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第6話 神に愛されし悪魔の落とし子

 我良久ガラクは別れ際に、アイシャに暗緑色の厚手の外套をふわりとはおらせた。なんでも最近友人から譲り受けた物らしい。


「実はちょっと気に入ってたんだけどな。嬢ちゃんの方が入用だろうから特別にプレゼントだ。街中では獣人族ラファン・ラセは珍しくてな、ちょいとばかし視線を集めるかもしれねえから隠した方がいい。」


人好きのする笑顔でそう言うと、ばさりとアイシャの頭に外套のフードをかぶせる。続いて緋倭斗の方を振り返り、ちゃんと嬢ちゃんの面倒見てやれよとわざわざ握手を求めてきた。街に入るだけなのに珍しいこともあるものだと、いぶかしく思う。


 もちろんだ、そう言って握り返すと、途端に笑顔は成りを潜め、我良久は途端に険しい顔になった。続けて真剣な眼差しで声を落として言った。


「気をつけろ。あの色は隠した方がいい。」


その言葉に緋倭斗はハッとした表情をすると、すぐさま表情を引き締めて大きく一つ頷いた。




 街に入ると、まずはギルドに向かうことにした。緋倭斗の任務の報告もあるが、アイシャのことも孤児院よりまずはギルドに報告した方がいいと判断したのだ。くだんの色のこともある。


 そうしてギルドに続く大通りを歩いていると、街はいつにない活気でにぎわっていた。あちらこちらから子供たちの楽しそうなはしゃぎ声や露店の店番達の張りのある声が聞こえてくる。通りには串カツやら焼き肉やらのかんばしい香りが漂っていた。


 その活気あふれる賑わいに、アイシャは興味深々でキョロキョロとあたりを見回していた。目を爛々と輝かせ、物欲しそうな顔をしている。しかし、何かを強請るわけでも、あちこち走り回るわけでもないその姿は、しつけられた犬を彷彿とさせた。むしろ何かを買ってやりたくなってくる。


 道中、試しに屋台の串焼きを2本ほど買ってやれば、アイシャは少し申し訳なさそうにお礼を言った後、キラキラとした眼差しでかぶりついた。そのままゆっくりと咀嚼すると、口元にたれをつけたままパァッと顔を輝かせる。その無邪気な様子に思わず笑いがこみあげてくる。こういうところは年相応で安心する。口元のたれを拭ってやりながら、


『外套は汚すなよ。』


そう言うと、アイシャは外套をさっと見せびらかすように広げ、


『ノープロブレムです!』


と自慢げに言った。


(9歳と言っていたが、やっぱり6, 7歳にしか見えないなぁ。)


緋倭斗は声を立てて笑いながらそう思った。


 それにしても、いつもは静まり返っているような朝の早い時間であるにもかかわらず、こんなに賑わっているのは珍しい。はてどうしたのかと疑問に思っていると、その問いに答えるかのように風に乗って2人の少女の話声が聞こえてきた。


「見てみてこれ。かっわいいでしょー、聖女様の衣装!お母さんが買ってくれたの。」


一人の少女が嬉しそうにそう言うと、もう一人の少女はふてくされたようにこう言った。


「だめだよー、それじゃ。明日は討伐祭だよ。()()()()()()()()()()!買うなら勇者様の服一択でしょ!!」


 そう言って少女たちは何やら言い合いをしながら駆けていく。


 そうか、明日はもう討伐祭かと、緋倭斗はしみじみと思った。討伐祭とは初代勇者が人族史上初めて魔王を討伐したことを記念して、聖王国各地で開かれているお祭りである。特に、端魔里之街は初代勇者が冒険者となって初めて訪れた街として有名であり、初代勇者ゆかりの地として特に盛大な祭りが催される。

 また、討伐祭は初代勇者の伝説にあやかって冒険者を目指す少年少女が冒険者登録をする日としても人気がある。例にもれず、緋倭斗も丁度1年前のこの日に冒険者登録をしたのだった。


 (もう一年か……)


そう思うと時が経つのが早く感じた。そうして緋倭斗が1年前に思いをはせていると、アイシャが少し服の裾を引っ張った。


『「討伐祭」って何ですか?』


そう言ってコテリと小首を傾げた。初代勇者は人族だったため、獣人族にはあまり馴染みのない行事だったのかもしれない。


『ああ、討伐祭のことだよ。初代勇者が人族史上初めて魔王を討伐した記念日だ。毎年この日になると聖王国の各地では、初代勇者の偉業を称えて祭りをやるんだ。』


そう教えてやると、アイシャはそうですかと言ったきり、広場にある勇者像をじっと眺めた。初代勇者の偉業に感動したのかもしれない。


 緋倭斗もまた、初代勇者の像を憧憬と羨望のまなざしで見つめながら、思わず呟いた。


『すごいよな。初代勇者はそれほど才にあふれた方ではなかったと伝えられている。それでもめげることなく努力して、初の魔王討伐という偉業を成し遂げたんだ。1000年以上たった今でもこれだけ愛されるぐらいの、すごい偉業だ。』


(いつかは自分もあんな風に――)


緋倭斗はそんな決意を胸に、ぐっとこぶしを握り締めた。



 その傍らで、アイシャが眉尻を下げたのにも気づかずに。


『とても悲しいお祭りです。』


ぼそりと呟かれたその言葉は、街の喧騒に飲み込まれて、誰の耳にも届かなかった。




 それからまたしばらく歩くと、大通りに面した荘厳な建物が見えてきた。白い宮殿のようなその建物は、南北に細長い形状をした東棟と西棟が本棟を囲うような構造をしていた。東西の棟には黒布に金糸で竜をかたどった垂れ幕がさげられている。本棟正面には光沢のある木製の引き戸が備え付けられ、その両側には真鍮の格子で縁取られた曇りガラスがはめ込まれていた。


 その立派なたたずまいに気圧されたようにアイシャは身じろぎしたが、緋倭斗は慣れた様子で歩き出した。正面玄関の扉を開けると、ドアベルがカランコロンと来客を告げる。


 室内は、外装のイメージに反して高級なバーのような雰囲気だった。奥の戸棚には色とりどりの瓶が敷き詰められ、それを取り囲むようにカウンター席が備え付けられている。その後ろ側には丸テーブルとソファが置かれていた。少し薄暗い室内にはすでにちらほらと客が座っており、こちらに視線が集まる。


 緋倭斗が気にすることなくそのまま右奥の階段を目指して歩き始めると、後ろからアイシャが慌てて駆け寄ってきた気配がした。


 階段を上ってたどり着いた部屋は、1階とは全く異なる様相だった。真っ白な壁にはたくさんの窓があり、暖かい日の光がさしている。左の壁一面にはたくさんの依頼書が所狭しと張り付けられ、奥のカウンターでは十数人のギルド職員が忙しそうに働いていた。ハキハキとした冒険者と受付係の声が聞こえてきた。


 緋倭斗はそのカウンターに近づくと、一人の受付嬢に声をかけた。


「やあ、那紗ナシャさん。受付をお願いできますか。」


そう言うと、カウンターで書類と向き合っていた赤髪の女性が顔を上げた。高い位置て一つにまとめた髪がゆらゆらと揺れている。女性はこちらを見とめると、にこりと笑顔を作って言った。


「あら、緋倭斗くん。もちろんよ。確か慈愛の森に行っていたのよね。任務は無事終わったの?」


そう言って手元の資料を確認している。


「ああ、終わったよ。だけど任務の報告はギルド長に直接伝えたいんだ。相談したいこともあるし。今からギルド長に会えるかな。」


その言葉に、那紗は明らかに驚いた表情をした。珍しいと言いたいのだろう。普通ギルド長に任務の結果を報告することはまずない。それでも重要な案件だと判断したのか、


「ほかならぬ緋倭斗くんの頼みですものね。」


そう言って困ったように頬に手を当て、こちらを流し目で見ると、奥の扉に消えていった。




 それから半刻ほどして、緋倭斗とアイシャは3階の奥の部屋に通された。扉を開けると、室内には赤い短髪に切れ長の目の大柄な男がすでに座っていた。その向かい側には小さな丸テーブルと、男が座っているものと同じソファが置いてある。

 緋倭斗は迷わず向かいのソファに座ると、アイシャを手招きした。


 アイシャは最初、入り口で入るべきか逡巡していたが、緋倭斗が手招きすると恐る恐るといった様子で隣に腰かけた。


 二人が座ったのを確認して、男は言った。


「それで、緋倭斗。なんとなく察しはついてるが、任務の報告を聞こうか。」


男は鋭い視線をこちらに向けると、両肘を膝に乗せ、両手を組んだ。


「任務は無事に終わりました。慈愛の森を隅々まで探しても、探知魔法で探索しても、魔物はいませんでした。」


男は身じろぎもせずに黙って聞いている。


「その代わりこの子が遭難しているのを発見しました。おそらく遭難していたこの子を魔物と見間違えたんでしょう。」


そう言って隣に視線を移すと、男もつられてアイシャを見た。唐突な2人の視線に責められていると感じたのか、アイシャはびくりと肩を震わせた。少し目を伏せ、手をいじり始める。

 男はこちらに視線を戻すと、


「話は分かった。だが、それならまずは孤児院に連れていくべきだろう。なぜわざわざ俺のところにその子を連れてきた。」


そう問うてきた。緋倭斗は思わず苦笑する。通常であればそれが当然の選択だろう。だが、そうできない理由があった。説明するよりも見せた方が早いだろうと、アイシャに話しかける。


『アイシャ、この人はギルド長だ。信頼できる人だと思っていい。フードをとって挨拶を。共通語で大丈夫だよ。』


優しくそう話しかけると、視界の端でギルド長がぎょっとした顔をするのが見えた。


 一方で、自己紹介するように言われた当の本人は、じっと緋倭斗を見つめると、落ち着いた様子でゆっくりと立ち上がって外套を脱いだ。その下からは腰ほどまである漆黒の髪と獣人族特有の角と尻尾が現れる。アイシャはその真紅の瞳でギルド長を真っすぐ見据えると、右手は胸元、左手は背中に添えた。そのまま左足を後ろに引きながら優雅にお辞儀をして、凛とした声で言った。


『お会いできて光栄です、ギルド長様。竜人族ラゴ・リベが一人、アイシャ・ラゴ・ウルクーラと申します。この度は緋倭斗様に命を救っていただき、生きながらえることができました。不詳の身ではございますが、緋倭斗様のご恩に報いることができるよう尽力する所存です。私にできることがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。』


その様子に、ギルド長はあっけにとられたように目を真ん丸に見開き、口をぽかんと開けて固まっていた。緋倭斗は思わず額を手で叩いた。


(忘れてた。そう言えばこんな感じの格式ばった挨拶をする子だった……)


ここにきてから年相応の振舞いを見せていたため、すっかり忘れていた。先程までは年相応だったのに、今のアイシャは自分よりもはるかに年上に見える。


 とりあえずギルド長を正気に戻そうと、緋倭斗は話しかけた。


「とまあ、こんな感じです。なんとなくわかったでしょう。」


そう言うと、ギルド長は我に返ったように慌てて引き締まった表情をした。ごまかすように咳ばらいをすると、そのまま短く息を吐いて言った。


「ああ、言いたいことはだいたい分かった。確かにこれは孤児院では手に負えない。」


今度は深く息を吐いた。


「とりあえず任務の詳細な報告も含めて一度俺とお前の二人だけで話がしたい。お嬢さんには悪いが、一度退席して外で待っていてもらおう。」


そう言って、ギルド長はアイシャの方をちらりと見てからこちらに視線を戻した。続けてまた何かしゃべろうとしたとき、隣から「はい」という返事が聞こえた。


 ギルド長はその返事を聞くと、また、唖然とした顔をした。アイシャが返事をするとは思っていなかったのだろう。しきりにまばたきを繰り返している。

 アイシャはそれに気づくことなく、そのまま椅子から立ち上がると、


「外で待ってます。」


とだけ言って、一礼して部屋から出ていった。




     ***




 だんだんと頭が痛くなってきた。俺はさっき緋倭斗に向かって「お嬢さんには一度退席してもらおう」と言ったのだ。()()()()()()()()。それを共通語で少女本人にも伝えようとした矢先、少女自ら返事をしてきた。しかも聖王国語で。


 まさか聖王国語が通じるとは思っていなかった。なにしろ、緋倭斗がわざわざ自分から共通語で良いと言ったのだ。普通は聖王国語が話せる者に、共通語で話すように指示するわけがない。


 わけが分からず背もたれにもたれかかって頭を抱えていると、緋倭斗の乾いた笑い声が聞こえてきた。あいつも苦労しているのかもしれない。


 とりあえずお嬢さんだけでは何かと不便だろうと、チリンチリンとベルを鳴らして秘書を呼んだ。外で待機しているお嬢さんを連れて隣室で待っているように伝えてから、俺は居住まいを正して改めて緋倭斗に問いかけた。


「さっきのお嬢さん、名をアイシャといったか。聞きたいことは山ほどあるが、順番に話をしよう。あのお嬢さん一体何者だ。身の上話ぐらいは聞いているんだろう。」


そう詰め寄ると、緋倭斗はため息をついて言った。


「本人は竜人族ラゴ・リベだと言っています。俺は聞いたことない一族ですが。生まれは東天人帝国と聖王国の国境にある村らしいですが、訳あって最近まで帝都に住んでいたと言っていました。両親も親戚もいない孤児だそうです。」


想像通りの最悪の回答に、思わず目頭をぐりぐりと押さえた。話し終えた緋倭斗が何事かとこちらの様子をうかがっていた。とりあえず緋倭斗が疑問に思っている竜人族についてから解消してやることにした。


「まずその竜人族という話だがな、おそらく本当の話だろう。」


そう言うと、緋倭斗が少し目を見張ったのが見えた。


「お前が知らないのも無理はない。竜人族は非常に希少な一族でな、ほとんど数は存在しない。特に80年ほど前の竜人狩り以降ひっそりと隠れ住む者が多くなった。昔は竜人族の名の知れた冒険者がちらほらいたんだがな、今じゃとんと見かけなくなった。」


それを聞いた緋倭斗は、しばしの間、何かを考え込んでいたかと思うと


「その竜人族というのは、確証のある話ですか。」


と問うてきた。ふっと皮肉っぽく笑いながら、当然だと言ってやった。


「あの角と尻尾は明らかに竜人族の特有のものだ。見る人が見ればわかる。俺は見たのは初めてだがな。まあ鹿角族コディア・リベ蜥蜴族リド・リベあたりの混血という可能性がないわけでもないが、おそらく違うだろう。獣人は極力自分が竜人族だと偽るようなことはしない。」


そう言って正面を見ると、緋倭斗は小首をかしげていた。なぜかと聞きたいのだろう。その問いにと絶えるように、鋭い眼光でゆっくりと言った。


「竜人族はな、獣人族の中でも稀有な、魔法が使える一族だった。」


緋倭斗が息を呑んだ気配がした。構わず話し続ける。


「ここまで言えばわかるだろう。ほとんどの獣人族は強靭な肉体を持つ代わりにほとんど魔法を使えない。使えたとしても日々の生活に少し役立てるぐらいだ。だが、竜人族だけはその枠に当てはまらなかった。強靭な肉体と多彩な魔法。真似しようと思っても真似できるものじゃない。嘘なんてすぐにばれる。」


そこまで言って、一息ついた。正面に座っている緋倭斗は何とも言えない複雑な表情をしていた。まだ実感がわいていないのかもしれない。しかし早々に現実を受け入れてもらわねばならない。あのお嬢さんの問題はそこだけではないのだ。そう思い、さらに言い募る。


「しかもな、あのお嬢さんは悪魔の落とし子だ。」


そう言うと、緋倭斗はガバリと立ち上がり、みるみるうちに怒りで顔を赤く染めた。額に青筋が立っている。だが、怒る相手が違うと判断したのか、すぐさま顔に手を当ててふぅっと深呼吸すると、ソファにどさりと腰かけた。


「俺だってこの蔑称は吐き気がする。」


俺は思わず吐き捨てるように言った。


「たかが魔王によくある黒髪赤眼を持つだけで差別するなんて馬鹿げてる。だけどな、実際に悪魔の落とし子に対する迫害があるのも、逆にそれを好き好む物好きがいるのも事実だ。」


緋倭斗はぐっと唇を噛みしめ、固く握りこんだ自分のこぶしをじっと見つめていた。似たような境遇の者として、何か思うところがあるのかもしれない。だが、さらに問題なのはここからだった。


「そしてな、緋倭斗。竜人族はその類まれなる能力から、神に愛されし一族と呼ばれてたんだ。」


そう言うと、緋倭斗は弾かれたように顔を上げた。怒りとも悲しみともつかぬ表情をしていた。


 俺は死刑宣告をするかのような重々しい声で言った。




「つまりな、あのお嬢さんは神に愛されし悪魔の落とし子なんだ。」

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