手がかりだよ、えっちゃん
しっかりと目を覚ましたデュークスは、昨日見た夢を思い出し照れていた。エミリッタとつがいになり、子供が二人いる夢を見たらしい。完全に願望である。
もしやもう少し早く起きていれば生着替えが見られたのでは? と後悔しながらも、身支度を整え。
エミリッタと共に、部屋を出て行った。
「ありがとうございました、またのご利用お待ちしておりまぁす」
店主の女は声をやたらと高くさせて、満面の笑みで見送ってくれた。その胸元で光っていたネックレスは、昨日エミリッタが譲ったものだ。
外へ出たデュークスは、エミリッタの顔を覗き込む。
「あのネックレス気に入ってくれたみたいで良かったね、えっちゃん」
エミリッタは嬉しそうに頷いていた。
朝日が二人の顔を照らした。まだ時間が早いせいか、外で歩いている者の姿は少ない。
エミリッタの髪に反射した朝日に数秒だけ見惚れてから、デュークスは前を向いた。
「じゃあ、えっちゃん。海の方に行ってみよう」
海岸沿いにたどり着く。昨夜見た海賊船が、太陽の光に照らされていた。強気な海賊は、コソコソ隠れるつもりは一切ないらしい。
「えっちゃんおはよ、いらっしゃあい」
船から飛び出してきたアンナが、エミリッタに抱き着いた。
デュークスは彼女達を引き離し、アンナに挨拶をする。
「おはようアンナ、俺もいるんだが?」
「おはよう、おじゃま虫。気づかなかったわ。まぁ入りなさい」
嫌味な挨拶はされたものの、昨日とは違って丁寧にもてなされた。
長机の上には、多くの料理が並べられていた。新鮮な魚の切り身に、一粒一粒がふっくらした白米。ぶ厚く切られた肉料理に、色鮮やかなサラダもあった。
エミリッタを長椅子の真ん中に座らせたアンナは、その右隣に座った。デュークスは負けじと、エミリッタの左隣を死守する。
「えっちゃん、アンナもそれ食べたいなぁ。あーん」
アンナはエミリッタに向けて、口を大きく開ける。その姿は、まるで小鳥のようだった。
微笑ましく思ったエミリッタは、箸で掴んでいた肉をアンナの口の中に入れた。アンナは肉をパクっと食べると、両手を頬に添える。
「おいちい! えっちゃんのお陰ね! じゃあアンナもあーんしてあげる」
箸を手に取ったアンナは、エミリッタの口元へ肉を運ぶ。エミリッタは少し照れくさそうにしながらも、小さく口を開く。
食べるのが遅いエミリッタは、もちょもちょとゆっくり食べていく。その姿は、まるで生まれたばかりの子亀のようだった。
食べさせ合う少女達の隣で、デュークスはものすごく悔しそうに一人で肉を食う。
幼馴染ゆえエミリッタと食事を共にした事は多々あったが、そんな風に食べさせ合ったりした事は一度もなかった。
喉元まで「俺はえっちゃんの作ったクッキーを食べた事があるんだからな」というマウントが出かかったが、流石に子供っぽすぎるかと耐えた。
しかしこのままだとアンナにエミリッタを取られそうだ。そう思ったデュークスは口の中の肉がなくなったタイミングで、エミリッタに頼み込んだ。
「えっちゃん、俺にもそれやって」
アンナが「ちょっと、えっちゃん盗るな!」と怒っているが誰も気にしていない。
エミリッタは野菜スティックの刺さった器を手に取った。その中から棒状に切られた緑色の野菜を手に取ると、マヨネーズを掬うようにつける。
お野菜も食べようね。エミリッタはそう訴えるような目をして、デュークスの口の前に野菜を運ぶ。
野菜を前にしたデュークスは、思っていたより餌付けっぽいな、と思いつつも野菜の先を口に入れる。齧る度にシャクシャクと音が鳴り、野菜の瑞々しさがよく分かった。
ぷにゅ。
デュークスの唇の先に、エミリッタの指の先が当たった。デュークスが目を見開くと、エミリッタはパッと手を離す。
手を離すタイミングが分からなかった、彼女はそう言いたげに眉を八の字にしている。
デュークスは動揺しているのが自分だけだと気づくと、なんだかそれも悔しくて。
「ありがと。えっちゃんも……食べる?」
エミリッタにもちょっとくらいは顔を赤くしてほしいと感じたデュークスは、アンナのように食べさせ合う事を提案した。
アンナに食べさせてもらうのは照れくさそうにしていたんだ、自分にも照れてくれればいいんだけど。そう思っていたデュークス。しかし。
あー。
エミリッタはデュークスに顔を向けて、口を開いたまま動かない。そして彼女の顔は赤くなっておらず、照れている様子は一切無い。それが彼女の答えだった。
アンナで慣れてしまったのか、それともデュークスに対しては何とも思わないのか。
複雑な気持ちを抱いたまま、デュークスはオレンジ色の野菜にマヨネーズをつけてエミリッタの口の前へ持って行く。
シャク……シャクっ……。
食べるスピードが遅いエミリッタは、ゆっくりとデュークスが持つ棒を短くさせていく。
デュークスはいつの間にか、自分の方がドキドキし始めていた。自身の指の先に近づいて来る彼女の唇が妙に気になって。
餌付けではなく釘付けの間違いだったと気づく。
とはいえ、やはり彼女が照れている様子は一切なく。デュークスは非常にもどかしい思いをしていた。
エミリッタは彼の指先ギリギリの所で止まって、上目遣いで指を離すよう訴えてくる。流石に指先のキスをもらうのは難しいか、と、デュークスは手を離す。
「あぁごめん、その、おいし?」
口をもぐもぐさせたまま、エミリッタは頷いた。
二人が食べさせ合う姿を見せられたアンナは、頬を膨らませる。
「ずるい。えっちゃん、アンナも!」
「何がずるいんだよ、さっきやってたろ!」
またエミリッタを取り合う二人を、アリシアが叱る。
「普通に食べさせてやんな。アンナも自分で食べれるだろ」
アンナはしょげた顔をしながら、大人しく座る。
デュークスも自分で野菜スティックを食べようと、黄色い野菜にマヨネーズをつけた。それを口の中に放り込んでから、アリシアに問う。
「ところで、グラスっていうドラゴンがどこにいるのか知らないか?」
「さっきお前らが食ってたやつだ」
デュークスとエミリッタは同時に固まり、大皿の上に少しだけ残っていた肉に目を向けた。
甘辛いタレがからめられた、ジューシーな肉。これは先ほどアンナとエミリッタが食べさせ合っていたやつだ。
その前からもデュークスはこの肉をおかずに白米をかきこみ、エミリッタは葉野菜で巻いて食べていた。
うまいうまい、おいしいおいしい。二人とも喜んで食べていた。
かなり食べた。
だが今は青い顔をさせ、体を小刻みに震わせている。
「なんちゅうもん食わせてんだ!」
デュークスは震えるエミリッタの頭を撫でながら、アリシアに恐怖と怒りをぶつけた。撫でているのはどさくさに紛れてではなく、兄貴肌のデュークスによる素の行動。
今は口を×にし大人しく撫でられているエミリッタだが、もしスーパーえっちゃんタイム中であれば抱きついていた。
アリシアは悪びれる様子なく、ひょうひょうと答える。
「安心しろ、尻尾だけだから」
「出来ねーよ! お前らが食ってんの人間の腕だって言われたらどういう気持ちになる!?」
「……ちょっと嫌だな」
「それと同じだ!」
アリシアは申し訳なさそうに謝る。
「それはすまん。アタシらからすりゃ普通に家畜の肉と同じ感じだから。アンタらは普通に人間に見えるしな。配慮が足りんかった」
「俺らも牛やら豚の肉は食うけどさぁ、ドラゴンはダメだよドラゴンは」
「気を付ける。で、話を戻すが。そのドラゴンの肉はこの国で買った。その意味が分かるか?」
アリシアの言葉で、二人の震えが止まる。
デュークスは真剣な顔をして、答えを述べる。
「……この国に、ドラゴンの尻尾を切り落とした奴がいる」