0-5 依頼
「朝早くからすまないアッカー君、そこに掛けてくれ」
部屋に入ると、奥のデスクにて男が向かい側の席に座るよう手で示す。
彼はクラフォス冒険者ギルドのギルドマスター、ターデ・ザリエード。
年齢は五十代で白い肌が特徴の人物。冒険者暦十八年と冒険者としての職務経験を得つつ、今は冒険者を支援する側の立場として職務を全うしている。
アッカーは関わりとして、依頼を頼まれた際や受注した依頼がどうだったかなどと報告らの話のみであり、深くは知らない。
それといっても信頼はされているが会う機会が少ない。単純に忙しい人だから。
「昨日の依頼は急ですまなかった。流石に奇妙な魔物の出現を無視するわけにはいかなくてね。だいたいはシーラ君を通して聞いている」
手で示された三人用とみられるソファーの真ん中に座ると、ターデは向かい側にあるソファーへと座り話を続ける。
「まずは急な依頼だったにも関わらず受けてくれて助かった、ありがとう」
「大丈夫です。すぐに終わりましたんで」
「肝心の魔物が痕跡すらなくなっていたと聞いたが、そのままの意味でいいか?」
「はい。魔物を斃したあと、そのまま死体が残らないで地面に溶け込んでいました。それと魔物が歩いたような痕跡についてですけど、戦っている間は影のようなものが地面に残っていたんですが時間が経ったからか痕跡がなくなっていました」
「……そうか」
アッカーは昨日頼まれた依頼の魔物について話すと、その内容を聞いたターデはローテーブルの下にある棚から紙を取り、メモ書きをしていく。
「騎士団にですか?」
「内容が内容だ、王城に話を通しての依頼だった。警戒もしているだろうが報告書を添えないといけないからな」
「王城ってことは金貨一枚の理由はそれですか」
「いや、君を評価するなら王城はもう少し出している。すまない、金貨一枚で依頼してしまって」
「謝らないでください、金貨一枚で十分見合う内容です。これ以上貰うと申し訳が立たないですし」
数分で終わる作業に金貨一枚。むしろギルド側は出しすぎだろう、その考えは困ったような表情を浮かべるターデを見てか、自分が可笑しいのかなとこちらも困る。
一旦終わった話だしと、アッカーは切り替えターデに呼ばれた目的を訊き出す。
「話が変わりますけど、今回呼び出した件は魔神討伐ですか?」
「……情報が速いな」
「噂程度で聞いただけです。詳細のほうは」
「少し待ってくれ。アッカー君だけではなく、もうひとり──」
ターデが話してくれている途中だった。
後ろから扉をノックする音と「失礼します」と扉越しに女性の声が聞こえてくる。
すると開かれた扉からはひとりの少女が姿を現した。
「来たか」
少女の顔を見てアッカーは内心驚いてしまう。
その理由は見知った人物であったから。
「おはようございます。……遅れましたか?」
「おはよう、シェルミル君。時間どおりだから大丈夫だ。アッカー君の隣に座ってくれ」
「わかり……ました……」
少女はアッカーを見たとたんに怪訝な表情を浮かべると、彼から視線を外しては言われたとおりの場所に座ろうとする。
しかし、邪魔だと言わんばかりの視線を向けてきてはさっさと右側へと寄り、彼女は左側の肘掛けにとギリギリまで寄って座った。
「まずは自己紹介と行きたいが、ふたりは面識はあるか?」
両名を交互に見ては、ターデは訊いている。
噂を知らないわけではない。ただ依頼するといった正式な場のためか、確認を取っているようであった。
「はい、あります。すごく不親切な人です」
躊躇することなく不親切な人と言っている少女の名は、シェルミル・アス・ヴィセーラ。
金色よりかなり薄めの髪色に、冷徹な人物だと思わせるガラスのような瞳。髪の長さは腰辺りまで伸ばしていては、左の前頭部に金色の小さな髪飾りを付けている。
彼女はここ、王都クラフォスの王女様といった地位に就く人物でありながら、冒険者として活動している。
冒険者等級で言えば、上から、紫等級、緑等級、金等級、銀等級、銅等級、青等級、赤等級、黄等級、黒等級、白等級の十の等級のうち、真ん中付近になる青等級とかなり実力のある冒険者。
そんな同じ冒険者である彼女を初めてあった日に、アッカーは泣かせてしまった。
言い訳はしない。泣かせたのは事実ではあったから。
「そうか、面識があるならいい」
ターデは彼女の発言を聞いては静かに目を閉じ、咳払いをしてから本題に入る。
「本題に入る。今回ふたりを招集したのは、トルクワが指揮する”魔神討伐”に参加してもらうためだ。この依頼は強制ではないため辞退してもらって構わない。なんせ魔神討伐での生存はかなり低く、これは百年や二百年に一度あるかといった希少な依頼だ。少数ではあるものの、うちのギルドの冒険者も辞退している。等級でいえば銀等級と銅等級だ」
招集した理由が魔神討伐だとギルドマスターの口から直接聞ける。
依頼を受けるか受けないかの選択肢を与えてくれるが、遠回しに、そして濁さず伝えてくる言葉にはアッカーは即座に答えた。
「俺は問題ないです」
「わかった」
「…………」
迷わず依頼を受ける意思を伝えると、ターデはシェルミルへと視線を向ける。
隣に座る彼女は視線をローテーブルへと移していた。
当然と言うべきか戸惑っているよう。いきなり生還の確立が低い魔神討伐に参加してほしいと頼まれたら、誰もが目先の名声よりも自身の身を案じる。
アッカーは昨日の時点で情報が入っていたため覚悟はできていた。だからこそ、考える時間を与えるために早朝の時間に呼んだのだろうと頭が追いつく。
「シェルミル君、決断は焦らなくていい。時間としては一時間ほどになってしまうが……慎重に検討してくれたまえ。優先事項として身を案じること。王女として、その決断は間違いではないはずだ」
「…………いえ、参加します」
時間があることを伝えるも彼女は早くも決断する。
「……本当に、参加するのか?」
「……はい」
その決断がどういったものか見抜くためにか、ターデは鋭い目つきでシェルミルを見ている。
それは彼女が目で答え返そうとも、少しの間視線を向け続けていた。
「……わかった。王女様ご自身で決断なされたと伝えさせてもらおう。魔神討伐といった依頼のため、念のためこの紙に目を通してからサインを書いてくれ」
いろいろとあるような会話をされると、彼女は渡された紙に目を通しサインを書いてはターデに返す。
これには冒険者であるも、王女様だからと必要な物事なのかもしれない。
こうしてふたり揃って魔神討伐に参加することが決まっては次の話へと入る。
「ふたりとも参加してくれるとのことだが、魔神討伐の全容についてはトルクワにて聞いてくれ。身勝手な話に聞こえてしまうが、私は領主から魔神討伐に参加してくれるクラフォスの優秀な冒険者を何人か召集してほしいとしか伝えられていなくてね」
「「了解です」」
被った。と思い、隣に視線だけを向けると被ったことが嫌だったのか、隣の王女様は睨みつけてくる。
そんな彼女に対し、アッカーはすぐに視線を戻しては無視した。
「流石にないとは思うが、戦闘の最中に喧嘩だけはしないでくれたまえ。時間は先ほど言ったとおり一時間ほど余っているが、今からでもトルクワには向かえる。どうするかはふたりで話してくれ」
ターデはそう言って席を立つと、仕事用で使っているであろう奥のデスクにある席へと座り直し、引き出しを開けている。
互いに喧嘩する間柄ではない、ましてや戦闘中はもってのほか。今言われたばかりの内容が試されるような相談をしてほしいとのことだが……。
「どうする? 俺は今からでも大丈夫だけど」
「……いつでも」
「そうか……。ターデさん、すぐに出発でお願いします」
思い通りに言い合いになることはなかった。
すんなりと出発時間が決まったことに安堵しながら伝えると、ターデは手に書類のようなものを持ってくる。
「早くて助かる。この封がされているのはトルクワから来た迎えの男に渡してほしい。それとこの一枚の紙はトルクワから参加要請を受けた者だと証明できる紙だ。表面には君たちのサインを頼む。もう一枚には地図が記載されているため、集合場所に向かう際は見るように」
「一枚目は迎えの男に渡すのはわかりますが、二枚目は集合場所で渡せばいいですか?」
「そうだ。おそらく受付の者がいるため、その人物に渡すように。迎えの男は十二時の出入り口で待っているはずだ」
「わかりました。じゃあいってきます」
疑問になっていたことが解消されては話も終わり、依頼を受けた。
もう行こうかとソファーから立ち上がり扉のほうへと歩くと、シェルミルも同じく立ち上がっては付いてくる。
そしてアッカーが扉を開けようとしたその時だった。
「申しわけない」
謝罪のような言葉にふたりは自然と後ろを振り返る。
目に映ったのはターデが頭を下げている姿だった。
「ふたりに任せることになってしまって申し訳ない。知っていると思うが、ほかの頼れる冒険者たちは長旅からの帰還や現在も出てしまっていてと無理強いはできない。戦力として、信頼できる者として、君たちぐらいとなってしまって……」
負い目を感じたのだろうか。今から彼らが向かう魔神討伐は、先ほども自身で言ったとおり生還できる確率がかなり低い。そのことも考慮して頼んだのだろうが、結局引き受けたのはアッカーたち自身。よくわかっているがために返答に困ることはなかった。
「大丈夫です。頭を上げてください」
「私も問題ありません。勝手に引き受けたのはこちらですので」
「……そうか。すまない」
ふたりの言葉を聞き安心したのか、ターデは顔を上げ見送りの言葉を送る。
「健闘を祈る。必ず、元気な姿で帰還してくれ」
気持ちの籠った言葉を聞いたアッカーたちは頷いてみせると、トルクワへ向かうため冒険者ギルドをあとにした。