1話 エイビスの指令
時は遡る。
深く暗い海の底。
そこには、人々が知らないもうひとつの世界が広がっていた。光届かぬ深淵に築かれた都市――その名はエイビス。
深海の圧力が音となり、低い振動を伴って「海淵都市エイビス」の内部を満たしていた。
都市の中心部には、巨大な黒い貝殻のような指令室が鎮座している。その中で、エイの怪人スティングレイが鋭い目を光らせていた。
「シェルアノス。」
鋭い声が静寂を切り裂いた。
「ここに来い。」
重々しい足音を響かせ、亀の怪人シェルアノスが進み出る。彼の甲羅は岩のように硬く、そこに刻まれた深い紋様が冷たい青白い光を反射していた。
「人間の調査に向かえ。」
スティングレイが低い声で命じた。その声はどこまでも冷たく、重い海底の水圧を思わせる威圧感があった。
「調査ですか…?」
シェルアノスは眉をひそめるように問い返した。
スティングレイは指令室の中心に置かれた大理石のような平らな岩に歩み寄った。その表面には、地上の地形を模した地図が彫り込まれており、周囲の生物分布や水流の流れが最新の情報として刻み込まれている。
「これが奴らの領域だ。」スティングレイは地図の一部を甲殻でなぞる。
「奴らの文化、食料、戦力――何もかもを調べろ。我らの計画を成功させるには、奴らの弱点を把握する必要がある。」
シェルアノスはゆっくりとうなずいたが、その目には迷いが浮かんでいた。彼は戦闘には自信があるが、調査のような繊細な任務は苦手だ。それに、スティングレイの命令には何かしらの思惑があることを感じていた。
「失敗は許されない。」
スティングレイの尾が甲殻の岩を叩く音が響き渡る。「お前が任務を果たせば、エイビスの未来は一層強固になる。」
「承知しました。」
低い声で答えたシェルアノスは、指令室をあとにする。背後からスティングレイの冷たい視線を感じながら、彼は水流に逆らうように進んでいった。
出口の暗がりに消えながら、シェルアノスは小さく呟いた。
「人間ども…どんなものだか確かめてやる。」