4話 遭遇
境港の街は、日が暮れると観光客も減り、港町特有の静寂が広がる。訓練を終えた若いWOLLの隊員 白波 海翔 は疲れた様子で、人気の少ない通りを歩いていた。
海翔の自宅は、アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪銅像が街の至るところに並んでいる鬼太郎ロードと呼ばれる通りのすぐそばにある。
街灯がぼんやりと灯る中、周囲の物音がやけに大きく響く。
「やっと終わったか…。家に帰ったらさっさと寝よう。」
訓練の疲労感を滲ませながら、海翔は鬼太郎ロードを通り過ぎた。日中は観光客で賑わうこの道も、今は静まり返っている。
その時、ふと背後から異様な気配を感じた。振り返ると、暗闇の中から3体の異形の姿が現れた。
一人目は巨大な甲羅を背負い、堅牢な身体を持つ亀の怪人、シェルアノス。
「…これが地上か。なるほど、静かだな。」
二人目は挑発的な態度を取り、頭のカニのようなを甲羅を深く被るカニの怪人、カヴリノス。
最後の一人は、深い青色で魚のヒレが頭に生えた怪人、イヲティス。彼は他の二人よりも落ち着いた様子で、じっと隊員を見つめていた。
「な、何者だ…?」
恐怖と疑問が入り混じった声を漏らしながら、海翔は一歩後退した。しかし、視線を逸らせない。
「あいつビビってるじゃねえか。」
カヴリノスが笑いながら手を打ち鳴らす。
隊員は動けないまま、必死に頭を働かせた。この状況から逃げるにはどうすればいいのか。だが、その間にもイヲティスの視線が刺さるように感じられる。
「…お前、どこかで…会ったことが…」
イヲティスが呟いたその瞬間、海翔の中に一瞬の記憶が蘇った。
──子供の頃、海辺で出会った異形の存在。あれは…?
だが、その記憶を思い返す余裕はない。海翔は反射的に身を翻し、全力で走り出した。
「待て!」
シェルアノスが声を上げるが、イヲティスは追いかけようとはしなかった。
「…彼は…」
イヲティスは立ち尽くし、深い思索に沈むような目をしていた。その表情を、シェルアノスとカヴリノスは訝しげに見つめた。
「どうした、イヲティス。妙に静かだな。」
「…いや、何でもない。」
イヲティスは短く答えると、二人に背を向けた。
暗闇の中、彼の視線は遠い過去を見つめているようだった。
「こちら第3部隊 白波海翔、緊急連絡です」
海翔は逃げて走りさった先で、パワードスーツの装着アイテム型通信機を握りしめ、落ち着きを装いながら報告を始めた。
「先ほど所長が話していた怪人と思われる未確認生命体と遭遇しました。水中に逃げていったようで、市民に危害を加える雰囲気はありませんが、早急な対応を。」
冷静な口調を保とうとしたが、指先の震えは止まらなかった。
実際に遭遇した恐怖がまだ抜けない。しかし、あの場から逃げた自分の行動を責められるわけにはいかないため怪人たちの方が逃げたという虚偽の報告をしてしまう。
通信が切れた瞬間、海翔はようやく大きく息を吐いた。
WOLL本部の会議室では、各部隊の隊長と数名の研究者が集まり、所長の指示を待っていた。
「情報がまだ少なすぎる。だが、境港での目撃情報を放置するわけにはいかない。」
大海原は机に拳を置き、周囲を見回した。
「国家機密組織である以上、大きな動きは避ける。混乱を起こさずに監視と警戒を進める。」
「具体的にはどうしますか?」第1部隊長が尋ねる。
「ダイバー型スーツを装着した隊員を選抜し、境港の漁港周辺を巡回させる。海中の捜索も同時に行え。夜間警戒を維持するが、隊員たちのエネルギーの消耗もある。一時的に緩和する時間も設ける。」
指示を受けた隊員たちは迅速に動き出した。だが、この未知の脅威に対して不安が募る者も多かった。
一方、エイビスの3人は、境港近くの海域に身を潜めていた。
「ふん、たいした人数じゃないが、人間の技術も侮れんな。」
シェルアノスが水中で静かに呟く。遠くの海底に設置された監視装置を警戒しながら、彼は次の行動を模索していた。
「退散するのはいいが、エイビスに戻る必要はねぇよな。」
「ここで朝を待てば、また明日調査の続きができるわけだし。」
カヴリノスが気だるそうに言う。
イヲティスは一言も発さず、ただ静かに遠くの海を見つめていた。その視線は、どこか地上を意識しているようだった。
「…お前、何を考えている。」
シェルアノスが問いかけるが、イヲティスは答えず、ただ潮の流れに身を委ねた。
「朝になればわかることだ。」
彼の一言に、カヴリノスは笑みを浮かべるが、シェルアノスは表情を変えなかった。