0-9 言葉選び
目的地へと到着したアッカーたちは、集合場所だと記載されている場所で足を止めている。
それはなぜか。目の前の建築物からして、集合場所とは思えない場所であったから。
「これ、本当に目的地か?」
「間違って地図を見ましたか?」
シェルミルと大盾を背負った男に問われるも、アッカーにもわからない。
目の前の建築物はお世辞にも綺麗とは言えず、古びたような家が建っていてはここが集合場所なのかと疑いたくなる。
それでも、地図を見返しても間違いがないため入って確認しようと目の前のドアを押した。
今にも壊れそうな気味の悪い音が響きながらもゆっくりと開け中に入ると、古びた家の中は薄暗い部屋であった。
昼にも関わらずカーテンを閉め切っており、薄暗い場所となっている部屋の灯りはひとつだけ。奥には女性が座っており、周りにはこの店の商品だと思わしき小物や魔道具らしきものが置いてある。
雑貨屋のような気がしなくもないが、とりあえずとギルドマスターに言われたとおりに、渡すべき紙を女性に渡してみることに。
「すみません、これを」
女性はアッカーと大盾の男から紙を受け取ると、受け取った紙と名簿らしきものに目を通している。
そして確認を終えたのか立ち上がり、お辞儀をする。
「どうぞこちらへ、皆様がお待ちになっております」
集合場所に間違いはなかったようで、女性はカウンターから出てきては案内してくれる。
「どこ行くんだ?」
「こちらの階段です」
そう言って女性が本棚に手を掛けると、本棚が扉となっていては隠し階段が目に見え案内される。
階段を降りれば、そこはずっと真っ直ぐに長い道が続いており、案内するかのように壁側へと灯りが等間隔に設置されていた。
「先に名前だけいいか?」
「わりぃ、カイル・ホルツァーだ。カイルでいい、一応銅等級だ」
名前を訊き出すとカイルはこちらへと視線だけを向けながら答えてくれる。
黒の髪色に、釣り気味の目つき。アッカーと同じ少し細身に見える体格だが、大きな盾を背負っていることからかなりの筋肉量と伺える。
等級は一般的に最高峰と呼ばれる銅等級と優秀な冒険者であった。
「よろしく。俺はアッカー・ラビス」
「……シェルミル・アス・ヴィセ―ラです」
「おう、よろしくな、白銀の冒険者に《孤高の王女》」
「「……」」
カイルは明るい声で言ってくれるも、ふたりは彼の言葉に黙ってしまう。
アッカーが黙ったのは自身の通り名ではなく、彼女にも通り名があったことに驚いたから。それは黙っている彼女も同じであった。
「嫌だったか、通り名で呼ぶの。俺はそんなもんねぇし、むしろ強者の象徴だと思ってんだけどな。じゃあ、アッカーとシェルミルで」
「俺はどっちでもいいけど……孤高の王女って呼ばれてるのか?」
「初耳です。そのような通り名が付けられていたとは」
クラフォスの王女ともなると、有名人故に等級関係なく通り名が付けられるのだろう。
アッカーとしては、彼女にふさわしい通り名だと思ってしまうけど、ほかにもあっただろうとも思ってしまう。
《火炎の狂犬》そのような乱暴さを印象付けるような、《暴君の王女》みたいな通り名を付けるのが彼女にとってふさわしい気がした。先の戦闘といい、些細なことで殴られたため。
「なにか考えてましたか?」
「……? なにがだ?」
なにも考えていませんよとすっとぼけると、シェルミルは視線を前へと向けた。
彼女は人の心の中が見えているのかもしれない。
「カイル。どうして、そのような通り名が私に付いたのかご存じないですか? それと通り名の付いた理由を知っていればお聞かせください」
自身の通り名の由来が気になったのかシェルミルは訊いている。
ついでともなれば、通常通り名が付くはずもない等級指標の自分が付けた理由も併せてである。
「どっかの冒険者が付けたんじゃねぇの? だいたい通り名はそんなもんだろ。付いた理由も知らねぇな」
「そうですか……」
名付けた本人が知れなかったシェルミルは、興味を失せたかのように視線を逸らす。
名前を知れたとなると、何をしようとしたのかアッカーは少し気にはなった。彼女も内心、いい通り名だって思っているかもしれない。王女でありながら冒険者といった現状からも、孤高という名にふさわしい行動を辿っているのだから。
「俺はピッタリだと思うぜ、孤高の王女って通り名。聞いた限りだと我儘とか傲慢なお姫さまってのもいいけど、初対面とは少し印象が違うな」
「どういった印象なんだ?」
アッカーの返答に、カイルは考え込むように答える。
「あー孤高の王女って感じはするけど、どちらかというと孤独に近いような気がすっけどな。雰囲気的に」
「孤独ですか? 私は孤独ではありません。自ら一人を選んでいるだけです」
「別にいっしょだろ、孤高も孤独も」
「全然違います」
「……なんだよいきなり、孤独じゃダメなんか?」
「嫌です」
少しムキになっている様子がうかがえるシェルミル。彼女がカイルを睨みつけているのがその証拠であった。
それにしても、だいぶお気に召しているらしかった。自身の通り名に。
「そうかよ。つっても、もう少しあっただろ。背ぇちっちぇけど普通に美人で剣技は一級品。結構好かれんだろ」
本人を目の前に、カイルの突然褒めるような言葉には驚いてしまう。
口説いている、そんな言葉にシェルミルからは怒りが消えているようではあった。
ただあっという間に無碍にしてしまう。
「あーでも、容赦なく剣を振るってきやがったこととか、あの時の目つきも考えると……暴君の悪女──!!」
カイルはシェルミルに付いて話していると、口にしてはいけないであろう言葉を言ってしまっては、彼女の右拳による重い攻撃をお腹辺りへと貰ってしまう。
それは殴った音が聞こえてくるほどの威力であっては、彼は膝から崩れ落ちてしまい地面へと蹲うずくまってしまった。
これを見て、アッカーは発言しなくて良かったと心の底から思ってしまうと同時に、彼を心配してしまう。痛みに関しては共感できることがあるため。
「……」
「すみません、彼は大丈夫ですので先に進んで構いません」
「……かしこまりました」
案内してくれている女性は、カイルが倒れているのを見ては立ち止まってくれていた。
しかし動かないカイルへと一瞥すれば、案内をするため再び歩きだ出す。
「大丈夫じゃねぇ……!」
意識は飛んでいないらしいカイルは話を聞いていたのか、シェルミルを睨みつけている。
恐らく、素直な人間であり良くも悪くも口にしてしまったのが原因ではあった。
「ほら、肩貸すから歩け。それかその重そうな大盾を持ってやる」
「肩貸してくれ……」
アッカーは満身創痍なカイルの体を起こし、肩を貸しながらゆっくり歩いていく。
「あいつ、やっぱ噂通りの我儘王女様だろ。何が孤高だ……」
「あなたの御所望通り、暴君になってあげただけです。何かご不満ですか?」
「初対面で本気で殴るやつがあるか……!」
あまりの痛みから言っただろうカイルだが、シェルミルの耳に届いていたよう。
彼の言葉にはアッカーも便乗するが、それが彼女といった人間。今度から気を付けるよう言っておくことしかできなかったのであった。