0-2 クラフォス冒険者ギルド
「いらっしゃいませー!」
冒険者、アッカー・ラビスが目的地である冒険者ギルドへ入ると、ウエイトレスによって迎え入れてくれるような雰囲気でもてなしてくれる。
そんなウエイトレスのほかには、多くの冒険者たちが酒の入った木製のジョッキを片手に騒いでいては、食事を楽しんでいる様子であった。
ここクラフォス冒険者ギルドは飲食店としても成り立っており、室内は一階と二階のかなり広々とした空間。そして様々な意味で大陸一の冒険者ギルドとも言われている。
「おいおい、あれって白銀の冒険者じゃないか?」
一階にて食事をする冒険者のひとりが、アッカーを見てはほかの冒険者に話し掛ける。
「あーそうだな。ここの冒険者ギルドにいたら結構見かけるぞ」
「へぇー。初めて見たけど、本当に銀髪ってか輝いてる感じじゃんか」
「あいつは面白い噂が多いよな。あの童話の話を馬鹿にしたら殺されるし」
「なぶり殺しのやつ本当だったの? 格上の冒険者複数相手にって」
先ほどまで一階で騒いでいた冒険者たちはアッカーが居ると知ると、彼の髪色や噂などについて肴にしては食事を楽しむ。
話題に上がっている本人はというと、何も気にせず一階の奥にある受付に向かい、カウンターにいる受付嬢へと番号の書かれた小さな札と冒険者ライセンスを手渡す。
「すみません。これ、お願いします」
「はい、少々お待ちください……お帰り」
受付嬢は最初こそ丁寧な口調で話していたが、アッカーだと気付いてからは慣れ親しんだ感じでお帰りの言葉を送る。
彼女の姿は男女問わず見たものを惹きつける美貌に均整の取れた体つき。菫色の艶やかな長い髪を耳下あたりでふたつ結びにしていては、透き通るような薄い緑の瞳と柔らかな目つきからは、やさしそうな人だと誰にでも感じさせる。
しかし、なんと言っても一番の特徴は長い耳にあるのであった。
「業務完了ね。少し待ってて」
アッカーに差し出された札と冒険者ライセンスを受け取った受付嬢は裏へと入っていくと、言葉どおり少ししてから、今回アッカーが受けた依頼書に加え報酬金をトレーに乗せて持ってくる。
「今回の報酬、金貨一枚よ。それとこの依頼書の空いている箇所にサイン、業務完了のほうも同じくでお願い」
彼は言われたとおりの箇所にサインを書いては依頼書を受付嬢に手渡すと、報酬金は専用の魔道具に入れ胸ポケットへとしまった。
「この二週間はどうでしたか?」
「特に情報はなし。あと、これ」
アッカーは受付嬢から四つ折りにされた紙を手渡される。
「ギルマスですか?」
「あなたに渡してくれって言われたの。私は中身を見ていないから何が書いてあるかは知らない。おそらく緊急の依頼よ」
「そうですか」
彼は納得したような返事ではあったものの、表情からは無機質なものが感じ取れる。
「あなたはギルマスに信頼されている。それに普通の依頼よりも情報が入ってくる確率は上がるはずだから、頑張って。こっちも集めようと努力はしているから」
「……面倒そうに見えました?」
「面倒というより、焦ると思っただけ」
「いつもありがとうございます」
受付嬢が励ますような言葉を送ると、アッカーは紙を胸ポケットに入れ感謝を伝えた。
「それで、今回のギルマスからの依頼はどうだった?」
「苦戦はしませんでした。数も三十体ぐらいで少なかったですし、そもそも弱かったです。それと討伐対象の魔物を斃して気付いたんですが、魔物自身と魔物が居た痕跡が綺麗に消えていました。正体がわからないです」
「……そう」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ。ギルマスに伝えておかないとって思っただけ。業務上の話よ」
「わかりました。そちらでもお願いします」
受付嬢は顎に人差し指を添え思案している姿を見せていた。
何を考えていたかわからない。ただ、この人には世話になっているためそれ以上聞こうともしなかった。
「では、また今度会えましたらよろしくお願いします」
「えぇ、今回もお疲れ様。無理はしないように」
受付嬢はやさしい声音で労いの言葉を掛けると、アッカーは会釈し受付から離れてと二階への階段へ歩いていった。
「シーラ、今日はいつもより機嫌よさそうだねー」
彼とすれ違うようにひとりのウエイトレス姿の女性が受付のカウンターにもたれ、受付嬢に話しかける。
髪は短く、受付嬢とはまた違った雰囲気。綺麗というよりは、見ると元気が出るような可愛さを持ったウエイトレスさん。
「さっきアッカーさんが無事に帰ってきてくれたから機嫌がいいの?」
「……ホルア、しゃべってないで仕事に戻って」
「えぇぇぇ~。だって今日のウエイトレスの仕事いつもより忙しいしもう疲れたぁ~。しゃべってないとやってられない~。ウエイトレスと受付変わってぇ~」
ウエイトレスはだらけ切った様子で今の仕事に対し不満を垂れると、受付嬢は眉を顰めてはため息をついた。
「疲れたとか知らないから。そもそも、あなたが今日はウエイトレスがいいって言ったのでしょ。それに忙しいなら最近入った新人は大丈夫なの」
「……新人ちゃんは大丈夫だよ。かなり優秀だし呑み込みが早い。今は二階で別の子に様子を見てもらいながらウエイトレスの仕事をこなしてる。ほかの子も優秀って言ってたよ。やっぱシーラは見る目があるんだね」
ウエイトレスは仕事中にもかかわらずカウンターに顎を付きながら呑気にしゃべっていると、受付嬢は新人が優秀だといった話を聞いては不敵な笑みを浮かべた。
「何その顔、怖いんだけど」
「別に。……ただ、まだ入って一週間も満たない新人がかなり優秀って言うんだったら、早くサブリーダーになってもらってあなたを降ろそうかと思っただけよ。このギルドのためにも新人のためにも──」
「ちょ、ちょっと、それはやめて! 給料下がっちゃうのだけは嫌!!」
青ざめた表情でカウンター越しの受付嬢へとしがみつこうとするウエイトレス。
しかし、その手は届かず受付嬢が彼女の顔を右手で押し留めていた。
「だったら仕事に戻りなさい」
「本当に降ろさない?」
「降ろさないわよ」
「だよねぇ~。シーラはそんなことしないもんねぇ~」
ご機嫌そうに口角を上げながら受付嬢を見ているウエイトレスだが、見られているほうは書類の整理をしながら相手をしている。
そのためか、気付かない。予想していてはコッソリと。
「だけど仕事の最中にしゃべりかけてくることをやめたら、降ろさないわよ。……ホルア?」
なぜか返事はなく不思議に思った受付嬢は書類整理に手を止め、座りながらフロアを見渡す。
見つけたのは受付嬢から見て左手にあるキッチンルーム。そちらへと先ほど話をしていたウエイトレスの入っていく姿が見て取れては、逃げたのかとため息をついた。
「すみません、シーラさん。わからないところがあるんですけど……いいですか?」
「えぇ、大丈夫よ」
受付嬢は逃げた人物のことは一旦忘れ、質問しに来た同僚の子と一緒に裏へと移動するのであった。