0-1 白銀の冒険者
《白銀の冒険者》。そのような通り名の付いた人物は、アルワーナ大陸と呼ばれる辺境地の森の奥にてすやすやと眠りながら転がっていた。
両親がいるかも不明。捨て子なのかもわからない。そんな赤ん坊はひとりの人物に拾われ、五歳なる年齢まで育てられた。
主に生き抜くための知恵や戦闘、読み書きも教えてもらいながらすくすくと育った。
しかし五歳になるまで育てられた。その言葉の意味は察せることだろう。
ある日の朝、起床するとお義父さんの姿が見当たらない。少し待っていても帰ってこない。時間が経っても、森の中を探しても、いつか帰ってくると涙を流しながら信じても、一日中、一週間、そして一ヶ月。……もう帰ってくることはなかった。
生きるための知恵は貰った。読み書きも多少は問題ない。そんな幼児は再び拾われた。
今度は大きな屋敷にて住む、主と執事、そしてお嬢様に迎え入れられ共に生活を送った。
衣食住が揃った大きな家に惑いはあったけれども、幸せを感じられた。恩返しをしたいと様々な努力もし、人を笑顔にする喜びも知れた。
ただ、その生活も長くは続かない。
平和で楽しい生活は八歳になる年で悲劇に見舞われ、新たな家族、全員が姿を消した。
また、どこかに行ってしまった。人は違えどこれが二度目。もう心も頭も塗りつぶされる。みんなが自身の元から離れていく……。
それでも、屋敷にて迎え入れてくれた家族は自身が目にした場所にいるだろうと、たしかな手掛かりがあった。
追い求め八年の月日。その道中で彼を語るには必要不可欠な出来事が巻き起こる。
それは王都クラフォスといった大きな街だけではなく、彼らが住んでいる大陸中に瞬く間に広まる出来事であった。
◆
『──さっさと退けって言ってんだろ!!!』
王都クラフォスに存在する冒険者ギルドにて、若き冒険者の怒号が響き渡る。
誰もがギルド内の空気に当てられるようにして食事を楽しみながら杯を交わし合い、今日を生きている喜びを分かち合ってはと騒いでいた。
そのような空気の中、水を差すような怒号には誰もが反応を示してしまう。
ギルドの二階にいる者たちはフードを被ったままの男と、その人物に向かい合っているひとりの少女へと視線を向けていた。
最初から不穏な空気を感じ取り、様子見をしていた人物たちも多く居た。
近づこうとはせず、間に入る分けでもない。
それはフードを取っては顔も髪も曝け出している少女の存在が大きい。むしろ止めるどころかどうしてここに居るのかと衝撃を受け、一部の者たちは、面白そうだ、何が起こるのだろうか、と期待をするかのような目でことの顛末を見届けようとしていた。
『あれって……』
『……間違いないだろ』
途中からあのふたりに気付いた男性冒険者たちが、確認するかのように目を合わせている。
彼らの目の前に佇んでいる少女の名は──シェルミル・アス・ヴィセ―ラ。
ここ、王都クラフォスの王女様であった。
クラフォスには多く見かける金髪系統の髪色に、冷徹さを印象付けるようなガラスのような瞳。顔は幼く可愛らしい容姿を持っており、高価だと思われる金色の髪飾りを左前頭部へと付けている。
クラフォスに長年住んでいれば大抵の人が見間違うはずもないだろう。
そのような王家の人物はローブを着用し、見つからないよう冒険者ギルドへと乗り込んでいたようだった。
なぜかなんて、冒険者にわかるはずもない。彼女はまだ十三歳ではないはず。冒険者になれる年齢を満たしていなければ、様々な憶測が脳内をかき回す。
そのような人物に対して、ローブを着用しフードを被ったままと失礼極まりない人物は彼女に向かって暴言を吐いた。
凍り付いた空気には目撃している全員が不味いと理解している。
沈黙する状況の中、王女様の前に立つ男は彼女の横を通り過ぎてしまい一階へ降りていくと、周りの冒険者やギルド職員の目には気にも留めず立ち去った。
謝らなかった。王女様に対し一言もなく暴言を吐き捨て出ていった。
『……──ぷっ」
静まり返った空気の中、酔っている冒険者たちや期待していた者たちが目を合わし──声高らかに笑った。
それも冒険者ギルドどころか外にまで聞こえるぐらいの声量で。
『や、やりやがったぞ、あの冒険者! いや、嫌な予感してたけど……マジで……!』
『もう人生終わっただろ! 死刑だろ死刑!』
『ど、度胸ありすぎて……腹が……!」
『ちょ、ちょっと』
このように騒いでいる人物たちが居ては、困惑する者や彼らの笑いに乗っかる者、そして複雑な者と心境は人それぞれ。
ひとりの女性冒険者が近くで笑っている者たちに声を掛けるも、あまりきつく言わなかったからか気づいていない様子であった。
『おい!!!』
『あ? ど、どうした?』
怒気を含んだ男性冒険者の声に、笑っている者たち全員がどうしたのかと一度声の主を見る。
表面上睨んでいるような、少し苦しそうな表情とも受け取れる彼の顔を見るも汲み取れそうにない。
気付いたのは静まり返ったこの場を肌で感じ、皆が向ける視線へと顔を向けた時。一階から覗きに来た者たちと二階にいる誰もが呆然とする。
王女様が、涙を流していた。
泣き喚いているわけではない。顔を覆うわけでもない。蹲るわけでもない。ただただ、立ち尽くしたまま、静かに涙を流し続けている。
流石に笑う者はいなかった。
手を差し伸べ、近くに向かったのはひとりのギルド職員。その職員は特に躊躇うことなく王女様に近づいては彼女の背中に手を当て、そのままひとりにさせないよう傍に居続ける。
彼の噂が飛び交うことになったのはこの出来事がきっかけとなった。
その人物はフードを深く被っていたものの、銀色に輝く髪を覗かせていてはその髪色は誰もが印象付けられたのであった。
◆
とある町の近辺に存在する森。そこは木々がやさしく揺れていたり、小さな魔物や動物たちが平和に暮らしているわけではない。どこか不穏な静けさが漂っている。
その原因は森の少し奥深くにあり、複数の魔物にあった。
重苦しい空気を漂わせている複数の魔物に対するは、フードを被り白色の槍を持ったひとりの冒険者。
現在は互いに見合っていては膠着状態のようだった。
互いに睨み合う状況の中、一体の魔物が奇妙な叫び声を上げながら冒険者に向かって攻撃を仕掛ける。
それに対し冒険者は、敵の攻撃を躱そうとはせず正面に飛び込むと、槍を一回転させ敵の腹部を貫く。
すると、冒険者に攻撃することができなかった魔物は力尽きたのか、うめき声をあげながら地面へと落ち溶け込むように消えていくと、今度は一体ずつではなく複数の魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。
冒険者は動じない。迫りくる複数の魔物の攻撃を槍で受け流し、魔物たちの態勢が崩れた隙をついて素早く攻撃しては、一気に殲滅した。
辺りを見渡し安堵すると、今いる場所とは別の方角へと視線を向け、走りだす。
向かった場所には、先ほどと同じ魔物が複数うろついていては走る速度を上げ、冒険者は奇襲する形でこちらの魔物も素早く片付けてしまう。
先と同様に魔物はうめき声をあげながら地面へと溶け込むように消えていき、その姿を見届けた冒険者は依頼主へと報告。そして帰還する。
彼が向かっている場所は、ここアルワーナ大陸に存在し大陸の代表六地名に名を連ねる王都クラフォス。
そんな王都クラフォスの立派な城壁が見えてくると、冒険者は地面に降り立ち槍の鋭利な部分を専用の鞘にしまう。
歩きで城内の出入り口へと向かい到着すると、門番である王都クラフォスの衛兵に検分を受ける。
「身分を証明できるものを」
冒険者は左腕に身に着けている冒険者の証となる腕輪に加え、フードを脱いで顔を見せる。
あまり気持ちのいい受け入れ方ではない。衛兵は目を細めながら彼を見ていたが、そのまま城内へと通した。
城内に入ると日が落ちかけているためか、飲食店に向かう者や帰宅する者、今も店を回っている者と大勢の人だかりできている。
中央へと聳え立つ立派な王城とはかなりかけ離れたこの場所は、一般市民たちが多く行き交い混雑も見せている通路もあっては、時間帯関係なく活気的な街だとも伺える。
「すまない、そこの冒険者。止まってくれ」
冒険者は呼び止められ、静かに呼び止めた人物へと視線を向ける。
呼び止めた人物は白を基調とした制服を着用している王都クラフォスの騎士団。
ただ男は騎士団に所属しているだろうが少し違う。羽織っているマントは上の階級に居座る人物が着ける者であった。
「どうしました?」
「違ったらすまない。君が例の銀等級冒険者《白銀の冒険者》でよかったか?」
「はい、合ってます。依頼ですか?」
「いや、依頼ではなくてだな……」
困った表情を見せる男はどうしたものかと迷い、答える。
「君のことも頼っていた団長から話を聞いていたんでね、良い機会だと思って挨拶をしておきたかった。これからも騎士団直々に君に依頼をするかもしれない。そのときはよろしく頼むっといた感じだ」
「わかりました。ただ断ることが多いかもしれないのでよろしくお願いします」
目の前に差し出された手を見ては、冒険者は握手を交わす。
そして軽く会釈し、目的地である冒険者ギルドへと足早に向かった。
「副団長、お疲れ様です。何用でここにいらしたのですか?」
冒険者の背中を見届ける騎士団の男の元に、同僚と思わしき人物が駆け寄り声を掛ける。
「少しばかり、冒険者に挨拶……をしていてな。白銀の冒険者といった通り名を聞いたことはあるか?」
「は、はい。あの珍しい銀髪に青色の瞳の男ですよね? 《白銀の冒険者》アッカー・ラビス。噂は多く出回っていますよ」
騎士団の男は難しい顔をしながら答える。
「そうだな。団長から聞くに、噂通り実力は本物のようだ」
「それはひとりで複数の大陸を旅していたとか耳にしますからね。そこで飛竜や大蛇の討伐。あの地獄とも呼ばれるグレデス大陸からの生還。さらには一年もかからず銀等級。それを聞けば誰もが強いとは思いますよ。ですが……」
先ほど話していた冒険者、アッカー・ラビスについての噂を話していると、騎士団の男は彼の噂で一番有名で彼といった存在が広まった話題を出す。
「我が国の王女、シェルミル様に対し暴言を吐き捨てては精神的に苦しめたなどとお聞きしております。王女ご自身は否定なされていますが、冒険者たちはこぞって広めては口にする始末。団長ももう少し依頼を頼む相手を選ばなくてはいけないかと思うのですが」
「口が過ぎるぞ、分隊長」
「失礼しました」
副団長は男の敬礼を見ては肩を落とし、苦笑いを浮かべている。
「それよりすでに就労時間を過ぎている。早く上がるぞ」
「はっ。……団長に怒られますからね」
「ついでに先の発言を踏まえて報告するか」
「では、分隊長である私はこう言います。頼りにしている冒険者様相手に副団長は名も告げなかったと」
「痛いところ……盗み聞きは良くないな」
同僚の言葉に小さく笑った副団長は、彼と共に少し駆け足で王城へと向かった。