見つけたよ、えっちゃん
城の地下へと続く道は、穴を掘っただけの簡易的な作りだった。デュークスとハンスはそれぞれライトを持ち、足元を照らす。
デュークスには早く進みたい気持ちもあったが、道の悪さのせいでゆっくり歩くしかなかった。
ハンスは周囲を見渡し、警戒しながら歩く。
「しかし見張りがいないな。城の地下室なら入口にいてもおかしくないのに、それすらもいなかった。これじゃ罠の可能性も否定は出来ない。オレは最悪の場合、お嬢だけ回収するから。お前らは自力でどうにかしろよ」
「まぁハンスがここに来たの、それが目的だしな。いいよ、えっちゃんは俺が守る!」
二人達の後ろを歩く少女達は、強きな態度で彼らの決意を壊す。
「アンナ達は守られなきゃいけないようなか弱いお姫様じゃないのよ。海賊様と龍竜族なんだから、いざとなったりゃ自分で自分の身ぃくらい守れるわ! ねぇ、えっちゃん!」
エミリッタも真剣な眼差しでコクリと頷く。だが周囲が暗いせいで彼女の仕草は伝わり辛い。
ハンスはため息を吐いて、デュークスの肩を叩いた。
「聞いたか。乳以外取り柄のない女と変身出来ない人が何か言ってるぞ。よし、ここは体に教え込んでおく必要があるな。今は団長の目も届かない所にいるし。お前、あっちの物陰な。オレこっちの物陰」
「な、何をぉ」
何をと訊ねたデュークスだが、大体の想像はついていた。穴の中が暗いお陰で、赤い頬は目立たない。
アンナが「誰が乳以外取り柄がないのよ!」と怒りをぶつける。何を教え込まれるかは分かっていないようだ。
エミリッタはあっちとこっちに目を向けたが、そこまで大きな物陰を見つけられなかった。そもそも何をやるの? と疑問を抱いている。
気まずくなりたくないデュークスは話の論点を逸らそうとした。
「ま、まぁえっちゃんが変身出来ないのは悪い奴らに石を持ってかれたせいだから。いずれはその石も探し出したいよね。まずはグラスの花だけど」
デュークスの話に、アンナが疑問を抱いた。論点逸らしは成功のようだ。
「変身出来ないと言えば、デュークスの持ってる石はえっちゃんがアクセに使う石とは違うの?」
「うん……もうアンナ達にはバレてるし、言っていいかな。龍竜族が変身する石は、何でも良い訳じゃないんだよ。産まれた時に握ってた石じゃないと」
「石を握って産まれてくるの?!」
「そうだよ。色も数も人それぞれ。親や兄妹でも色や数が異なるんだ。俺はこの三つだけど、えっちゃんは青と緑の二つだったもんね」
エミリッタは頷いて、右手でピースサインを作った。
アンナはデュークスの石を見つめ、提案する。
「だったら、デュークスの石一つ貸してあげればいいじゃない。三つもあるんだから一つ位いいでしょ。それとも自分の石じゃないと変身出来ないの?」
デュークスとエミリッタの表情が固まった。それから徐々に、二人して顔を赤くさせていく。
「いや、あー、他の人の石でも変身出来るよ? 出来るし、した事ある人もいるんだけど、生まれてからずっと噛んで来た石を人に噛ます訳だから、つまりそれは、キ、キス以上の事に近いものであって、龍竜族的にそれやるのは、その、つがいになる事を意味するもので」
「えっちゃん今すぐデュークスから離れて! 結婚させられる!」
「何てこと言うんだ!」
アンナの言葉を聞いて、エミリッタの歩く速度が少し落ちる。
拒否されたように感じたデュークスは、ショックを受けている。
「そんな心配しなくても、無理やりとかしないし、はは……」
穴の中に気まずい空気が流れ出す。
ハンスはこのような空気感を壊す事が得意だった。半笑いでアンナをバカにする。
「あーあ、お嬢が変な空気作ったー」
「しょうがないじゃない、知らなかったんだもん!」
言い訳したアンナだが、心の内では事実だと思っている事もあり。恥ずかしさで赤くなっている。
「と、とにかく今はグラスを助ける方が先っ。早く行こう!」
デュークスは恥ずかしさのあまり走り出し。地面のでっぱりに足をぶつけ、転んだ。
***
大きな空洞になっている地点にたどり着いた四人は、揃って上を見あげた。
信じがたい状況に、先ほどまでの気まずい空気感は一気に消え失せる。
地上と繋がる穴が天井部に空いているのか、ライトとは別に日の光が彼らの足元を照らしていた。そのおかげで、目の前の光景もよく見える。
巨大な檻に入れられたドラゴンの足が、それぞれぶ厚い鎖でつながれていたのだ。翼を折りたたんで座っている赤紫色のドラゴン。背中の中央には、白く小さな花びらの花が咲いている。やはり尻尾の先は切られていたが、生かすためか止血処置が施されていた。
そしてここにも、見張りは一人もいなかった。
ドラゴンは細い目を開いて、デュークス達を見つめた。
『この感じ……龍竜族か?』
聞こえて来たのは年老いた女の声。デュークスは頷いて、その声に答える。
「あぁ。デュークス・リングライトだ。こっちはエミリッタ・レティウェルズ」
『レティウェルズ……懐かしい、友の名だ』
「多分それ、えっちゃんのばーちゃんだと思う。その花、もしかしてグラスか?」
『いかにも』
デュークスの表情が少しだけ緩んだ。グラスも見つかったし、ケノアの花も咲いている。ただどうにも出来ないのは、この巨大な檻に入れられたグラスをどう助けるかだ。
だがアンナは怪訝な表情を浮かべた。
「ちょっとデュークス。まさかアンタ、ドラゴンと喋れるって事ないでしょーね」
「喋れるって、当たり前じゃん」
「嘘でしょ!? なんて言ってるの!?」
「なんてって、グラス普通に喋ってるじゃん」
「は? 唸ってるようにしか聞こえないんだけど」
デュークスにはアンナの言っている意味が分からなかった。グラスは普通に喋っていた。それがデュークスの認識だからだ。
グラスは幼子に教えるような優しい口調で、デュークスに話しかける。
『お前が龍竜族だから普通に聞こえてるだけだろう。例え魔法を使える人間だとしても、普通は我々の言葉は知識なしに理解する事は出来ないはずだ』
「へぇ、知らなかった。じゃあ、えっちゃんも普通に聞こえてる?」
エミリッタはコクコクと頷いた。明るい場所になったおかげで、エミリッタの表情も良く見えた。
ハンスが渋い顔をしながら忠告を入れる。
「オレも分かんないけど、早いとこ交渉して。いつ誰が来るか分かんないから」
「そうだった。なぁグラス、その花くれないか?」
グラスは目を吊り上げ、難色を示す。
『この花は我と共に生きるもの。そう簡単に渡したくはないな』
「頼む。えっちゃんの喉を治すために必要なんだ」
『えっちゃん……そのエミリッタという娘の事か?』
デュークスとエミリッタは同時に頷く。
『そうか。友人の孫娘の頼みとなると断りずらいな。だがやはりタダで渡したくはない。ここは交換条件といこうじゃないか』
「交換条件?」
『あぁ、私をここから出してくれたら、この花をくれてやる』
グラスには何故その花が必要なのかまで聞く気はないようだ。
デュークスは当然と言わんばかりに頷いた。
「乗った。絶対ここから出してやる。ここから出て行く事が出来たら、その背に生えた花をくれ。こんな所で終わるのは嫌だろ?」
『勿論だ。出て行く事が出来たら、な。せめてこの、ぶ厚い鎖を外せれば』
グラスはゆっくりと腕を動かす。ぶ厚い鎖が連動し、じゃらりと音が鳴った。
デュークスは思わず、拳を握り締めた。
「誰がこんなひどい事を」
『名前は分からない。だが……隊長と呼ばれていたな』