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17話 新たな居場所

シェルアノス、カヴリノスの二人がエイビスに戻る頃、闘いを終えたイヲティスと海翔は状況報告のため輸送車に乗せられWOLL本部へと向かっていた。

輸送車の車内。エンジンの低い振動音が、沈黙の隙間を埋めるように響いていた。


ふと、海翔が隣に座っているイヲティスに話しかけた。



「そういえばさ……イヲティスって、昔、一度地上に来たことがあるって言ってたけど、数字ってその時に覚えたの? さっき咄嗟の事だったけどパスワード打てたみたいだから」


イヲティスは少しだけ目を細め、前を見つめたまま、懐かしそうに頷く。


「ああ……まだ俺が子供だった頃だ」


「そのとき、父さんと会ったんだよね? どんなだった?」


問いかけに、イヲティスは少し微笑んで答えた。


「君の父さんは、俺たちエイビスの民を、まるで怖がらなかった。

 むしろ、面白がるみたいにいろんなことを教えてくれたんだ。」


「へえ……意外だな!」

と海翔がどこか嬉しそうに微笑む


「数の数え方、人間の道具の使い方……それから──」


イヲティスは、ふと小さく笑った。


「たい焼き、っていう食べ物もくれたんだ。」



「温かくて、甘くて……すごく不思議な味だった。

 あんなに小さなものなのに、胸の奥がじんわり熱くなるような……そんな味だったよ。」


「あと人間は、魚を小さく切って生で食べるって聞いた事を思い出したよ。 

俺たちエイビスの民も魚を食べる者もいるけど切るなんていう文化はないからその時驚いたんだ」



海翔は手を叩くように言った。「“おさしみ”のことか! イヲティスも魚は食べるの?」



「魚は食べるけど、“おさしみ”にはしないな。

あっ、俺を“おさしみ”にするのはナシだからな!」


イヲティスは、冗談めかして言いながら、海翔をちらりと見上げた。


「イヲティス! 緊張も解けてきたみたいで、なんだか俺嬉しいよ!」

海翔は笑顔でそう答えた後に話を続けた。



「それにしても父さんは俺にはそんな話、全然してくれなかったな。

 でもなんとなく覚えてるかも。……子供の頃に、変わった見た目の誰かと会った気がする。」


そう言ったあと、慌てたように言葉を継ぎ足した。


「あっ、ごめん! 変わった見た目とか……」



イヲティスは首を横に振った。


「気にするな、海翔。

 君がそう思うのは、自然なことだよ。」


そして、少しだけ声を落として続ける。


「でも君の父さんは、違った。

 見た目なんか気にしなかった。

 俺を、ちゃんと友達として見てくれたんだ。

いや、自分の子供のように優しく接してくれたのかもしれない。」


車内に、静かな時間が流れる。


やがて車体がゆるやかに停止する。ブレーキの音に、二人は顔を上げた。


「おっと、着いたみたいだな。」


イヲティスの言葉に、海翔も頷いた。


二人は車から降りると、まっすぐ指令室へと向かう。


イヲティスと海翔が指令室に戻ると、重々しい空気がそこを満たしていた。


中央の卓に立つ所長・大海原迅が、腕を組んだままイヲティスをじっと見つめている。

他の隊員たちも壁際に控えていたが、どこか警戒した様子を隠そうともしなかった。


大海原が静かに口を開く。


「イヲティス、君はこれからどうしたい? こうなってしまったからには、簡単に元の場所へ戻ることはできないだろう。

それと……そのデバイスだが、見たこともない型だったな。

もともとWOLLの隊員が使うために作られたものではないか? 一度、こちらで預からせてほしい。」


イヲティスは少しだけ身を引いたが、海翔がすぐに前へ出た。


「いえ、それは──父さんがイヲティスのために設計したものです。」


「ほう?」

大海原が興味深そうに眉を上げる。

「それがなぜ今になってここに?」


海翔はイヲティスのデバイスから、小さなカードを取り出した。

差し出されたカードを大海原が受け取ると、そこには間違いなく──海洋生命研究機関WOLLの正式な研究員証が印字されていた。


「このカードが、何を意味するか分かるか?」

大海原が声を低くする。


「はい。 イヲティスも、WOLLの一員として認めてほしい。

父さんは……この未来を、予想していたのかもしれません。」


大海原はしばし無言でカードを見つめた。

やがて、微かに目を細めると、深く息をついた。


「しかたないな。これがあるからには認めるしかない。」


その時だった。

鋭い声が、室内を切り裂いた。


「待ってください、大海原所長!」


隊員の一人、セナが一歩踏み出す。

彼の顔には、明らかな怒りと困惑が浮かんでいた。


「そんな得体の知れない怪物を、WOLLの一員として認めるなんて──納得できません!」


イヲティスの肩がごくわずかに強張る。

海翔も険しい顔になったが、大海原はただ静かにセナを見据えた。


「まぁ、そう言うのも無理はない。だが、さっきの闘いを見たはずだ。

シーレイヴは君たちが使うハイドロギアとは、比べものにならない力を見せた。」


「それは……」

セナは言葉を詰まらせながら言った。


「だが安心しろ。セナ!」

大海原はきっぱりと言った。


「イヲティスには、当面、海翔と共に行動してもらう。監視とサポートの意味も含めてな。

それに──彼が敵でないことは、もう十分証明されている。」


静まり返る指令室。

大海原がイヲティスへと視線を向けた。


「さて、イヲティス。」

その声は、どこか柔らかかった。


「君がこれから何を望むのか。それを、一番に尊重したいと思っている。

君自身の意志を、聞かせてくれないか。」


すべての視線がイヲティスに集まった。

イヲティスはしばらく黙ったまま、うつむいていた。


だが、やがて──イヲティスは顔を上げた。


その瞳には、揺らぎながらも確かな光が宿っていた。


「俺は……」


言葉を選ぶように、ひとつ呼吸を置く。


「まだ分からないことばかりだけど……俺にも、できることがあるなら……海翔と一緒に、エイビスと人類の共存の糸口を探したい」


イヲティスの素直な想いに、室内の空気がわずかに和らぐ。


海翔がにっこりと笑いながら言った。

「一緒に考えよう。」



大海原も深くうなずき、重々しく言葉を発する。

「イヲティス、君は今日から海洋生命研究機関WOLLの一員だ。」


セナはまだ不満そうに唇を噛んでいたが、それ以上は何も言わなかった。

イヲティスは、ようやく肩の力を抜き、ほんの少しだけ微笑んだ。



大海原は一息つくと、少しだけ柔らかい声で言葉を続けた。


「さて、イヲティス。君の今後についてだが……当面、ここで生活してもらうことになる」


イヲティスがはっと顔を上げる。


「もちろん、自由に過ごして構わない。ただ、いきなり人間の世界に放り出すわけにもいかない。研究所内の使われていない部屋を一つ、君に用意しよう」


大海原が軽く手を振ると、近くに控えていた隊員が小さく頷き、歩み出る。


「案内してやってくれ」


イヲティスはしばらくためらったように立ち尽くしていたが、やがて小さくうなずき、海翔の方を振り返った。

海翔はにっこりと笑い、「大丈夫、俺もあとで行くから」と声をかける。


どこか戸惑いながらも、イヲティスは新しい居場所へと歩き出した。



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