隠された地図 再びイギリスへ
最後の地をイギリスにしたのは原点に戻したかったからです。すべてはここから始まりました。賢者の石を手にした彼らはそれをどうするのか。敵に命乞いで渡すのか、自分の物にするのか。残念なことに仲間内に1人の密通者がいて、最後に大変な事が起こりますが、マリウス達は果たして無事なのか?密通者は誰なのか?最後の最後まで謎は残ります
翌日、カンボジアに向かうため空港に向かう6人は、昨日から計画してあった変装をした。マリウスとエレノアは、男っぽくて大きめな服で帽子を被った。
テッドとアルは、ラッパー風な兄弟の設定だ。
ジョーとジンジャーは、友人同士のラフな格好でサングラスをかけた。そして、2人ずつ別々に空港に入った。
まずマリウスとエレノアが搭乗手続きを行った。ゲートでパスポートの写真と恰好をみた
スタッフは、一瞬変な目で2人を見たが、マリウスがサングラスをはずして顔をみせると、
ニコッと笑い通してくれた。
テッドとアルは、陽気に振舞いOK。
最後はジョーとジンジャーは、問題なく通過できた。
出立する時の空港内には、黒服ではないがサングラスをかけた怪しい男たちが数人、柱にもたれながら搭乗する人間を見ていたが、2人ずつで動いたため、ノーマークだったようだ。
11時間のフライトの中でも、作戦続行中でそれぞれ離れた席を取り、眼も合わさず他人のふりをした。
ジンジャーは、友人役のジョーの話を聞くふりをしながら、席を立つ人間や仲間に近づく人間を監視した。
エレノアは、マリアという偽名で、長い髪を帽子の中に隠し、ヘッドホンを聴いているふりをして喋らないようにした。
マリウスはジョナサンという偽名で、寝ているふりをしてやり過ごした。
ジョーとジンジャーはジョニーとジンという偽名で、片言のフランス語を混ぜて会話した。アルとテッドは、普段から陽気なため、特に気をつけなければいけない2人だが、意外にも
サングラスかけたまま、機内の席のポケットに入っている雑誌を見ながら、おとなしくして
いる。偽名は2人とも、それぞれ好きな有名人にしたいとのことでジョージとポールとした。
飛行機は何のトラブルもなく、無事にカンボジアに着いた。
ここからはアンコールワット行きのバスかタクシーだ。ここでも3組は交わることなく、
バスやタクシーに乗り込み、それぞれでアンコールワットに集合する手はずになっていた。
追跡者に警戒しながら、どうにか有名なアンコールワットに着いた。
ここでジンことジンジャーが、追っ手のいないことを確認し、やっと6人は合流することが出来た。皆はお互いの姿をみて
「1番違和感があるのは、マリウスだな。服に着せられている感じだ」
アルはマリウスを見て、ニヤニヤしている。ここまで緊張しっぱなしだったマリウスは
「アルはよく似合っているよ。それが普段の姿だろ」
と、反対にアルをからかった。
6人は追跡者もいないことで安堵し、凝り固まった体を伸ばし、深呼吸した。
そして目の前に広がるアンコールワットを見た。
「すごいですねー。壮大な大きさだ。なんだが身が引き締まる気持ちです。私はこの宗派
ではないのですが・・・」
ジョーは直に、アンコールワットを見て感動したのか、両手を広げてオーバーなリアクションをした。
「何がそんなにすごいの?大きいのはわかるけど宗教って?」
「テッド様。ここカンボジアはヒンドゥー教で、このアンコールワットは文化遺産に登録されています」
ジョーはテッドにも分かるように説明した。それでもテッドはキョトンとしたままで
「で、ここで何をするの?」
と、アルに聞いた。
「そうだなー。ここからどうすればいいかな。大いなる寺院の神は、聖なる川と繋がる。か、ここはヒンドゥー教だから、その神をあがめる国はインドだな。8億人がヒンドゥー教の信者らしい。だから暗号の続きに書いてある、聖なる川というのを考えればいいじゃないか?」
「それはどこ?」
「えーと、インドで聖なる川か・・・。あそこだと思うが確認する。ちょっと待っていろ」
アルはそう言うと、道端に座り込みPCを開いた。ジンジャーだけは周囲に目を光らせている。
「あった。やっぱりここだ。聖なる川とは、インドでも有名なガンジス川だ」
「ガンジス川?」
テッドは聞いたことのない、名前に混乱している。
マリウスは、昔ジョーから聞いたことのある川だと思い出した。
「ガンジスはインドの人の生活に欠かせない川で、ほとんどの生活水は、ここの水を使用
している」
アルがそう言うと
「川の水を使うの?」
続け様にテッドが聞いた。
「ガンジス川は、聖なる川と呼ばれそこで身を清めることで罪を洗い流すという教えがあるらしい」
「そうだね。でも、ここからどこへ行けばいいのだろう?」
マリウスは、記憶した暗号を口ずさみ唱えた。
「そうなるよなー。ここにも何かあると思ったが・・・。まあ、今日はどこかに泊まって
食って考えようぜ」
アルはお腹を押さえながら、マリウスの反応を見た。
「そうだね。分からず動くのも危険だ」
アルの提案に、みんなは反論しなかった。
ホテルで名物のクメール料理を食べた6人は、カンボジア独特のヒンドゥー神のヴィシュヌやシヴァ神の置物が、数多く飾られている部屋で、暗号の紙を見返した。
「世界一大きな絵はナスカの地上絵、そこから繋がる場所はアンコールワット。ここまではいいと思う。だがカンボジアまできた意味は何だったのか。ただインドに向かわせるための
伏線?」
マリウスはアルを見ながら暗号を指さした。
「うーん。地上絵からインドを結びつけるものがなかっただけかもしれないな。ここは素直にインドに向かえばいいじゃないか」
続けて、アルは
「インドかー。目的地がガンジス川ってなるけど、あそこは観光客には不向きな所だぞ。
なんせいろんな物が流れている。生活水や排泄物、死体まで」
「死体!なんで?」
テッドは聞きなれない言葉にびっくりした。
「ガンジス川は聖なる川と呼ばれている。亡くなった人の罪を、ガンジスが洗い流すって
いう意味が。今はその風習もないかもしれないけど・・・。しかし、それほどインド人に
とって川は、聖なる場所の意味をもつ。まあ入るのは地元の人間だけだろうけど」
「うへー。そんな川があるの?」
首をブルブルと横に振り、身震いするテッド。そんなテッドの言葉にジンジャーが
「馬鹿をいうな!!地元の人間にとっては、大事な生活の一部だぞ。他人の宗教観を卑下
することはやめろ」
と、珍しく厳しい表情でテッドを窘めた。
「ごめんなさい。僕はそんなつもりはなかった。ただ・・・」
「テッド。人は何かにすがりたくて。心の拠り所を求めている。だから彼らを認めなくちゃ。だろ?」
「うん、兄さん。ごめんなさい」
マリウスはテッドの頭をなでるように諭した。
「ジンジャー、ごめんなさい」
「テッド、この機会に世界中の事を勉強するのも、いい経験になる」
「分かった。ジョー、教えてくれる?」
「はい、テッド様」
「よし、じゃー話もまとまった所で、暗号に戻ろうぜ」
アルが重苦しい雰囲気を変えるように、陽気な声を出す。
「そうだ。あれを解かなくちゃ」
マリウスは暗号の紙を出して、皆はベッドの周りに集合した。
「王は王妃を愛し、流した涙は・・・」
「んー」
5人が黙ったままだ。
「目的地がインドとして、ガンジス川だろ。そこに何があるかだな」
「ええ、ガンジス川に何か次へのヒントがあるのかもしれないけど、この王が流した涙が気になるわ」
「そうだなー。でも、今はこのヒントしかないから、ここは明日向かう、インドで見つけるしかないじゃないか?」
アルとエレノアが暗号の紙を示しながら話し合う。
「じゃあ、今日はここまでにしよう。明日、インドに行けば情報もあるだろうから」
マリウスは、皆に、今晩は解散と。告げると、各々
「じゃあー、休むなー。おやすみ、フワ―」
欠伸をしながら、部屋を後にする。
エレノアは部屋に戻ってから、しばらく暗号の事を考えていたが、欠伸が頻回に出るのを堪えられなくなり、ベッドに入った。
眠りの中で、エレノアは幸せな夢を見ていた。抽象的でフワフワとした夢。
青い空をマリウスと2人、空高く飛んでいる。
が、急に遠くの空から、黒い雲が近づいてきて、マリウスを飲み込んでしまった。
「マリウス・・・マリウス」
エレノアは、ハッと目を開けた。こんな夢初めてだ。
エレノアは起き上がると、汗をかいた額を拭い、風に当たろうとガウンを羽織って、ロビーに降りた。
ロビーには誰も居なかった。フロントのスタッフも中で仮眠でもしているのか、人気がない。エレノアはロビーをぐるりと周り、外の暗闇を見た。
さっきの夢は何だったのか。マリウスが黒い雲に覆われて・・・。なんだか不吉な夢だ。
すると、誰も居ないはずのロビーから、小さな声が聞こえてきた。
エレノアはホテルのスタッフかしら・・・と、思い、足音を立てないようにそっと、声のする方へ行ってみた。
すると、そこにはジョーが、スマホで誰かと会話をしていた。声は聴き取りにくいが、何
とか聞こえる。
「トニー、明日インドに発つ。ガンジス川に向かう。金を叉頼む。こちらは大丈夫だ。
坊ちゃんたちは私を信用しているからな」
エレノアは驚いた。ジョーは一体誰に連絡を取っているのだろう。
インドは明日私たちが向かう場所だ。そんな秘密を教える相手は誰だろう。エレノアはそっとその場を離れようとした。が、あまりの緊張にコツンと音を立ててしまった。
「誰だ!」
ジョーがするどい声を上げて、こちらに近づいてくる。
エレノアはもうダメだと思った。目をつぶってあきらめたその時
「お客様、どうされましたか?こんな夜更けに。何か御用がありますか?」
間一髪のところで、ホテルのスタッフが見回りのため巡回していてジョーに声をかけた。
ジョーは一瞬ためらったが、すぐ笑顔になり
「大丈夫です。寝付けなくて散歩をしていました」
と、スタッフに会釈をして、その場を離れた。
エレノアは椅子の後ろに隠れ、息を潜めていたため見つからなかった。
見回りのスタッフは、去っていくジョーに首を傾げたが、巡回に戻ったのかライトの光が段々遠くなっていった。
どのくらい時がたっただろう。エレノアは周囲を警戒しながら、そっと部屋に戻りベッドに潜った。
エレノアの部屋は、マリウス達と同じといってもドアとドアで仕切られた別の部屋になって
いる。ベッドに入ったエレノアはまだ胸がどきどきした。
{ジョーはマリウス達の後見人で、マリウス達が幼少の頃からガヴァディスとして一緒に暮らしていると聞いたことがある。マリウスはジョーに絶対的信頼をもっている・・・。こんな
こと話せやしない。一体どうしたら・・・}
結局エレノアは朝まで一睡もできなかった。
翌日は快晴で、6人は食堂に集まって朝食をとった。名物のパンもあるが、観光客に合わせていろんな国の料理が揃えられている。
アルとテッドは、朝から食欲旺盛でベーコンやウインナー、シリアル、ミルク、ジュース、
フルーツと沢山お皿に乗せて食べている。
ジンジャーは、苦いコーヒーをおいしそうに飲んでいる。
マリウスはスクランブルエッグとパン、ベーコン、ジュース。
エレノアはジョーをチラリと隠しみた。昨晩の事はなにも感じさせない笑顔でアルと談笑している。でも眠いのか、ときどき欠伸をしてはコーヒーを飲んでいる。
エレノアは時々ジョーの方をチラチラ見ながら不審な動きがないか確認した。
「マリウス様。今日の飛行機は午後便で取れました。席はまだ別々に3人ずつですが」
「ありがとう、ジョー」
インドへ向かう飛行機の中で、ジョーは何故か長い間席を外している。
帰ってきたジョーは、マリウスに何か伝え、マリウスはそれに頷いた。
エレノアはマリウスに、何を言われたか聞きたかったが、側にジョーが座ったため聞くことが出来なかった。エレノアの側にはアルとジンジャーがいたが、お互い共通の話題がないのか、アルはヘッドホンで音楽を聞きながらリズムを取っているし、ジンジャーは雑誌をパラパラとめくってはいるが、視線は絶えず周囲に向けている。
仕方なくエレノアは外を見た。高い雲の間から海が見える。
{ここから落ちたら死ぬわね}
と、エレノアは苦笑しながら昨日の夢を思いだした。黒い雲に、マリウスが飲み込まれる恐ろしい夢。
{どうか正夢になりませんように・・・}
エレノアは切に願った。
インドに着く頃、外は雨になっていた。傘を持たない6人は、連絡バスに乗り込みガンジス川方面に移動した。
ガンジス川は2225キロメートルの長い大河で、インドの人達の生活の水として、大切に
されている。マリウスたちは早速ガンジス川へ向かった。雨の中、沐浴や洗濯をしている人に聞いてみた。
「すいません。この国で、王妃と王に関する有名な所はありませんか?」
「それならタージマハルだな」
それを聞いてマリウスは
「タージマハル」
6人は、教えられたタージマハルに向かった。
ここは亡くなった王妃を悼んで、王が立てた廟堂があるのだが、あまりの美しさに名所に
なっている。
マリウス達は、タージマハルを見て、暗号にあった
‘王は王妃を愛し流した涙が民衆の前に‘ が、ここに間違いないと確信した。
真っ白な大理石で作られた廟堂がマリウスを圧倒する。
ここでもジョーが
「マリウス様、ちょっと行って参ります」
と、皆と別行動を取った。
エレノアはチャンスとばかりに
「ジョーはどこに行ったの?時々姿が見えないことがあるけど」
「さあ?分からないけど何か用事があるのだろうね」
「そう。知らない国で、何をしているのだろうと気になったの。気にしないで」
エレノアは、あの晩あったことをマリウスに言うべきか悩んだ。が、結局話すことが出来ず、ジョーの行動を見張ることにした。
昼食には合流したジョーは、変わった様子もなく皆がいるレストランに姿を見せた。
「これからどうするよ。広いから分かれて回った方が早いと思うけど」
アルは食べ物を口に入れたまま話続けた。
「そうだね。皆で回っていたら、1日じゃあ終わりそうもないから2手に別れよう」
「どう分ける?」
「私、ジョーとテッドと行きたいわ。」
そう言うとテッドの手を取って笑顔を作った。テッドは
「えっとー。兄さんと行かなくていいの?」
今までチーム選別に、口を挟んだことがないエレノアが、自分から名指ししたからだ。
「いいよ。じゃあそうしよう」
と、エレノアを見ながら言った。2手に分かれたマリウス、アルやジンジャーは王妃の墓と呼ばれる方へ。
エレノア達はその周辺を調べ始めた。歩きながらアルは小声で
「マリウス、エレノアとケンカでもしたのか?」
「別に何もないけど・・・」
でもマリウスには、少し覚えがあった。最近になってエレノアが、ジョーの方をよく見ていることに気づいた。気づけば、エレノアはジョーを見ている。いや、見ているというより、監視しているような感じを受ける。
しかし、今はそれを考えている暇はない。いつ、奴らが現れるか分からないのだから・・・。マリウスは、エジプト以来、仲間の中に内通者がいるのではないかと、疑惑を持ち始めていた。いくら、組織が強大で空港で見張っていたとしても、マリウス達の前にタイミングよく現れるだろうか?もし、この中に内通者がいるとしたら、一体誰だ!マリウスは、疑心暗鬼に陥っていた。
そんな考えを抱きながら、マリウスは王妃の墓付近を探してみた。
なにか気になるところはないか。
すると墓石の裏の地面になにか小さな筒がはめ込まれているのを見つけた。筒を開けると、文字が刻んである。それは墓が作られた時代より新しく見えた。
「皆、ちょっと」
皆を呼ぶと、マリウスは書かれたその箇所を読んでみた。
‘汝の愛する場所で永遠の宝は見つかる。‘
英語で書かれた文字は誰の目にも明らかだ。マリウスは愛する場所?王の?それとも亡くなった王妃の?と考えた。この文字は誰に対しての言葉なのか。
「汝?それって自分の事だよな」
アルは腕組みをしながら考えている。マリウスも、自分の愛する場所と考えたとき、頭を
よぎるのはイギリスの家だと思った。
{田園に囲まれた古い屋敷。自然豊かな牧地や穏やかな村人たち。今はどうなっているかな。
母の愛した庭は・・・。
机の上の帆船模型やお気に入りの本は埃をかぶっているだろう。1階の暖炉の部屋は?
姿を消したクローリー家を警察は不審がっているだろうな}
「ちょっと君たち?そこで何をしている」
と、するどい声が聞こえてきた。
振り返ると警察の格好をした2人組が、警棒のようなものをもってこちらに向かってきている。皆、一瞬黒服の奴らかと身構えたが、身分証を付けている警察官らしき2人組は
「君たちは、そこで何をしている?パスポートを提示してくれるかい?」
と、優しくマリウス達の身分証を求めてきた。
ジョー達はそれぞれパスポートを出して見せた。
「多国籍な集まりだね」
警察官の1人は苦笑しながらマリウスのパスポートを照合している。そして何か気づいたのかパートナーに耳打ちした。
「この少年は、イギリスから保護の連絡を受けている。こっちの2名の者も。本部と連絡だ」
1人は小声で、どこかに連絡をしているようだ。
「君たち、ちょっと来てもらえるかな。君と僕とあなたも」
警察官は、マリウスとテッド、ジョーを任意で連れていこうとした。
ジョーはマリウスに
「マリウス様ここはおとなしく付いて行った方がよろしいかと」
「ジョー、本当だね?」
それを静止するようにアルが
「ちょっと、おっさん、こいつらをどこに連れていこうとしているわけ?」
警察官らしき人物は帽子を深めに被り
「この3人には、イギリスから保護の指令が出ていましてね。詳しくは知りませんが、
大使館にお連れせよとの命令です」
{困る・・・。大使館に連れていかれると、今後に支障が来す。この警察官は本物か?}
アルは、何か打開策がないか考えた。するとジンジャーは、冷静にアルや警察官から見えない陰で空に向けて空砲を撃った。
「バンバン」
その音に警察官は身を伏せ、周囲を見渡した。周囲の観光客も騒然とし、キャーキャーと逃げ惑う。
警察官は収拾を図るため、そちらに目と気が取られた。その隙にジンジャーが、マリウス達を誘導し、その場を離れた。
「早くずらかろうぜ」
タージマハルから近くのレストランに入り、席に着くとすぐにドリンクを頼み
「プハー」
「危なかったなー。大丈夫かマリウス」
テッドは震えながらアルに
「僕怖かったよー」
「ありがとうジンジャー。助かったよ」
ジンジャーは何食わぬ顔で
「お前たちが連れていかれたら、俺の報酬がオジャンだからな」
「でも警察官には気を付けた方がいいな。本当に警察官かどうかはわからないが」
アルが外を気にしながらジュースを口に運ぶ。
「そうだね。これからはもっと慎重に行動しなくちゃ」
しかし、エレノアは別の事を考えていた。
{さっきの警察官は本当に本物?まさかジョーが連れてきた黒服の・・・。まさか流石に
それはないわ。ジョーが私たちを・・・。いいえ、マリウスを裏切るはずはないもの}
エレノアのジョーに対する不信感は募るばかりだ。
ホテルに戻った六人は、マリウスが見つけた、筒の中の紙を取り出した。
「汝の愛する場所で永遠の宝は見つかる、か。どういうことかな」
「・・・僕、少し考えたのだけど、汝というのは多分僕たちのことだと思う」
マリウスは、これは自分たちへのメッセージだと、皆に告げた。
「アルたちはこの件には直接関係ないからね。そして、思ったのは、愛する場所は自分の国つまりイギリスの自宅なんじゃないかって」
「確かに・・・。俺だって自分の家が一番さ」
「でね、場所が家なら、永遠の宝も家にあるかもしれないって、考えた」
「最終目的地がお前の家?って、ことか?」
ジョーやテッドは、逃げてきた場所に元から宝があった?というマリウスの、突飛押しの
推理に開いた口が塞がらない。が、ようやく
「でも、僕たちの家にそんな宝なんて・・・」
「テッド、もしかしたら、僕たちが知らないだけで両親は知っていたとしたら・・・。
だから父様は、見つけた紙を燃やすように言ったのだとしたら・・・」
最終地がイギリスのマリウスの自宅だとしたら、今まで何か国か旅したことの意味は何?
世界中を、危ない目に合いながら暗号を探して、ここまで来たのは何のためだろう。
しかし、もしマリウスの言うことが合っていたら、次の目的地はマリウス達の家だ。
出発地に戻る人数は増えているが・・・。
皆の意識がイギリスに向けられている。
マリウスが次の言葉を言おうと口を開きかけた瞬間
「ジョーは連れていかない方がいいわ」
もう我慢できない。はっきりさせておかないと・・・。エレノアは覚悟を決めてもう一度、
言い放った。
「ジョー。貴方はここに残るべき」
エレノアの言葉に皆は唖然とした。
「何言っている?ジョーはマリウス達の後見人だぞ。それに仲間じゃないか」
アルが少しイラついて、エレノアに詰め寄る。一瞬身を引いたエレノアだったが、態勢を整え
「じゃあ、ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」
「何でございましょうか。エレノア様」
ジョーの、悪びれた様子のない笑顔に、エレノアは騙されないわよ!と、顔を強張らせたまま
「ジョー、さっきの警察官はあなたが連れてきた偽物では?」
「え!どういうことですか?エレノア様」
ジョーは、急にそんな事を言われて、ただただ驚いて、エレノアを見ている。
「だってタイミングが良すぎるのよ。ジョーが単独行動をとってから現れたでしょう。本物の警察官かどうかも怪しいわ。大使館になんて嘘で、テッドやマリウスを引き渡すつもりだったのじゃあないの?」
これにはジョーも驚いて
「ちょっと待ってください。エレノア様」
「そうだよ。エレノア」
マリウスも、なにか言いたげにエレノアを見ている。エレノアはそれに構わず
「だってジョー、貴方、国が変わる度に、どこか1人で消えちゃうじゃあない。どこに行っているの?マリウスに聞いても知らないっていうし・・・」
「違います。エレノア様。私が単独行動するのには理由があるのです」
「理由ってなに?・・・ほらやっぱり何も反論できないじゃないの」
「エレノア、ジョーは・・・」
マリウスが仲裁しようとしている。後の4人は、エレノアのあまりの剣幕に圧倒されて、
押し黙ったままだ。
「マリウス様、私から話します。疑われたままでは、私も心苦しいですし・・・」
「・・・そうか、後見人だもの。ジョーに任せるよ」
ジョーは、穏やかな顔で、エレノアの方を向いて
「エレノア様、私が1人で行動していたのはお金のためです」
「・・・やっぱり。お金を受け取っていたのね」
エレノアの驚いた顔を見てジョーは慌てて手を上げ
「はい。受け取りに行っていました。イギリスの顧問弁護士から送ってもらったお金を、
その国の通貨に変えるために・・・」
「えっ」
エレノアと共に、アルが驚いた。
「えー。本当か?ジョー」
そんなアルをみて、ジョーはため息をつき
「アル。お前、金がポンポン出てくると思っていたのか」
「ハハハ。金持ちのお前の所なら大丈夫だと・・・」
アルは頭を掻きながら苦笑い。ジョーは更に
「それでも通貨が違うだろう。急な事で、御主人さまから何も受け取れなかったからな。
弁護士に頼むしか方法がなかった。全くお前は食うだけ食って、金の事はこちら任せだからな」
「ジョー、僕も知らなかったよ。ジョーが別行動するのは、なにか用事があるからだとばかり思っていて」
「マリウス様。これは後見人の私の務めですからお気になさらず。エレノア様、これで誤解は解けましたでしょうか」
「じゃあ、トニーって言うのは?」
「弁護士の名前がトニーという名なのです」
それを聞いてエレノアは真っ赤な顔で
「・・・ごめんなさい、ジョー。あなたを疑ってしまって。あの晩、ロビーであなたが誰かと電話しているのを聞いて・・・」
「ああ、あの物音はエレノア様でしたか。私も、皆さんを煩わせるようで黙っていたのが
いけなかったのです。これからはオープンにして協力してもらいます。特に、アルお前には」
「なんで俺なわけ?」
「馬鹿野郎。お前、自分がどれだけ食っているか知らないのか。お前の食費だけで一財産作れるぞ」
「うへー。そんなに食っていたか俺。悪い、悪い。珍しい物ばかりで美味しくて、ハハハハ」
ジンジャーは
「俺はそんな気がしていたぞ。俺も違う国に入ればそうするからな」
と、ボソっと言った。これには周りからブーイング
「ジンジャー分かってたらそう言えよ。ジョーが悪者になるだろうが」
「気づかないお前たちが鈍い。俺は知らないぞ」
そう言うと銃の手入れを始めた。アル、テッドの2人は顔を見合わせて
「プッ。ハハハハハ。でも面白い、エレノアがそんな勘違いするなんて」
「だってアル、ジョーが敵に寝返ったら、マリウスが危ないから私必死で・・・」
エレノアは顔を真っ赤にして、弁解している。
「ありがとう。エレノア僕の心配をしてくれて・・・」
エレノアは赤い顔でマリウスを見た。
「じゃあ、あの警察官は本物で、マリウス達を本当に大使館で保護しようとしていたのか」
アルは今更ながら、先ほどの騒ぎの顛末を口にした。
「ああ、多分。弁護士には急な事で、簡単な説明しか出来なかったし、盗聴を恐れて、
いつも短い連絡しか取れてないから、心配して大使館に駆け込んだのだろう。マリウス様は
正当な後継者だから何かあったらでは遅いからな」
ジョーは、トニーの心配顔を思い浮かべて苦笑いした。
「なるほど。じゃあ、俺たち真っ当な警察官から逃げ出したわけだ。ま、でも仕方ないか。あそこで大使館に連れていかれたら時間のロスだからな」
アルは妙に納得した表情でマリウスを見た。
「さあ、これで、仲間を疑うことなく次に進めるね」
一件落着したところでマリウスは気を取り直し
「最終目的地イギリスへ向かおう」
「ジョーいつものように飛行機の手配を頼むよ。」
「いや、ちょっと、待て。俺にも言わせてくれ」
「ジンジャー?」
「エレノア・・・。お前が持っている、録音付きのカメラは何のためだ?」
「えっ!これは・・・」
急に矛先を向けられたエレノアは、一瞬、沈黙した。
「エレノア、そんな物を持っていたの?どうして?」
マリウスは、エレノアの考えが分からなくて困惑している。
エレノアは、皆の視線を感じ、逃げ切れないとあきらめたのか、絞り出すような声で
「私・・・あなた達を記録していたの」
「スパイ?お前がスパイだったのか!」
アルは語尾を強めて言い放った。
「ち、違うわ。私が記録していた理由は・・・大学のレポートのためよ」
「大学の?」
「そう。9月から大学に進むための準備に入るの。担当の先生に、日本に行くことを話したら、日本の歴史についてレポートするように。って、言われて、ついでに私の旅のレポートも・・・」
「だから、時々、俺たちを盗み撮りしていたのか」
「ジンジャーは知っていたのですか?」
ジョーがジンジャーの観察眼に驚いて声を上げた。
「ああ、バチカンに行ったとき、エレノアが写真を撮りまくっていたからな。教皇様を撮るようなら、俺が止めていたが、さすがにそれはなかったみたいだから、様子をみていた」
「ごめんなさい。初めは私的な旅行で、日本の歴史をレポートしようと思っていたの。でも、成り行きで世界を回るようになった。だから世界中の名所を写真に収めようと思って・・・。勿論、暗号のことは一言も入れてないわ。あれは、世に出してはいけない物だから」
エレノアは、さっきまでジョーを責めていた勢いを失くし、泣きそうな顔で弁解した。
しばらく沈黙が続いた。
「じゃあ、エレノアはスパイではないのだね」
「ええ!神に誓っても違うわ」
「分かった。信じるよ。ここにスパイはいない」
マリウスは、最後は自分に言い聞かせるようなつもりで、皆の前で宣言した。
「さあ、これで、何の問題もなく次へ進める」
「承知しました。マリウス様、飛行機の手配ですね」
お互いのわだかまりが消えた今、皆の絆は強くなった。ここにスパイはいない。皆、お互いを信頼しあった。これで、最終目的地へ行ける。
テッドやジョー、マリウスは母国に帰れるのを特に心待ちした。
マリウス達は、雨が降るイギリスに1か月ぶりに帰ってきた。
ヨークシャー州にあるマリウスの自宅は、田園と森に囲まれた歴史ある美しい屋敷だ。
正門からタクシーで乗り入れると、ジョーは持っていたスペアの鍵で門を開けた。正門のドアを開けて中に入ると、ムワーと重い空気が流れ込む。
それでも自宅に帰ってこられたマリウスは、そんな事も気にならず、1か月しか経っていない我が家を何年も離れていたような感傷的な気持ちで眺めた。
家の中は、定期的にメイドが来て掃除をしてくれているとはいえ、換気が追いつかず、空気は淀み、所々にクモの巣があり、使われていない家具は埃をかぶっていた。
顧問弁護士のトニーが見に来てくれたのだろう。両親が倒れていた暖炉の部屋は、何事も
なかったかのように整然と片付けられていて、あの事件を感じさせなかった。
マリウスとテッドは、暖炉のある部屋に直行し、しばらく両親のために祈りをささげた。
他の4人はジョーの案内でとりあえず地下のキッチンに向かった。
「ここから始まったのか。お前たちの旅は・・・」
アルはふざけることもなく、神妙に周りを見渡した。エレノアもマリウスの自宅とはいえ
はしゃぐ気にはなれなかった。
{マリウスたちはここで両親を失った。もし私が同じ立場なら、自宅から離れることが出来なかっただろう}
周りを見渡すと、日常生活用品が整理整頓されており、母親が子供の為にお菓子を作ったのであろうパイの皿が、今は使われず残されている。それを見るとエレノアは、胸が締め付けられる気がした。
「ここには、奥様のお気に入りの道具がしまわれている。旦那様のお気に入りはこのティーカップだ。それがあの晩、一瞬にして全てを坊ちゃんたちから奪った。追われる身になった坊ちゃんたちは、イギリスを離れ、知らない国へ逃げるしかなかった。どんなに心細かったことか。私には到底はかり知ることが出来ない」
ジョーは苦しそうに話した。エレノアは涙を流し、アルは言葉を詰まらせた。
「そんな坊ちゃんたちを守るために、私が出来たことといえば何もなかったかもしれない」
「そんなことはないよ。ジョー」
不意に、後ろから声が聞こえ振り向くと、マリウス達が立って居た。
涙はもうなかった。ジョーに感謝の表情を浮かべ
「君が最初に力を貸してくれたから、ここまで無事に帰ってこられた。とても頼りにしていたよ。アルやエレノアやジンジャーも、こんな遠い所まで来てくれてありがとう。ここからは僕たちの仕事だ。両親の仇や宝を見つけること、それはクローリー家に課せられた使命だ」
マリウスは強い決意の表情でアルたちに言った。だがアルは手を振って
「おっと、そうは行くかい。ここまで来たからには、お宝を見るまではついて行くからな」
「私も・・・。私もマリウス、たとえ邪魔だと言われてもついていくわ。宝が見たいわけ
じゃないの。このままあなたたちだけを残して、アメリカには帰れない」
エレノアもアルと同じように、これだけは譲らない表情でマリウスを見た。
「エレノア・・・」
「俺は任務完了するまではいる。契約だからな」
「ジンジャー・・・」
マリウスは、3人の顔をみて、困ったように笑った。
ジョーが皆を代表するように
「マリウス様、皆は興味本位でここまで来たのではありません。お2人に共感して、
ここまで来たのです。お忘れですか、この長かった旅を」
「ジョー・・・」
マリウスは、みんなの顔を見て、今度は涙を流した。
感傷的にはなっているが、この涙は嬉し涙だ。仲間がいることの素晴らしさを、マリウスは
しみじみと感じた。
「ありがとう、皆。最後まで宜しく頼むよ。じゃあ、分かれて家の中で、なにか気になる
ものがあれば、どんどん暖炉の部屋に集めてほしい。
僕たちは、両親の部屋を見てくるよ。因みに、最初の暗号は地下室から見つけた。それも隠された暗号だった。だから、すぐには見つからないと思う。暗号化されていれば、気づかない
可能性もあるからよく見てくれ。
「じゃあ、テッド。僕等は父様たちの部屋を見に行こう」
「うん」
ジョーを皆の案内役に残して、マリウスとテッドは、両親の部屋、書斎や、寝室を見に行くため2階の階段を上がった。
2階の右手側には父の書斎はあり、マリウスは何度も入ったことがある。
大きな本棚と、たくさんの本。大きな机の上には読みかけの本と、書きかけの手紙。
1通は弁護士宛てで、もう1通は、マリウス達を寄宿学校に入学させるための、手続きの書類だ。
{父様は、僕たちを寄宿学校に入れるつもりでいたのか}
マリウス達は、机の引き出しを次々と開けて、何かヒントになるものがないか調べた。
だが組織に繋がるものはなく、何かの書き損じたものでばかりで、めぼしい物は見つからなかった。
マリウスはもう一度考えた。
{愛する場所?僕たちの部屋や両親の部屋ではないと思う。寝室にも、それらしきものは
なかった。愛する場所?家族・・・団らん・・・。そうか!もしかしたら・・・}
マリウスは
「テッド!居間だ。きっとそこにある」
そういうと階段を走り降りた。
暖炉の居間の部屋に入ると、ジョーたちもそこを探していた。
バタバタと降りてきたマリウス達を驚いた表情でみたが、マリウスが
「ここにあるはずだ。先祖が代々、過ごした場所だから、隅々まで探してみてくれ」
{家具の配置は変わっているだろうが、置かれている物はそのままの筈だ。または、時代が変わっても変わらない物を探せばいい}
皆は、部屋の隅々から再び探し始めた。
ソファは先祖からのものではないが、壁に飾ってある絵画や、暖炉の上にある置物や写真立ては前から変わらない物だろう。
アルとジョーは、壁から絵を外して枠を取り除いた。1枚1枚丁寧に裏返してみたが、何も
見つからなかった。
エレノアは小さな置物に着目し、外れる箇所がないか調べた。
ジンジャーは、門の外を見て侵入者を警戒している。
{空港でみつかってしまったのなら必ずここに来るはずだ}
マリウスは、暖炉の裏や壁の隙間に注目し、目を凝らして調べたが何もなかった。
「先祖が代々置いておくもの・・・。家系図、違う・・・。写真・・・。そうか!テッド
そこの写真立てを見てくれ」
マリウスに言われ、テッドが暖炉の上に飾ってある先祖の古ぼけた写真立てを開けてみた。写真の裏には、それぞれに名前が書いてあり、10人ほどの人数で屋敷を背に、写真に納まっている。フレームを外すと、写真とその間に茶色くなった紙が1枚、まだ新しい紙が3枚出てきた。
「見つけた!」
テッドが興奮して叫んだ。皆はすぐに集まった。広げてみると、そこには暗号の紙と父の
手紙が入っていた。
「勇気ある、愛する子供たちよ。お前たちがこれを見ているということは、世界中に散らばる暗号を全て解いたということだな。本当は見つけてほしくなかったが、見つけたからには少し事情を記しておく必要があるだろう。愛する子供たちよ。これは先祖まで遡る話だ。そのころ先祖は若く、頭脳の高い青年で、国のある組織に入っていた。それは英国情報部という所で、先祖はある組織に潜入していた。その組織というのは、世界のネットワークを操り、巨万の富で世界を牛耳ろうとしていた闇の組織だった。先祖はそこにスパイとして潜り込み、英国に組織の情報を流し、組織を壊滅させる先鋭隊として任務に就いていた。ある日、組織の上層部しか知らない秘密の暗号を偶然知ってしまった先祖は、そこに隠されていた{賢者の石}
というものを持ちかえったそうだ。組織と、何故だかは不明だが、先祖は、英国情報部から逃れるため転々とした。そして、ようやくここに安住の地を見つけた。そして、この秘密は、代々当主に受け継がれてきた。私や母さんは、追っ手の影に怯えながら何年も隠れて暮した。しかし、最近、昔の組織仲間だった者の子孫と名乗る男が、私を見つけ出し脅してくるようになった。私は奴の要求のまま、金を長年渡していたが、とうとう奴は組織に私を売ろうとした。
近いうちにここに来るだろう。私に{賢者の石}のありかを吐かせるつもりなのだろうが、
その場所は誰も知らないのだ。それは先祖が、何百年も前に隠した場所を記していないからだ。母さんも覚悟はしている。せめてお前たちには危害のないようにしたいが・・・。先祖は、
世界を守るために石を破壊しようとしたが、方法が分からなかったようだ。だが{賢者の石}がある限り、組織はお前たちを狙ってくるだろう。{賢者の石}を消滅させる方法はないかも
しれない。だが私は、長年の研究でこれを見つけた。水・空気・光・。ここまで来たお前たちなら、{賢者の石}を破壊することが出来るかもしれない。一縷の望みをかけてお前たちに託したい。この苦しみの連鎖を、お前たちの代で終わらせてほしい。ヒントになるかわからないが、ここに記しておく。お前たちの助けになればよいが・・・。最後にこれだけはわかってほしい。父さんは
こんなことになって後悔している。お前たちが、無事に切り抜けられることを祈っている。父」
父の字は、時には涙で濡れていて、所どころ乾いた跡のようにシミになっていた。
力が入ったのかペン先がつぶれた痕跡もあった。
「父様・・・」
マリウスは、父の想いを感じ、手紙を抱きしめた。
「マリウス様・・・」
マリウスは涙を拭いて、もう1枚の紙を読みあげた。
{この巻物をみた子孫よ。これがわがクローリー家の災いになれなければよいと考え、
記している。隠したものは、決して奴らに渡してはならない。世界の秩序が乱れるからだ。
{賢者の石}を消滅させる方法を見つけ、奴らに奪われることのないように消滅させ、クローリー家の苦難が終わることを切に願う。
マリウスはこの2種類の手紙を読んで、クローリー家の抱え込んだ試練に、苦悩した。
「マリウス・・・。お前の先祖は、奴らから身を挺して{賢者の石}を守った。お前たちの
親もそうだ」
アルがマリウスを慰めようと声をかけた。
「うん、そうだ、先祖も両親も、何も恥ずべき事はしていない。僕等は先祖を誇りに思う。でも今は、そんな感傷に浸っている時間や暇はない。そうだろう。{賢者の石}を探さないと」
「そうだな・・・」
アルはマリウスの肩に置いた手を放して
「さあ、暗号解読だ」
机の上に、先祖の残した暗号の紙を見下ろした。紙はボロボロになっており、所々、字が薄くなっていた。マリウスが代表で読み上げた。
‘うす暗く光届かぬ場所へ降り・・・、知識の源の最も古くまた未来に繋がるものの中に隠されたものはなに・・・‘
「うす暗く光届かぬ場所・・・暗闇・・・つまり光がない場所。地下室だ。知識の源・・・何だろう。紙・・・知識・・・。とりあえず地下室に行ってみることにしよう」
マリウス達は、キッチンの横から地下に通じる鍵付きの扉を開け、ランプの光と懐中電灯でまわりを照らし下に降りた。
ここに来るのは、遠い昔のように感じるがまだ1か月前の出来事だ。
暗号を本棚から見つけたときの驚きを、マリウスは今でも忘れられない。
あの時は本棚の後ろにあった。本・・・。知識の源・・・そう本だ!マリウスは直感的に思った。
「皆!知識の源というのは本のことだよ。いろんなことが書かれている書物こそが、知識の源であり、そこから僕たちは知識を得てきた。きっとどれかの本に{賢者の石}が隠されているはずだ」
「なるほど。いい線いっている、マリウス。でもこの膨大な本の中から、1冊の本を見つけるのは至難の技だ。どうする?」
アルは頭を掻きながら、周りの膨大な本を見ながらため息をついた。
「次の暗号がそれを示してくれるはずよ。知識の源の、最も古いもので未来に繋がるもの・・・。ここにはたくさんの本があって、年代別にするのは困難だわ。でもこの中で、古い時代に書かれた書物はこれしかない!」
エレノアはそう言うと、サッと1冊の本を掲げた。それは聖書だった。
皆はあっと声を上げた。
確かに聖書は、紀元前に書かれたものだ。またその内容は、世界の終末について書かれたもの。エレノアはそれをマリウスに渡すと
「これかどうかはわからないけど、何かの手掛かりにはなるかもしれないわ」
マリウスは頷くと聖書を開いた。そこには驚くべきものがあった。開いた聖書の中にあるべき文字がなく、くり抜かれ、その中は空洞になっていた。そしてその空洞にスッポリはまるように光輝く物体があった。皆は同時に叫んだ。
「賢者の石だ!」
聖書から見つかった{賢者の石}は、本を開いた瞬間空気に触れると、一瞬一部が欠けた
ように不透明な存在になったが、それも一瞬なことで、元の怪しい光を放っている。
マリウスは{賢者の石}を、手に乗せて皆に見えるようにした。熱くはない。
{賢者の石}は球体で、中は光が鈍くうごめいている。光の反射によってはいろんな模様にも見える。これが無機質なものを金に変えることが出来る物質。
「・・・とりあえず上に上がろう。調べなくちゃ」
マリウスの言葉に、皆はハッと我に返った。それほど強烈な印象をもつ、この{賢者の石}
に皆、魅了されていた。
暖炉の部屋に戻ったマリウス達は、{賢者の石}を囲んで呼吸をするのを忘れたかのように、
見入った。
「これを欲しがる奴はたくさんいるだろうな。どんなに高価でも」
アルは、頷きながら{賢者の石}を眺めた。
だが、マリウスの頭の中は、其れよりもどうやってこの{賢者の石}を、敵から守ることが
出来るか、だった。先祖は消滅を望んでいるがその方法がわからない。
父さんの手紙には水、光、空気って単語が並んでいたけど、それはどういう意味なのか?
「この石を消滅させるのはどうしたら・・・」
アルはPCを開き
「マリウス。{賢者の石}については、不透明な点が多い。多くの研究者たちが、想像の範囲内で語っている。そもそも賢者の石を作ったのは、ニコラス・フラメルという人物らしくて、何百年もいろんな人間の手を渡り歩いた代物だ」
アルは、PCを検索しながら両手を上げて降参したポーズをとった。
マリウス達は、そんな{賢者の石}を手の上で転がし、いろんな角度で眺めたり触ったりした。{賢者の石}は内部が鈍く怪しい光を放っている。
{もしかして・・・。父様のあの言葉は・・・。そうか!分かったぞ}
「皆、これを消滅させることが出来るかもしれない。手筈はこうだ」
6人は、顔を寄せ合いマリウスの考えを聞いた。
「よし!それで行こうぜ」
「では、私は準備をしてきます」
1時間後、居間で待機しているマリウス達
「来たぞ、奴らだ」
突然ジンジャーが、緊張した声で門の方を見ながら言った。
見ると、門から数人の黒服たちが入ってくるのが見える。
5人は頷き、以前から作戦していた手はずで、後門から{賢者の石}とヒントの紙をもって
飛び出した。
最終の戦いの地は、私有地の光が届く芝生だ。
ジョーの提案で、ここは光がよく当たり、人が来ないことをジョーは知っていて、マリウスとここに決めた。
現れたのは、組織のリーダーらしき車椅子に乗った老人と、その側近、部下2人で総勢5人。
マリウスは覚悟を決めた。一発勝負だ。出来なければ{賢者の石}は、確実に奴らに奪われるだろう。それだけは避けなければ・・・。
マリウスは、父と先祖の言葉を信じることにした。
100メートルくらい空いた距離で、マリウスは布で包んでいた{賢者の石}を、組織のボスにも見えるようにかざした。そして叫んだ。
「よく見ろ!石はこれから無に帰す」
そう言うと、{賢者の石}を取り出した。そして、石と光の間に透明な瓶に入った水を挟んだ。光は、瓶に入った水を射し、1点な光は{賢者の石}に、鈍い輝きを放った。
すると{賢者の石}の模様が、水のせせらぎのようにゆらめき、中の光はグルグルと回転を始めた。そして、中央の光が一瞬眩しく輝いたかと思うと
「パン」
と、音を立てて弾けた。{賢者の石}はそこにいる全員の前から消滅した。
6人はそれを見た。ジンジャーでさえ、目を見張りその光景を凝視した。
「とうとうやっちまった。もう・・・」
と、最初に声を上げたのはアルだ。
マリウスは、上手くいくかどうか半信半疑だったため、ただただ驚いている。
その音は、組織のボスにも聞こえた。組織のボス、オーガスは、
「賢者の石がー!おのれ!不老不死の夢を砕いたお前たち!このまま、無事に生かすと思うな。奴らを殺せ!」
怒りで眼を血走らせ、部下にマリウス達を殺すよう命令した。
2人の部下は頷き、銃を構えた。そのうちの1人は、マリウス達を追いかけまわしていた人物だ。もう1人は・・・!あの顔は忘れたくても忘れられない顔、サーガンだ!サーガンは憎々し気にマリウスをみると
「あの時、親と共に殺せばよかった」
「お前を許さないぞ、サーガン・・・」
マリウスは怒りで、血が滾るのを感じた。
しかし2人とはいえ、マリウス達は、ジンジャーが銃を持っているだけだ。まず相手の銃を奪う必要がある。
ジンジャーは皆を、木の陰に隠れさせ1人の敵に、狙いをつけた。相手が撃った弾をかわすと、懐に入り首を強打して気絶させた。
その間、ジョーとアルは囮となり、サーガンの気をひいた。
ジンジャーは、気絶させた者から銃を奪うと、サーガンに銃を向けた。その隙に、アルと
ジョーが、縄で気絶した敵を縛り上げた。
ジンジャーとサーガンはにらみ合った。が、ボディーガードなどで、実戦のあるジンジャーは有利に戦いを制している。最後はジンジャーに足を撃たれ、動けなくなったサーガンは仲間と同じように縛られた。
2人の部下が捕まって、形勢が悪いと判断したオーガスは
「このままで済むと思うな。どこまでもお前たちを追ってその命で償わせてやる」
そう言いながら退散した。
「警察を呼ぼう。組織の事を吐かせる」
敵の2人は、発砲の音を聞いた、村人の通報でやってきた警察に連れていかれた。
そこから英国秘密情報部へと引き渡され、悪の組織の全貌が明るみになるはずだ。
全て終わった。マリウスは天を仰いだ。
{父様、母様は喜んでくれたかな}
賢者の石は消滅した。もう世に出ることもないだろう。
屋敷に帰った6人は皆、興奮醒め上がらぬ様子で大はしゃぎだ。
ジョーは、弁護士に話があると外出していった。
翌日、弁護士が自宅へやってきた。次期当主のマリウスに話があるということだが、大体の察しはついていた。
「マリウス様。先代様より、もしもの時にと、遺言状を預かっています」
遺言状には、マリウスはジョーの指導の元、領地の管理を行うこと。
テッドは、2年間の寄宿生活を行うことなどが書いてあった。
資産の管理は、弁護士トニーに依頼し、ジョーが管理すること。
マリウスは、全てを承諾した。父亡き今、この家や領地を守るのは、自分の使命だと感じた。それでもマリウスは
「寂しくなるな。皆がいなくなると・・・」
「なあに、会いたくなったら、すぐに飛んでくるからさ」
「そう、そうだね。会えないわけでもないから、きっとまた、会えるよね」
それから3日後、アルやエレノア、ジンジャーは出発の日を迎えた。
朝からどんよりとした雨が、屋敷の周囲を覆っていた。
テッドは、アルやジンジャーに連絡先を聞いて抱きついている。ジンジャーは、少し困惑しながらも拒否することなく、それに応じていた。
とうとう、出発の時間だ。
「空港まで送るよ」
淋しさを隠して、マリウスは笑顔だった。
「マリウス・・・」
エレノアだけは、寂しさを隠しきれず、涙目だ。
空港のロビーにも、レインコートをきた人が何人かいた。
その中に、マリウスに異様な殺気を放つ人物がいた。マントで顔は見えないが頬に傷がある。警察から逃亡したサーガンだ!それに気づかない6人は、ジンジャー、アル、エレノアの順に搭乗口に向かった。エレノアの悲鳴を聞くまでは・・・。
「キャー!何?どうしたの?」
エレノアの前を歩いていた人物が、バックから銃らしきものを出して、マリウスの方を振り向いた。そしてマリウスを憎々し気に見ながら
「お前のせいで・・・俺の計画が台無しだ。死ね!マリウス」
と、無表情にマリウスに狙いをつけると銃を放った。
それは味方であったはずの、アルの恨みの顔だった。放たれた瞬間、咄嗟にエレノアが、
身を挺してマリウスをかばった。
弾はエレノアの腹部をかすめ、床にめり込んだ。エレノアはその場に倒れた。
床にはエレノアの血が流れている。マリウスは驚きアルを見た。その瞬間、後ろから
「アル、よくやった。始末は俺に任せろ」
サーガンがマリウスを狙う。ジンジャーは、マリウスの方に走るが間に合わない。
ジョーもマリウスの体を引き寄せようとしたが、間に合わずサーガンが放った弾は、マリウスの腹部を貫通した。
「うっ!」
弾は、マリウスの腹部を貫通したあと、後方のアルの腹部に当たり、アルはその場に倒れ込んだ。
一瞬なことで、誰も反応ができなかった。空港は騒然となりパニック状態だ。
ジンジャーが、エレノアの所に駆け寄り、腹部の出血を確認している。
ジョーは、マリウスの撃たれた腹部の出血を止めようと必死に押さえているが、マリウスは
意識が朦朧としている。朦朧とする意識の中で、駆け付けた警備員に連行されていかれる中、
「ははは、ザマア見ろ。お前も道づれだー」
と、高笑いで叫びながら、連れていかれるサーガンの声を聞いた気がしたが、マリウスはそのまま意識を失ってしまった。
半月後、暖かい日差しの中、マリウスはうっすらと目を開けた。
{ここは、どこだろう?自宅ではない。天国かしら?}
丁度面会に来ていたエレノアが、意識を取り戻したマリウスを見て、持っていた花を落とした。
「マリウス・・・!」
エレノアは、急いでマリウスの側に駆け付け手を握った。
「目が醒めたのね。良かった・・・マリウス」
エレノアは笑いながら、涙を流した。
「エレノア・・・あれからどうなったのか教えてくれ。アルは?」
「マリウス・・・。傷に触るから私からは言えないわ。」
エレノアは下を向いて、涙をそっと拭うと
「Drを呼んでくる。皆にも知らせないと・・・」
エレノアの連絡で、マリウスの周りにはジョー、テッド、ジンジャーが集まった。
マリウスは、その中に居るはずのもう1人を探した。
あのにぎやかすぎる明るい声の彼は・・・あれは夢ではなかったのか。
ジョーが重い口を切った。
「・・・マリウス様、アルはあの場で・・・」
「死んだの?」
マリウスは抑揚のない声で答えた。ジンジャーが続けて
「ああ、お前の腹を貫通した弾が、奴の腹に・・・、奴は当たり所が悪くあの場で・・・」
「マリウス様・・・」
ジョーは、憔悴しきった表情で答えた。
「あのあと、奴のバックを確認したら、俺たちの写真と、組織へ連絡するための携帯が
入っていた。実際のところ、奴は生活に困っていたらしい。事業を起こしていたというのも、嘘だったようだ。組織はお前たちの関係者を探し当てて、ジョーが奴に連絡することを見越していたのだろう。それか、奴がジョーに自分を売り込む作戦だったかもしれないが、今となってはすべて憶測だ。奴の役割は{賢者の石}を組織に渡すことだった」
ここまで話すと、ジンジャーは口を閉じた。
「そうか・・・。そうだったのか―。アルが・・・」
マリウスは複雑な心境で、涙声になっていた。
「僕、好きだったなー。アルの冗談」
誰もが、アルの裏切りを許せなかったが、あの人懐っこい笑顔に癒されていた。
{もう誰も失いたくない。後悔はしたくない}
マリウスは、ベッドから起き上がり
「エレノアに少し話がある。皆、先に下で待っていてくれないか」
ジョーたちは、顔を見合わせながら、無言で頷き病室を出ていった。
マリウスは、エレノアにソファに座るように促した。
「エレノア、僕はもう後悔したくないから、今ここで、君に言いたい。お互い、住む国が違う。だけど、僕は、エレノアが好きだ」
急なマリウスの告白に、エレノアは一瞬、固まったが、
「マリウス・・・。私、あなたが眠っている間、いろんなことを考えたの。もしも、あなたを失うことがあったら。って、思うと怖くてたまらなかった。この気持ちは、家族に対しての気持ちとは違う。貴方は、私にとって大切な人だわ」
「エレノア、それじゃあ」
「2年したら、戻ってくるわ。それまで待っていてくれる?」
「勿論!」
「えーと。兄さん、そろそろ入っていいかな」
テッドたちが、病室の廊下から覗き込んでいる。ジンジャーは相変わらず愛想のない顔ではあるが、その目は優しい表情を宿していた。
3日後、マリウスは無事退院した。
屋敷に戻ったマリウスは、寄宿学校に行くことを止め、ジョーの教えを請いながら当主になるための勉強を始めた。
マリウスが退院してから、半年がたち、みんな、別々の生活を送っている。
ジンジャーは、メキシコで、ある大物の護衛について世界中を飛び回っている。
エレノアは米国に帰り、大学に進学した。専攻は考古学だ。
15年後、マリウスは35歳になった。20歳で結婚した、エレノアとの間に、2人の子供をもうけた。
マリウスにそっくりな、15歳の長男ジョーイ。長女のエリスはおしゃまな十三歳だ。カッコイイ男の子に夢中でおしゃれに励んでいる。年上がいいのか渋いジンジャーに熱を上げている。クローリー家は時々、年に数回ジンジャーが休暇を取ってやってきては、ジョーイに実践的訓練を付けている。ジョーイはいずれ父親のマリウスのように世界中を旅したいと思っている。世界中の謎や遺跡を回って世界中の人と関わりたいと。また母親のエレノアのように古代発掘にも興味を持っている。マリウスはそれに反対はしていないが母親のエレノアは母親なりの心配をしている。が説得力はない。心では世界に羽ばたく長男を応援している。自分がマリウス達と旅した場所を旅してほしいと思っている。そこで知り合った人々、エジプトの店長や館長に自分の代わりにお礼をしてもらいたいと思っている。その五年後、あの組織は完全に壊滅した。世界に散らばって逃亡していた組織の部下はICPOやFBI、CIAに次々と掴まり牢獄行きとなった。老人だった組織のボス、オーガスは逃亡中に病気で亡くなり幹部たちも逃げ場を失い捕まって牢獄に捕らえられた。完全に安全となったクローリー家は長男ジョーイが二十歳となりマリウス達が旅した場所を一人旅して回っている。両親の足跡をたどるように、日本、米国、バチカン、イタリア、フランス、エジプトなど。二十年経てばいろんな変化もあり、会いたい人がいなかったり老いたりしていた。ジョーイは日本で桜を眺め、米国では両親が二人きりで見た自由の女神像を見た。エジプトではケンタッキーの店長や資料館の館長を探してみたが、店はなくなり、館長は引退していた。両親の青春を辿ることはジョーイにとって両親の若い時を見つけるようなものだ。長い旅を終えて英国に帰ってきたジョーイ。しかし屋敷ではひと騒動が起きていた。長女のエリスが学校に行っていないというのだ。両親によれば一週間前から部屋に閉じこもり用事以外出てこない、たまに見る顔は青白く憔悴した徹夜顔で心配だという。部屋の中からはキーボードを叩く音や何かをコピーしている音が絶えず聞こえてくる、という。ジョーイはマリウス達両親から様子を見てほしいと懇願されエリスの部屋をノックした。
「エリス。僕だ。今、帰ってきたぞ、父様たちが心配している。どうした?学校も休んで、体の調子が悪いのかい?」その声を聞いたエリスは部屋から飛び出してきて
「ジョーイ兄さん、ああ、やっと帰ってきてくれた。聞きたいことがたくさんあるのよ。さあ、入って頂戴。」
ジョーイはエリスに促されエリスの部屋に足を踏み入れたが、足の踏み場がないほど部屋の中は紙きれが散乱していた。そんなことには一向にお構いなしのエリスは一枚の紙きれを見せて言った。
「ジョーイ兄さん。私、父様たちが関わった賢者の石に興味があって調べているの。何か父様から聞いてない?」
「どうした?急に!エリス。なんで賢者の石なんかに関心がある?」
そうジョーイに聞かれてエリアは一瞬言葉に詰まったが「えーとね。前までは興味がなかったの。父様や母様が昔経験した一つとして覚えていたくらいのものだった。でも学校の授業で賢者の石について習うことがあって調べていたら面白いことがわかって。賢者の石には不老不死の力があるのですって。兄さん知っていた?そこから俄然興味が湧いちゃって。賢者の石を作ったとされるニコラス・フラメルや妻のペレネレのことなんか調べていたら寝る間もなくて、それで学校に行くのが億劫になっちゃって・・・。父様たち心配している?」エリスの言葉に一瞬ジョーイは違和感を覚えた。が、それも一瞬の事で
「当り前だろう!部屋にこもりっぱなしで学校にも行かず母様は心配で食欲もない。」
「えっ!そうなの?私ただ夢中になっちゃって。今からちゃんと話してくるわ。」「それがいい。それが終わったら今度はちゃんと話を聞くよ。」
エリスは両親に話をするために一階に慌てて降りて行った。ジョーイは床に散乱した紙を集め机に置いた。そしてプリントアウトされたフラメルの顔をしげしげと見た。
{あれ?この顔どこかで見たことがあるような・・・・。そうだ!最近よく見る夢に出てくる人だ。}
老人の男女が机に何かを広げて調べものをしている。たまに振り向きジョーイに何かを見せようとする。古い部屋。ランプの光が老人の皺だらけの手を照らしている。机の上には欠けたコップと新しい花。眼鏡をかけたその老人は机の上に何冊もの本を置きジョーイには読めない記号や文字を乱雑に書きなぐっている。側にいる老婆は老人の肩に手を置きながらニコラスと呼んでいる。そんな夢を連日見るようになったのだ。ニコラスだって・・・。ジョーイはアッと思った。
{そうだ、その名前は、今エリスが口にしたばかりの名前ではないか。なぜ、僕の夢に同じ名前の人が出てくる? いいや、単なる夢だ。意味はない、気にしなくていいや。}
ジョーイはあまり考えないようにしてエリスの後を追うように居間に降りて行った。
マリウス達六人の冒険から七十年がたち、エリスは今晩も、孫のアナにせがまれていた。
「ねえねえ、御ばあちゃま。あの話をして・・・。」
「あらあら、またあの話?アナは本当にあの話が好きなのね。」
ベッドに横たわる孫のアナを微笑んでみるのは年老いたエリス、毎晩のように孫のアナに今は亡き父のマリウス達の若かりし日の冒険の話をせがむのだ。
「でもね。アナ、これは婆様の父様、あなたの曾お爺様のおとぎ話かもよ。
私はそう聞いて過ごしたけど今改めて考えるとありえない話だわ。」
「それでもいいの。だってワクワクするのですもの。」
アナは瞳をキラキラさせてエリスを見た。エリスはそんなアナを愛おしそうに見降ろしながら
「いいわ。じゃあ、話してあげる。貴方の曾お爺様がどんな冒険を仲間と送ってきたか。」
「うん!」
毛布を顔まで上げてアナはエリスの話を一言も逃さまいと耳を立てた。
・・ここはクローリー家の一室、昔、叔父様が使っていた寝室だ。エリスは息を整え、外の雪が落ちる音に合わせるかのような声で
「昔々、幸せな少年がいました。何不自由なく生活していた少年は・・・・・・」外とは違い中は温かい暖炉の火とランプの灯りでアナは祖母のエリスの声を聞きながら話の世界へと今晩も旅立つ。
「幸せな少年は両親に囲まれ幸せでした。でもその幸せは・・・。」
外は雪がちらつきあの七十年前を思い出すような風景がひろがっている。
「少年は旅立ちます。世界中に・・。」
いつの間にか目を閉じ眠りについているアナを見てエリスはフッと微笑み、静かにランプを持って窓に近づくと口ずさむ。
「マリウス少年は仲間と世界を守りました。そして私たちは今日も幸せに暮らしています。」
エリスは暗闇に向かって微笑むとランプの灯りを消し部屋を後にした。
これでこの物語は完結しました。マリウス達は結局、宝物を手にはしましたが破壊することにしたようです。きっと私なら有効に使えたのに・・・。と思いましたが登場人物たちがすることに反対はできません。私も一読者になっていました。彼らが出した答えは果たして正解なのか、それは今後の彼らのエピソードに繋がる筈です。とりあえず世界は平和になりました。両親の仇も取れマリウス達はこれからも生きていくことでしょう。彼らに幸あれ!現在、新刊が止まっている冒険ものシリーズが再開することを祈って。