24話 淡き水の街で
夜の海は、昼とはまるで別の顔をしていた。
月明かりを砕くように、静かな波が寄せては返す。
その水中を、二つの影が滑るように進んでいた。
カヴリノスと、ペルセナ。
昼間は人目が多すぎる、浜辺も、街も、視線が多すぎる。
異形の二人が動くには、あまりにも不向きな時間帯だった。
だから二人は最終的に海路を選んだ。
岩礁沿いを縫い、海岸線をなぞるように
WOLL本部のある松江方面へと向かう。
海底とは違う水の抵抗が、じわじわと体力を奪っていく。
「……なぁ、ペルセナ」
カヴリノスが、半ば溺れるような声を漏らした。
「これ、普通にしんどくないか?」
「地上でも結構歩いたのに休むまもなく、今はずっと泳ぎっぱなしだぞ。少しは休まない?」
ペルセナは振り返らない。 水を裂く動きは無駄がなく、一定だった。
「黙って進みなさい」
短く、冷たい声。
「弱音吐く元気があるなら、その分身体を動かしなさい」
「いや、でもさぁ……」
カヴリノスは少しだけペースを落とし、
「イヲティス、もう完全に人間側に――」
その言葉が終わる前に、ペルセナがぴたりと止まった。
水中で振り返り、真っ直ぐにカヴリノスを見る。
「戻れると思ってるの?」 低い声だった。
「イヲティスに会わないまま、エイビスに帰れると本気で?」
カヴリノスは言葉に詰まる。
「……無理、だよな」
「ええ」 ペルセナは即答した。
「イヲティスは今、分岐点に立ってるはず」
「私たちが目を離したら、どちらに転ぶか分からない」
再び、前を向く。
「だから探すの」 「それだけよ」
カヴリノスは、ため息をつきながらも泳ぎ直した。 「ペルセナ……相変わらず容赦ないな」
ペルセナは答える
「今は、優しくしてる場合じゃないだけ」
やがて、海の色が変わる。
開けた水面の向こうに、街の灯りが滲んで見えた。
水路が街を縫う、水の都。
夜の静けさに包まれたその景色は、彼らが紛れ込むにはあまりにも都合が良かった。
二人は人目のない場所から陸へ上がり、街灯のない夜道を進む。
この街の人々の会話に、怪人やシーレイヴの話題はない。
――境港での騒ぎも。
――WOLL本部での戦闘も。
すべて、知られていない。
「静かな街だな。」 カヴリノスが周囲を見回す。 「まるでこの前のシェルアノスの事やイヲティスの事をこの街は知らないようだな。」
「知らない方がいい事もある」 ペルセナは淡々と言う。 「騒ぎになる前に、私たちは動く」
二人は湖畔沿いの道を歩きながら、街を観察する。 水面に映る街灯が、ゆらゆらと揺れていた。
その頃――
夜のWOLL本部では、灯りを落とした区画で、イヲティスと海翔がそれぞれ休息を取っていた。
戦場の熱は、まだ身体に残っている。
だが、その静けさを知らぬ者たちが、確かに動き始めていた。
そしてWOLL本部での騒ぎから夜が明けた。
観光客で賑わい始めた城下町の一角。
現れたのは、シェルアノスと、細長い体をくねらせる怪人――サキス
観光客の悲鳴が、空気を切り裂く。
「はははは……!」
サキスが人間へ襲いかかる様子を見て、シェルアノスは高らかに笑った。
「これが人間だ」 「恐怖に晒されれば、ここまで脆い」
逃げ惑う人々を見下ろし、冷笑を浮かべる。
「この程度の存在が、エイビスと並び立てるとでも思っているのか」
街は瞬く間に混乱へと飲み込まれた。
同時刻。
WOLL本部に、警報が鳴り響いた。
『市街地にて怪人二体確認!』
『昨日交戦した個体と一致!』
指令室に緊張が走る。
「イヲティス、海翔!」
通信機越しに大海原迅の声が響いた。
「現地へ急行しろ!」
海翔は即座に応じ、イヲティスも頷く。
だが、その背後で、一人の男が歯を食いしばった。
セナだった。
「白波とイヲティスだけにこんな状況任せられるわけないだろ! 他の隊員が怪我して無理でも俺だけは行く!」
セナは黙ってなど、いられるはずがなかった。
格納庫で、石倉が海翔にデバイスを手渡す。
「新しいコマンドを追加しました。」
「状況次第で、起動してください。」
「石倉さんありがとうございます!」
イヲティスは人目を避けるため、シーレイヴを装着し、恐る恐るバイクへ跨る。
「こんなものに乗るのは初めてだ!」
「オート走行も出来るから大丈夫!」
海翔の声と共に、二人は街へと飛び出した。
その後を追うセナ、三人で仲良く向かうのも彼のプライドが許さなかった。
観光地の中心部。
悲鳴と怒号が交錯し、人々は我先にと逃げ惑っていた。
シェルアノスが高所からそれを見下ろし、サキスが、獲物を探すように首を揺らしている。
「……来たか」
シェルアノスが、気配に気づいて口元を歪めた。
次の瞬間、青い閃光と共に、シーソウルが戦場へと飛び込む。
「ここは俺たちが止める!君たちの好きにはさせない!」
海翔の声に応えるように、イヲティスが前へ出た。
「人間には、指一本触れさせない!」
サキスが反応する。
細長い身体をくねらせ、地面を滑るように接近。
「速い……!」
イヲティスが身をひねってかわし、拳を叩き込む。
だが、手応えは薄く、追撃に蹴りを放つ。
サキスの身体が弾かれ、石畳を削りながら吹き飛ぶ。
だが、すぐに立ち上がる。
「再生……?」
海翔が息を呑む。
「違う!」
イヲティスは首を振った。
「倒しても、致命傷になっていないだけだ」
シェルアノスが、嘲るように笑う。
「無駄だ」
「その程度の攻撃では、そいつは止まらん」
「イヲティス、昨日の続きをさせてもらおう!」
シェルアノスはイヲティスの方に凄い勢いで走り甲羅を強くぶつける!
その隙を見てサキスが海翔に襲いかかる。
シーソウルは拳を振るい、投げ、締め上げる。
だが、決定打にならない。
動きの中で、違和感が広がっていく。
(……遅い)
頭では追えている。
だが、身体がわずかに遅れて反応する。
(この装備やっぱり身体に馴染まない……)
サキスの体当たりを受け、地面を転がる。
なんとか立ち上がるが、足元がわずかにふらつく。
(このままじゃ……押し切られる)
その時、石倉の言葉が脳裏をよぎった。
――状況次第で、起動してください。
デバイスにタッチし、新コマンドボタンに触れると
「タチウオソード起動!」
電子音と共に、青白い光が収束し、
シーソウルの手に、銀色の刀身が形成された。
「……これは!」
刃を構えた瞬間、身体の感覚が変わる。
(……しっくり来る)
流れを断ち切る動き。
サキスが飛びかかる。
シーソウルは一歩踏み込み、刃を振るった。
硬質な感触と共に、サキスの身体が裂け、吹き飛ぶ。
地面に転がった怪人を見下ろし、シーソウルは確信する。
(そうか……)
(こいつは、斬らなければ倒せない!)
(シーソウルの本来の力はこれか!)
立ち上がろうとするサキスに向け、刃を構え直す。
「イヲティス!こいつはサキス!寄生虫のアニサキスだ!」
「完全に切らなければ何度でも立ち上がる!」
「力を貸してくれ!」
海翔はシェルアノスの相手をするシーレイヴに向かって、声をかけた
シーレイヴはその声を聞き、シェルアノスの攻撃を交わし、走ってシーソウルの方に向い応戦
勢い良く追ってくるシェルアノスの前にハイドロギアを纏ったセナが現れる。
「お前の相手はこの俺だ!」
シーレイヴはサキスの前に立ち、海翔と息を合せ必殺技を放つ体制に入った。
「これで、終わりだ!アクアインパクト」
攻撃をくらい、体制を崩すサキス。
その一瞬を見逃さず思い切りタチウオソードを振り下ろすシーソウル。
一直線の銀光が、怪人の身体を両断した。
断面が、光となって霧散していく。
戦場の空気が、一瞬だけ凍りついた。
「やったか!?」
イヲティスが息を飲みながら言う。
――その瞬間だった。
光が完全に消え去った場所に、横たわっていたのは。
怪人サキスではなかった。
人間の男だった。
「……え?」
息を呑む音が、戦場に落ちる。
シーソウルは、剣を握ったまま、その場に凍りついた。
視界に映るのは、血に染まった石畳と、倒れ伏す人間の身体。
「……な、に……?」
自分が斬った。
怪人ではなく――人間を。
その事実が、遅れて胸に突き刺さる。
「う、そ……だろ……」
剣を持つ手が、微かに震えた。
周囲から、どよめきが広がる。
悲鳴にも似たざわめきが、空気を震わせる。
その様子を、見下ろしていたシェルアノスが、低く鼻で笑った。
「……ほう」
ゆっくりと、楽しげに目を細める。
「あいつが、人間だったとはな」
口元が、歪む。
「ふん……ニールサキス、あいつは最初からこれが狙いか、面白い」
イヲティスがはっと我に返った。
「海翔!」
シーレイヴは即座に駆け寄り、シーソウルの肩を掴む。
「大丈夫か!」
だが、シーソウルは答えない。
視線は、倒れた人間から離れない。
「……俺、が……」
その背後で、遠くからサイレンの音が近づいてくる。
救急車。
パトカー。
混乱に包まれた街へ、現実が一気に押し寄せてきた。
さらに――
野次馬の中から、スマートフォンを構える人々。
フラッシュ。
シャッター音。
切り裂かれた人間の姿と、剣を持つシーソウル。
その光景が、無数の端末に刻み込まれていく。
「……っ!」
イヲティスは歯を噛みしめた。
「まずい……!」
その時、イヲティスが即座に判断を下す。
「今は退くしかない!」
強く、短く言い切る。
「これ以上ここにいたら、状況は悪化する!」
シーソウルは、はっと顔を上げる。
「でも……!」
「今はだ!」
イヲティスは、その目を真っ直ぐに見据えた。
「必ず、取り戻せる。だから今は――離れる!」
一瞬の沈黙。
だが、海翔は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
その瞬間、空気を切り裂く衝撃。
甲羅が地面を叩き割る。
シェルアノスが、二人の目前へ降り立っていた。
「逃がすと思ったか?」
低く、楽しげな声。
だが、その前に。
セナが割り込む。
「させるかよ!」
ハイドロギアを纏ったセナが、真正面から立ちはだかった。
「今は何が起きたかわからない!だがここは俺が食い止める!」
シェルアノスが、わずかに目を細める。
「……人間。まだ動けたか」
「黙れ」
セナは歯を食いしばり、拳を構えた。
「行け!白波」
その言葉に、イヲティスは一瞬だけ目を閉じ、そして頷いた。
「……行くぞ、海翔!」
二人は、即座に身を翻す。
瓦礫と混乱の隙間を縫い、街の裏路地へと飛び込んでいく。
背後では、シェルアノスとセナの衝突音が響き渡った。
――轟音。
――衝撃。
――悲鳴。
それらすべてを背に、二人は、街の喧騒から姿を消した。
残されたのは。
倒れ伏す人間と。
騒然とする群衆。
鳴り止まぬサイレン。
そして――
「白波海翔が人を斬った」
という、決定的な“映像”だけだった。
次に訪れるのは、
正義の崩壊か、希望の証明か。
その答えを、まだ誰も知らない。




