高宮二郎の依頼
「とりあえず、依頼には同行するよ。祓い屋のリアルなお仕事、見てみたいし」
────という発言により、悟史も一生に行くこととなった。
そこまでは別に構わないのだが、黒塗りの高級車に乗って移動するとは聞いていない。
いや、まあ交通手段を調べたりチケットを買ったりする手間が減らせて助かるけど。
ちなみに交通費は依頼者持ちなので、金の心配はしていない。
「あっ、一応紹介しておくね。今、車を運転しているのがウチの組の及川蓮。で、助手席に居るのが蓮の双子の弟である及川拓。二人とも僕の側近で幹部だから、今後も顔を合わせる機会があると思う。仲良くしてあげて」
隣のシートに座る悟史は、前の席に居る屈強な男達を指さして笑う。
すると、ルームミラー越しに及川兄弟が軽く頭を下げた。
『いや、せめて喋れよ』と呆れる中、悟史は僅かにこちらへ身を乗り出す。
「それで、どんな依頼なの?」
依頼内容を聞く前に同行を決めた悟史は、今更ながら詳細を尋ねてきた。
どこかワクワクしている様子の彼を前に、俺は手元のスマホを操作する。
「一言で言うと、お祓い系だな」
「それって、除霊?浄霊?」
「憑いているやつを直接見ないことには、どうとも言えねぇ」
例のメールの文面を悟史に見せながら、俺は『ま、行ってからのお楽しみってことで』と述べた。
と同時に、俺達を乗せた車はとあるマンションの前で停まる。
「着きました」
及川兄の方がこちらを振り返り、そう言った。
かと思えば、双子の弟と共に車を降りて後部座席の扉を開ける。
あまりにも自然なエスコートに、俺はポカンと口を開けて固まった。
隣に居る悟史は平然としているが。
きっと、この対応が当たり前なのだろう。
「依頼人は何階の何号室?」
「ろ、六階の六百二号室だけど」
「おっけー。早く行こ。あっ、蓮達はここで待っていて」
『何かあったら呼ぶわ〜』と軽い調子で言い、悟史は俺の手を引いて車から降りた。
そして、マンションの中へズンズン入っていく。
おい、待て……こいつ、何気なくマンションのオートロックを解除していったぞ。
暗証番号なんて、いつの間に調べたんだ?
本当にサラッと鍵を突破していく悟史にドン引きする中、彼は目的の部屋の前で足を止めた。
と同時に、インターホンを鳴らす。
マジで物怖じしない性格だな、こいつ……普通、怪奇現象の起きている部屋に入るとなったら緊張するだろ。
『しかも、無駄に楽しそうだし……』と思案していると、部屋の扉が開く。
それも、かなりゆっくり。
「……ど、どちら様ですか?」
震える声でそう問い掛け、二十代後半くらいの男性が少しだけ顔を覗かせた。
ゲッソリした表情の彼を前に、俺と悟史は顔を見合わせる。
「こりゃあ、相当精神的に来てんな」
「借金取りに追われている奴みたいな顔だね」
「お前、本当にいちいち物騒だな」
『なんだ、そのヤクザジョークは』と辟易しつつ、俺はスマホの画面を見せた。
「依頼を受けて来ました、祓い屋の小鳥遊です」
例のメールの文面を印籠のように掲げると、男性は肩の力を抜く。
心底ホッとしたような表情を浮かべ、涙ぐんだ。
「と、遠いところお越しいただきありがとうございます……!さあ、中へどうぞ!」
男性はペコペコと何度も頭を下げながら扉を全開にし、中へ入るよう促す。
まるで救世主でも現れたかのような歓迎っぷりに、俺は苦笑を漏らした。
『俺達が最後の頼みの綱っぽいな』と肩を竦め、悟史と共に中へ入る。
と同時に、思わず鼻と目を押さえた。
「喜べ、悟史。大当たりだ」
「この状況で喜べるほど、僕の神経は図太くないんだけど……まあ、かなりヤバい案件なのは見て分かる」
鼻につく生ゴミのような臭いと視界を遮る黒い煙に、悟史は『うへぇ……』と顔を顰める。
どうやら、問題なく異変を感じ取っているようだ。
「母さんの時とは、比べ物にならないねー」
「そりゃあ、こっちの方が数段ヤバい案件だからな。基本、ヤバい奴になればなるほど放つ臭いやオーラが強くなる。稀にそういうのを隠せるタイプも居るが……まあ、それはおいおい話す」
『今はこっち』と話を戻し、俺は後ろに立つ男性の方を振り返った。
「じゃあ、改めて詳しい話をお聞かせ願えますか?」
「は、はい」
弾かれたように顔を上げ、男性は落ち着かない様子でモジモジと手を動かす。
でも、インターホンに出た当初と違って表情は少し柔らかかった。
きっと、俺達が来て安心したのだろう。
「えっと……では、まず自己紹介から。私は高宮二郎と言います。都内で普通にサラリーマンをやっています。依頼内容はほぼメールに書いた通りなのですが……」