0-7 上空にて
「そういや自己紹介忘れてたな! 俺はヤカワ! 今回の魔神討伐にも参加するから、よろしく頼むで!」
上空の中、ヒッポグリフを手懐けている男──ヤカワが、アッカーたちに聞こえやすいよう大声で自己紹介してくれる。
「アッカー・ラビスです! よろしくお願いします!」
「シェルミル・アス・ヴィセ―ラです。よろしくお願いします」
「……アッカー君は聞き取れたけどお嬢さんは?!」
ふたりが名を告げるも、上空の中一名はヤカワの耳に届かない。
当然、上空のため大きな声で返答しなくてはならず、先ほどの彼女の声量ではヤカワに届く前に風によって搔き消されたようであった。
「……」
アッカーの背中をノックするように後ろの人物が叩いてくる。
代わりにしゃべれとの言ってきているようだった。
アッカーはため息を漏らしつつも、彼女の代わりにヤカワに名を伝える。
「彼女はシェルミル・アス・ヴィセ―ラです!」
「ヴィセーラ……そうか! シェルミルちゃんとアッカー君、よろしくやで!」
ヤカワはシェルミルが大声で喋れないと理解したのか、何も言わずに返してくれる。
「突然ですけど質問いいですか?!」
「ええよ、なんでも聞きなぁ!」
互いに名前を知ったことだしと、アッカーはヤカワも魔神討伐に参加すると聞いたため、いろいろ情報取集できると思い質問を投げかけてみることに。
「今回の魔神討伐に参加する人数は?!」
「さっくりやけど、トルクワの兵団やと百人もないぐらいで冒険者は二十人いってるぐらいやな! 昔の戦況も踏まえた結果、数よりも個々の力で挑むらしいし、今回は銅等級以上の冒険者しかおらんって聞いとるで!」
「じゃあ有名どころで、どんな人物が参加してるか知ってますか!?」
「そうやな、有名どころやと《氷結の残裂者》に《美麗の女帝》。それと《火炎の狂犬》に《爆炎の魔女》とかが参加するな! あ、それと《白銀の冒険者》アッカー君も耳にはしてたで!」
「あ、ありがとうございます……?」
なぜか自身が参加する噂があったらしく、アッカーは困惑したかのような返答を送ってしまう。
それに加え、どのような人物が参加しているか訊いてはみたものの、あまり耳にしたことがなければ知っている通り名は友人たちと数少ない人物たちだけ、名前が一致している。
それでも、その中のひとりだけは話だけは聞いたことがある人物がいた。
「さっきの中で誰か会ったことはあるか?!」
アッカーはシェルミルに話を振ってみる。
冒険者暦としては彼女のほうが短いはずだが、こういった話は知っているだろうと思った。
「会ったことがあるのはふたりだけです」
先ほどと同様、彼女の声は聞き取りにくいが真後ろにいるため聴こうとすれば何とか聞こえる。
「誰だ?!」
「氷結の残裂者のスイハさんと、爆炎の魔女のアイナさんです。アイナさんにいたってはあなたも会ったことがあるんじゃないですか? クラフォス冒険者ギルドに在籍してますが」
「会ったことはない! ただ話だけはよく聞いてる!」
「……そんなことがあるのですね」
同じギルドに籍を置いている関係からか、疑っているシェルミル。
アッカーとしては、会ったことがないものは会ったことがない。大陸で一、二を争う冒険者であり、友人から話だけはよく聞いている。
「ちょっと話遮るようで悪いんやけど、シェルミルちゃんに質問ええか!?」
「はい、何でしょう?!」
先ほどから気になっていたのか、様子を見ていたらしいヤカワが、断りを入れながら彼女に質問しようとする。
そして大丈夫と取れる返事が本人から返ってきては、ヤカワは質問するのだが……大声出せるのかと心の中で突っ込んだ。
「シェルミルちゃんって、クラフォスの王女様でおうてるんか?!」
「はい、合ってます!」
「やっぱそうか……。ほんなら王女様やのに冒険者をやれてる理由、聞かせてもらってええか?!」
この質問にはアッカーも気になっていたことだったと、後ろの人物へと視線を向ける。
理由を聴こうとする。だが、本人からは一言も発せられず沈黙している様子であった。
そんな様子を悟ってかヤカワは慌てた口調で謝り始めた。
「す、すまん、言いたくなかったら言わんでええんやで?! 俺のちょっとした好奇心みたいなもんって言うか……気分悪うしてもうたんやったらごめんな?!」
「い、いえ、そんなことは! 黙っていたのは簡潔に話せるよう考えていただけですので!」
ヤカワの謝罪する声を聞いたシェルミルも慌てた口調で心配させないように言っては、少し間を空けてから質問の答えを返す。
「兄が時期クラフォスの王に就きますので、私は兄よりは自由の身なんです! お父様には冒険者になることを当然反対されましたが……説得の末、なんとか冒険者になれました!」
「はー、王様たちを説得させるってすごいなぁ! シェルミルちゃんまだまだ若いやろうに、やっぱ王女様ともなると賢いんか!」
「……そんなことは……」
シェルミルが冒険者として活動できている理由、それを耳にすることができてはなるほどと、アッカーは少しだけ納得した。
クラフォスの王女と知った時から疑問だったその内容は、多くの反発を押しのけ、王様をも説得したうえで活動できているよう。
もし我が子可愛さに許してしまった、なんてことがあった場合、アッカーとしてクラフォスに在中するのは危険かもしれない。
彼女が泣かされたことを否定してくれてはいるが、王様たちによっては殺されそうである。いや、当初はそういった動きがあったのかもしれないのは考えないでおいた。
「ヤカワさん! 気になったんですが、遠回りしていませんか?!」
シェルミルは地上の景色へと視線を向けて気づいたのか、ヤカワに訊いている。
現在、上空を駆け巡る先には大きな山郭地帯に平原のみが目に見えている。少し右に目をやると大きな街も遠目で見つけれたり。
「良く気付いたなぁ! クラフォスからトルクワは直進するだけなんやけど、その進む先の平原付近が危険らしくてな! 中央にあるハイグリア方面を通らんといかんのや!」
「理由はご存じないのですか?!」
「詳しくは知らんな! 領主様には行きも帰りもハイグリア方面を経由してこいって言われただけでな! なんで危険なんかは言ってなかったわ!」
「「……」」
勘づくことは一緒のようで、ふたりはこの話を気にしばらく景色を見渡すだけとなる。
所謂、現調をしているようであった。
「ヤカワさん、あれがハイグリアですよね?!」
沈黙している状況のなか、シェルミルが前方の大きな街を見ては言った。
「そうやな! あれが商業都市ハイグリアや! ふたりは行ったことあるか?! あそこのお偉いさんは結構怖いで!」
「私は小さい頃に一度だけ! たしか領主様に挨拶ということで訪れましたが怖い人ではなかったような……やさしい人ではありましたよ?!」
「ほんとかいな、俺の印象と全然ちゃうで! 俺も一度だけお会いしたことあるけど、そん時は仏頂面で威圧的な人やったわ! それに何か知らんけど睨まれた記憶があるわなぁ!」
「子ども相手だったから、そういった態度だったかもしれないですね!」
アッカーがそう言うと後ろから背中を叩かれる。
何か言ってくると思いきや後ろの人物は黙ったままであった。
子どもと言ったことに頭に来て叩いた。小さいころからと自分で言ったのはどこのどいつだと彼女へ視線をやった。
危ないことも踏まえてだが、伝わる様子はないようだった。
「あー、アッカー君の言うとおりかもしれへんな!」
「……しかし睨まれるほどのことをヤカワさんがやったのではないでしょうか!?」
アッカーの発言で攻撃的になったのか、シェルミルはほんの少し怒気を含めてヤカワに言っている。
すると、ヤカワは心当たりがあったのか少しの間黙っていた。
「そんなことより集合時間も迫ってきとるし、最高速度で向かうから振り落とされんよう掴まっとれや!」
「「……」」
ヤカワは逃げるかのようにヒッポグリフに速度を上げるよう合図を送り、トルクワまで向かわせる。
その時の彼の顔は、おそらくだが引きつっていたことだろう。