0-24 届ける祝杯
魔神討伐後の次の日の朝。冒険者たちはトルクワの本部にある個室で寝泊まりをさせてもらっているが、そよ風に靡いている芝生となるその場は心地よい静けさと共に、心落ち着かせる場となっている。
彼を覗き誰も起床していない。芝生に寝転がる銀髪の男は空を見上げながら柔らかい表情であった。
苦戦どころではなく、全滅も覚悟しなければいかなった生還には八年の旅に重ねるものがあり、心底討伐できてよかったと目を閉じる。
振り返れば、今回集まった冒険者たちやトルクワの人員含め、この討伐隊でなくては勝利を手にすることはなかった。
消し炭にした冒険者はもちろんの事、重い一撃を放ち続け、時間稼ぎのため守りに徹し、先を見通した策略を立て。個々の力も存分に発揮し、応える者たち。過去の情報が綺麗さっぱりと言っても過言でない状況中よく戦ったと称賛するべきである。
自身を褒め称え、上から目線にもなってしまうのは許してほしいと誰かに心の中で伝える。
心地よいこの場に静かな足音が聞こえる。
冒険者の誰かが起きてきたのか、それともトルクワの関係者か。目を開け起き上がれば後者。しかし関係者と纏めてはいけない人物でもあった。
「申し訳ない。座らせてもらうよ」
身体のあらゆるところに包帯を巻いている女性、トルクワ領主シンラ・ミカドがゆっくりとアッカーの隣に腰を下ろした。
内心慌てふためいてしまうほどの登場に、アッカーは冷静に対応する構えでいる。
「緊張するのは無理もないが、警戒しないでくれ」
「そのつもりは──」
「君みたいな人物だと感じてしまうんだよ。《白銀の冒険者》」
シンラにとっては、スイハのような子どもを相手しているようなもの。
ただ言葉からしてはそのようなつもりで相手はしていないようであった。
「助かったよ、本当に。討伐日に依頼して、わざわざ戦ってくれて」
「そのようなお言葉をいただき光栄です。魔神グラキラーザを相手に勇者と言っても過言ではない姿を見せていた、トルクワの領主様に言っていただき」
「娘にも似たようなことを言われたよ。魔神相手に互角に渡り合えるほど強いとは知らなかたっと。魔法を使えることは知ってはいたが、親として、トルクワの領主として面目が立っただろう」
それはそうだ。魔神といった最高峰の等級指標である相手に立ち塞がることのできる人物だったと、自身も思っても見なかったのだから。
むしろ、そこらの冒険者よりも強いと知れ渡るこれからのことを踏まえると話題としてはアイナに次に持ち切りなるだろう。
「聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「なんなりと」
「畏まらなくてもいい」
「失礼ですが、崩すことは出来そうにもありません。トルクワの住民でもありましたから」
「……そうか。では聞かせてもらおう。君の目には、私はどう見えていた?」
こちらに顔すら向けることはないその質問。芝生へと移す視線に、質問の意味は自身を見つめているような気がした。
どういった返答が正しいのか。考えるもなくアッカーは率直に答える。
「領主様がお求めになる答えをお聞かせすることは叶いません。ただ、果敢に立ち向かい先導するその姿は国の鏡となる領主様そのもの。応えるものたちからすれば、その背中に迷いの文字は一切なかったことでしょう」
「…………」
「精霊は授ける者を見間違うことはない。一番の信頼はそこにあるかと」
耳を傾け、一度を目を閉じる。
少ししてシンラは空を見上げれば、口角を上げ立ち上がった。
「邪魔をした。気まぐれなおばさんの話は忘れてくれ」
「仰せの通りに。領主様からのお話しは忘れないように致します」
立ち去るその姿を目にしていると、先の質問は本当に気まぐれだろうと忘れてしまう。
魔神討伐後の余韻であり、領主だからこその悩みなどもあるのだろうと思うことにした。
ほかの冒険者たちは昼頃に起床した。そして迎えた夕方では、シンラがトルクワに住む人々全員に外に出るよう指示を出し、冒険者をも含めて大きな広間へと集めた。
そこでは魔神討伐が完了したことを改めて領主シンラの口から報告し、果敢に挑んだ者たちへの敬意と勲章の授与、最後には立役者となった冒険者アイナ・セルミスの名を広めるのであった。
表では胸を張って応対する彼らではあるのだが、疲れが取れていないのは言うまでもなかったが。
諸々が終えると、時間も過ぎ去り日が落ちる。赤や青、緑と黄色といつも通りの四色の星が夜空を彩る時間帯へとなると……。
「全員声出す準備もできとるな。勇敢に戦ってくれた同胞たちに聞こえる声量で頼むで。…………ほな、俺たち魔神討伐特殊兵団に──カンパーイ!!!」
飛行部隊隊長ヤカワによる合図でほとんどの者が木製のジョッキをかち合わせては声を高らかに上げてと、魔神討伐成功の祝賀会が行われた。
各テーブルには様々な豪華な食事が用意されており、アッカーたち冒険者は全員参加することができると、四つのテーブルに固まって座っていた。
こちらのテーブルは、アッカーの向かい側の左から、シキ、ムイ、シェルミル、アイナ。そして、アッカーが座っている左側からスイハ、アッカー、カイル、クラバンと、ひとつのテーブルに八人座っている。
「おいしい……」
「お? ウチの作ったやつ気に入ったんか? それ、旨いやろ」
隣同士に座っている、ムイとシェルミルは仲良く話し合っている様子。
「はい。この食べ物は何ですか?」
「シュゴルミィのギュムレや。少しピリってくるやろうけど、横のギュムレのソース付けてみ?」
「これですか?」
「む、ムイ!」
首を傾げたシェルミルは、ムイに言われたソースへと目を向け付けてしまう。
赤いソース。辛いのだろうとわかっていたから、シェルミルはシキの声には大丈夫だろうと気にせず食べてみる。
すると、電気が駆け抜けたかのように目を見開き、シェルミルは固まってしまった。
ギュムレといった果実は、ここアルワーナ大陸ではあまり出回らない珍しい食材。完全に熟成するにはニ年ほどかかるのだが、途中で採取することによって味が変化している。
二年の熟成では刺激を与える食材のスパイスとして有名どころではあるが、赤いのだと半月ほどでの採取で激辛だと評判である。
口にしたシェルミルはというと、
「辛くておいしいですね。それにさっきより身のほぐれ方が良くて……広がる感じがいいです」
「おー、王女様はよくわかっとるなぁ! いける口なら……こっちの辛いのも食べてみ?」
辛いのに強いのか、おいしいと言いながらもう一度赤いソースを付けて食べれば、ムイが薦める食べ物は口にしていく。
付けることに躊躇い、避けるのが一般。度胸は素晴らしいものをお持ちのようであった。
アッカーと同じく、最悪な展開になってしまうと思っていただろうシキは、肩を落とせば失礼がなかったことに安堵している様子ではあった。
「カイル、食べにくいか?」
和気藹々と食事をする中、カイルが食事に苦戦しているようであった。
アッカーに指摘されれば、彼は苦い顔をし腕を見せる。
ほとんどの冒険者が頭や体に包帯を巻いているのは言うまでもない。それはカイルも同じことではある。
討伐後にも言っていたことだが、腕が痺れている。魔法により多少は問題なかったが、上手いこと腕が動いてくれない。フォークでの一刺しが難しく、疲れからか奮闘もできず諦めていた。
「カイルさん、こちらのでよろしければどうぞ。辛くはないですが、さっぱりとしていておいしいですよ?」
その状況を見かねてか、シキがカイルの口元に赤身のあるお肉とサラダが刺さったフォークを持ってくる。
広間の空気が一変した。部隊の人たちの視線がこちらのテーブルへと集まっていては、何やら不穏な空気が漂い始める。
口を開けるよう促されている本人はというと、困惑した表情で戸惑っていた。それもそうである。通り名に相応しい美麗たる人物に食べさせてもらうなんてことが滅多にないだろう。ほかの者たちからしては羨ましい限りであった。
「あ、あの、カイルさん程ではないですがわたくしも腕が痛むので、早く口を開けてもらうと助かるのですが……」
「わ、わりぃ。……じゃあ」
テーブル越しと言ったこともあり、腕が震えるシキを見ると、カイルは咄嗟に身を乗り出した。
周囲の視線が気にもなる。乗り出す腕は振るえながらも支え、視線の先にはフォークに刺さる食べ物に併せ笑顔のシキ。
どうにでもなれ、そう目を瞑りパクっ──と口にしたはずなのだが、カイルに差し出されたはずの食べ物は、とある人物によって食べられてしまった。
「うん、おいしいね」
「お、おい、何でスイハが食うんだよ!?」
おいしそうに食べたのはスイハ。そんな彼女はカイルの発言に対し人差し指を向けてはこう話す。
「何でって時間切れ。せっかくの好機をすぐに掴もうとしないからこうなるんだよ。今度は逃さないよう、ちゃんと捕まえなさいって良い教訓にもなったんじゃないかな」
ちょっとした授業みたいに教えられたカイル。今後の彼にとって良い教えになるのかはわからないが、今度は逃さないようにと言った話は、恋愛関連の話に重きを置いたもの。美人さんは眺めているだけではすぐに掻っ攫われるぞと。
言われた本人は、なぜか困惑した表情が見て取れるが何を言われたのか理解していないかもしれない。
そのあとのカイルは気にするだけ無駄だと思うことにしたよう。
食事に関して手こずるのは変わりはなかった。それでもムイが手助けをしては、討伐時を振り返っては煽り、カイルを弄んでいた。
本人として罵倒したかったようだが、誉め言葉になっていたようで彼女が喜んでいては悔しそうにしていた。
アッカーは、ふと視界に入った三人に目を向ける。
その三人とは、アイナ、クラバン、シェルミルの三人であり、気になる話を耳にする。
「──ようやく、世代交代の顔が出来上がっただろうな」
「今世代はクラフォスの冒険者になりますが、アイナさんにラルクさんのふたりが、現在の冒険者の顔になりますかね」
「それはどうかしらね。この場の銅等級以上ならみんな入ってくるでしょうし、クラフォスなんて銅等級以上はざらにいるじゃない? ほかには新人冒険者の中に居たらいいわね」
三人の会話内容は冒険者の世代交代であった。
ここ数年、何かと等級が高い者の中で辞職する者が出てきたり亡くなったりしていたと、冒険者界隈では気にされていたことらしく、だからこそ話題に上がっているのだろう。
やはり冒険者は死と隣り合わせの職業かつ、怪我の原因に関わる古傷や、家庭を持ったときたら辞める人が大半となる。三十代、四十代ともなれば、体力といった話も出て来るのが現実ではあった。
「そうだな。シェルミルに関しては、年数を重ね次第で上に行けるだろうから……頑張れ」
「あ、ありがとうございます。クラバンさんも、今回の魔神討伐で金等級に近づいたと思うんで頑張ってください」
「いや、俺は冒険者しか生きる道がないと思ってやってきただけで、上に固執はしていない。それに冒険者は今日を持って辞めることを決めていた」
「お、おい何で辞めんだよ、クラバンさん」
カイルは三人の会話に割り込んでは、隣に座るクラバンの肩を掴む。
あまりの衝撃過ぎるクラバンの言葉には、ほかの冒険者たちもなぜかと気になっては視線を向けている。
銀等級は想像以上に険しい道。アルワーナ大陸で見れば冒険者は千といる中で、二桁ほどの等級指標。給与といった生活面でもかなりの保証をされている。
同業者の皆に気に掛けられる状況の中、クラバンは少し躊躇ってしまっては悩むような仕草を見せるも、辞める理由を話す。
「……実はだな…………結婚することに──」
「「結婚!!!?」」
クラバンがまだ話している途中、スイハとシキのふたりが結婚といった言葉に過剰に反応を示しては彼の言葉を途中で遮った。
耳元で叫ばれてはビックリしたアッカーは、隣に座るスイハに押しつぶされるかのようにのしかかってこられた。
自身の目の前に座るムイも同じ状態であり、うるさかったせいか苦い顔をしていた。
「誰だ!? 無事に生還しては、幸せの道まで踏み込もうとしているやつは!」
大きすぎたのであろう彼女たちの声には、あっという間に酒に酔っていた部隊の人たちの耳にまで届いてしまい、全員が反応を示す。
「どいつだ!?」
「あの兄ちゃんだ! 周りのガキんちょなわけがねぇ!」
「あれはクラバンさんや! 全員でこっちに連れてこい! いろいろ話、聞かせてもらおうやないか!」
ヤカワの最後の一声でノリのいい複数の部隊の人がクラバンさんを捕まえようと、こちらへやってくる。
その光景を見たクラバンは、アッカーへと顔を向けてきていては遅れて気づく。
「アッカー、頼む」
「……──あ、はい、了解です」
大事になるとは思っていないのは間違いなく、やむ負えずとクラバンは頼んでいる。
こういったときのために自身の魔法があると言っても過言ではないため、アッカーは快く案内しては彼は去る形となった。
「アッカー、どうして逃がすの!?」
「そうですよ、アッカーさん! いろいろお聞かせいただきたいじゃないですか!」
気持ちが高ぶっているスイハに肩を掴まれ、シキにいたっては鬼の形相とはいかないが、気迫ある顔と声を向けられてはアッカーはふたりに言いたいにも言えない。
だからと、ヤカワたちのほうを見るよう指さしてはふたりの視線を誘導。
そこには、なぜか、なぜだろうか。クラバンの後ろ姿が皆の目に映った。
「……」
「ん? なんで……そうか! でかしたで、アッカー君!」
ヤカワは後ろにクラバンがいると知れれば、アッカーへとジョッキを掲げて笑顔を見せた。
「お前、最低だな」
「逃がしてくれとは言ってない。それに、最低になったかどうかは後日聞けばいいだろ」
カイルの言葉に対し言い訳も含めてアッカーは答えた。
このように冒険者を辞めるっといったいい例がクラバンとなる。冒険者を辞めた人の今後だが、基本的に等級が高い冒険者は次の職に困ることはないと話では聞く。
それは等級が低かろうが、魔法を授かっていない者たちと不公平さを無くす政策もされていようが、魔法を使える人が歓迎される職は数多く存在している。
クラバンさんに関しては、どこかの傭兵団に所属するか、木属性を活かす職に就くのかもしれない。
栽培関連だと養分として木属性を使って与えることができ、冒険者とは正反対ののんびりした職も良いことだろう。一度戦うことから離れるのもいい人生経験になるのは間違いがなかった。
こうして、クラバンの騒ぎにスイハとシキは言わずもがな、ムイを除く女性冒険者全員がクラバンの結婚話を聞こうと席を立ち移動する。
そして部隊の人たちも集まってと人数が多かったからか、一度空けた庭に移動しクラバンを中心に円になって彼らは座ると、女性陣は興味津々に話を聞き、出会いや経緯についても詳しく質問していた。
アッカーはその光景を座りながら見ていては、ムイとカイル、それと今まで関わったことのなかった男性冒険者たちと話す機会ができては、共に食事を摂った。