0-3 世間話
騒がしいギルド内は二階も同じ。見慣れた顔と目が合えば軽く挨拶し、冒険者アッカーはカウンター席へと座った。
置かれたメニューには手を付けない。目の前のウエイトレスさんと目が合うと注文を通しておくことに。
聞きなれてしまったいつも通りですかと訊かれる言葉に頷くと、ウエイトレスは微笑んだ。
「魚料理好きですね」
「肉か魚と言われたら魚が好きです。お姉さんはどうですか?」
「ん~悩ましいけど……何か見透かしてきそうな質問のような」
純粋な返しになぜか疑われてしまう。
ただ目の前のウエイトレスの会話が上手だから、返しやすいよう言ってくれている、そのように感じてしまうのは年上だろうなと思うことと、ここ何年も働いているのを見てきたから。
表情からはわからないが。
「考えすぎですよ。この質問で何を読み取れるんですか」
「白銀の冒険者だからこそです。年下と思わないようにしてますよ、人生の経験値が起い越されているってなぜか感じていますから」
「……自分ではわからないですけど本当ですか?」
「少しは嘘です。まだまだ子どもだといった姿はよく見かけますし、見ては来ましたから。彼女のようにね」
意地悪く言ったウエイトレスの視線を追いかけると、それは注文を伺っていた別のウエイトレスのことを指していた。
アッカーとしては初めて見る顔。それもそのはず、最近就職したギルド職員だから。
「新しい人ですか?」
「はい、そうですよ。まだ十三歳でカルステから来たらしいです。アッカーさんもいっしょで若い人は頑張りすぎですよ。あ、オーダー忘れそうですので一旦失礼しますね」
伝票を手にウエイトレスは会釈すると、裏手にある階段を使って一階へと向かった。
少し気になったアッカーは、話題に上がったウエイトレスへと再度視線を向ける。
慣れている、とはいえなさそうだが、きびきびとしたその姿には親心と言ったものを覗かせるよう。
冒険者たちが可愛がっているような姿がその証拠かも知れない。少し慌てるような身振り手振りをしていると、相手をしている冒険者たちからは笑顔が見て取れる。
オーダーを通しに向かった彼女を見てはカウンターへと向き直る。
十三の歳で職に就いている。それだけで立派だと思い、自身の現在の職を照らし合わせる。
冒険者として職には就いている。しかし、安定した職業ではないことは誰もが知っている。
お金の稼ぎは冒険者としての実力次第でもあり、依頼にもよる。なにより命を代償に働いていることが安定した職業ではない。
それでも、アッカーは辞めることはないだろう。
探している場所が見つからない限り、冒険者として依頼を受けながら、たまに旅に出てはと探し続ける。
あの日見た場所を求め続ける限り。
「久しぶりだな、アッカー」
後ろから男が話し掛けてきては肩に手を置かれる。
誰だと振り返ると、そこにはアッカーの友人である人物が笑顔でいた。
背が高く、右目に眼帯。綺麗に整った顔からは女性からはもちろん好かれ、男性冒険者たちからは人当たりの良さと世渡り上手なところから憎むことのできない人物。
そんな彼はアッカーのひとつ上の等級、金等級冒険者で年齢は二十歳。冒険者暦からも先輩にあたる人物であった。
「久しぶり、帰ってこられたんだな」
「今日の昼前にな。隣、座らせてもらうな」
「あぁ」
友人はアッカーの右隣に座ると、通りかかったウエイトレスに飲み物を注文しては互いに話す姿勢に入る。
「巻き込まれたんだよな?」
「そうだな。とりあえず、族長たちで魔王らしき奴を斃したらしいけど……道連れにするのに精一杯だったらしいな」
ふたりが話しているのは、彼らが住む大陸に存在するエイファレルといった大きな街。
そのような街、基そのエイファレル区域ともなる領域全体にて、軍とも呼べるほどの魔物の数に襲撃されるといった悲惨な状況が、最近巻き起こってしまった。
襲われた領域の避難民の数はおよそ二千人弱。エイファレル領域だと約九十万人もの人々が帰らぬ人となってしまった出来事に、友人たちは巻き込まれていたらしい。
「そうか。てっきり冒険者たちで斃したのかと思ってたんだけどな」
「まぁな。俺らは研究者の依頼の条件も重なってたせいで加勢できなかったよ。『わしを守れ! この依頼は条件を付けたじゃろ!』ってうるさくて。でも結局のところ、依頼主と住民を守るので必死だった。それに突然のことで状況を把握しきれてなかったんだよ。各区画への伝達や情報も完全に遮断していただろうな」
友人は気軽にその時の状況を話しているが、苦い顔を浮かべている。
「切り替えは……大丈夫なのか?」
「できてるっていうか、二ヶ月前の話だし時間が経てばな。でも逃げ遅れた人たちの中で何とか守れたのもいたけど、手遅れも多く見てしまってな。そもそも奇襲にしては一瞬だっただろうな。向かった区画は精々十数名くらいしか生きてなかった。魔獣に亜獣、見たこともない敵とか異常に強かったよ」
耳にしていた死者の数からも予想は出来ていたが、自身が思うより重い戦いだったであろう。友人は心配するような表情で自身のパーティーメンバーがいる席へと顔を向けては、戦場での出来事を思い返している。
彼の視線をアッカーは追いかけるようにして見てみるも、友人が組んでいるパーティーは楽しそうに食事をしている。これといって問題ないようには見えた。
「成長はしてるだろ、あいつらも」
「……それは本当に感謝してる。だけどリーダーとしては少しな」
過保護とも取れそうな友人の言葉にはアッカーは苦笑し、とある人物について訊く。
「あのさ、あの女の子は誰だ? 同じテーブルに座ってるけど」
「あぁ、その時パーティーメンバーになったスフィちゃん。人間と耳長族から生まれた子ども。ハーフエルフだな」
「行く当てがなかったからか?」
「そ。スフィちゃんの行く当てがないからパーティーに入らないかって、みんなで誘ったんだよ。このギルドにハーフエルフはいないけどシーラさんの話もしてな。それと奴隷扱いしていた何百年も前のクラフォスとは違うとかいろいろ話した結果だ」
友人がそう話してくれると彼らはカウンターに向き直り、別の話題へと移し談笑した。
「そういえばトルクワが魔神討伐に動いてたのは知ってるか?」
話の途中友人が注文していた飲み物が届き、その飲み物を口にしてから友人が別の話題へと移した。
「耳にはしてたけど具体的には知らない」
「俺もそこまで詳しくはないが……噂だと今年中に魔神の一体を討伐するとかで準備してるらしいな。討伐にはトルクワの人員と冒険者たちで向かうんだとか」
彼が言っているのはこの世界に存在する魔の神様と呼ばれる魔物について。
それはいつの時代から不明となっているが、マルベラ、といった人物が生み出した魔物。
強さがほかの魔物とは比べものにならないほど異常で、常人では対抗すらできない敵。
そんな敵に対し噂では、今年中に魔神の一体を討伐しようと動きを見せているとのこと。
その話を聞いたアッカーはふと、受付でのやり取りを思い返しては渡された四つ折りの紙を胸ポケットから取り出す。
「噂でしかないからな。本当かどうかは不明だし、百年、二百年に一度あるぐらいの依頼討伐だから、あんまり真に受けるな──って……それは……」
友人はアッカーが取り出した四つ折りの紙を見て驚いていては、顔を見合わせる。
「そんな偶然あるか?」
「魔神討伐で今のクラフォスの冒険者に頼まないなんてことないだろ。それに時期としても上々。俺たちの世代どころか、十も遡っても魔神討伐に参加した冒険者はいないだろうからな。だからと言ってはなんだが、六百年ぶりの討伐になることを願うぞ。あとは歴史に名を刻んで来い」
冗談めかしに言うような友人を見ては、アッカーは呆れてしまう。
「いや、その討伐者、ひとりで討伐したって言われてるバケモンだろ」
「らしいな。俺たちは長期遠征だったから呼ばれてないだろうな。──まぁ、その人以来の討伐者になって帰ってこい。お前の探し物の手掛かりになるかもしれないぞ。なんせ童話に出て来る五大魔神だからな」
「……そうだな」
アッカーは覚悟するような声音で言うと、友人は期待をするような笑みを浮かべながら残り半分ほどの飲み物を一気に飲み干した。
「ユリアムー! そろそろこっちに戻ってきてー! これからどうするか話し合うよー!」
ひとりの冒険者が名指しで友人を呼んでいる。
その冒険者は彼が入っているパーティーメンバーのひとりであり、友人は軽く手を振って了解の合図を送った。
「また今度な。あいつらには話しかけないよう言っておく。ゆっくりできる日が合うようだったらまた話そうな」
「わかった。そっちは休息、しっかり取れよ」
ふたりは別れの挨拶を交わしては、友人はパーティーメンバーの元へと戻った。
「お待たせいたしました、リブフィッシュ定食です」
「ありがとうございます。…………?」
友人との話が終えたあとアッカーの元に注文していた料理が届く。
早速と手を付けようとするのだが、ウエイトレスからの視線が気になりどうしたのかと視線を返すと、
「頑張ってください……!」
右拳を作り、力の籠った瞳を向けるウエイトレスに対し、アッカーは力強く頷いた。
本当に魔神討伐なら覚悟する必要があり、何かの手掛かりがあってほしいと願う彼は腹を括った。
そして──明日を迎える。