21話 再生の怪人、迫る影
海翔は息を切らせながら、イヲティスの部屋へと急いでいた。
イヲティスがいる部屋に着く直前、待ち伏せしていたかのように、所長大海原迅が現れた。
「海翔、待っていた、少し話がある。」
そう言うと、大海原はゆっくりと歩み寄り、小さなケースを取り出した。
ケースを開けるとそこには、銀色に輝く新型デバイスが姿を現す。
「ハイドロギアですか? そうじゃないようにも見えますけど…」
海翔は驚きを隠せずに声を漏らした。
「これは新型ハイドロギア “シーソウル” だ」
「君の父親、海征と共に秘密裏に設計していた未完成型だ。シーレイヴの戦闘データを基に調整したものだが、人への適応実験はまだ終わっていない。危険もある」
大海原の声は厳しくも重く響く。
「だが怪人が消え、今何が起こるか分からない状況だ。海翔がもしもの時、自分自身やイヲティスを護身できるようにこれを持たせたい。
だがこれはかなり危険が伴うかもしれない。
旧型ハイドロギアでは刃が立たない時にだけ使って欲しい。」
海翔はしばし黙ってそれを見つめ、やがて力強く頷いた。
「分かりました。ありがとうございます。」
大海原は海翔の肩を優しく叩くと静かにその場を後にした。
海翔はイヲティスの部屋の前に着くと軽くノックしながら、「イヲティス、起きてるか?」と声をかけた。
「……ああ」
中からくぐもった返事が返ってくる。
扉を開けると、イヲティスはベッドの端に腰掛け、窓の外をじっと眺めていた。
部屋の中は薄暗く、朝の光がカーテンの隙間から細く差し込んでいる。
「こんな早い時間にどうした?なんだか外も騒がしいみたいだけど」そう言うとイヲティスが視線だけをこちらに向ける。
海翔は少し息を整えながら、まっすぐ切り出した。
「単刀直入に聞くけど昨夜から朝にかけて何してた?」
イヲティスは一瞬だけ瞬きをし、意外な質問に目を見開いた。
「……昨夜から朝にかけて? まるでその頃に何かあったみたいな…」
不意を突かれたように、少しだけ言葉を探す間が生まれる。
「イヲティス……聞いてくれ。昨日倒したはずの怪人が研究所から消えた。 しかも、そのことで周囲はイヲティスが何かしたんじゃないかって疑っている」
イヲティスは深刻な顔で首を振りながら動揺して言った。
「そんなことは、絶対にない。俺が倒したはずのアイツが消えるなんて…… まさかまだ生きていた?」
海翔は静かに息を整え、イヲティスをまっすぐ見つめた。
「俺は、お前の言葉を信じてる。だからこそ俺もそう思うけど、あいつが生きていたなんて信じたくない。
でも、証拠がなければ今の疑いは簡単には晴れない。……あんな危険な状況でシーレイヴを使って助けてくれたのに、こんな事を言って本当にごめん」
イヲティスは苦しげに拳を握りしめた。
「海翔、謝ることはない……分かっている。
今は証明しなければならない」
その時、館内に緊急警報が鳴り響く。
《警告。WOLL敷地内に未確認生命体の侵入を確認。全隊員戦闘配置へ。繰り返す――》
海翔は警報音の中、端末映像を指差しながら息を呑んだ。
「噂をしていたら、アイツだ!
行方をくらませた怪人が、生きて戻ってきやがった……」
映像の端には、もう一つの影――シェルアノスの姿。
海翔は振り返り、真剣な目でイヲティスを見据えた。
「イヲティス……あいつらの狙いは、イヲティス、君だ!」
言葉に迷いはなかった。
「君を標的に、この場所にやってきた。理由はどうであれ、ここで君を渡すわけにはいかない」
海翔は深く息を吸い、口角をほんのわずかに上げた。
「少しの間、俺が――いや、俺たちが食い止める。だから、イヲティスは隠れていてくれ」
イヲティスが何か言いかけた瞬間、海翔は静かに続けた。
「……これは、君のことを少しでも疑ってしまった
俺たちWOLLの責任でもある。ここを守るのは、俺たちの務めだ!」
言い終えると、イヲティスの話を聞く間もなく海翔は背を向け、全力で駆け出して部屋から出ていった。
その背中は、迷いなく前線へ向かう戦士そのものだった。
海翔の足音が遠ざかり、イヲティスは部屋に残されたまま、警報音を聞き続けていた。
低く唸るサイレンと、廊下を駆け抜ける足音が交錯し、緊迫した空気がじわじわと満ちていく。
そのざわめきは、確実に近づいてくる“何か”の予兆だった――。
場面は変わり敷地の正門前。
迎撃態勢に入ったハイドロギア部隊が、整列して敵影を見据える。
そして静寂を破り、二つの存在が姿を見せた。
一人は分厚い甲羅を背にしたウミガメの怪人――シェルアノス。
全身は海底の岩のように硬質な装甲に覆われ、甲羅の縁には長年の戦いで刻まれた傷跡が走っている。
その一歩ごとに、地面が低く鳴動し、威圧感が空気を押し潰していく。
もう一人は、WOLLから姿を消した異形の怪人
倒したと考えられていたその怪人は、その姿は先日倒した時とはわずかに異なっていた。
腕はさらに異様に長く、節々が膨れ、皮膚は深海生物のように粘り気を帯びて光を鈍く反射している。
まるで再生の過程で別の生き物の要素を取り込み、より歪んだ存在へと変貌したかのようだった。
シェルアノスが低く冷ややかな声を放つ。
「フン……フナムシのような小物が何人いようと、この私にはかなわん」
鋭い視線が正面の部隊を射抜く。
「私の目的は、イヲティスだ。掟を破ったあいつを、我らエイビスの元へ連れ戻す」
部隊員の一人が叫ぶ。
「お前が連れているそいつ……倒したはずじゃないのか!」
シェルアノスの口元がわずかに歪む。
「あぁ、そうだな。
私も何でだか分からないが、どうやら生きていたようだな。 こいつの名はサキス。……まあ、これから死ぬ人間に名乗っても意味はあるまい」
「手始めにコイツの力試しとでもさせてもらおう」
短く鋭い命令が飛ぶ。
「行け、サキス!」
粘液をまとった長い腕がしなり、次の瞬間、サキスは部隊の一人を吹き飛ばした。
甲高い悲鳴と、装甲が軋む金属音が重なり合う。
「撃てッ!」
号令とともに複数の水圧弾がサキスを撃ち抜く――はずだった。
だが、弾丸は湿った皮膚にめり込み、鈍い音を立てて弾かれる。
シェルアノスが甲羅を低く鳴らしながら前へ踏み出す。
背後では、怪人サキスが粘つく腕を振り回し、複数のハイドロギア隊員を押し込んでいた。
水飛沫と怒号が飛び交い、戦場は混沌と化している。
その混乱の中を、一人の影が駆け抜けた。
次の瞬間、シェルアノスの正面に海翔が立ちはだかる。
ハイドロギアの装甲が陽光を反射し、肩越しには仲間たちの必死の攻防が見えた。
「おい!お前にここは通させない!」海翔が声を張り上げる。
「イヲティスは、人類とエイビスを繋ぐ希望だ!
お前たちの掟なんかで、あいつを縛らせはしない!」
シェルアノスはわずかに目を細め、甲羅の縁を鳴らして低く笑った。
「お前か… イヲティスが助けたあの時の愚かな人間か。
その威勢だけは認めてやろう。」
一歩踏み出すごとに、甲羅の重圧が地面を震わせる。
二人の視線がぶつかり合い、戦場の喧騒さえ遠のいた。
「来い、人間。その覚悟、試してやる」
シェルアノスが腕を振りかぶった瞬間、海翔は低く構え、全身の駆動を最大限に高める。
「上等だ!」
轟音と水しぶきが弾け、二人の戦士が正面から激突した。
その衝撃は周囲の戦いを一瞬止めるほど、凄烈だった。
シェルアノスの一撃が海翔を吹き飛ばす。
旧型ハイドロギアでは到底太刀打ちできず、海翔は地面に叩きつけられ、息を荒げた。
「くっ……こんな……!」
海翔は一瞬、新型“シーソウル”を使おうかと迷った。
その時!
倒れた海翔の視界を、眩い深い蒼が覆った。
立ち上がったのは――シーレイヴを纏うイヲティス。
その背中は、海翔にとって何よりも頼もしい壁だった。
「出てくるなって言っただろ!」
海翔が咄嗟に叫ぶ。
イヲティスは静かに、しかし強い意志を込めて答える。
「共に生きる未来を選んだから、俺はここにいる!」
「この手で守る――海翔も、みんなも、絶対に!」
シェルアノスは鋭い目を細める。
「ふん……その声はイヲティスか。
少々荒っぽいことになるが、修行の力試しもかねて力ずくでエイビスに連れ戻してやろう」
イヲティスは一歩も退かず、海翔を守るように構えた。
その姿は、深海の闇から光を放つ戦士のように凛々しかった。




