隊長を確認したよ、えっちゃん
「そういう事だ」
アリシアはニッと笑った。
「でも昨日泊まった宿のオバさんは、そんな奴がいれば隊長って人が捕まえたって声明を出すって。その隊長さんから買ったの?」
「いや。別の男だな。もっとも、アタシらの事を海賊だと分かってて売ったのかもしれない。本来は店に出回らない可能性もある」
「じゃあその出どころが分かれば」
「ドラゴンの居場所も分かるかもしれないって話だ。よし、今の詫びも兼ねて協力しよう。まずはその肉を売った奴の所に行くか」
アリシアの提案に、アンナが手を上げた。
「ママ、それアンナが行きたい! えっちゃんのためだもの、アンナも協力する!」
「アンナが……」
「いいでしょママ、かわいい子には旅をさせろってやつよ」
少し考えたアリシアは、大きく頷いて許可を出した。
「良いだろう。ただし、一人じゃ行かせられない。ちゃんと武器と一緒に行く事」
「流石ママ、大好き!」
母親からの許可を得たアンナは、とても嬉しそうにしていた。
アリシアはアンナの斜め後ろに座っていたハンスに目を向けた。
「ハンス、アンナについててやってくれ」
「へーい」
ハンスは右手を上げて、けだるそうに答えた。
「ママったら心配性なんだから。アンナ一人でだってドラゴンを助けられるわよ」
自信満々な態度をとるアンナに、ハンスはため息を吐く。
「そんなとち狂った事言ってるからオレが行かされるんですよ。自覚してねお嬢」
「とち……? 何を……?」
「無自覚って怖いよねぇ」
「訳の分かんない事言ってんじゃないわよ。ほら、早く行きましょ! えっちゃん早く飲んで!」
口直しに甘いジュースを飲んでいたエミリッタを急かすように、アンナは彼女の持つコップの底を支えた。
「アンナ! ゆっくり食べさせてやんな!」
母親に怒られたアンナは、ぷくりと頬を膨らませる。
食事を終えた船員達は、皆一斉に甲板に出た。同じように外へ出たデュークスは、目の前に立つハンスを見て苦笑いになった。
「えっと、ハンス? だっけ。命は狙わないでね?」
「心外なんだが? いくら龍竜族だからって、団長の命令もあるのに勝手に殺さないよ」
「悪い悪い、それならいいんだけど。お前すっごい火薬臭するから」
「……そ?」
「あぁ、気にしないで。多分普通の人からすればそんなでもないから」
二人の会話を聞いていたアンナはハンスに近づき、クンクンと彼の体の匂いを嗅ぐ。
「そんなにしてる? そりゃハンスだから火薬の匂いがしてもおかしくはないけど」
「お嬢、嗅ぐならもう少し体押し当てて。乳当てるようにして」
「こう?」
「上出来」
ハンスの胸板に、アンナの胸がむにゅりと押し当てられる。ハンスは満足気にグッドサインを出した。
目が一切笑っていないアリシアは、口角だけ上げている。
「ハンス、ついてってやれとは言ったけどセクハラしろとは言ってないからね」
「うぃっす。お嬢、離れていいよ」
アンナはよく分からないといった顔でハンスから離れた。
「今のってセクハラだったの?」
「全然危機感がないね。いいかいアンナ、確かに素性も分かんない奴に胸押し付けるのは止めな。アタシら以外にも世の中悪い奴はいっぱいるんだよ。ハンス含めてな。コイツはアンタを騙して卑猥なことをしようとしている」
母親からの忠告を聞き、アンナは顔を赤くさせて怒った。
「何ですって! 騙したわねハンス。恋人でもないのに、え、えっちなことなんて仲間内でもダメだわ!」
「なるほど。妥協して恋人になれば揉み放題って訳か、悩むな」
「妥協してとか悩むとか、どういう事よ!」
ピピーっ!
突然、船の下から笛の音が聞こえた。ハンスは、そっと港下を見る。気になったデュークスもハンスの隣に立ち、下の様子を伺った。
見れば船の下には五人の兵隊がいた。その前には立派な鎧を着た、いかつい顔をした中年の男がいる。
「そこの船の者、降りてこい」
「団長、聞こえました? なんか見るからにスケベっぽい臭そうなおっさんが降りろってほざいてますけど」
振り向いて状況を報告したハンスに、アリシアは背を向けながら答えた。
「あぁ。偉そうな態度とってるのがよく分かる声だったね。ちょっと行ってくるよ、ハンスは客人とアンナの事見てな」
「ういっす」
アリシアも五人の船乗りを連れて船を降りる。デュークス達はこっそりと顔を出して、港の様子を見ていた。
アリシアは中年の男の前に立って微笑みを向けた。
「これはこれは、この国の兵の隊長様じゃないか。何か御用で?」
デュークス達はあれが噂の隊長かと目を細める。
隊長はアリシアを卑しい目で見ながら言った。
「この付近でドラゴンが目撃されたようだ。知っていれば吐け」
そのドラゴンなら船の中にいる。だが正直に答えない方が良いと判断したアリシアは、フッと笑った。
「あぁ、うちの船が体当たりされたみたいだね。こっちは被害者さ。可哀そうだろう?」
「匿っているのではあるまいな」
「デカい図体のドラゴンどこに隠すってんだよ。そんなもん隠してたら、アタシらの寝る所がなくなっちまう」
「ふん、知らないのならとっとと出て行ってもらおうか。ガラの悪い連中がいつまでもいると、我が国の品位も疑われる。何やら大砲を撃ったような音が聞こえたという声も聞いているが?」
「失礼な事言うね。他の奴らにもそんなような事を言われたけど、この国ではまだ撃ってないよ。こう見えて我々は紳士淑女なんだが?」
隊長は高笑いをすると、アリシアの隣に立った。
「よく言う。いっそ我々が品位を教えてやろうか」
そう言ってアリシアの肩に腕を回し、手の甲で彼女の胸を押し上げた。
アリシアは拳を握り、隊長の顔面を殴る。鼻から血を流し、よろけた隊長は彼女から離れた。
「な、何をっ」
「あまりにも品位のない顔をしてたから直してやったんだよ。感謝して欲しいものだな」
「無礼な! 皆の者、この者達を捕らえ……」
隊長は引き連れて来ていた兵士達に命令しようとした。だが彼らは既に、アリシアの船員達の手で喉元に剣を突きつけられている。
体の大きさでこそデュークスに敗れた船員達だったが、彼らの体も逞しく鍛えられている。デュークスが人型のままであれば、どちらが勝つかは分からなかった。
隊長は自分の部下の方が弱いと知ると、鼻を鳴らしてアリシアを睨みつけた。
「今日の所は見逃してやろう。次何かした時には問答無用で牢屋に入れてやる、覚悟しておけ!」
隊長は背を向け、街中へと帰って行く。船員達が剣を降ろすと、兵達も隊長を追いかけるように逃げ出した。
アリシアの周りに五人の船乗りが集まった。船の中にいた残りの船乗り達も、一斉に船を降りる。
「団長、大丈夫ですか!」
「団長の綺麗な体が汚された!」
ハンス以外の船員は全員アリシアの周りに群がる。
「心配すんな、犬に擦り寄られたようなもんだ」
優しい顔をしたアリシアは、船員達を犬のように撫でていく。撫でられた船員達はとても嬉しそうにしていた。
その様子を見ていたハンスは、半笑いの顔でアンナに抱きついた。アンナの鼻がハンスの胸に当たる。
「流石団長、大人気。しょうがないからオレお嬢でいいや」
「余り物選んでやったみたいな態度取るんじゃないわよ! そりゃママがモテるのは当然だけど、いずれはアンナだってモテモテになるんだから! そんな事より離れなさいよ!」
「お嬢ってば自分から人に押し当てたりするのは構わないのに、相手の好きにさせる事は許さないんだね。攻略のし甲斐があるってもんよ」
「離せーーっ!」
アンナは顔を赤くさせた。どうやら男慣れはしていないらしい。
二人のやり取りを見ていたデュークスは、かつて姉達が「たまには強引な男も良い」と言っていた事を思い出した。ハンスの行動は強引どころじゃない気もしたが、エミリッタからはカッコよく見えているのであれば参考にしようと考えていた。
デュークスは横目でエミリッタの反応を確認する。
エミリッタはアンナを助けたいようで、オロオロしていた。ハンスに憧れる様子は一切見られない。
だが内心どう思っているかは分からなくて、デュークスはさり気なく聞いてみる事にした。
「えっちゃん、アイツみたいな男、好き?」
さり気なさゼロの質問に、エミリッタは眉を顰めながら首を左右に振った。
デュークスはもう二度とハンスを参考にしようなんて考えないと心に決めた。エミリッタにも誓いの言葉を口にする。
「分かった。俺は女の子にめちゃくちゃ優しくするからね」
エミリッタはアンナ達を指さした。だったらアンナを助けてあげて、と言いたげに。
女の子には優しくを目指すデュークスは、さっそくアンナとハンスを引きはがした。
デュークスに救出されたアンナは、すぐさまエミリッタの腕に抱きつく。
「アンナとえっちゃんの間にアンタらが入る隙間はない!」
優しくした結果がこれだ。エミリッタを取られたデュークスは、悔しそうに親指の爪を噛んだ。
「くそ、ちょっと助けなきゃ良かったなって思っちゃう」
「あんな乳以外取り柄のない女助けるからだよ」
あんな女に手を出そうとしていたハンスは、デュークスを鼻で笑った。
何だコイツ。デュークスはそう思った。
そんな彼らの元へ、アリシアが犬のような船員達を連れ戻って来た。
「まさか隊長がお出ましになるとはな。こりゃあんまり長居はしない方が良いな。早い所ドラゴンの尻尾を切った奴見つけて来な」
デュークスにとって、早く行かない理由はない。大きく頷いて、エミリッタ達を連れ船を降りた。