0-8 目的地へ
途中ヒッポグリフの休憩も挟みつつ、目的地であるトルクワに何事もなく到着した。
休憩のあとの飛行では特に会話することはなかった。というよりは、飛行速度が速すぎて会話できる状況ではなかった。
速度を上げていたのは時間のこともあっただろうが、先ほどシェルミルに指摘された話を掘り返されたくなかったようにも思えてと、ヤカワが本当に何をしてしまったのか少し気になってはしまった。
「とりあえず俺はここまでやから、集合場所までは自分たちで向かってくれや。まぁ、またすぐに会えるやろうけどな。ほな、道には迷わんようにな!」
到着すれば、ヤカワはヒッポグリフを連れ、アッカーたちが向かう方向とは別のほうへと去っていく。
「向かいましょう」
「そうだな」
時間のことも教えてくれ、集合場所に近い位置にて降ろしてもらえては、アッカーはギルマスから受け取った封がされた紙をバックから取り出し、畳まれていた紙を二枚とも広げる。
言っていたとおり、一枚には魔神討伐に参加要請されたことを示すようなことが書かれている。もう一枚にはトルクワの地図が記載されていてと、集合場所は目印となる丸い赤色が塗られていた。
「かなり遠いですね」
「トルクワはクラフォスより広いからな。まずは向かうぞ」
「待ってください」
地図で自分たちの現在地と集合場所を確認したため、一旦紙を畳み集合場所へ向かおうとするもどうしてか彼女に呼び止められる。
「どうした?」
「どの道を通るか先に決めましょう。時間までに間に合わなければ恥をかくだけです」
「別にいいけど……心配しなくても時間までに間に合う道を通るから、付いてくるだけでいい」
「……わかりました……」
シェルミルはアッカーの言葉を信用していないようで、訝いぶかるような目で彼を見ているのが証拠である。
それでも、何か言い返してくるわけでもなく表面上は素直に頷いた。
「では案内お願いします。早歩きで」
「信用してないだろ」
「当たり前です」
彼女が即答すれば、アッカーは眉を顰めてしまう。
自分のせいではあるものの、こうもあっさりと言われてしまうとこちらもそういった態度を取ってしまう。
「だったら、さっきの『わかりました』は噓だったのか?」
「でしたら早歩きは保険です」
「でしたらって意味がわからない。だいたい──……お前が先に行ってどうするんだよ」
人の話を最後まで聞かないシェルミルは、早歩きでトルクワの出入り口である木製の橋を渡っていくと、アッカーはすぐに隣まで走り追いついたところで歩幅を合わせる。
「まずはあの大通りらしき場所を通るのですか?」
広々とした少し長い橋を渡っている途中、シェルミルは行き交う人々へも視線を向けては言ってくる。
「訊くんだったら先に行くな」
「通るのですか?」
意地悪く、というより本当のことを言ったのだが、彼女は睨みながら再度訊いてくる。
「……大通りは人混みが多いから、右の道から回りこんで向かう。目的地も右に逸れてるし、トルクワは少しだけ道は知ってる。そんなことよりさっき付いてくるっていったよ──なッ!?」
付いてくるって言ったよな。そう言い終えると同時に彼女へと視線を向けると──いきなり、自身の横腹へと肘での打撃が襲ってきてはあまりの痛みに上体が横に傾いてしまう。
一瞬何が起きたかわからなかったが、隣にいる人物はひとりだったためすぐに誰が攻撃したのか理解はできた。
アッカーは横腹を抑えながら隣の人物を睨みつけると、彼女は立ち止まっていたものの何事もなかったかのようなすました顔で前を向いており、こちらには一切視線を向けなかった。
「うるさいんで少し黙っててください。あと、来たことあるなら早く案内してください」
彼女の態度を見ては、勝手に向かえ、とアッカーは口にしようと思ったが心の中で踏み留める。また何か言ったら殴られそうであり、彼女なら今度は急所を狙ってきてもおかしくなかった。
それにしてもとアッカーは思う。間違ったことを言ってるわけでもないのに攻撃しては黙れと言ってくる。こんな王女様どこに……ではなく普通いないだろと思ってしまう。
(今までどんな教育を受けてきたのかどんな人に教わってきたのか、その背景を見てみたいものだ)
そんなことを思いながら、アッカーは仕方なく彼女に言われるがままに案内することにした。
◆
「暗い場所、通るんですね」
「近道だと思うからな」
目的地まで早歩きで向かうこと数十分。集合時間前に余裕を持って着くため、基信用されてないのでやむ負えず薄暗い路地裏を歩いている。
昼手前らしき時間で天気は快晴となるのだが、薄暗い場所のため先ほどより速度を落とし歩いては時折地図を見返す。
「できれば避けたかったですね。変な人たちに絡まれて遅れなければいいですが」
「大丈夫だろ。絡まれたら無視するか、お得意そうな武力で仕留めればいい。襲われただったら王女様は問題ないしな。……今までもそんな感じで切り抜けていたんじゃないのか?」
「……」
アッカーの言葉にシェルミルは否定もせず黙っている。
そんな彼女へと視線を向けると、彼女は左手で右腕を掴んでは眉間にしわを寄せていた。
恐怖心や不安の表れだろうか。左手で掴んでいる右腕はわずかに震えているようにも見える。
今まで護衛がいたのかは不明ではあるが、クラフォスの王女が自由に冒険者として生きてる。金目目的の連中や王の座を脅かすものが彼女を襲った、ってのはよくあったのかもしれない。
それでも、シェルミルが冒険者になって何年経つかもアッカーは知らないが、よくやってこれたなと感心する。
そういった事例があれば間違いなく冒険者を辞めさせられていただろうし、今まで生きてこれたのも彼女自身の力が物語っているのかもしれないから。
「それにトルクワはクラフォスと違って治安は一番いいなんて言われてるから、そんなことは滅多に起きないだろうな」
「……そうですか……」
少しは安心させれるかと言ってはみたものの、信頼されていないからか彼女の表情は変わっておらず、素っ気ない返事をされてしまう。
これは受け入れるべきことか、とアッカーは目の前の曲がり角を曲がり、地図を見返す。
もう少しで裏路地を抜け、その先には集合場所まで左に一直線に歩いて行くだけ、となるようだが
「なにしてるんですか? 止まってないで案内してください」
少し後ろを歩いていたシェルミルは、アッカーが立ち止まったのを見ては言っている。
それでも後ろへと振り向いては耳を澄ませ、彼女に伝える。
「たぶん三人。後ろから走ってくる」
「……後ろからですか?」
歩いてきた後ろを振り返り、さっそくシェルミルは武器を構え、ふたりとも来るであろう方向を見つめる。
先ほどまで通っていた通路はほとんど一本道だった。正しくは後ろではないものの、こちらに向かってきていることはたしかであっては確実にあの曲がり角から姿を現す。
しばらくすると足音が徐々に近づいてきているのがシェルミルにも聞きとれ、こちらへ走ってくるであろう人物たちの怒鳴っているような声も一緒になって聞こえていた。
「来るぞ」
「わかってます」
アッカーがシェルミルに呼び掛けた次の瞬間──曲がり角からひとりの人物が姿を現す。
まずふたりの目に入ってきた人物は、大きな盾のようなものを背負った男だった。
その男は壁を蹴って曲がり角を曲がり、そのまま速度を緩めないよう受け身を取りながら、こちらに向って走ってくる。
「お前らいいかげんにしろ!」
「知るか! こっちは待てって言っとるやろうが! あ、そこのふたり、そいつを捕まえてくれや!」
次に先頭を走っているひとりの人物を追うように、後ろから衛兵らしきふたりの人物が走ってきてはアッカーたちに声を掛ける。
逃げてる側が当然悪いことをしたのだろうと見受けられるが、武器を見る限り同業者。話を聞いてみたいが王女は頭より先に身体が動いていた。
「おい!」
声を掛けるも足を止めることをはなく、シェルミルは攻撃態勢に入る。
彼女自身が扱う武器、剣は、白色に金の模様があしらわれた鞘から抜かれておらず、そのまま殴り掛かって捕まえるよう。
そんな彼女が自身を捕まえに来たと男は知ると、背負っていた物──大盾を構えては足を止めずにこちらも突っ込むと、このままぶつかり合うであろうふたりは一騎打ちの態勢に入る。
互いに左手側に武器を構え、相手を観察し、距離が近くなったところで力強く足を踏み込む。
決着に関しては一瞬、
「ッ!?」
男が切り抜けたのであった。
シェルミルが剣を振るう瞬間を狙っていたのだろう。男は彼女よりも少し遅めに地面を強く蹴り、懐近く、彼女が剣を振るうには窮屈な位置へと入りこんでは大盾で華麗に受け流す。
そして受け流しながら体を右に一回転させると、足を止めることなく走る速度を徐々に戻していった。
かなり等級の高い冒険者じゃないかと見受けられる捌き方と観察力。あの男は冒険者等級で示すところ銅等級はあった。
「……お前、白銀の冒険者か? おい合ってるよな?! 手を貸してくれ!」
逃走を試みる男は、薄暗いなかでアッカーを見ては彼の通り名を呼んでいる。
目がいいのかは不明ではあるがアッカーをその名で呼ぶときは銀髪とわかったら呼ぶ人が多い。そして、同じ冒険者であり見知らぬ人なら必ずそう呼んでくる。
手を貸してくれとのことだがアッカーは助けない。ではなく助けられない。
理由は目の前の人物を見ればすぐにわかること。
「なっ──」
背後から迫っていた人物によって倒されたからであった。
それは顔面から勢いよく地面に倒されてしまい、そのまま動かなくなっている。
……すごく痛そうだった。
倒した本人は当然シェルミルであり、彼女は今も地面に片手を付いては低い姿勢のまま鋭い目つきで男を見ている。
上手いこと躱されていたのだが、そのあとの男を追う時の目が今よりも怖かった。絶対に逃がさない。そんな意思がひしひしと伝わってきていた。
この男も中々の腕が経つ人間だろうと感じていたが、彼女も彼女で受け流されたあとでよく追いついた。
確実に魔力を使い身体強化で追いついたのだろうが、あの速さで追いついたのは彼女自信の身体能力もかなり高いからかもしれない。
それは組手となった際、男も振り返るがあっという間に制圧されたからであった。
「これで終わりですね」
仕事を終えたかのような立ち振る舞いでアッカーの元に戻ってくるシェルミル。
基本的には怖い表情しか向けてきていない彼女だが、今はアッカーにもわかるほど気分が晴れたかのような佇まいでいる。かなり鬱憤が溜まっていたのか知らないが、この男で解消されたのなら良かったなと言いたいところであった。
ただ同じ冒険者かも知れない男のことを考えると、次の言葉が出て来る。
「顔面から倒しただろ。せめて背中にしてあげろよ」
「ムカついたんでつい」
シェルミルは地面に転がっている男を見ながら率直に言った。
彼女の性格が出ているかもしれない。顔を見ても負けず嫌いかもしれない。
「ハァハァ……ようやく……捕まえたで」
「お嬢さん、ありがとう」
後ろから追いかけていた衛兵のふたりがアッカーたちの所まで来ると、近くに転がっている男を起こす。
ひとりは息を切らしながら、もうひとりは息を切らしておらず男を起こすと、彼女に労いの言葉を掛けた。
「いえ、捕まえたのはいいですがこの人は何をしたんですか?」
なぜこの男を衛兵たちが追っていたのか、肝心の理由をまだ知らない。
「盗みを働いたんだよ。一番賑わってる中央通り付近で黒っぽい髪に冒険者を示す腕輪。そして大きな盾を背負った男が売り物の魔石を奪ったって聞いたんだ」
「そうや。だからこいつを追ってたんや」
「そうだったん──」
「盗む分けねぇだろ」
こちらの会話に割り込むように、冒険者の男は怒気を含んだ言葉で盗みに対し否定している。
だが落ち着いた衛兵が言った証言は、この男と一致していることばかりではあった。
「ほんなら、腰につけてるバックの確認といい、身体検査させてもらうで」
「かまわねぇよ。さっさとしてくれ……」
捕まったとなっては男はため息をつきながら指示に従い、衛兵ふたりによってバックの中身の確認と身体検査が行われたのだが……。
「盗んではいないですね」
「らしいな」
「だから言っただろ、盗んでねぇって」
結果は白。男は魔石を盗んではいなかったらしい。
「じゃあなんで逃げたんや。盗んでないんやったら、俺たちにすぐ確認してもらったらこんな追いかけるようなことにはならんかったで?」
「だから用事があるって言ってんだろ。大事な用事は十分前に着かないと駄目だって聞いてるから急いでんだよ」
「そないなこと当たり前やろ」
「だから言ってんだろうが! 時間がねぇんだよ! それに──」
男は衛兵が返してきた言葉に対し頭にきたのか、怒鳴りながら衛兵たちに詰め寄っている。
そんな彼の遅れるといった言葉に、アッカーも集合時間があるんだと思い出すと、シェルミルがこちらを見ていては早く行くよう先の道へと視線をやっていた。
「本当にすまなかった。君のような冒険者が呼ばれていたとは……」
「どういう意味だよ、俺のようなって」
「若いのにっていう意味や。それより悪かった。なすりつけたかもしれへん奴を捕まえに行くわ」
誤解が解けたらしく衛兵ふたりは男に謝ると、この場から去っていった。
それを見届けると男はため息をついてはアッカーへと視線をやると、彼の視線に構っていられないアッカーたちは早く向かおうとする。
「それでは──」
「待て。お前たちがここに居るってことはコレに呼ばれてんだろ」
男は衛兵にも見せていたであろう紙をアッカーたちにも見せる。
それはアッカーがギルドマスターに受け取ったのと同じ紙だった。
「それは……」
「見覚えあんだったら、一緒でいいだろ。遅れてるかも知んねぇぞ」
男はそう言って裏路地を抜けようと歩き出したのだが、なぜか途中で足を止めてはこちらを見てくる。
「道はどっちだ?」
「地図見ろよ」
「ここまで逃げてきたからわかんねぇよ」
だったら先に行くな。そう口にしそうになったがさっきも似たようなことをと振り返る。
「なんですか?」
アッカーはシェルミルに視線を向けると、彼女は首を傾げながら聞いてくる。
あの男の行動を見てなにも思わなかったのだろうか。それとも、わかっていないフリをしているのか。なにもわかっていなさそうな彼女の顔を見てアッカーは少しイラついた。
「道わかってんなら早く案内してくれ、白銀の冒険者。遅れたらどうすんだよ」
「そうですね、ボーっとしてないでさっさと案内してください。この男の言うとおり遅れたらどう責任取ってくれるんですか? ほら、早く案内してください」
黙って見ていると、ふたり係で自身を詰めてくる。
頭に血が上りそうになってきた。
この時間がもったいないのはわかっている。そしてふたりが人に頼むような態度ではないところがムカつき、遅れたらとか責任がどうだとか、どうでもいいって投げ捨てたい気分になる。
だけどそういうわけにはいかなかった。とりあえず、このふたりには今後絶対に敬語を使わないと決める。
大盾を背負った男は同い年くらい、彼女は今もそんな感じ。……どうでもいいことだった。
アッカーは、今もやいやい言ってくるふたりに怒りを覚えながら案内するのであった。