今度こそ売ろうね、えっちゃん
「おにーさん、アクセサリー買わない? かわいい子が作った、かわいいアクセサリー」
鬱蒼とした森の中、旅人は驚いていた。見知らぬ少年から突然声をかけられたせいだ。
赤い髪の少年は、営業スマイルなのかニコニコと笑っている。その割にTシャツ短パンと非常にラフな格好で。
首には、ひし形をした三つの石がネックレス状に下げられていた。赤、青、緑の石が細長い皮紐で横並びになっている。
「何だ君は。アクセサリーなんていらないよ」
「まぁまぁ、そう言わずに。とりあえず見てってよ」
「いらないってば。それにこの森、ドラゴンが出るって有名じゃないか。だから早く抜けたいと思って……もしかして、君のその傷……」
旅人は少年の顔を見つめた。
少年の顔には、右側に大きな傷がついていた。額から頬にかけて、縦線に伸びるその線は見ているだけで痛々しい。
最も、当の本人は全く気にしていないようだったが。
「あぁこれ? ドラゴン相手じゃないから安心して。というか、俺の顔より商品見てよ」
そう言った少年の背後から、白髪の少女がひょっこりと顔を出した。丸い瞳に、幼い顔立ち。長いまつ毛は、まるで雪の結晶のようだった。小柄で愛らしい少女の姿に、旅人は思わずドキリとした。
「君は?」
「幼馴染の、えっちゃんだ」
旅人は少女の話しかけたのに、何故か少年の方が答えた。
黙ったままの少女は、少年の隣に立つ。彼女が両手で持っていた布の上には、手作り感あふれるアクセサリーが三つ並んでいる。
少年はその内の一つを手に取り、旅人の目の前に持ち上げた。
「ほら見て、青い石のネックレス。キラキラ光って綺麗だろ?」
銀色のチェーンの先で、丸く青い石が光っている。その輝きはどう見ても、そこら辺に落ちている石とは違った。
「これ、本物の宝石か?!」
「まぁねぇ。でもだからと言って高く売りつけたりしないよ。おにーさんにも払えるくらいのお値段で売ってあげる。プレゼントにでもどう? ちなみに、女の子が着けるとこんな感じ」
少年は少女の首にネックレスをかける。彼女が着ていたのは、裾がふんわりとしたノースリーブのシャツに黒い短パン。シンプルな服装だからこそ、宝石の美しさが際立った。
だが旅人は商品の良さよりも少女の愛らしさに気を取られているようだった。むしろ下心が感じられる。
「……確かに良いなぁ。もう少しよく見せてもらおうか」
旅人はネックレスに手を伸ばす――ように見せかけて、少女の控えめな胸に触れようとしていた。
「――おっと、おにーさん。俺の幼馴染は非売品だよ?」
少年は旅人の手首を力強く握りしめる。
「いっ! や、やっぱりいらない!」
旅人は少年の手を振り払い、その場から逃げだした。
振り払われた手を頭の後ろで組んだ少年は、少女に目を向けた。
「ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。ごめんな、えっちゃん。せっかく良いモン作ったのに。でも明らかにえっちゃんに触ろうとしてたし、今回は仕方なかったという事で許してね。まぁ、今後えっちゃんの首にかけて見せるのはやめておこう」
正直な所、少年から見ても少女は可愛らしかった。
だからこそ旅人の気持ちも分からなくはないのだが、かといって彼女を傷つけるような奴は許さない。そう思っていた。
少女は背伸びをして、少年の頭を撫でる。
仕方なかったという慰めと、守ってくれてありがとうの気持ち。へにゃりと笑って、彼女はその二つを伝えた。
言葉にされる事はなくても、その気持ちは少年に十分伝わった。それ以上に、彼女に対してトキめく気持ちさえある。
「ん、次こそ売ればいいよね。頑張って治療費稼いで、また喋れるようになろうね。えっちゃん」
少女は黙ったまま、静かに頷いた。
少年と少女は洞窟の前へたどり着いた。ここが今の彼らの住み家なのである。
「ばーちゃーん、えっちゃんのばーちゃーん。帰って来たよー、ただいまー」
洞窟の中から、青い髪をした老婆が現れる。老婆の首には、少年と同じデザインの石が二つ下げられている。色は青と茶だ。
「おかえり。そんなに大きな声を出さずとも聞こえてるよ。商品は売れたのかい?」
「売れなかったけど、えっちゃんを守ったので許してほしい」
「……詳しく聞かせな」
少年は少女が旅人に触られそうになった経緯を話す。
「なるほど、それなら仕方ない」
「だろ? えっちゃんの声を取り戻すために稼いでおいて、えっちゃんが危険な目に合うんじゃ本末転倒だもんな」
ニッと笑った少年を見て、老婆は険しい表情を見せた。
「それはそうだが……ふむ……考えなおした方がいいかねぇ」
「ばーちゃん? どうした?」
「エミリッタもデュークスも、中に入りな。話がある」
首を傾げた二人は、言われるがまま洞窟の中に入っていく。
洞窟の中には、一枚の布が敷かれていた。三人はその布の上に座る。
老婆が険しい表情のまま口を開いた。
「実を言うと、治療費を稼がなくともエミリッタの声を取り戻す方法がある」
「そんな方法あるの? 魔法的な?」
「魔法じゃあないよ。ケノアの花を探すんだ。ケノアの花は、飲めば喉の怪我や病気によく効くと言われている」
「そんな花があるんだ。それで、どこにあるんだ?」
「さぁね」
「さぁねって、まさかあるかどうかも分からない花を探せって?」
「あるにはあるよ。ただヘンピな所にしか咲かない事で有名なんだ。ワシが唯一知ってるのは、グラスという名のドラゴンの背中に生えてた一輪だけだね」
「ドラゴンの背中!?」
「あぁ。と言っても、グラスとはもう二十年以上会ってない。奴は気の向くまま自由に生きてるような奴だからさ、どこにいるのかも分からんよ。そいつを探すよりは、先進国に行ってエミリッタの喉を治してもらった方が早いと思っていたが……正直、本当に治療してもらえるかどうかは怪しい。我ら一族は、普通の人間とは違うからな」
祖母は友を懐かしんでいるのか、遠い目をしている。
少年――デュークスは横目で幼馴染を見つめた。
彼女は自身の首に手を添えていた。治せるのなら治したいが、誰かの負担になるのは嫌だ。そう考えているように見えた。
だがデュークスの中で、彼女を負担に思う気持ちも、彼女を見捨てるという選択肢もない。治せるなら治してあげたい。そんな気持ちが、デュークスの中で強くなった。
祖母も少女――エミリッタの心情に気づいたのか、彼女の頭を優しく撫でる。
デュークスは意を決して、これからどうするかを口にした。
「分からないとしても、それが唯一の手掛かりって事は……探しに行くしかねぇよな。よし。行こうぜ、えっちゃん。ばーちゃんも良いだろ。俺も他に行く場所なんてないし、一緒に行ってもさ」
エミリッタが祖母に目線を向けると、彼女は大きく頷いた。デュークスの優しさを受け取れという意思表示だ。
祖母の許しを得たエミリッタは、嬉しそうに頷く。まるでデュークスがついて来てくれる事を、心強く思っているように。
だが祖母はエミリッタから手を離すと、静かに呟いた。
「行くなら二人で行ってくれんか、ワシはここに残る」
予想外の答えに、デュークスもエミリッタも目を大きく見開く。エミリッタも思っているであろう言葉を、デュークスが口にした。
「何でだよ、ばーちゃん一人になんて出来ねぇよ!」
「こんな老いぼれ足手まといにしかならんだろう。一人じゃないよ。皆いる。魂だけになったかもしれないけど、皆いるんだ。だから一人じゃないし、むしろ皆を置いてなんていけない」
祖母は洞窟の外に目を向けた。デュークスとエミリッタも、同じ方向を見つめる。
木々に囲まれた平たい地面には、焼け焦げた跡があった。その上には摘まれた花が供えられている。
いわゆるーー墓場だった。
「帰って来る場所があるって事は、どこにでも行けるって事だよ」
言葉だけではなく、表情も寂し気な祖母。足手まといというのは建前で、ここに残りたいというのが本音なのだろう。
デュークスはほんのりと笑みを浮かべて、祖母の意思を尊重する。
「……分かった。俺、えっちゃん連れて行ってくる。そんでもって、えっちゃんがまた喋ったり歌ったり出来るようになったら帰って来るから」
エミリッタもデュークスに同意するように、コクコクと頷いた。彼女も祖母の気持ちを理解したらしい。
祖母も優しい笑みを浮かべ、その場に立ち上がる。
「あぁ。でもまずは旅支度から始めないと。エミリッタ、まずは作った商品をかき集めてきな。旅をするにもお金はかかるからね。それから夕飯の支度を任せたよ」
エミリッタは頷くと、洞窟の奥深くへ入って行った。広い洞窟のため、エミリッタは小さく見えるほど遠くへ行ってしまった。
孫が離れた事を確認した祖母は、デュークスに顔を向ける。
「さてデュークス、今度はお前にだけ話がある」
「俺にだけ?」
真剣な顔つきになった祖母を見た少年は、まさか説教か? と不安を胸にする。
なんとなく正座して、自分が一体何をしでかしたのかを思い出す。だが思い当たる事は何一つなかった。
「お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「あぁ。ワシじゃどうにもならん事だ」
説教ではなかった事に安堵した少年――デュークスは、ホッと胸を撫でおろす。何を頼まれるのかは見当もついていないが、気前よく返事をした。
「何だよばーちゃん、改まって。いいよいいよ、なんでもやってやんよぉ」
「エミリッタとつがいになりな」