1-3 勇気を出した結果
時が来れば、場所はお店のすぐ近く。カイルは川沿いの柵にあるベンチへと座って相手を待っていた。
自分の手を温めながらソワソワするかのように視線を彷徨わせ、時折俯く。
魔神の突進に対し見事に跳ね返した勇敢なる男でも、流石に緊張しているようだった。
「出ましたね」
アッカーたちは先に会計を終えたものの、少しだけ店に居座っていた。
それは当然、ウエイトレスが出て行くのを待っていたため。
動いたと見ることができると、この店から外が見える窓際の近くへとお店の人の許可を取って移動したのだが……
「おい、兄ちゃんたち」
この店のお客さんが、アッカーたちに声を掛けてきた。
怪しさが際立ってしまったのだろう。会計を終わったにもかかわらず居座っていたことに、何かしでかすのかと警戒していたようだった。
「は、はい」
「……あの兄ちゃん、告白、するらしいな」
何を言われるのかと身構えていると、声を掛けたおじさんはともかく、ほかのお客さんたちもニヤリと笑ってみせていた。
「あー、聞こえてました?」
「俺たちじゃない。こいつが食事中に耳にしたから、みんなに伝えたんだよ。俺たち、この店の常連でもあってな」
おじさんは、若いお兄さんの肩を叩いては言った。たしかと振り返れば、アッカーとカイルの真後ろの席がその人であった。
「いや、失礼だとは思っていたけど、見ない顔だったし冒険者だし、どんな話をしているのかと聞き耳を立てていたら……案の定、リーシャちゃんに告白するような流れを聞いてしまって……」
「なるほどね。だから食事が終わっても、みんなして残っていたの?」
アイナの言葉に残っている皆が、微笑みながら頷いた。
これは大所帯、ざっとアッカーたちを合わせ観客数は二十人ほど。カイルの人生で初めてらしい告白の現場は、大勢の人に見られることとなるらしく、非常に厳しい戦いが強いられていた。
「どうなるか楽しみだな」
「いやいや、さすがに無理だろ。俺でも無理だったんだから」
「衛兵とあの兄ちゃんを比べるな。この子たちといっしょで冒険者だろ? それも銅色だったぞ」
「この街の冒険者より優秀ってことだよな? あるぞ? リーシャちゃんももうそんな歳だろ」
何やら期待を膨らませたように喋る店の常連さんたちは、俯きながらゆっくりと歩くウエイトレスへと視線を向けている。
話を聞く限り、あのウエイトレスを小さいころから知っているような口ぶりでもあり、でないとここまで盛り上がることはないのかもしれない。そう、このお店は……。
「にしても、あのお兄ちゃん度胸あるなぁ。こんな美人さんがふたりもいるのに、リーシャちゃんを狙うとは」
ひとりのおじさんが、アイナとシェルミルを見て言った。
すると、シェルミルは目を閉じて頭を軽く下げ、アイナは……何とも言えない顔をしていた。
そういえばと思い返せば、カイルの恋愛話にアイナはあまり話すことはなかった。彼の事を考えるのに頭を割いていたため気にしていなかったが、女の子であるシェルミルが非常に協力的だったのに対し、アイナはそこまで興味がないのだろうかと思う。
「ね、ねぇ、お兄さん。あの子は何歳?」
「今年で十六歳ですね」
「同い歳か……益々あるな」
「あぁ。今まで歳が近い子と話す機会すらなかっただろう。それにあの兄ちゃん、結構顔はイケてる。流石のリーシャちゃんでもありそうだ」
「何している。会計が澄んだなら早く帰れ、閉店だぞ」
窓際の席を借りていいか、その許可を降ろしてくれたお店のお姉さんから訊かれたことに答えれば、さらに周りは期待を膨らませ、注目する。
そんな場が温まっている中、後ろからひとりの男がやってくる。
誰かは知らない。ただ、言葉からはキッチンで働いていたであろう人。アッカーが座っていた視界からでは、確認できなかった人物のようだ。
「待ってくれよ。今から若い子の挑戦が始まるんだ。娘さんの分岐点かも知れないぞ?」
「? ……リーシャはどこ行った」
「あなた、帰るのは私が言っておくから、先に片付けしておくか、休んでおいて」
「余計な事してるな?」
「まぁまぁ、いいからいいから」
アッカーの予感が的中した。
ここはご両親が経営する飲食店。さらには、あれは娘さんだったらしい。お母さんらしき人がお父さんを強引にキッチンへと戻せば、すぐにこちらにやってきた。
「あの方のお母様ですか?」
「えぇ、そうよ。それより、ほら」
ウエイトレスのお母さんは、シェルミルが訊いたことに答えるや否や、はしゃぐかのような声音でふたりへと視線を向けるよう言った。
そちらへとアッカーも視線を向けると、もう互いに向き合っていてはカイルが話している様子で、まずいと急ぐ。
ここからでは普通は聞こえないが、耳を澄ませ、ふたりの会話を聞くことに。
「──その……冒険者やってて……たまたま、ここを訪れて……き、君を……見かけて……」
話しているのはカイル。会話の途中からで、名前や呼び出した事情を伝えたのかはわからないが、ぎこちない話し方。
かなり緊張していた。話を聞いているウエイトレスは、頬を赤く染めてはあまりカイルを見ていない。手紙を受け取った時は何も察せていないようだったのに対し、ここまで来たら何を言われるのかわかっているようであった。
それでも何も言わずに、カイルの言葉を待っている。
「……その……綺麗で……凄く、可愛い人だと、思って……。お、俺の中で、一番……出会った中で……本当に一番……可愛くて……」
周りの人たちは固唾を呑んで見守っている中、話を聞けているアッカーはカイルの言葉を聞き、口元がもごもごしてしまう。
恥ずかしい。この伝えたいことを言うだけの時間に、カイルの前置きのような話。とにかくむずがゆく、自分も同じようなことを言ってそうで……。混乱し、何話しているのか、何を話したらいいのかわからなくなるやつであった。
そして少し前置きのような、彼女を褒めるような話をカイルはしていたのだが……静寂が訪れる。
どちらからも、話すことはない。呼び出したカイルは、続きを話そうともしない。なぜかなんて、こちらから見ればわかる。
そして、ここか、と常連さんたちは前のめりになる。
次の言葉を聞くことがない。……終わり? そう言いたそうで、どうしたのかと様子を伺い始めるウエイトレスは、視線を恐る恐る彼へと向ける。
すると、カイルは耳まで真っ赤に染まりながら、彼女へと真っ直ぐ見つめていた。
震えている手を見れば、彼の心臓が跳ね上がっている様子が伝わってくる。そんな姿を見れば、見守るこちらとしても、胸が締め付けられ頑張れと応援したくなる。
彼が真摯に向ける視線からは、彼女は逃げることはなく受け止めていた。その眼差しに吸い寄せられるように見ていては、彼女もまた息を呑んでは彼の言葉を待っている。
開けた窓に、窓越しに見つめるお客さん、ふたりの間に流れる緊張感と期待の高まりをひしひしと感じ取っていれば息を呑む。
静寂の中、川のせせらぎを聞き、少しだけ生暖かい風が通り、真っ暗な夜を照らす灯りがふたりを包み込む。
「す」
そんななか、カイルが一言口に出し、ウエイトレスは肩を跳ねさせ、落ち着かない手に力が籠る。
「好きです」
カイルは小さく呟き……伝える。
「あなたを一目見て惚れました……! 好きです!! 俺と──結婚してください!!!」
大きく、思いをぶつけるようなカイルの告白は見守っていた全員の耳へと届けば、街中にも届くような声量であった。
再び訪れる静寂。
真っ直ぐな心で伝えた告白は、周りの人間の心を大きく動かした。
常連さんのおじさんやお兄さんたちと、男性陣は驚きのあまり口が開いてしまい、お母さんや店のお姉さんたちと女性陣は口元に手を覆う。そして、ふたりを映すその目は逸らすことが許されず釘付けとなる。
告白されたウエイトレスは差し出された彼の手を見ては、何が起きたのか、何を伝えられたのか、それすらわかっていないように固まってしまっている。
それでも、徐々に理解してきたのか、彼女の顔は見る見るうちに耳まで真っ赤にさせては口がパクパクと動き、胸に両手を当てていた。
「……あ。……い、いや、け、けっこ、ち、違う……ま、ま、まち……」
同じく顔が真っ赤なカイルは、自身が伝えるべき言葉を間違えたと気づいたようだが、もう遅い。さらには、自身も緊張しているせいか焦ってしまい、間違ったと言葉にできずにいる。
「あ……あの……その…………あたし……!」
ウエイトレスは返事をしようと頑張る。
しかし視線を彷徨わせ、もうその場に立っていられるほど、気力が持ちそうにないように見えては、
「ごめんなさい!!」
バッと、カイルから逃げるようにして店へと走ってきた。
それは、常連さんたちを押しのける勢いで店へと入れば、すぐにキッチンへと姿を消す。
張りつめた空気が途切れてしまえば、常連さんたちは残念がるように肩を落としてみせては、アッカーたちも似たようなものではあった。
こうして、カイルの人生初の告白は、失敗する形で幕を閉じる。
決めた目的からかなり逸れていたが、勇気出したことには変わりはない。
フラれてしまったカイルは心に傷を負ったばかりに、その場で膝から崩れ落ちてしまっていた。
◆
「よくやった。俺は好感を持てたぞ。ちょっと背中を押すぐらいはしたけど、真っ先に行動に移せるカイルは誰よりも男だった」
「……お前に好かれてもうれしくねぇ……」
崩れ落ちたカイルに対し、アッカーは近づいては屈み、背中へとやさしく手を置いた。
凹んでいる彼の言葉を聞けば笑ってしまい、ポンポンと彼の背中を叩いてしまう。
ウエイトレスが逃げた時、常連の人たちはもちろん、たまたま見守る形になった人たちも全員肩を落とした。
身内はというと似たようなものではある。
アイナは小さく苦笑いを浮かべ、シェルミルは「バカですね」っとボソっと呟き視線を逸らしていた。
別に怒っているわけではなかった。
ただ、彼女からしたら手紙だと成功しそうな雰囲気があっただけに、ため息をこぼしてしまっていた。
この告白はシェルミルといった異性が協力し、背中を押したのも大きかったが……言ってしまったものは仕方がない。
カイルの人生として今後に生かせる日が来れば、本人には前向きに捉えてもらえればいいと考える。
それにしても振り返れば、相手であるウエイトレスはああいった事に慣れた様子ではなかった。
あれだけの綺麗で可愛い人が一度も告白されたことがない。本当にそうだとしたら、カイルの姿はかなり印象づいたのではと思ってもしまう。付き合うまでも、もしかしたら勢いで押せたかもしれないと。
もし、訂正する機会があるのなら。
……明日にでもハイグリアの用件が終わったら、連れて来てみようかと考えるアッカー。それは当然、彼女たちにも許可を取ってと。
「ほら、とりあえず宿に戻るぞ。立てるか?」
声を掛けるもカイルは立とうとはしなかった。
だけど、ほっておくわけにはいかないので、アッカーも一緒になって残ることに。
冷えることはないと感じる。どうしてかはわかっていないが、夜になって生暖かい風が通るようになっている。
季節は夏に差し掛かった。だけど、昼間は涼しい風。夜は肌寒さは感じず、少し落ち着くような風が通っていた。
それは包み込むかのように、目に見えない──。
「おい、兄ちゃん」
空を見上げていると、後ろから常連のお客さんが声を掛ける。
それはカイルに向けて。
「あんま落ち込むなって。俺たち全員振られてるんだぞ?」
「そうそう」
「……あんたら、おっさんだからだろ」
黙っていたカイルは、反応を示す。
悪態付くような言い方だが、おじさんたちは笑顔でありながら何も言い返さない。
「そうだぞ。あんたらおっさんだからだろ」
すると、ひとりのお兄さんがカイルの言葉に乗っかっては話始める。
「俺も一緒だぞぉ。むしろ、軽くあしらわれているしおじさんたちも一緒だ。兄ちゃんみたいに真剣そうに向き合ってくれてない。それだけでも、わかるよな? リーシャちゃんは──」
「ただの飲んだくれだろ」
「悪かったな! こんな小さな街での楽しみは、あの店が一番だろ?! それに重要なことを言おうとしただろ!」
「良いこと言うじゃねぇか。衛兵」
何やら常連さん同士で笑いあっては、別のお兄さんがカイルに声を掛ける。
「常連から言わしてもらうけど、リーシャちゃんのあんな姿を見たことはない。結婚はさすがに無理でも、その手前とかだったらあるかもしれない」
「…………」
ちょっと可能生があるっぽい事を聞けば、カイルは顔を上げた。
彼の言い間違いがなければ、ある。これで顔を上げているのは、もしかしたら諦めていなさそうであった。
しかし……。
「……多分だけどな? ただ、歳が近い子とは話すことが今までなかったんだ。だから、慣れていないだけもあるかも。ほら、あれは多分、恥ずかしくて逃げただけだと……思う。あんたが結婚以外を頼んでいても多分逃げたと思う。…………」
「……どっちだよ……」
励ましたかったが、変に希望を与えすぎたら。と考えたであろうお兄さんの言葉に、カイルは困惑したような表情を浮かべていた。
それでも、少しすると悲しげな顔から、落ち着いたような表情へと変わっていた。
それはここに集まった常連さんが他愛話でも始めたから。ウエイトレスが顔を真っ赤にしたのは初めて見たとか。自分たちの扱いをわかっているとか。口がふさがらなかったとか。
振り返るような話は彼女を中心としていたが、カイルの勇気に称賛を上げたり励ます言葉を送っていた。
ただの慰め。カイルの顔からはそう感じたが、そんなものではない温かさを感じてか、暗い顔を見せることがなくなった。
「親がいる前でよくできたもんだな」
そんな場が温まっている中、彼の元に常連さんたちとは別の人物、ウエイトレスの父親と言っている男が姿を現す。
その人は、なぜか片手にフライパンを持っている。
……武器じゃないことだけは願いたかった。
「おいおい、あんたが出る幕じゃないぞ」
「ちょ、早まらないでくれよ? 娘さんを取られそうになったぐらいで──たっ!」
誰もが驚く中、お兄さんによる一言に頭に来たのか、お父さんはお兄さんのお尻をフライパンで叩いた。
すると、やいやい言ってる人物を無視しては、アッカーへと視線を向けてくる。
「明日には出るのか?」
「……はい。ハイグリアに用事があって、朝一に向かうかと」
何に対する質問かはわからないが、とりあえず答えてみれば、お父さんは黙ってしまう。
視線はカイルへと向けている。彼が自身のほうへと視線を向けるのを待っているようだった。
「冒険者」
「……?」
アッカーが肩を叩いてあげると、ふたりは視線を合わせる。
「明日の早朝、もう一度来い。娘が外に出ていなかったら、それまでだ」
「……??」
困惑しているカイルは言葉を発せず、誰かも知らなさそうな人に首をかしげる。
ウエイトレスの父親だと認識しておらず、まさか両親が経営する店だったなんて思ってもいないだろう。
しかし、お父さんの発言はアッカーもよくわかっていない。
どうしてもう一度来いと言っているのか。
「あ、あんた、そんなこと言う人だったか?」
「おい、どうしてこの冒険者には優しいだよ? 俺たちには絶対にやらないとか言ってたくせに」
「お前さんたちより、信用できるからだ」
「何がだよ? 冒険者の等級か?」
それは常連さんたちも同じようで、驚いたような発言であった。
何に信用できる点があったのかは教えてくれない。
ウエイトレスのお父さんは、その一言をきっかけにここから立ち去ってしまい、アッカーたちは困惑したまま解散する形となるのであった。
一度解散すれば、四人揃って宿屋に戻った。
その間では、慰めとしてシェルミルが言葉を掛けてあげていては、カイルは協力してくれたことに礼を言ってと何かとふたりに好感を持てる姿が見て取れた。
戻る間際には、お母さんから直接話が合った。
それは「どうせ恥ずかしくて逃げただけだから、ごめんなさい」と直接カイルに言っては、母親公認になったのか、明日の早朝は返事がどうであれ絶対に行かせるからとも言っていた。
娘さんよりカイルの気持ちを優先するらしい。
娘さんに嫌われないだろうか? 何てアッカーは思ってはしまった。
借りた部屋に入れば、もう寝る時間といったこともあってシャワーを浴びたりとやることを終えると、カイルはベッドへと仰向けの状態で倒れこむ。
「…………死にてぇ……」
後ろ向きな発言をしたカイルは、ベッドの上で放心状態となってしまっている。
あの場の空気から離れたからか、頭の中は告白した時の光景を映し出しているのだろう。感情が後ろ向きへと戻ってしまい、黒歴史にしている。
「しょうがないだろ、言ってしまったものは変わらないし。それでも、あの母親が恥ずかしくて逃げただけって言ってたから、まだあるかもしれないぞ」
「それ、あの人の本心かはわかんねぇだろ……。アッカー、殺してくれぇ……」
もう精神がおかしな状態のカイルは、先ほど堂々と告白した人間には思えない。
こうなったら、嘘でもいいから希望のあるようなこと……は、一生恨まれるので先と同じように接する。
「カイル。お母さんと常連さんが言うんだ、あのウエイトレスさんは本当に逃げただけかも知れないぞ」
「…………」
返事をしないカイルだが、アッカーは関係なく話を続けていく。
「まず、カイルが告白した言葉は結婚だ。それは断られて仕方ないと思う。だから、あの告白を訂正するかはカイル次第だけど、シェルミルが提案してくれた手紙のやり取りからでってお願いすればいい。まぁ、それで断られたら、別の恋を探せば──」
「無理だ。あの人以外ぜってぇ無理だ……」
カイルが反応を示してくれたのは、別の恋。
声からは覇気を感じないが、言葉どおりの表情と涙目になっている姿でアッカーを見ていた。
たったの数分でそこまで言い切れるものなのかと、苦笑したと同時にそういった人間なんだろうとも思ってしまう。
クラフォスに帰れば、誰かいい人を紹介してもらおうと考えてもみたアッカーだが、やめておくことに。
「……そうだよな。……でも、そんな上手い話…………」
カイルはベッドから起き上がり、こちらに身体を向けてから言った。
「ありがとな、俺が勝手に自爆したのに」
「どういたしまして。前向きな返事だったらいいな」
「……だな」
その言葉に頷く彼は、再びベッドに仰向けになって寝転び、一息つく。
そして、一言。
「……もし前向きじゃなかったら、スイハのヤツを一生恨んでやる」
「おい、恨む相手は違うだろ」
カイルはちゃんと礼も言えていい奴。とアッカーの中で印象が良くなって行くのだが、最後の一言で台無しになった。
◆
──次の日の朝。アッカーは目覚めると窓の外へと視線を向ける。
天気は晴れていては、カイルが落ち込んでしまわないような曇りでも雨でもなく、安心する。
次にカイルのほうへと視線を移し変える。
彼はまだ眠っている様子で、ベッドの真ん中にて寝返りを打った状態で静かに寝息を立てている。
見た目どおりと言えばいいのだろうか。口が少々悪い時が見られる彼だが、寝相が悪いとか、いびきがうるさいとかは全くなく、野宿の時も特にそんなことはなかった。
むしろ静かに寝すぎていては、アッカー自身が大丈夫かと内心では焦ってしまうぐらい。
そういえば出発時間を聞いてない。そう思えば、まずはこの部屋にある大きな鏡にて寝癖があるかの確認。そのあと、すぐに顔を洗って着替え、隣の部屋を訪れる。
ドアの目の前に立つと、大きな欠伸をしながらも試しにドアをノックしては、起きてるかと声を掛けてみる。
すると、暫くしてアイナが出てきた。
彼女も似たようで眠たそうな表情をしていては、髪はこちらと違ってまだ整えていない状態。そんな彼女は、少し暗くてもわかる滑らかで艶のある白い肌を露にしていては、黒の上品そうな下着は…………
「おはよぅ……」
「……おはようじゃなくて、服を着てから出ろ。早くドアを閉めてくれ」
かなり見入ってしまっていたアッカーは、途中で我に返っては目を閉じ、顔を背ける。
脳が停止しかけた。これは見たらダメなやつだと思いつつ、どうしてそのまま出てくるんだと言いたい気持であった。
「呼んだのはあなたじゃない……」
「悪かったから早く閉めてくれ、男性に見せるな……」
覇気のない声でアイナに指摘していると、彼女からも同じような声音で返事が返ってきた。
そんな彼女がゆっくりとドアを閉めていては、目を開けても大丈夫だろう、そう思った次の瞬間──ドアが勢いよく開いては、アッカーの腹部を目掛けて強烈な蹴りが飛んでくる。
それは腹をめり込んでしまえば嗚咽し、後ろの壁に勢いよく吹っ飛ばされては床に倒れこんでしまうのであった。
……容赦がないとも言えば、自分も悪いのかと痛みに耐える。
流石のアッカーでも、朝一にこれを躱すや受け止めるのは無理があった。
当然、魔障壁を纏うなんてもってのほか。体術が優れ、さらには身体強化を使ったであろう人物の攻撃には対抗できなかった。
とはいえ、本当に良かった。それは、顔はさすがにと腹にしてくれたかもしれないシェルミルのこと。少しは配慮してくれたかもと感謝すると、弁明しようと蹴ってきた奴がいないかとアッカーは顔を上げる。
目の前のドアは現在閉じられているが、近くに髪を整えるためのブラシが落ちているのを発見した。
確実に彼女のだろう。身支度の途中でノックしたのは悪いがアイナを止めてほしかった。
とりあえず、少し時間を置いてからまた呼びに行こうと決めたのだが……何かが昇ってくる、身体の拒否反応を示す。そう口を塞いだと同時に、目の前のドアが開いてはシェルミルが姿を見せた。
服を着た状態で出て来ていては安心する。
「……見ましたよね?」
「寝ぼけて下着のまま出てくるとは思わないだろ。同じ部屋なら、あいつを止めるか、シェルミルが先に出てくれよ……」
「…………」
こんな攻撃、朝から喰らいたくなかった。そういった感情を込めて弁明するも、シェルミルは何も答えなければブラシを回収して部屋に戻っていく。
彼女も同じで、アイナが下着姿で出るとは思わなかったから何も言わなかったのだろう。互いに事故を防げなかった。
これはなかったことにしよう。そう決めてはゆっくり立ち上がり、昇ってきたものを吐き出さずにすむと、宿屋の店員が何事かと見にきたのは言うまでもなかった。
あれから少しの間部屋で待っていると、彼女たちのほうから呼びに来てくれては出発する。
今日はアッカーの魔法でハイグリアまで向かうことになっていては、到着すればアイナを招待した人に会いに行く予定。
手紙にはいつ来ても構わないと書いているとのことだが、できる限り寄り道せずに向かおうとする。
だけど、先にウエイトレスさんの元へと会いに行くのが最初の予定。
アッカーたちは昨日のお店へと向かっていると、あのウエイトレスがお店の前のベンチに座って待っているのが見えては、彼女もこちらに気づく。
「先に行ってる」
待ってはいてくれた。そう安堵しながら、緊張しているカイルを置いてアッカーたち三人は先に進み、彼女にすれ違うさいに軽く会釈する。
そして少し遠い所の角を曲がり、様子を見守ることに。
「ここからじゃ、流石に聞こえないわね」
「様子で察するしかないですか……」
シェルミルが屈み、アイナとアッカーは立ったまま覗く。
それにしてもとシェルミルへと視線を向けてみると、聞き取れないためか半分身体を乗り出している体勢、端から見れば丸見えではあった。
残念と言うべきなのか、近くの隠れられる場所はここが一番になってしまう。
「お、おはよう……ございます」
そんな少し遠い場所だが、ウエイトレスの声がはっきり聞こえてくる。
どうしてと目を合わせたふたりに、アッカーは肩を叩いては静かにするよう仕草で伝え、様子を見守る。
「おはよう……」
次はカイルが挨拶を返しては沈黙が訪れている。
様子を見てみると、彼女は落ち着かない様子で俯き、カイルのほうは頬が少しだけ赤く染まってるように見えれば、昨日と同様、彼女の顔を真っ直ぐ見ている。
なかなか切り出そうとしていないふたりを遠目から伺っていると、彼女が先に口を開く。
「その……昨日はごめんなさい。その……逃げるような形になって……」
「いや、俺が悪かった。順序も踏まず、いきなり結婚とか言って……ごめん」
「う、うん。さすがにビックリした。初めて……その……歳が近そうな人に言われたから……。いつものお客さんが、冗談交じりに言うことはあって…………」
俯いていた彼女が恥ずかしそうに笑うと、今度はカイルが目線を逸らしている様子。そして、再び沈黙が訪れている。
「「あ」」
ふたりの声が重なると、お互いに話そうとはせず、カイルがどうぞと彼女の話を先に聞こうとする。
すると、ウエイトレスから深呼吸するような仕草が見て取れては、覚悟が決まったかのように顔を上げ、カイルをへと何かを差し出す。
「こ、これ、この家の住所、書いてあるから……もし、よければ……手紙でも送ってくれたらうれしいです……。最初は、お互いのことを知ることからで……お願いします……」
表情は伺えないが、彼女は言葉尻に声が窄んでいきながらも、そうカイルに伝えた。
……予想もしてなかった展開に、アッカーは驚いては頭の中が混乱する。
カイルから言うはずのそのやり取りは、まさかの彼女から言いだしてくれた。
常連さんたちが言っていたとおり希望があったのだが、彼女のほうから頼むのは聞いてもいない。自分の意思なのか、それとも彼女のお母さんが何か言ったのか。真相は不明であるものの、
「……いいのか?」
困惑した声音にウエイトレスは俯いた状態で二度頷いた。
そしてカイルは、お店の住所が書いてあると言っていた紙をウエイトレスから受け取った。
「わけあって、手紙は少し遅れるかも知れない……住む場所が変わりそうだから……。だから、俺も冒険者の拠点が決まるようだったら、そこに手紙を送ってもらうよう書いておく……でもいいか?」
「うん……」
初々しい風景が見て取れては、お互いに手紙のやり取りを通じて、知り合うといった関係になった。
あとは別れの挨拶だけなんだが……何やら恥ずかしいご様子。これは最後に何かしらあるのではと期待するかのように見続ける。
「……じゃあ、俺もう行くわ。あいつら待ってるし」
「うん。……手紙、待ってる……ね」
そう言って、ウエイトレスの人は自分の家である店に足早と帰っていった。
最後にはカイルへと顔を向けていたことから、恥ずかしながらも笑顔を向けていたことだろう。カイルは固まったかのような表情で彼女を視線で追わず、家に入っていくと、俯き出す。
そして、こちらへと歩いてきては身体を振るわせ、抑えていた気持ちや先ほどの気恥ずかしさを爆発させるように拳を作り──
「よっし……!!」
下へと顔を向けながらも、周りの迷惑にならない声量で言っては、とてもうれしそうに喜んだ。
最終結果。カイルの一目ぼれから始まった告白は、一度は断られたはずだったが、手紙からのやり取りをすることとなり、あの勇気は実ることになった。




