0-0 希望を持った少女
気付けば、空高くから見渡していた。
雲一つない青空の元に浮かび、目を閉じては、深呼吸。
遠くの景色は様々なものが目に移り、自身の心を燻り始める。
自由に動き、自由に羽ばたき、自由に思い描く。
心地よい風と共に歩む夢想は憧れの人を思い出し、口元を動かす。
誰かが苦しんでいる。その目に見え、心に届けば駆けつけに行く。
例え火の中水の中森の中、洞窟の中に砂漠の中。そして吹雪の中と場所は問わず思うがままに突き進む。
頭より心で。合理的より感情的に。それが象徴するひとつの形。
そう、自分が貰った大切な一言と同じように──。
ある一室の病室で、ひとりの少女はベッドに座わりながら開けた窓の外を見つめていた。
その見つめる先には夢想の背景と似た物、楽しそうに子どもたちが走り回っている姿。
そんな姿を微笑ましく、少し羨ましそうに見ていた少女は自身の身体へと視線を向けた。
来ている服は患者用の服一枚。季節は涼しいだけにベッドにいる彼女でも楽に過ごせている。
今度は視線を足元へ。
昔までは自由に動かなかった。原因は不明、魔法をもってしても完治せず、未来を思い描けない人生を今まで送ってきた。
しかし、今は肩から足のつま先までを自由に動かせ、小さな足の指はこんにちは、と言わんばかりにお辞儀をしたりひらひらと動き出す。
溢れんばかりの感情からか嬉しそうに足の指で遊び出した少女の元に──コンコンコン、とドアをノックする音が部屋に響いてきてはそちらへと視線を移す。
するとドアが開かれては、白衣を着た若い女性が笑顔でこの部屋へと入ってきた。
「久しぶり、元気にしていたかい?」
少女は驚いた顔を見せつつも「お久しぶりです、先生」と彼女なりの笑顔で挨拶をする。
「先生、最近外出ばかりですけど忙しいですか?」
「そうだね。だけど先週で終わったからしばらくはここにいられるよ。そんなことより体調は? 何か気になることでもあった?」
「問題ないです。むしろ元気です」
先生と呼ばれている若い女性は開けた窓へと腰を掛けると、少女が首を横に振っている姿を見ては思い返すかのように頷いた。
「それはよかった。……本当に不思議なもんだね。ベッドから出られないほど体が悪かったのに……今もよく頑張ってる」
「ありがとうございます。……わたし、あの時から体が軽くなったみたいに楽になって……初めて足がつけた時は嬉しくて……」
「泣いていたって聞いたよ」
「はい。でもやっぱり、諦めなくて良かったです」
少女は過去の余韻に浸り、静かな表情ながらも口角を上げながら話を続けていく。
その姿を見た先生は一度目を閉じ、穏やかな表情で少女の会話に耳を傾けながら相槌を打っていった。
「今日もその本を読んでいたのかい?」
「はい、何度読んでも面白いので」
一頻り話を聞き終えた先生は、少女が持つ本を見ては話題を振る。
すると少女は、表面に書かれている題名を見えるようにして本を持ち直した。
本の題名は『英雄冒険譚』。
簡潔に本の内容を説明すると、これは昔のお話──ではなく、ほんと最近のお話。
冒険者である主人公たちの日々の日常から、世界に迫る魔の手から人々を救ったといった物語。
この本を書いた本人はパーティーメンバーの一員であり、活躍した多くの人たちと仲間であった。そのことから、あらゆる面において最も信憑性があり、歴史のひとつとして教育等に使われるほどの今後も未来に伝えられていく一冊の物語である。
「たしか退院したら冒険者になりたいんだったかな?」
「なりたいです。この本を読み終える前から冒険者になるのが目標になりました」
「そうか。でも、もう少し……今の調子で回復していけたら、一年かからないくらいで夢が叶うよ」
「本当ですか?」
少女はいい報告を聞けては、不自然な、ちょっぴり悪魔のような笑みを覗かせている。
そんな少女の笑みを見てか、先生は「しかし」と注意をするように話し始めた。
「あの時みたいに勝手に病室から抜け出さないこと。一年もかからないは許可なくベッドから抜け出さなかったときの話だから気を付けるように。それとさっき聞いたけど、先日──」
「わかりました、ちゃんと安静にしています……」
お説教は聞き飽きたのだろう。少女は拗ねた表情を見せながら返事をすると、先生はこれ以上何も言うことなくやれやれといった感じで苦笑した。
「お姉ちゃん……怒られてるの?」
突然、少女と先生の声とは違ったか細い声がふたりの耳に入ってくる。
それはいつの間にかふたりのやり取りを聞いていたひとりの子どもが、開けた窓の外から顔を覗かせていたのであった。
「…………」
「どうしたの?! お姉ちゃん怒られてるの?!」
少女は黙ったまま視線を泳がせていると、先ほどまで走り回っていた子どもたちが興味を惹かれたのか、流れるようにこちらへと集まってくる。
目の前の状況を見れば先生は微笑んだ。
「これは大盛況になったね」
「……うれしくないです」
「さっきお姉ちゃんが怒られたんだって!」
「へぇ、そうなんだぁ。よく怒られてるねー」
「「だっさー!」」
「誰? ダサいって言ったの」
「外に出ようとしない」
子どもたちにいじられた少女は、今からでも外に出てやろうとベッドの上に立つも、すぐに先生に注意される。
不貞腐れた表情で静かに座る少女を見れば、子どもたちからは笑いが起きた。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんって、今度はいつ一緒に遊べるの?」
「明日だったら少しだけ遊べるよ。別の先生に様子を見てもらいながらね」
「やったー! お姉ちゃん、明日絶対だよ?!」
「わかったから、今はみんなで遊んでて」
明日にでもお姉ちゃんと呼んでいる少女と遊べると知った子どもたちは「はーい」と元気よく返事をし、窓から離れ走っていった。
「先生、明日外で遊んでいいの? 今月はもう外に出たけど」
「問題ないよ。明日からは少しずつ日数も増やしていく予定だから」
「……じゃあ、今日から──」
「明日から」
少しの間が空くと、ふたりは顔を見合わせクスクスと笑い合った。
「もうすぐ……か……」
少女はそう呟きながら、手に持っていた本と棚に置かれたアクセサリーを見ては再び空けた窓の外を見つめる。
しかし、今度は子どもたちではなく遠くの景色を見つめた。
今日もどこかで、冒険者たちは仲間と共に冒険へと旅立っているのだろうか。
神話に伝わる飛竜や魔神、幻の島に迷宮、未知なる大陸との出会いがあるのだろうか。
少女はもうすぐ冒険者になれる、そのはやる気持ちを抑えては先生との会話を再開した。
これからお話しするのは、少女が手にしていた本『英雄冒険譚』に登場する本の主人公の物語であり、本に関わる多くの人物たちの物語。
彼らの出会いのすべてから多くの仲間と共に立ち向かい、世界を揺るがす全ての厄災を終わらせるまでの物語。