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エイビス外伝 約束の潮路

水面下で、何かがゆっくりと動き出していた。

誰にも気づかれぬまま、静かに、そして確かに。


だがイヲティスはそんな事とも知らず、深い眠りの中で、彼の意識は過去の記憶へと沈んでいく。


あれは、まだ地上に来るよりもずっと前。

ペルセナが語ってくれた、遠い伝承の話。

隣にはカヴリノスもいて、退屈そうにあくびをかみ殺していた。


夢の中のイヲティスは、ぼんやりとその光景を思い出していた。



「ねぇ、イヲティス。バミューダトライアングルって、知ってる?」


そっと語りかけるように、ペルセナが声を落とす。

隣ではカヴリノスが眠そうに話を聞いている。


「三つの海流が交差する、不思議な海域。

その中心には、“時がねじれる場所”があるって言い伝えられてるの」


ペルセナが語りはじめたのは、エイビスに古くから伝わる、あるひとつの物語だった。



昔々、まだエイビスという名もない頃。

深海に暮らしていた一人の若者、ヴェルトスは大切な人を亡くした。


彼女の名はセラ。

幼いころから共に育ち、やがて恋人となった女性だった。


セラは病によってヴェルトスの手の中で命を落とした。


最後に伝えるはずだった言葉も、未来の約束も、すべてが届かないまま終わっていった。


それでも、伝えたかった。


その悲しみの中、ヴェルトスは見知らぬ老魚に出会う。

「三角の海にゆけ。時のしぶきが渦を巻くとき、おぬしの願いが“時の狭間”に届けば、一夜だけ、過去の流れと交わることができるやもしれぬ」



ヴェルトスは何も持たず、セラとの思い出を胸に、海の深淵へと沈んでいった。

見知らぬ者から聞いた事だがその時は信じるしか選択肢はなく必死に長い海路を進んだ。


――そして、彼はついに“そこ”に辿り着いた。


深い海の底に沈んだはずの意識は、いつしか軽くなっていた。

体が水に包まれている感覚はなく、重力も温度も、遠い記憶のようにぼやけている。

やがて足が何かに触れる──柔らかく、温もりを残した砂。


彼はそっと目を開けた。


そこは、確かに見たことのない世界だった。

空は海のようにゆがみ、光は一定の方向からではなく、四方から降り注いでいる。

海岸線には奇妙な植物が揺れ、潮騒とともに、どこか懐かしい旋律が聞こえた気がした。


時間の流れすら、ここでは命を持つように波打っている。


だがその神秘に心を奪われる暇もなく、

どこからともなく声が響いた。


「よく来たな、旅人よ。」


誰の声ともつかない。

けれど確かに、彼の心の深い場所へ直接語りかけてくる。


「これは夢ではない。だが、現でもない。」

「おぬしが願ったのだ。再び“あの時”に触れたいと。」


周囲の景色が淡く揺れる。

空のゆがみが広がり、海と空の境目が消えていく。

「望んだが最期、戻れる保証など、どこにもない。」

「それでも進むか? それでも“彼女”を選ぶか?」



世界が閉じる音がした。

潮騒が遠のき、すべての色が褪せていく。

境界は閉ざされた──彼の意思によって。


彼は、答えを言葉にはしなかった。


だが、迷いのないその瞳が、すべてを物語っていた。

選ぶのではない。ただ、そこに向かうしかなかったのだ。


そっとヴェルトスが目を開くとそこには若き日のセラがいた。

ヴェルトスはセラの姿を見るなり長い旅の途中一滴も流さなかった涙を流してしまう。


「ヴェルトス……? なんで泣いてるの?」

ヴェルトスは動揺を隠しながらも

「いや……会えてよかった。ただ、それだけでいいんだ」

深海の静けさの中で、ふたりは手を重ねた。

聞こえていたのは、自分の心臓の音と、水圧が軋むような深い脈動だけだった。

セラは何も知らない。未来に自分がどうなるのかも、彼の悲しみも。


それでもヴェルトスは、固く約束の言葉を紡いだ。


「生まれ変わっても、きっとまた君を探しにいくから。」



ヴェルトスの言葉に、セラは少し顔を赤らめて言った。

「また探しに来るって言われても、ちょっと恥ずかしいから、そんなのやめてよね。」



ヴェルトスは言葉を返さず、ただ優しい笑みを浮かべ、そして時の扉はそっと閉じられた。



ヴェルトスが静かに目を覚ます。

深い眠りのあとの世界は、何ひとつ変わらぬ顔で、

まるで最初から“あの時”など存在しなかったかのように、

彼を静かに現実へと引き戻していった。


けれど頬には、見知らぬ涙の跡が、そっと残されていた。

それは、彼が確かに“あの時”に触れたことを物語っていた。


以来、ふたりの物語はエイビスにて、静かに語り継がれている。




「それが、この伝説の結末」


ペルセナは静かに語り終えた。


イヲティスは何も言わず、ただその余韻に浸るように瞬きを一つ落とす。


すると、話の途中で寝てしまったカヴリノスが、ぐあっと背伸びをして目を覚ました。


「ふあぁ……なんの話してたんだっけ?」


「聞いてなかったの!?」

ペルセナはむっと頬をふくらませた。


「もう知らない!絶対もう話さないからね!」


「えぇ!?待って、待って、最初からお願い~!!ね?ペルセナぁ!」




「……バカ。」

そう言って、ペルセナはぷいっと顔を背ける。


イヲティスは、そんなふたりのやりとりを見ながら、ふと、深い海の向こうにある“交差する時”を想像していた。


もし本当に、時が重なり合う瞬間があるのなら…

それを信じて想いを繋げようとした、誰かの強い願いが、今も海の底に眠っているのかもしれない。


エイビスに語り継がれる幻想譚。

地上では7月7日 星が交わる夜、日という概念のない深い海の底でも今も誰かが誰かを想い続けている。

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