1-26 不透明な敵
事を起こした元凶と戦闘に入った、アッカー、カイル、ネヒッカの住人、リーシャの三人は、二手に分かれ対処する。
アッカーが本体、残りふたりは召喚された魔物。
召喚される数の多さは食い止めるアッカーに問題があるのではなく、器用に操る敵に事態に存在もする。
しかし、アッカーの想定と違った展開になってしまっているのが一番の傷である。
それは敵事態に不透明な部分が多く存在しているのもあるが、ふたりのほうに気を使わなければいけないから。
「ッ!」
少しよそ見してしまうと、敵からの鎌を振るう攻撃が自身の髪を掠めては、続けて不規則に振るう攻撃がやってくる。
それは彼の経験と実力で捻じ伏せば、こちらも攻撃と仕掛けるもそう簡単に当たってはくれない。
敵の背後に出現して槍を振うも、敵はひらりと躱しながら反撃してくる。
さらには、その反撃にアッカーが後退したと見るや、すかさず魔物を複数召喚してはカイルたちのほうへと襲わせる。
どうしたものかと悩みながら、襲わせに行った魔物たちを少し手こずりながらも殲滅しては考える。
敵について新たにわかったことは、ローブの中身はおそらく人間のような生身を持っていることぐらい。
ただ疑問点としては、時々ありえない方向に腕を回しているためアンデットの可能性もあれば、躱し方や浮遊することからゴーストの類にもなる。
だけど後者に関しては、最初の蹴りの感触といい、槍を振るい命中させた際は嫌がっていた。
槍の突く攻撃は全てすり抜けた感覚があったことから、もしかすると自由自在に変質することができる敵か、もしくは突く攻撃がすり抜けることから、中身はスケルトンのような体を持った敵なのか。
他大陸でも見かけたことのない未知の敵に頭を悩ませる。
ひとりじゃ厳しい。アイナとシェルミルに早く合流してほしいところだが、今はこの三人で相手するしかないのが現実であった。
「おい! だから、すれすれはやめろ!」
「だ、だったら避けるか、あたしの前に立たないでよ!」
「…………」
向こうに気を取られている敵の周りに枠を多めに用意すると、反応した敵がすぐに逃げてしまわないよう攻撃に移していく。
あらゆる角度に出した枠から出て来ては、敵とすれ違いざまに攻撃。
最初こそ躱されるも、すれ違った先にも同じく枠が存在すれば通るたびに加速。やがて敵の視界には捉えることのできない速さで縦横無尽に切り裂いていく。
「グリュララララッ!!」
対処することがてきない敵は、苦痛の叫びを上げては囲った場からは逃げられずにいる。
間違いなく効いていることが確認でき、感触的には生身の体を持っているよう。
このまま一気に仕留めようとしたアッカーは攻撃の速度を緩めることなく続けようとしたのだが、途中、敵がローブを残して姿を消した。
目の前に居てどこに行ったのかわからない。
加速したまま近くに召喚された魔物もついでに斃してしまっては、減速の枠を通って地面に着地し、周囲を見回す。
未だにローブは取り残されたままだが、敵を斃した感覚は全くない。
「さっき掠ったぞ! 本当に死んじま──ッ!! ……おい、ふざけんな! 人に当てるやつがあるか!」
「ま、間違えて放っただけだから! それに全部魔物に当たってたし、掠ったのはあたしのせいだけじゃないんだから!」
耳を澄ませていると雨の音以外にふたり声が聞こえてきては、アッカーはそちらへと視線を向ける。
時折注意を向けていた理由がこれとなる。
お互いに手紙のやり取りをする関係になり、いずれは結ばれるかもしれないふたり。
そんなふたりが、すでに崩壊へと近づいている。
敵が召喚する魔物はアッカーでも容易に斃せない敵も混じっている。
あのふたりに至っては、そんな魔物たちを多く斃してはいたのだが……なぜか息が合っていない。それどころか、遂には彼女の魔法がカイルに当たってしまっている。
互いに個の実力で捻じ伏せているも、時間が経てば命を落としかねない動きではあった。
「言い訳してんじゃねぇ……! やっぱ触ったこと根に持ってんだろ!」
「も、もってない! ……こ、この、変態!」
「……仕方ねぇだろ! ローブなんて着てたら、男か女なんて見分け……」
「今絶対見た! ほんとに変態じゃない!」
「見てなんかいねぇ!」
ふたりは召喚された魔物を斃し終わったからか、余裕そうに喧嘩し始めている。
そんなふたりに近づきながら、アッカーは言う。
「ふたりとも警戒してくれ、敵が消えた! それにカイル! お前は銅等級冒険者なんだからもうちょっと合わせてやれ! 彼女は冒険者じゃないんだ!」
「合わせてこれなんだよ。むしろ、こ……こいつが合わせる気がねぇんだよ……!」
「はぁ!? こっちだって合わせているわよ! そもそも、告白した相手に『こいつ』ってそれはないでしょ!?」
「き、危険を晒す相手だって知らなかったらそんな呼び方するわけねぇだろ!」
怒気を含んだカイルに対し、一歩も引く気のない彼女を見れば無視するアッカー。
そう気を張って周りを見ていると、ローブを着た敵がカイルの後ろに現れていた。
「カイル、後ろ!!」
アッカーの声にすぐに反応したカイルは、敵の黒い靄がかかった魔弾に対し大盾を使って守りの体勢に入る。
しかし、その黒い魔弾は大盾をすり抜けてはカイルとその後ろにいた彼女もと、ふたりして後ろへと飛ばされてしまう。
すぐに立てそうになかったふたりに対し、敵は続けて黒い魔弾を放っていく。
それをアッカーが身体強化で彼らの前に立てば、魔障壁で黒い魔弾を受けきる。
「早く立ってくれ!」
「ちょっと、重い……」
「……痺れてる……」
声を掛けるもカイルから立てる雰囲気が全く感じられない。
かなり危険な魔法であった。
魔障壁では防げるも、そのほかだとすり抜けて命中するよう。
そして、魔障壁で防ごうとも手から腕にかけて軽い痺れがやってくる。
理解すると、敵がこちらに迫まり鎌を振るう。
明らかにおかしな動きをする敵は、まるで人形のようだった。
アッカーの攻撃を全て躱しながらすれ違いざまに攻撃し、さらには流れるように魔物までも召喚している。
変幻自在に攻守にわたる敵は、召喚する魔物の強さも上げてきている。
思わず顔を顰めるアッカーは先に召喚された魔物を相手し、横やりを入れてくる黒い魔弾は魔障壁で防ぐ。
敵の姿が再び見えなくなれば目の前の魔物を貫通して、黒い槍の雨が複数、一塊として一回、二回、三回と襲い掛かってくる。
受け身を取りながら躱すアッカーだが、最後の黒い槍が右肩に命中してしまえば、痺れるような感覚を味わった。
掠めた箇所を見てみると、血も出てきてはいたが傷口に黒い靄が居座っている。
痺れだからと身体強化といった気合いで直してみようと試みる。
襲い掛かっていた魔物が動けそうになかったため止めを刺せば、敵がすぐ目の前に現れた。
今度はどこから出してきたのか、ふたつの剣を振り回して襲ってきては、距離を離すと剣先から先と同様の魔弾を放ってくる。
しばらくすると、痺れていた感覚がいつの間にかなくなっていることに気づく。
身体強化で紛らわせていれば、傷口の黒いのも消えている。
右腕から右手と感覚を取り戻せば、戦い方を変えることに。
「ごめん、少しの間だけ」
距離を取り様子を伺った敵の姿を見ては、たまたま傍にあったローブを槍に包んではその場に置き、格闘戦へ。
攻撃を仕掛けてくる前にアッカーから詰め寄りにかかると、敵はいくつもの系統が違った魔法を放ってきては魔障壁で守りながら突き進む。
すぐに守りが維持できなくなると、一気に敵の懐へと枠を使って入り込むのだが……。
(やば)
さすがに手の内を見せすぎた。
枠から出て来る殴ろうとした右腕を敵が掴むと、両手を使って掴んだ右腕から右脚へと持ち直し、アッカーを目を回すように振り回しては上に投げ黒い魔弾を放つ。
敵の失態には命拾いする。
目を回そうが上に投げるならアッカーが優勢と言わんばかりに、黒の魔弾を敵へと命中させた。
背中に自信の魔弾が直撃したことにより少し動揺したような動きを見せた敵は、空を見上げて消えた彼を探し始める。
だが、徐々に動きが鈍くなっては地面へと膝を付くように降り立った。
この好機を逃さないよう、アッカーは敵の背後から鎌を持っている右腕を掴み、身体強化も使って腕を崩壊させようと試みる。
「グリュラウウウウゥ……──ハアアアアッ!」
痛みを加えていくと同時に、耐えられなくなった腕は使い物にならないぐらいに折っていく。
それでも、これだけでは終わらせないと敵の腕をローブごと引き千切っては地面に着地すると、苦痛のあまり敵は宙に浮き暴れ回った。
今のうちに相手の正体を知ろうと持った腕を確認するアッカーだが、持っているのは引き千切った腕の部分のローブだけとなっている。
右手に持っていたはずの鎌も握ったまま取ったはずだったが、持っていないどころかローブを逆さまにすると黒い粉のようなものが水溜まりに落ち、自然と消えていく。
敵の正体がわかると思えば、余計にわからなくなる。
掴まれた時も見ていたが、皮膚が黒く人間と違う点は三本の指のみ。感触からして骨も身体の肉も確実にある。
それでも、自分では関節を外したかのような動きをして痛みはないらしく、攻撃されるのは駄目らしい。
アッカーは暴れている敵に対し格闘戦が一番有効だと断定し、別の箇所も同じように攻撃しようと動き出す。
しかし、敵はかなり怒っているようで、咆哮しながら腕と脚を剣に変形させ迫ってくる。
手に持っていた時より相手との間隔が狭まり、意のままに操る武器はけた違いに速い。捌く魔障壁を纏う手は、ズレを許されないでいた。
加えて近距離でも腹部付近から魔弾を放ってきては、躱すので精一杯。自身には魔法すら使わせてくれなかった。
「グッ……!?」
ただ躱し続けるだけで必死だったアッカーだが、敵は後ろから水の魔弾が頭に直撃し動きが止まった。
水の魔弾を当てたのはもちろんリーシャであった。
流石の命中率と威力ではあったが、敵はアッカーに光の眼光を向けながら彼女に迫る。
「カイル! そっち──」
彼女を守るためでもいるはずのカイル、そんな彼を呼び視線を移すも、枠を使って槍を手に取り守りに入る。
黒い魔弾を受けてから未だに動けていないカイルに、守りはこの場には追い付いていないリーシャ。
そんなふたりを守るのはアッカーでも厳しいと同時に、地面から突如として現れた大きな手により魔障壁は潰され、飛来する黒の魔法は槍では受け流せず腕や脚にかすり傷が付けば、痺れる感覚を無理やり振り払う。
しかし、少しすれば援護してくれているリーシャの魔法が押し始め、やがて敵が防戦一方となっていった。
「あたしはいいから起こして!」
リーシャは緩めず魔法を放ちながら言っては、アッカーは魔法で援護しながらカイルを起こす。
「カイル、まだ無理なのか?」
「魔障壁は張れるけど、まだ痺れる……」
痺れた影響で身体を震わせたであろうカイルは、これ以上濡れないよう魔障壁で雨を防いではいるがまだ動けそうになかった。
このままだとカイルが邪魔になり、すぐに彼女に加勢するためにもと近くの家を見る。
そのうちのひとつの家はガラス越しで部屋を見ることができては、魔法を使ってその家の中にカイルを待機させ、すぐさまアッカーは外へと戻ったのだが……。
「これ、どうすればいいの?!」
リーシャは両手を前に出しては、敵を大きな球体となっている水の檻へと閉じ込めている。
そんな水の檻は降ってくる雨をも搔き集め次第に大きくなっていくも、閉じ込められている敵は微動だにせず、ふたりに光の眼光を向けてと慌てた様子が伺えない。
「そのあと攻撃に繋げられないですか?」
「ど、どうやったらいいかわからない。それにこっちだけで限界で……もう無理……」
言葉どおりにリーシャはこちらには目を向けず、目の前の水の檻へと閉じ込め続けるのに必死であった。
一般人にしてはできすぎなぐらい活躍してくれている。
彼女の体調も気遣うならそろそろ決めないといけなかった。
「わかりました。じゃあ、俺が合図を出したら解いてください」
「え? ……わ、わかった」
困惑気味だったリーシャは何か訊いてくるわけでもなく、素直に了承してくれる。
無理をしているので早めに息を整えては、アッカーは彼女に向けて声で合図を送った。
すると、水の檻は地面へと打ち付けるような勢いで落ちては、解放された敵は迷いもなく一直線に襲い掛かって来る。
今になって気づくは、引き千切った右腕はいつの間にか再生していては左腕と同じく剣へと変形していた。
水魔法は治癒効果も存在する。
おそらく、彼女は感覚で魔法を使っていては、閉じ込めていた際に不本意ながら癒してしまったのだろう。通常の属性と考えれば、基本となる詠唱から習っていると間違って癒すことは基本ないはず。
そう考えると、相手が万全な状態から斃すには一度の隙でもいいから出させること。
手始めに槍に魔障壁を纏わせたアッカーは、目の前まで迫っていた敵による左脚を振るってくる攻撃に対しはじくように槍を振るい返す。
そして、敵は左後ろへと身体を持っていかれながら右腕の剣を一度左に振るうのではなく、いきなり左から振るってきた。
それは自身の頭には当たらなければ、一度左側に右腕を持ってきたわけではない。常識を覆すつもりと繰り出す攻撃の速度から、後頭部を背中に付け背中側から回して振るっていたのであった。
次なる攻撃はだいたい予想がつく。
左脚がはじかれ右腕を左から振るい終わると、自身に向けて体が真正面に開く。
右脚は体勢から攻撃にならないと捨て、体の中心部からの黒の魔弾。それに気づかれたら左腕の剣からのでたらめな攻撃がくると見て、右腕の剣を避けながら敵の左側へと狙いを定める。
「グッ!?」
初めて聞く動揺しているかのような声を耳にし、敵の添えているだけになっている左の肩付近を槍で貫けば、今度は左脚の剣を水溜まりに浸かりながら蹴り上げてくるのに対し、アッカーは力強く槍で跳ね返せば関節が外れたように脚は回転し、敵自身の左腕を簡単に切り落とす。
ここだ──そう言わんばかりに、悲鳴を上げ暴れ回り始めた敵に追い打ちを掛けるようすでに枠を使って上空にいては、敵が背中に付けた頭へと一直線に落下。
加速も使って撃墜させるような追撃は、首から上が簡単に取れては適当に投げ捨て、止めを刺しに行こうとするのだが……そう簡単に斃れてくれないようだった。
「ハアアアアアアアアッ!!!」
敵の大きな奇声が街中に響き渡る。
どこからそのような声を出しているのか。
波打つような奇声には、その場で足を止めてしまい耳を塞がないといけない。
こうして奇声を上げた敵は、アッカーとリーシャに向かって黒い槍の雨を放っては──逃げていく。
敵の攻撃はアッカーが魔障壁で彼女ごと守り、彼女が対抗するかのように魔法で敵を狙うも全て打ち消されては、ふたりの前からあっという間に姿を消したのであった。