23話 人類滅亡を語る者
蒼白の光が戦場を切り裂く。
砕けた地面の中央を見据え、シェルアノスの甲羅が低く鳴った。
「ふん……人間ごときが、新しい殻を被ったか」
その視線は、感情を挟まずにシーソウルを測っている。
「何を纏おうと同じだ。
お前たちは、借り物の力でしか戦えない」
一拍置いて、淡々と続ける。
「我々エイビスの民は違う。
生まれた時から、戦うために在る」
シーソウルを纏う海翔は答えない。
ただ、シーレイヴの前に立つ位置を、ほんの半歩だけずらした。
それを見て、シェルアノスが低く問う。
「……庇う気か?」
「違う」
海翔は前を向いたまま、静かに言う。
「イヲティス、一人に全部を背負わせたくないだけだ」
その言葉が終わるより早く、サキスが地を蹴った。
無言。一直線の殺意。
「来る!」
シーレイヴが叫ぶ。
蒼白の光が爆ぜる。
シーソウルが正面から受け止め、衝撃を装甲に流す。
――次の瞬間。
シーソウルは踏み込み、体重を乗せた拳を叩き込んだ。
鈍い音。サキスの身体が弾かれ、地面を削って後退する。
間合いを詰める。
二撃、三撃。逃げ場を与えない。
無言の抵抗を、力で押し潰す一撃。
サキスは体勢を崩し、後方へ転がった。
それを見て、シェルアノスが一歩、前に出る。
「人間が……調子に乗るな」
重い圧が、戦場を支配する。
甲羅を軸にした一撃が、今度はシーレイヴへ向かう。
「さぁ……来い」
シーレイヴは退かない。
蒼い光を拳に集束させ、真正面から受け止める。
衝突。
鈍く重い音が、空気を震わせた。
「まだだ!」
シーレイヴは踏み込み、力を乗せて押し返す。
蒼い閃光が走り、シェルアノスの巨体が、わずかに揺れた。
「ふん……なかなか良い拳だ」
「だが、人間に肩入れした結果が、それか?」
シェルアノスの声に、初めて感情が混じる。
「いや違う」
イヲティスは一度息を吐き、はっきりと言う。
「俺が選んだんだ。
このシーレイヴとして、ここに立つことを」
横に、シーソウルが並ぶ。
二つの気配が重なり、圧が形を持つ。
その瞬間――
シェルアノスは、静かに一歩下がった。
「目的は果たせなかったが、まぁいい」
「イヲティス、お前の考えはよく分かった」
視線をサキスへ向ける。
「これ以上ここで消耗する意味はない」
再び、シーレイヴを見る。
「覚えておけ。
人間の力を纏ったところで、お前がエイビスの民である事実は変わらん」
「その選択が、いずれお前を縛る」
返事はない。
シーレイヴは、ただ立ち続ける。
シェルアノスは背を向けた。
「行くぞ」
低い唸り声だけを返し、サキスが従う。
二つの影は、戦場の奥へと消えていった。
残ったのは、静寂。
砕けた地面に、蒼白の残光だけが薄く漂っていた。
少し離れた位置で伏せていたリンが、ゆっくりと身を起こす。
腕を押さえながら周囲を見渡し、すぐ隣のセナに視線を向けた。
「……セナさん、大丈夫ですか?」
「ああ。このぐらいかすり傷だ」
「そんなことより新型のハイドロギア? そんな物を白波に… 所長は何を考えてるんだ。」
セナはそう吐き捨てると、即座に視線を戦場全体へ走らせた。
倒れている隊員の数、動ける者の位置、敵影の有無。
一つ一つを瞬時に確認し、次の判断を組み立てる。
倒れている隊員たちの姿を見つけると、セナは即座に判断を切り替えた。
「今は他の奴らの応急処置が先みたいだな」
リンは一瞬だけ戦場の中央――
イヲティスと海翔の背中を見てから、頷く。
「はい。自分等の怪我より回りの隊員の方が深刻ですね。」
二人は負傷者のもとへ走った。
するとその時、シーソウルのデバイスが鳴る。
「海翔、聞こえるか」
所長――大海原迅の声だった。
『よく耐えてくれた』
一拍置いて、続く声は珍しく感情を帯びている。
『シーソウルの初起動だ。
それをあの状況で使いこなした判断も含めて、称える』
海翔は小さく息を吐き、答える。
「……ありがとうございます。
でも、まだ……」
言い終わる前に、装甲の光が不規則に揺らいだ。
「っ……」
膝がわずかに落ちる。
イヲティスがすぐに気づき、腕を取った。
「海翔、大丈夫か?」
「平気……ちょっと、無理しただけだ」
シーソウルの蒼白の光が霧散し、装備が解除される。
同時に、海翔の肩から力が抜けた。
装甲に守られていた反動が、一気に押し寄せる。
浅いが、確かな痛み。
痛みに顔を歪める海翔を、イヲティスは黙って支えた。
次の瞬間、蒼い装甲が粒子となってほどけ、シーレイヴも解除される。
「俺のために……無理をさせてしまった」
それだけ言って、イヲティスは海翔の腕を自分の肩に回した。
二人はゆっくりと歩き出す。
戦場を離れ、WOLLの建物へ向かった。
背後では、セナが救護班を引き連れ、的確に指示を飛ばしていた。
「そっちは骨折の疑いあり! 先に担架だ!」
「動ける奴はこっちを手伝え!」
その声は荒いが、判断は迷いがない。
戦場を把握し、仲間を最優先に動かす、隊員としての顔だった。
リンはその様子を一度だけ確認すると、通信端末を操作する。
視線は自然に、だが無意識のようにサキスたちが消えた方向へと流れた。
「……所長に状況を報告してきます」 リンはそう言って、踵を返す。
セナは短く頷いた。
「あぁ任せた」
リンは建物の方へと歩き出していくが、その背中は、いつもと変わらない。
だが、通信を切ったままの端末を、無意識に強く握りしめていた。
一方、イヲティスと海翔は建物の中へ入り、自動扉が閉じる音が、戦場のざわめきを遮断した。
静かな通路。
足音だけが、やけに大きく響く。
「……ありがとう、海翔」 不意に、イヲティスが言った。
「俺一人じゃ、あそこは越えられなかった」
海翔は少し間を置いて
「……同じこと、言おうとしてた」
二人の足取りは遅い。
だが、止まらない
――それから、しばらくの時が流れた。
夜の帳が降りた山道を、重い足音が刻んでいた。
月明かりすら届かない獣道。
湿った土と、冷たい風だけがそこにある。
先を行くのは、シェルアノス。
その背後を、傷を負ったサキスが低く唸りながら従っていた。
「……想定以上だな」 シェルアノスは独り言のように呟く。
イヲティス。
そして、人間が纏った“あの力”。
「だが、まだだ」 甲羅が静かにきしむ。
「本質は変わらん。人間は――」
その時だった。
「なかなか、苦戦したようだな」
闇の奥から、声がした。
低く、楽しげで、どこか歪んだ声音。
シェルアノスは即座に足を止め、身構える。
「貴様か…」
闇の中から、一人の男が姿を現す。
深く被ったフード。
月明かりを拒むように、顔はまだ影に沈んでいる。
「このサキスとやら」 シェルアノスは一歩、間合いを詰めた。 「確かに力はある。だが万能ではない」 「それを承知で、私に預けたのか?」
男は肩をすくめる。
「実戦データが欲しかっただけさ」
「結果としては……上出来だ」
サキスが低く唸る。 その声を、男は一切気に留めない。
シェルアノスの視線が鋭くなる。
「答えろ! お前の目的は何だ」
「なぜ、ここまでして私に力を貸す?」
一瞬の沈黙。
そして、男はゆっくりとフードに手をかけた。
布が外れ、月明かりがその顔を照らす。
青白い皮膚。
人の輪郭をしていながら、どこか歪んだ顔立ち。
そして――頭部から無数に突き出た、紫色の棘。
生物とも、怪人ともつかぬ異形。
「名乗っておこう」 男は薄く笑った。
「私の名は――ニール・サキス」
シェルアノスの目が、わずかに細まる。
ニール・サキスは両腕を広げる。 まるで、夜そのものを抱き込むように。
「理由は単純だ」
「目的は、ただひとつ」
一歩、前に出る。
「人類滅亡だよ」
冷たい風が吹き抜ける。
「今の世界は歪んでいる」
「だから壊す」
「そして、選ばれた存在だけで、新たな楽園を築こうと思っている。」
その視線が、真っ直ぐにシェルアノスを射抜いた。
「君たちエイビスは、その礎になれる」 「力も、意思も、十分にある」
沈黙。
やがて、シェルアノスは低く笑った。
「……ふん」
「ずいぶんと大きく出たな」
「嫌いじゃない」
「だが――」
一歩、踏み込む。
「勘違いするな」
「私は誰かの理想のために戦うつもりはない」
ニール・サキスは気にする様子もなく、微笑んだ。 「構わないさ」
「結果が同じなら、手段は問わない」
月の下、二つの異形が向かい合う。
ニール・サキスは、ふっと興味を失ったように踵を返した。
「今日は一旦、この辺りで休むといい」
月明かりを背に、淡々と告げる。
「無理に動かせば、この“出来損ない”も壊れる」 視線だけをサキスへ向ける。 その眼差しには、欠片ほどの情もない。
「だが――明日は違う」
ニールは指先で、空をなぞるように振った。
「明日、サキスを街に放て」
「人間どもに見せつけてやれ。我らが存在を」
低い声が、夜に染み込んでいく。
「敵は傷つき、動ける人間も少ない」
「恐怖は、最も効率の良い呼び水だ」
サキスの喉が、低く鳴った。 その身体は傷だらけだが、瞳の奥に宿る衝動だけは、まだ燃えている。
「……シェルアノス」 サキスはかすれた声で問う。
「一緒に地上に上がった仲間はどうしている?」
シェルアノスは、少しだけ考える素振りを見せた後、淡々と答えた。
「別行動だ」
「イヲティスを探す中で、はぐれたまま戻っていない」
それを聞いて、ニール・サキスは小さく笑った。
「なら、好都合だ」
振り返りもせず、言葉を続ける。
「明日の騒ぎに気づけば、嫌でも寄ってくるだろう」
月明かりの下、彼はゆっくりと振り向いた。
「街が悲鳴を上げれば」 「エイビスの民も、人間も、否応なく同じ舞台に立つ」
一歩、前へ。
「それでいい」
「混ざり合い、壊れ、選別される」
その言葉に、シェルアノスは目を細めた。
「……人間を見せ物にするつもりか」
「違う」 ニールは即答した。
「世界を“現実”に戻すだけさ」
静寂。
やがて、シェルアノスは低く息を吐いた。
「まぁ……好きにしろ」
「だが、エイビスはエイビスの流儀で動く」
ニール・サキスは満足そうに頷く。
「もちろん」
「だから君たちは、美しいんだ」
そのまま、闇の中へと溶けるように下がっていく。
残されたのは、月明かりと、 膝をつきながら、荒い呼吸を続けるサキス。
シェルアノスは、その姿を一瞥する。
「お前も色々と大変だな」
「駒のように使われ」
シェルアノスは、それ以上言葉を続けなかった。
代わりに、踵を返して歩き出す。
向かった先は、山道の下を流れる細い川だった。
月明かりを映す水面が、静かに揺れている。
甲羅を軸に身を沈め、シェルアノスは無言で川へと手を伸ばした。
次の瞬間――
水飛沫が上がり、銀色の影が宙を舞う。
川魚だ。
逃げる間もなく、重い指が鰓を押さえ、動きを止める。
そのまま岸へ戻り、まだ跳ねる魚を、サキスの前へ放った。
「食え」
淡々とした一言。
命令でも、施しでもない。
生きるために必要な行為を、告げただけだ。
サキスは一瞬だけ川を見た後、魚を掴み、歯を立てた。
血が水に混じり、月明かりの下で赤く滲む。
咀嚼音だけが、夜に残る。
シェルアノスは、それを確かめるでもなく、川の流れへと視線を戻した。
「休め」 「明日は、長くなる」
サキスは答えず、ただ地面に拳を打ちつけた。
遠く、まだ眠る街の灯りが、山の向こうに滲んでいる。
それは――
破壊の始まりを、何も知らない光だった。




