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16話 ペルセナの決意

シーレイヴと謎の怪物との闘いが終結を迎えるころ、シェルアノスとカヴリノスは、少し離れた水面から戦場を見つめていた。  


だがそこには、シーレイヴの装着を解除し、人間に駆け寄るイヲティスの姿があった。 


 カヴリノスは言葉を失い、シェルアノスが静かに目を細める。


 「カヴリノス、戻るぞ」


 シェルアノスの低い声に、カヴリノスは小さく頷いた。  

彼らのいるべき場所は、もはやここではない。



海底深くにある故郷エイビスへと帰還すると、二人は凄い勢いで泳ぎ、スティングレイのもとへ向かった。


「イヲティスが人間を庇い、エイビスの民とも違う生命体と闘っていました。まるで人間の味方をしているかのように…」




 淡々と報告するシェルアノスに、スティングレイはゆっくりと瞳を細める。


 「ほう……」


その言葉が響いた直後、


「なるほどな……やはりアイツは裏切ったか」


低く嘲るような声とともに、ノドグロスが姿を現した。  

鋭い目つきでシェルアノスとカヴリノスを見下ろしながら、皮肉げに笑う。


「まったく、愚かな弟だ。人間なんぞに肩入れしやがって…」


ノドグロスの登場に、カヴリノスはわずかに身を引いた。

ノドグロスの持つ威圧感は、冗談めかした態度でごまかせるようなものではない。


「兄弟のくせに、よくもそんな冷たいこと言えるよな…」

ぼそりと呟いたカヴリノスに、ノドグロスは冷笑を浮かべる。


「兄弟だからこそだ。イヲティスは生まれたときから甘かった……俺はそれを知っている」



シェルアノスは表情を変えず、冷静に問いかける。

 「イヲティスをどうしますか?」



 スティングレイは即座に答えた。

「すぐに連れ戻し、処罰する。我らエイビスに仇をなす行為だ」


「しかし、二人でどうにかなる問題ではない。他に骨のある者はいないのか?」


その問いかけに、場の空気がわずかに張り詰めた。


しんと静まり返り、幹部たちが集まる広間の物陰から姿を現す一人のエイビスの民の姿が


「なら、私が同行しよう」


静かだが力強い声。

振り返ると、そこにはペルセナが立っていた。


シャチの一族の系譜を宿す彼女の立ち姿は、どこか厳かでありながらも、内には熱を宿していた。



「私がイヲティスを連れ帰る。 でも、それだけじゃない」


スティングレイが片眉を上げる。

「ほう?」


「イヲティスがなぜ人間側についたのか、その理由も知る必要がある。無闇に罰するのではなく、何が彼を変えたのか……それを突き止めるべきだと思う」


ノドグロスが鼻で笑う。

「お前は甘いな、ペルセナ。そんなもの、どうでもいい。裏切りは裏切りだ。」


「それなら、私が証明してみせる。イヲティスがどれほどの裏切り者なのか、それとも……」


 ペルセナはきっぱりと前を向いた。


 「何か別の理由があるのか」


 スティングレイはしばらく彼女を見つめた後、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「面白い。いいだろう、ペルセナ。お前に任せよう。ただし、イヲティスを連れ帰ることが第一条件だ」


 「はい」


 ペルセナは力強く頷いた


シェルアノスとカヴリノスの二人を置いてその場を後にしたペルセナのその背後から、水を蹴るように二人が後を追う。


彼女の泳ぎには迷いがなく、それがかえって焦りを物語っているように見えた。



「おい、ペルセナ!」

カヴリノスが彼女の横に並び、軽く肩を叩いた。「そんなに焦んなよ。……イヲティスのこと、心配なんだろ?」


ペルセナは泳ぎを止めることなく、前だけを見据えて答えた。

「当たり前でしょ。イヲティスがどうしてこんなことになったのか……私にはわからない。でも、私はイヲティスを絶対に助ける。何があっても」


「まったく、君はいつも真っ直ぐすぎるな……」

カヴリノスが苦笑する横で、シェルアノスは無言のまま泳ぎ続けていた。


「師弟というものは、こうも厄介なものか」

ふと漏れたその声に、ペルセナとカヴリノスが視線を向ける。


「イヲティスは、私の手で鍛えた。だが、それが奴を正しく導いたのか……今でもわからない」


「愚かな人間に力を貸すなどあってはならんが、このまま見捨てるわけにはいかん。私が責任を持ってエイビスまで引きずり戻してやる。」


シェルアノスは視線を伏せるように言った。


 ペルセナがわずかに目を見開くと、カヴリノスは安心したように笑った。


「なーんだ、ちゃんとシェルアノスなりに考えて、心配してるじゃないか!!」


「黙れ。お前のように軽く扱える話ではない」


「はいはい、そいつは失礼しましたっと」


ペルセナは足を止め、二人を見て微かに微笑むと、真っ直ぐ前を向き直す。


「さぁ行くよ。イヲティスを取り戻すために」

ペルセナの掛け声と共に三人は再び泳ぎ出した。

深海の静けさが、彼らの決意を包み込んでいた。




彼らの姿が見えなくなった後、広間には静寂が戻っていた。


「本当にあの女に任せてよかったのか?」

 ノドグロスが口を開いた。声にはわずかな苛立ちが滲んでいる。

「イヲティスに甘いあの女に……」


 

「だからこそだ」


 スティングレイはそう一言言うと、背後を流れる深海の闇に目を向けた。

巨大な水泡がゆっくりと浮かび上がっていく。



スティングレイは静かに言った。

「ペルセナは“始祖様”の意志を最もよく汲んでいる。我々幹部でさえ、始祖様の真意は測れぬがな」


「フン……始祖様はいつも沈黙している。まるで我々の愚行を見透かしておられるようだ」

ノドグロスが苦々しげに呟く。


「見透かされているのだろうさ。だからこそ、愚直な者が必要なのだ。ペルセナのようにな」

スティングレイの声には、どこか遠いものを見るような響きがあった。


しばし沈黙が流れた。

水の揺らめきだけが広間を満たし、始祖様の名を語ることすら畏れ多いのだと、二人の間に暗黙の緊張が漂った。


スティングレイが、ぽつりと呟く。

「我らが始祖様は、遥か昔よりこのエイビスを見守り続けておられる。深海の知性が生まれたその瞬間から、存在していたとさえ言われている……」


「神か、化け物か。今となっては確かめようもない」

ノドグロスが皮肉めいて笑うが、どこか乾いた響きだった。


ノドグロスは眉間に皺を寄せたまま黙り込む。だが、すぐに低く問い返した。

「だがなぜだ……なぜ“あの時”我々を止められた? お前も覚えているだろう、内乱の際に始祖様が発した唯一の言葉を」


スティングレイは深く頷きながら言った。

「ああ……『破壊ではなく、均衡を』。――あれが、唯一の“声”だった」


その言葉は今もなお、エイビスの深層に刻まれている。

刃を振るうことをためらわなかった者たちを止め、均衡という名の秩序を打ち立てた。

だが、それが本当に正しかったのか――我々エイビス幹部の間でも答えは分かれていた。



ノドグロスは黙り込んだが、眉間に皺を寄せたままだ。

「それでも俺は納得できん……」


絞り出すように、ノドグロスが呟く。

「イヲティスは、始祖様の均衡を裏切ろうとしているのではないか……人間に、情を抱くなど」


「それなら見届けるといい。イヲティスが何を選ぶか。彼を見捨てるのは、そのあとでも遅くはない」

スティングレイの声は静かだったが、その奥底には深い信念が宿っていた。


やがて、彼は静かに視線を外洋へと移す。

その先にエイビスの始祖が眠るとされる、最も深き海域―深核の聖域があると言われていた。


広間には再び静寂が満ち、二人の思考だけが、圧倒的な重みをもって深海の闇へと沈んでいった。


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