1-16 アイナの付き添い
「こっちは?」
アイナが店の服を試着してはこちらに見せる。
夏が近づいていると言うこともあってか水色と白の長袖シャツに、裾が広めのゆったりとした水色の長ズボンと涼しそうな格好を見せている。
若干色っぽく見えれば、どこか落ち着かないように返事を待つ彼女が面白く見えてくる。
「……そっちのほうが似合ってるんじゃないか? 可愛いし」
「……そうよね。意見ありがと」
少し黙った彼女は、あまり浮かない顔をしていながらも頷き、カーテンを閉め元の服に着替え始めた。
少し疲れたとアッカーは思えば、時間がまぁ掛かっていた。気に入ったのを選べたかはしらなければ、選択を間違ったかもしれない。
それより……
「アイナ」
「どうしたの?」
試着室から出てきたアイナに声を掛ける。
しかし、彼女は呼ばれたことに何も察せないのか不思議そうに訊き返してきたのであった。
「これ、明日することだよな?」
そう。服を見ると言うのはシェルミルと明日にすると言っていたこと。
そして、この店を訪れる前には、最初に通った小物の店や冒険者が扱う道具店にも訪れていた。
その時は軽い雑談に付き合っていたが、今は切り出せそうだったため訊いてみた。
「そうね。明日もすることね」
「どうして二回も同じことするんだよ。シェルミルになんか言われるぞ? 私と回るんじゃないのかって」
「シェルがそんなこというわけないじゃない。可能性としてはひとりだけど」
アイナは面白かったのか、肩を揺らしながら笑ってみせる。
「あなたに関してはこうやって話をするのが目的。店を回っているのはそこまで意味はないわ」
「そうですか。で、目的の時計塔の地下は行かないのか?」
「今から行きましょ。あ、これ買ってからね」
アイナは自身が持っている店の服を見せて言った。
買うんだなとアッカーは来ていた服を振り返れば、身体の線がわかりやすく……実際に似合ってはいたしやめておこう。
彼女が会計を済ませると荷物を貰い時計塔へアッカーたちは歩き出す。
「アッカー、これだけは決めておきたいのだけれどいい?」
人混みに流されるように向かうなか、アイナはこちらの顔を見ながら首をかしげている。
背が自分より高いと感情が無になるも、そうじゃないと振り払う。
「何を?」
「危機に出くわしたときのこと」
「……今するのか?」
「今じゃなきゃダメでしょ?」
彼女は困った顔を見せていた。
最初はこのような場所でと思ったのだが、今話す理由くらいは察してほしい、そんな顔されたので少し考えてから回答してみる。
「カイルとシェルミルを離した理由も今までの行動も全部、その話をするためだったのか?」
「だいたいはそんなところね。それを抜きにしても普通に話はしたかったわよ?」
本音で言っているのだろう。彼女の笑顔に偽りはなさそうであった。
興味があるとか言ってたっけかと思いだせば、彼女の性格上同情してしまう。
人からいろいろ聞かされたりすると、気になってしまうのだろうと。
「ちょっと考えてみてほしいの。もし、この話をふたりにもしたらどうなるか」
「カイルは間違いなく見捨てはしないだろうな。性格的に」
アイナが言いたいことに答えると、正解と言うように彼女は頷いた。
「シェルのほうは……経験上戸惑ってしまうと思うの。魔神討伐は経験したけど、まだそこまでの戦闘に慣れてなければ、急にとなったら自分から動けるとはあまり想像できないの。そこで、冒険者暦を合わしたらあなたは八年ほど旅をした。それにジュメスト大陸にグレデス大陸にも行ったなら、私よりも危険を察知する能力はあるでしょ?」
「どうだろうな。まぁ、俺が逃げろって言ったら、アイナがふたりを連れて逃げる。これは絶対に守ってほしい」
「……私も駄目だ、って判断したらふたりを連れて逃げるわ」
「それじゃあふたりだけで話している意味がないだろ」
彼女の言葉を聞いては呆れたように言ってしまう。
自分の魔法で逃げれるなら、みんなで逃げる。それが一番であり、何のために授かった魔法だと言い切れる。
それでも自身の人生経験から、逃げることができない敵もやはり存在した。
そんな敵と遭遇した際にアイナまで止めに入るなら、確実にカイルとシェルミルが加勢するだろう。
そういった危険な敵に対して、誰も逃げない手だけは一番やめてほしいところであった。
「とてもじゃない限り、見捨てないわよ」
「……これからパーティーに入る人によっては優先しろよ」
「わかってるわよ。それで、ここの大陸で逃げるべき敵は? 結局魔神とかになるのかしら?」
アイナからの最初の言葉を聞きアッカーは安堵すれば、その言葉に続けて、念のためにと逃げるべき敵を互いに認識しておく。
「そうなるだろ。たった四人で魔神は斃せないしな。今後の成長によっては別かもしれないけど」
「……じゃあ、グレデス大陸は?」
「あそこには絶対行かせないぞ。成長しようが、アイナが居ようが確実に全員死ぬ。あんな極寒で敵と戦うこと自体が厳しいし、むしろひとりのほうが生きやすいまである。おまけに魔神並みの敵が多くいるからな」
興味があって訊いたと思うアイナを行かせないように発言する。
グレデス大陸だけは目的のためであっても訪れたら駄目な大陸だということは身をもって知っている。
外が駄目なら洞窟の中へ。それができたら苦労がなければ、手掛かりのためにと外を駆けまわった。
なぜ行ったかなんて訊かないでほしかった。
ちょっとした手掛かりがあった、だけど、自身の頭がバカであの頃は必死だった。
「もしかしたら、それ以上の敵がいるかもしれない……と。……少し気になるわね」
「気になっても行くな。今度ジュメスト大陸の話をしてやるから行くならそっちだ。グレデス大陸以外ならいろんなとこ連れて行ってやる」
アイナにとっては行かせない発言はむしろ逆効果になるらしく、難しいなと考えてしまう。
にしても、まだアイナと冒険して四日目。今の彼女の印象としては、知識を取り入れるためなら味方をも危険な目にあわす人。
それは彼女自身が一番に危険なことに足を踏み入れそうな気がするから、これからは注意して見ておかなくてはいけない。
「ちょっと、私のこと子ども扱いしてない?」
「してますよ。さっきの話からも、変な死に方をしそうで心配になるんだよ」
彼女の言葉には包み隠さず答える。
父親が魔法大学の教授と考えれば、アイナは色濃く父親の血を受け継いだのであろう。
そんなアイナが短期間の間だけで心配になるよう思わせるのはどうかと思ってしまう。
もしかすると、父親も同じく危なっかしい人なのかもしれない。
「心配って、私の母親にでもなってくれるのかしら?」
「そうなれたらいいかもな」
アイナの言葉を返すと、返された本人は珍しいものを見るかのように目をパチパチとさせている。
なんか変なこと言ったか、遅れて気づけば、何を言ってるんだと自分も内心驚いていた。
「…………本気で言ってるの?」
「いや、何かすんなりと出てきただけだ。弟子の影響かもな」
そう口にすると、アイナは小さく息を吐きやわらかく微笑み「気持ち悪いから、やめなさいよ」と、ほかの人には言わないようにも言われた。
ちょっぴり傷ついたが、普通に考えなくとも気持ち悪い。
それは彼女の言うとおりであった。
「そういえば、時計塔の地下に何を買いに行くんだ?」
話を変えるため、アッカーは時計塔の地下に訪れる理由を訊いてみることに。
すると、アイナはうれしそうな表情を見せて答えだす。
「それは決まってるじゃないの。魔法関連の本よ」
「そういうの好きそうだな」
「えぇ、好きよ。未知を知ることは私にとってこれ以上ない幸福。言っておくけど、本に書かれたことのないアッカーの魔法、研究したら本にするから。絶対に売れるわよ?」
いろんな魔法関連の本を読み漁ってきたのだろう。
自身に満ち溢れたアイナは知識も取り入れお金にも換えたいそうだ。
別に構わない。今後か、もしくは今でも自身と同じ属性を授かった人のことを考えれば出してほしいものである。
「アイナのお父さんが働いてるクラフォスの魔法大学は、本を出したりしていないのか?」
「出しているけど、異色の属性に関してはそこまで揃ってないのよ。各地の冒険者ギルドに依頼書を出してはいるらしいけど、滅多に来ないの。まず拘束される時間が長い。かと言って、一日だと研究にならないし、人によっては使える限度が違ったりするから悩ましいことが多いのでしょうね。そもそもの話、魔法を授かったからと言って冒険者を選ぶ人は少ないらしいわ」
魔法関連について聞いてしまうと、アイナは饒舌に話し始める。
それもかなり真剣な表情で。
「それと併せて、異色属性を授かった人が全員冒険者になるわけじゃないでしょ? ましてや、空間属性は異色の中の異色。その魔法を限界まで引き出した人が居たとして、残してくれなきゃ意味がない。……まぁ、私はそんなのがすべて解決していると言ってもいいから問題ないわ」
「……ほどほどに頼むぞ」
「それはどうかしらね?」
にこにこと笑顔を向ける彼女はやはり怖い。
魔法を放って来た時から感じていたことだがやっぱり危険人物。
いくら未来のためとはいえ、危険すぎる実験には対抗しなくてはいけない。
最悪、アイナを脅迫するにまでなるかもしれないが……勝てる自身もなければ、客観的に見ると男性が女の子に手を上げるのは最低な光景である。
アイナのパーティーに入った時点で負けだったのかと、アッカーは観念した。
「少し駆け足で行かない? ふたりが目的終わってそうだから」
頭の中で諦めてしまうと、アイナがふたりの状況も考えてはと駆け足で中央の広間に向かった。
アッカーたちは庭や噴水を横目に真ん中に立つ時計塔の中へと入り、目の前の昇降機に乗って地下へと降りていく。
この昇降機に関してだが、いずれ転移装置に変わるだろうと何年も前から言われてきたが未だ開発中とのこと。
魔法陣を起点に作っているらしいが、何やら上手いこといかないらしく時間が掛かっているらしい。
使い方としては、転移装置といったものが魔道具扱いになり、そこに魔力を流し込んでは常に転移できるようにすると言ったところ。
発想は精霊が管理すると言われる塔のダンジョンからではあり、魔法陣は基盤にそのまま彫って描いているらしい。
「いいわね。こんな地下に商業施設があるなんて」
昇降機から降りたアイナが左右を見て言った。
商業都市ハイグリアが最初に生んだ、時計塔の地下施設。
ここは地上で商売している一般的に流通する物とは違い、かなり高価なものも取引される市場である。
元々は天然の洞窟だったらしく、地属性を持つ人物たちと職人たちで作り上げたらしい地下施設。
作る前から想定していたのは、地上では出しにくい高い値段の物を売るための商業施設をこの地下にすればいい。そういった考えの持ち主が始めたことをきっかけに、ほかの者たちが投資してと協力した結果生まれては、一番下の階ではオークションも行われてとお金が回っているとのこと。
そのため、警備もかなり厳重だそうで見回りの数も多い。
アッカーとしては、ハイグリアには一度か二度訪れた記憶もあれば、この地下施設の話は聞いていたけれど、密閉されたような空間だとは知らなかった。
「アイナは訪れたことないのか? しばらくはクラフォスを出ては帰ってって感じだったんだろ?」
「ハイグリアにはもちろん来たことがあるわよ。ただここは機会がなかったのよ。さ、魔法関連の本を探しに行きましょ」
少し楽しげなアイナは地下施設をウキウキするかのように歩いていく。
落ち着きのある大人に見えるが、中身までは違うらしい。
アッカーはアイナに付いて行きながら、ガラス越しに飾られている商品もすれ違いに見ていく。
高いものばかり。普通に使うことのない金貨のふたつ上である、紫の貨幣で売られているものもある。
たまに、これがそこまでするのか? と疑ってしまうような、自身にはよくわからないものまであった。
例えば、目に入った商品名は妄想の箱。
対象者が思考状態中に頭に乗せてあげれば、直近の妄想をその箱へと保管することが可能。その後再度使用すれば、周囲の者たちの頭の中に広がり共有することになる。値段は金貨八枚。
隣に並ぶは似たような商品、暴露の箱。
対象者の秘密を勝手ながらに暴露する箱。指名すれば、小悪魔のような声で箱が勝手にしゃべってくれるらしい。それも対象者を辱めるような秘密を話すとのこと。値段は同じく金貨八枚。
……で? それがアッカーの感想である。
一、二ヶ月ほどの冒険者としての給料が飛んで行けば、悪戯専門店と書いてあれば呆れてしまう。
にしても高いとは思ってしまった。
「まずはここね」
目的となる本が売られている店を見つけたアイナは真っ先に入って行く。
この店の中は薄暗いようだが本棚の所々に灯りが点いており、少し変わった雰囲気を醸し出している場所であった。
肝心の本は本棚にて内容ごとに分けられていては探しやすいようにしてくれている。
分別されているのは、歴史、魔法関連、生物関連、童話、技巧、娯楽小説の大きく分けて六つ。
「すみません。魔法関連の本で異色属性についての本は売られていますか?」
アイナがガラス越しに飾られている本を見ては無さそうと呟き、アッカーは店主に確認してみる。
「あぁ、それ関連ですと売れてしまいましたよ。いかにも研究者って方が買いはりまして」
売れてしまったと。アイナもそうだが、やはり研究者にとっても手に入れたい本らしい。
「残念ね。ちなみにどういった本なのか覚えているかしら?」
「題名くらいでしたら。『魔法と別の人類』といったものです。一応、項目には異色属性に関しても乗ってはいました」
「それいくらで売っていたの? それと書いた人は?」
諦めきれないのか、アイナは売れてしまった本の内容などを細かく訊いている。
買えないなら情報取集と少しでも知りたいらしい。
「もとは金貨七枚です。私自身呼んでは見たものの内容が入ってきませんでした。ですが、買いに来た人が目をとおしたあとそれ以上を出してくださりまして。書いた方は不明です」
「不明?」
「その本の仕入れ先は行商人でして。その行商人にもわからないと言われまして」
少ししか情報を取り入れられなかったアイナは、今度はひとりごとのように呟き始める。
「書いた人は不明……金貨七枚以上の本の内容……別の人類……。別大陸の話? それともムイちゃんのような獣人とか? それに人間の立場で別の人類って題名を付けたのかしら。……異色属性よりも気になるわね」
「アイナ、別の場所に探しに行こう。邪魔になるだろ」
「待って、ほかの本も見てみるわ。買いたいのがあるかもしれないし」
そう言ってアイナは、棚に並べられた魔法関連の本へと視線を向け題名を見ていく。
そんな彼女に倣って、アッカーも暇つぶしに棚に並べられた本を見ていく。
……童話の本棚。やっぱりあるんだなと目に着けたのは、『神龍と邪龍』。
ほかには、『九力蓋世』『愚行の精霊』『五大魔神』『大陸戦争』『母のお守り』『悲劇の呪い』『ふたりの勇者』『宝玉と人魚』『魔法の眼』……結構な品揃えといえばいいだろうか、同じ本は三冊あるようにはしているみたいだった。
目の前の本棚と隣の棚がすべて童話ということは、少なくとも違った童話が三十冊ほどはある。
たまに見られる隙間があったりするのは、買った人がいるのだろう。
値段は金貨二枚がほとんど。そんなものというよりは、紙が当たり前のようにに流通する時代になっている現在、昔よりもかなり安くなっていると、勉強した覚えがあった。
別の棚。こっちは娯楽小説なんだが一見すると恋のお話しばかり。
こちらだと全て銀貨で売っていては棚の空きがかなり見られる。
興味本位でどういった内容なのかと、その本を手に取り中身に目を通す。
感想は、まあいいんじゃないかといった感じであった。
シキやスイハ。あと、シェルミルも読んでいそうなそんな気がした。
「何を読んでいるの?」
「娯楽物」
後ろから声を掛けてきたアイナは、アッカーが広げている本を覗き見る。
「何の本?」
「『引き裂く悪夢を共に』って恋愛ものらしい。というより、ほとんどそんなのしかなかった」
目の前の本棚を指摘して言えば、アイナは店主に声を掛ける。
「店主さん、ここの本棚は売れてしまったの?」
「はい、女性の方々に大変人気でございまして。取り寄せるようにはしていますが……そちらの本はトルクワ方面から入ってくることが多いですね。作家といった職業が生まれてからは、何かと売れる作品は売れまして」
「そうなのね。アッカーは買いたいのあった?」
訊くだけ聞き、特に興味を示さなかったアイナは、アッカーが首を横に振ったのを見ては一冊の本を会計してもらう。
「ありがとうございます。まだ魔法関連の本を探しはるのでしたら、もう一階降りてください。そちらの店には魔法関連だけを扱った店のはずですので」
「情報ありがとう。じゃあ、そっちにも向かいましょうか」
有益な情報を手に入れることができればアイナとアッカーはそちらの店にも向かう。
そんななか、アイナは期待を膨らませて向かったのだが……先週に売れてしまったとのこと。
購入者は「いかにも研究者みたいな人」らしく、さっきの店と同じ人が買ったのではないかと思った。
こうして、探しているのが珍しい本であり時間のこともあったため、今回は諦め、ふたりは時計塔の地下施設をもう少しだけ探検してから出るのであった。