えて、皆で助けに行くの。どう? すごく良い考えでしょ」
「オレ、お嬢の誰もが考える事を自慢げに言う所も可愛いと思うよ」
「きゅ、急に褒めるんじゃないわよ。もう」
例えハンスにだとしても可愛いと言われ、アンナは照れた。ハンスは小ばかにしていていたつもりだったのだが、団長にシバかれたくはないので余計な事は言わない。
「ひとまず外に出てさ。昼飯でも食いながら作戦会議でもするとしよう」
洞窟から出た四人は、近くにあった外食屋へ入った。
デュークスとハンスは肉が挟んであるパンを齧りながら、今後の計画を練った。
「あの壁は時間が経てばまた開くような気もする。檻の方はデュークスの竜パワーさえあれば、正直どうにかなると思うんだけど」
「うん。何度か攻撃を続ければ、壊せる気はした。けど体がデカくなる分、洞窟内や街中を動き回るのは圧倒的に不利。ただ逃げるだけなら何とかなるとしても、兵隊達からの攻撃がネック過ぎる」
「ふーん。ま、あのグラスってドラゴンがすぐ動けるとも限らないしな」
となると期待するのは、小回りの利きそうなハンスだ。デュークスはそう考えた。
「ハンス、銃であの檻壊せそう?」
「分からん。壊せるとしても時間かかりそう」
「そうか……じゃあせめて、兵達の方をどうにかしておいてくれないか?」
「構わないけど……その間お嬢達どうする?」
二人はエミリッタとアンナに目を向けた。
女子二人は冷たい麺料理を食べていた。アンナの一方的なお喋りの間で、ちゅるちゅると麺をすする音が聞こえる。
「本当はアリシアの船にいてくれた方が安全な気もするんだけど」
「ヒンさんはともかく、お嬢が大人しくしていられる訳がない。却下」
エミリッタの方を向いていたアンナだが、急にハンスの方へ顔を向けた。
「なんか今バカにした?」
「お嬢は常にバカだよ」
アンナはハンスに殴りかかろうとしたが、すぐにデュークスに止められた。
「どうどう。じゃあアンナ、一緒にグラス助けるの手伝ってくれる?」
「当たり前よ。あのドラゴンの事はよく知らないけど、あんなひどい状況におかれてるのは可哀そうだわ」
「ありがと。えっちゃんもグラスの事は助けたいだろうからね、二人には兵相手にゴミとか石とか投げてもらおう」
「任せなさい」
アンナは堂々と胸を張った。
エミリッタも両手をギュっと握り締めて、拳を作る。頑張ると言いたいらしい。
パンを食べ終えたハンスが席を立つ。
「一旦、船に戻る。もっと性能の良い銃もあるし」
それを見たアンナも、残りの麺を急いで食べ終えた。かと思えば、エミリッタの両手を握り締める。
「えっちゃん、アンナ達はずっと友達よ」
エミリッタは口をモグモグさせながら頷いた。
微笑んだアンナはエミリッタから手を離すと、ハンスの腕を掴み。
「じゃ、ごちそうさまでした!」
走って店から出て行った。
一瞬何が起こったか分からなかったデュークスだが、すぐに気づいた。
「あっ、お前ら奢らせる気だな!? おいこら、友達だったらちゃんと金払えーっ!」
グラス救出に協力してくれるというのですっかり忘れていたが、彼らは海賊。普通の人間とは考え方が違うのである。
追いかけようとしていたデュークスに、店員が声をかける。
「お客様」
「あぁすいません、すぐ捕まえて払わせます」
「いえ、食後のデザートをお持ちしましょうかと」
「デザート?」
「当店、全ての料理にデザートがセットになっておりまして」
店員はそう言って、手のひらで隣のテーブルを指す。
隣の客は、黄色くて柔らかそうなゼリーを食べていた。
おいしそうではあるが、海賊達を捕まえたいデュークスはデザートに興味を抱かず。
「悪いけど、急ぐから……」
そう言って、席を立とうとした。しかし。
デュークスの服の裾を、エミリッタがつまむ。
彼女の目はキラキラと輝いていた。
デザートだって、デュークス。
甘くておいしそうだよ、ぷるぷるだよ。
そう言いたそうにしていた。
幼馴染(好きな子)からのおねだりに、デュークスは勝てなかった。
「あぁもう、ゆっくりおあがりよ!」
席に座りなおしたデュークスは、海賊二人の食事代も払う覚悟を決める。その分デザートも俺らで食うからな、と店員に四人分のデザートを持って来させた。
冷やされたゼリーは、まろやかなフルーツの味がして。
デュークスはすぐに二人分のゼリーを平らげた。
エミリッタが食べ終わるまで待っているのだが、彼女の一口はかなり小さいので。もうしばらく時間がかかりそうだった。
ちまちまと食べるエミリッタを見ているうちに、いつの間にか海賊たちへの怒りは収まっており。
デュークスは愛らしい彼女の顔を、ただただ見つめていた。
一個目のゼリーを完食したところで、エミリッタはデュークスに見られている事に気づいた。
まだ食べ足りないのか。
そう思った彼女は、スプーンでゼリーをすくい。
そのスプーンを彼に向けた。
「えっ、いや。ねだってたわけじゃないんだけど」
遠慮しなくていいよ。エミリッタはそう言いたそうに、優しく微笑んだ。
デュークスは悩んだ。やってほしかった「あーん」だ。しかも、ちゃんと餌付けっぽくないやつ。
しかし、その好意を受け取ってよいものか、と。
気づいていないのか気にしていないのか、そのスプーンは先ほどまでエミリッタが使っていたもので。
後々嫌がられないかと心配にもなった。
「えっちゃん、他の男にこんな事したらダメだからね」
よく分かんない事言ってないで食べなよ。そう言いたげなエミリッタは、眉を八の字にしていた。
「……嫌じゃないなら、もらってもいい?」
顔を赤くするデュークスに疑問を抱きながらも、エミリッタはすぐさま頷いた。
最終確認をとったデュークスは、意を決して。
震えながらも、そのスプーンを口に入れる。
ゼリーの柔らかい食感は分かったが、全く味が分からなかった。
エミリッタは続けて二口目も彼に与えようとする。
「大丈夫。これ以上は心臓もたないから。ありがと」
心臓もたないの意味は分からなかったエミリッタだったが、残っているのであればと普通にゼリーを食べだす。そのスプーンは、もちろんデュークスに食べさせたもので。
気にしていたのもデュークスだけだった。熱くなった顔を彼女に見せまいと、すぐさま床を見る。
「これ以上の事は、グラスを助けた後だからね!」
彼女との間接キスに動揺している彼は、ついつい余計な事まで口走った。
当のエミリッタは、これ以上の事って何? もうデザートで終わりだよ? という顔をしているが。
その時、宿の外でガヤガヤと騒ぐ音が聞こえ始めた。デュークスは気を紛らわせようと、窓の外に目を向ける。
「なんか騒がしいね」
人だかりが見えるも、その中央に何があるのかは見えなかった。
別の窓から外を見ていた他の客達が、興味がなさそうに呟いた。
「隊長様のお怒りに触れた奴がいたらしい。龍竜族が何とかって」
「へぇ、実在するんだ」
驚いたデュークスとエミリッタは、すぐに店を出た。もし今自分達が龍竜族だとバレたら、グラスを助けるどころではないかもしれない。人込みに紛れて、外の様子を伺う。




