1-22 忘れ物と手紙
顔を洗ってからアッカーは気づく。今は夜だということに。
「俺って一日中寝てたか?」
窓の外が暗いことを知り訊いてみれば、カイルが答えてくれる。
「寝てねぇな。つーか、それは寝すぎだろ」
「今日は何日だ?」
「まだ四日。真っ黒になってねぇ」
時計の代わりとして、昔から使われていた魔道具を見せカイルは言った。
水晶玉に近いその魔道具は色によって時間が凡そで確認できる。
今は青が混じった黒に近い色。真っ黒になると日付が変わっている時間帯なので少し前となる十一時ごろになるだろう。
それで、カイルが言うには一日中寝ていないと。
「わかった。ありがと、カイル」
「おぅ……」
「それでだ」
カイルに礼を言っては、いつの間にか自身が寝ていたベットに座っている、アイナとシェルミルへと視線を向ける。
おいこらと。
「何勝手に侵入してるんだ? まさか、男の寝る部屋ならいいとか思ってないよな?」
「カイルが開けたと思わないんですか?」
シェルミルが残念そうな目でアッカーを見ながら言った。
その判断ができなかったため、まだ頭がボケているのかもしれないと感じる。
いや、それでもとアッカーは言う。
「そうだとしても、服干してるんだが……。カイル、強引に入れろって言われたのか?」
「いや、強引ではねぇ。大切な話って言われた」
「そんな服のことなんてどうでもいいじゃないの。男のを見たって何にも思わないわよ」
大切な話? と思っていると、アイナからムカッとくる発言が飛んでくる。
そんなどうでもいいと言った発言に、下着も干しているから言ってるんだよ! と言いたくなるアッカーは、ちゃんと起きたであろう頭を使って反論する。
「服なんてどうでもいいって……仮にだ。俺がアイナたちの部屋に入ってふたりの下着を干していようが、同じことを言っても許すのか? 俺は女性の下着に興味はない──」
「許可なく入った時点でも、見た時点でも殺しますが?」
「……それはわかってる。アイナに訊いただけだ」
シェルミルが右手に握りこぶしを作りながらこちらを睨んでくる。
シェルミルは絶対殺気立つと思っていたため、アイナに訊いたつもりだった。
というより、これが通常の反応である。
「しょうがないじゃない。ここしか話すところがないわ。こっちも干してるんだし」
「それもわかってる」
理解はしているが、ただムカついたから言ったとは口にはしない。
とりあえず、この話は無しにして服がどうでもいい発言のアイナに、シェルミルがいる前で今後注意しておくべきことがあったんだと思い出す。
「シェルミルに聞いてほしいことがある。非常に重要なことだ」
「はぁ、いきなりですか? こっちが話をしに来たんですが」
「すぐ終わるから。こっちを先に聞いてほしい」
シェルミルが聞いてくれる体勢に入ってくれると、アッカーはしっかり聞いてもらうため、そして、男ふたりの釈明と誤解などが生まれないために大事に発言する。
「服はどうでもいいって言ってるアイナが、本気でそう思っている」
「はい。……そうなんですか?」
「……」
視線を向けられるアイナは黙ってやり過ごそうとしている。
あの時は躊躇いもなくめんどくさいと言っていたのに対し、しっかりしてそうなシェルミルの前では言えないらしい。
「これから住まわせてもらうけど、こいつが家の中で服を着ずにうろつく可能性があるから注意して見といてくれ。これだけは頼む。それと理解しておいてほしい。いいな?」
念入りに言っては伝え終わると、シェルミルは目を数回瞬きさせてはアイナへとゆっくり視線を向ける。
「アイナ、そのような状態で──」
「ちょっと待ちなさいよ、アッカー。それは誤解を生むじゃない。さすがに付けてるし、しはわふぁいれ──」
「服の話ですから! そっちではないです!!」
困惑していたシェルミルが慌ててアイナの口を塞いでは、ふたりして勢い余ってベットに倒れる。
その光景を見ながらアッカーは驚いたと同時に、こいつは何の話をしているんだと考えると、すぐに答えだと思わしき場所にたどり着いた。
もしかしなくても、アイナにとって下着が服になるらしい。
でないと、裸でうろつくから、と注意されたとアイナが勘違いしたようなものであった。
流石に、アイナの幼馴染でもこんな言動を取ったことを見たことがないため、彼女自身がどこかで頭を打っているとしか思えない。
驚きのあまりアイナを押し倒したシェルミルは、普通に服は着ているもんだと思っていただろう。
それより……シェルミルがここまで慌てた姿を見るのは初めてだ。
「ん、何だ?」
何となくカイルへと視線を向ける。
すると、彼は特に話すら聞いていなさそうで自分のベットの上に座っていた。
聞いていたとしても一目ぼれしたあの女性以外眼中にないのだろう。
毎日バカなことを考えている男性冒険者とは違う……いや、関心するのではなく男としてどうかと疑うところかと迷うところではあった。
「あ、アイナ! ちょ、やめ、やめて、くっ……くっふふふふ……!」
「シェルはここが弱いのね? ほらほら~……って、ご、ごめんなさ──ふっ、あ、あははは!」
なぜか笑い声が聞こえる。楽しそうなのは何よりだが、人が使うベットで遊ばないでくれと手を差し出す。
「おい、人が使うベットで遊ぶな。起きろ」
くすぐりあっているシェルミルとアイナは、差しだした手を取る。
そうして起き上がったふたりだが、アイナは息を吐いては落ち着こうとし、シェルミルは身だしなみを整えていた。
「それで、どうして俺を今起こしたんだ?」
ふたりが話を聞ける状態になってから、アッカーは聞く体勢に入る。
知りたいことはほとんど知れ、伝えたいことも伝えれた。ようやくと言えばいいのか、ここで本題となる今起こした理由を聞いてみることに。
「予定変更のためよ」
訊けば予定変更。無理やりにでも起こしたのだから、それほどの緊急事態だろうか疑問が浮かぶ。
「それ、今聞かないと駄目だったのか?」
「そうね。休みがあとになってしまうし、明日ネヒッカに戻りたいの」
「ネヒッ──」
「はぁ!!? ネヒッカに戻る!!?」
カイルがネヒッカといった街名を聞いては、自身の言葉を遮るように大声で反応を示す。
それは彼女たちよりも大きく、迷惑なほどに。
そんなカイルに三人は何時だと思っているんだと睨みつけると、彼は静かに謝っては自身の使うベットに寝転んだ。
「どうしてネヒッカに戻るんだ?」
「シェルが忘れ物をしたらしいのよ」
忘れ物と聞いては、その本人へと視線を向ける。
彼女はこちらの様子を伺っていては、拗ねている顔に見えるというか……俯きながらこちらへと時折視線を向けていた。
これが申し訳なさそうな顔かと言われると違うような気がしていた。
単純に自身に頼むのが気に食わない、そんな顔をしていた。
(素直じゃない王女様だことで)
それにしても、ネヒッカに戻るのは別に構わないことだが、何を忘れたのだろうかと気にはなる。
本当は訊いておきたいものの、詮索するのも無粋だとアッカーはその気持ちを心の中に閉まっておくことに。
「わかった。早めの出発がいいのか?」
「いえ、そこまで急がなくていいです。向こうの宿屋に昼頃に着ければ」
「じゃあ、そこで昼ご飯といった形……」
と、言いかけてしまってはカイルを見てしまう。
彼はこちらに背を向けた状態でベットの上に寝転んでいるが、絶対に寝たふりをしているだろうと確信している。
さっきまで起きていれば、大声も出していたから。
一瞬、カイルの声だとは思えなかったが。
「それはあとで考えましょ。忘れ物を取りに戻ったら、ハイグリアに戻って食事もできるでしょ?」
「も、戻んのか?」
「明日は……お願いします」
寝たふりから起きたカイルを無視しては、シェルミルがアッカーに軽く頭を下げる。
そして、アイナとシェルミルが用が済んだと立ち上がって部屋を出て行こうとするのだが……。
「ちょっと待った。そこでいいから座り直してくれ」
アイナとシェルミルを呼び止めてはベットに座るよう指示する。
「何ですか?」
シェルミルが少し怖い声音で言ってくるが、アッカーは屈しずに座るようもう一度言った。
すると、聞き分けのよかったふたりは再び座り直す。
聞く態度ではない奴がいるが許してやる。
「さっきの起こし方に関してだ。お前ら、人が気持ちよく寝てるのに雑に起こすな」
当然訊くことはこれしかない。
ほかの人間ならもっと怒っているだろう至福の時を邪魔したため。
「それはあなたが全然起きないもの。まず寝るのが早すぎよ」
「そうです。あなたおじいさんですか? すぐに寝たと聞きましたよ?」
「早いわねぇ。もう老化が来てしまっているんだわ。そのうち腰が痛いとか言いだすんじゃないかしら」
「ありそうですね。顔も老けていたり。異色属性の代償ですかね」
黙っていたら、好き放題言いやがる。こいつらどうしてやろうか、そう思考するのも無理はない。
今日の実験といい、ふたり揃って反省の色もないどころか自身のことを舐めているのは間違いない。
いきなり上空にでも連れて行って怖がらせてみたいものではあるが、今は真面目に話す。
「……野宿とかで魔物が襲ってきたとかなら、あの起こし方以上でもいい。そうじゃないときはやめてくれ。特に、身体を揺らしすぎるのは気持ち悪くなる。やさしくしてくれ」
「わかったわよ。やさしく揺するようにはするわ」
身体を揺らしたことを交えて話すと、揺らすに関してはアイナがやったんだろうと判断する。
やった本人じゃなければこのような発言をしないと思うから。
「俺の頬叩いたり引っ張ったりしたのはシェルミルか?」
「……」
シェルミルはこちらから視線を逸らした。
寝ている子どもに頬叩いたり引っ張ったりして起こす親がいるか? お前はそう起こされてきたのか? と訊いてみたいところではあった。
「とりあえず、緊急時以外は雑に起こさないでほしい。シェルミル、いいな?」
「善処します」
「……今日のところはいい。呼び止めて悪かった」
なぜ“善処”といった言葉が飛んでくるのか意味がわからないが、もう夜遅いしふたりを返すことに。
再び彼女たちは立ち上がると、男ふたりにおやすみとアイナが言ってはふたりして部屋を出て行った。
結局、嫌な起こされ方はされては明日の予定が半分休みではなくなるらしい。
アッカーも寝ようかと思ったが、あの少しのやりとりで目が覚めた気がする。
「あ、アッカー、頼みたいことがあるんだが……聞いてくれ」
どうしようかと迷っていると、カイルが頼みごとと言って話しかけてくる。
なんだろうとそちらに視線を向けると、彼の手に持っているのを見てだいたい察しがつく。
「えーっと、ウエイトレスの名前なんだっけ?」
「リーシャだ。リーシャ・ファリア。明日会えるかもしれないんだったら、今書かねぇとよ」
カイルは一枚の紙をひらひらさせながら言ってくる。
名前はちゃんと覚えているようだ。
「そんな急ぎで手紙を書いても良いのができるとは思えないぞ」
「……だから、手伝って……くれ……。た、頼む、俺からの緊急の依頼だ。報酬は出すから」
カイルは膝を床に付けては手も添え、頭を下げてお願いしてくる。
ぎこちない言葉に加えて、本当に力を貸してほしいらしい。
目覚めたしアッカーとしては断る理由はないが、そんなに急ぐ必要もないってことは……なかった。
会って一日ほどで手紙を渡せば好感が上がりそうだし、それほど思っているって相手側に伝わるかもしれない。
「お前の睡眠はどうするんだ?」
「それは明日でいい」
「そうか。……手伝うけど、次からはそんなことしなくていいから。気軽に頼れ」
「た、助かる……!」
カイルはできる限り小声に抑えながら言っては、この部屋にあるテーブルに向かった。
「だからと言ってはなんだが、報酬はいらないからな」
「わかった。別で礼させてもらう」
明かりは光る魔石があるため問題なく夜でも書ける。
こうしてカイルの緊急の依頼、ウエイトレスさん宛の手紙を明日に間に合わすため、俺は協力することになった。
──次の日の朝。
「だ、大丈夫か?」
「あぁ……大丈夫だ……」
「よ、よし。間に合った」
手紙の文章を確認し終えたアッカーは、カイルに手渡す。
すると、本人は緊張したかのような赴きながらも握りこぶしを作っていた。
……死にそうである。朝まで通しになるとは、アッカーは思ってもいなかった。
まず声を大にして言いたいのは、カイルは文章を作ると言ったことが苦手だった。伝えたいことは真っすぐで良かったが、いざ書き始めれば睨みあう時間が続いた
そのため、あまり進まなかった手紙はアッカーが代筆。結果カイルの伝えたいことを聞いて何となくで書いては消しての繰り返し。大事なところはそのまま書かせてみてと、ようやくといった思いの中完成したのであった。
こういった代筆のお店はもちろんあるのだが、昨日の夜で今日の朝まではやむ負えないし、そもそも店が開いていない時間帯ため依頼することも不可能。
手紙を書くの教わっていてよかったと振り返る。アッカーは昔のことを思い出すと、涙が出てきそうであった。
「本当に助かった。……ありがとな」
「どういたしまして。今度からも手伝いはするが、全部自分で書けるようになったらいいな。少しずつだけど、身につけような」
「……手伝ってくれるなら……。なんとか書けるようには頑張る」
眉を下げながら笑顔を見せるカイルからは、これぞ人を思う力かと思わされる。
アッカーは起こされ方がどうであれ少しでも寝たのだが、カイルにいたっては昨日の朝から一睡もしていない。
そう。こちらが悩みながら書いている時も寝ることはしなかった。
自分のことだから当たり前とは思ってしまうが、そこは褒めるべきことであった。
「これに入れたらいいのか?」
「あぁ。渡せたらいいな」
ただひとつだけ、彼に言えないことがある。
それは体力の関係で誤字が混じっている可能性があるということ。
でも、そうなっていたらでカイルらしさが出そうだからいいか、なんて思いはした。
『ふたりともー起きてるー?』
突如としてふたりの部屋にノックする音とアイナの声が聞こえてくる。
出発の時間はお昼ごろ。シェルミルはネヒッカに着く時間帯がそれぐらいで構わないと言っていれば、そのあとの時間を自由時間にしたいがための提案だと勝手に認識していた。
そのため、もう昼前なのかと疑った。
「カイル、今何時……だ……」
アッカーはカイルに時間を訊こうとすると……彼はすでに寝てしまっていた。
限界だったのだろう。
これはもう一泊の料金を支払い、ネヒッカには夕方ごろに変更してもらうしかない。準備もして、呼んでくれたのに申し訳ないが、寝不足の理由を説明するかとアッカーはドアを開けたのであった。