5話 朝の境港
太陽が海から昇り、境港の漁港は徐々に活気を取り戻していた。漁船が岸辺で忙しなく動き、 人々の声が重なり合う。
昨夜の出来事を知る者は一人もいないかのように、町はいつも通りの朝を迎えていた。
子供たちがランドセルを背負い、学校へと向かって駆かていく。サラリーマンたちは自転車や車で出勤し、漁師たちは新鮮な魚を積み込む準備に追われている。
海沿いの道路を歩く一人の中年男性は、煙草をくわえながら気だるそうに歩いていた。 そして、吸い終わった煙草を無造作に海へと投げ捨てた。
その男はそのままその道を歩いて何事も無かったかのように歩いていく。
だがその瞬間、静かだった海中から水しぶきが上がったーー。
「な、なんだーー!」
中年男性が振り向く間もなく、水飛沫と共に現れたシェルアノスが鋭い動きで彼に襲いかかる。
「海を汚す者が、許されると思うな!」
冷静さを失ったシェルアノスは、力任せに男性を押し倒し、その鋭い爪を振り上げる。
「おい、待て!」
急いで駆け寄ったイヲティスが、シェルアノスの腕を掴んで制止しようとする。
「シェルアノス、落ち着け! 今回は調査だけって言ったじゃないか!」
イヲティスの必死な声も、今のシェルアノスには届かない。
「黙れ、イヲティス!」
シェルアノスの目は狂気に染まり、声にも怒りがこもっていた。
「海を汚す者は、エイビスの掟に従い裁かれるべきだ!」
カヴリノスが後方から追いつき、少し呆れた様子で肩をすくめる。
「おいおい、なんだって急にそんなに怒ってんだ? 調査どころか大暴れじゃねぇか。」
シェルアノスは振り返ることもなく、周囲の人間たちに目を向ける。驚きの表情を浮かべる町の人々に、怒りの矛先を変えたかのように襲い掛かる。
「シェルアノス、やめろ!」
イヲティスはその背中を追いかけ、声を張り上げる。だが、その声もシェルアノスの耳には届かない。
「調査どころの話じゃないな。」
カヴリノスは甲殻を軽く鳴らしながら、無駄に走り回る人々を眺めた。
「さて、俺たちもどうする? あいつを止める気あるのか?」
「当然だ。」
イヲティスは迷いのない声で答えた。そして、目の前で次々と人間たちを襲おうとするシェルアノスに向かって、一気に距離を詰め寄っていったーー。