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序章・深淵からの始まり
海の底には、誰も知らない都市がある――そう語る者がかつていた。
しかし、今やその言葉を信じる者はいない。ただ深い闇と冷たい水だけが広がる海の底。
それ以上のものがあるはずがない。
だが、彼は知っていた。
「またか…」
静かな海辺に立つ彼の表情は、どこか険しく、そして疲れ切っていた。風が冷たく頬を撫でる。遠くから波の音が聞こえるだけで、人の気配はなかった。
見慣れた景色のはずだった。それなのに、胸の奥に奇妙な違和感がある。
「俺が守りたかったもの…本当にこれでよかったのか?」
そう呟くと、彼は手のひらを見つめた。その指先には、まるで深海の生物のような鱗状の模様が浮かんでいる。それは彼が普通の人間ではない証だ。
「過ちを繰り返すなと言ったのは、誰だった…?」
彼の視線が海へと向かう。深い青に沈む水平線。その向こうには、かつて「海淵都市エイビス」と呼ばれた場所があるはずだ。忘れ去られたその都市は、今も静かに海底に眠り、人知れずその存在を誇っている。