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母親の幽霊

 気になる点は主に二つ。

何故、氷室悟史の母親は死んだ直後じゃなくて少し間を置いてから、現れるようになったのか。

また、何故こんなにも霊障の進行が早いのか。

余程恨みを持っている人物でもなければ、ここまで急激には進まない。

家族の死により傷心中だったとしても、だ。


 幽霊は基本、人間の精神……それこそ、夢などに干渉してくる。

物理的にどうこう出来る類いのものは、とても少ない。

だから、()の夢を見るなり意識不明になるというのはとても不自然なのだ。


 『組長への愛が大きすぎるが故のバフ効果?』と思案する中、氷室悟史は右横の障子に手を掛けた。


「こちらが、父の眠る寝室になります。今は風来家の方々によって結界を張られていますので、中に入らない限りは大丈夫だと思いますが、念のため気をつけてください」


 『視える体質の人は影響を受けやすいと聞いていますから』と言い、氷室悟史はこちらを気遣う。

ヤクザの跡取りというだけあって、こちらの業界にも詳しいらしい。

『裏稼業と祓い屋は切っても切れない縁だもんな』と考えつつ、俺は小さく首を縦に振る。

すると、氷室悟史は


「では、開けます」


 と一言掛けてから、一気に障子を開け放った。

その途端、何とも言えない不快感と嫌悪感が全身を駆け巡る。

が、俺は至って冷静だった。

こういう修羅場は幾度となく、経験しているため。


 あー……なるほどな。だから、風来家の次期当主(あいつ)は俺にこの案件を回してきたのか。


 『やっと腑に落ちた』と肩を竦め、俺はドブのような臭いとうっすら見える黒い靄に苦笑した。

と同時に、黒髪ロングの女性がこちらを見る。

恐らく、彼女が組長の妻であり氷室悟史の母親だろう。


「えーっと、とりあえず────お疲れ様でした。あとは俺に任せて、休んでいてください」


 ペコリと頭を下げ、俺は『もう何もしなくていい』と告げた。

布団に寝かせられた男性を眺めつつ、禍々しい気配で溢れた室内へ足を踏み入れる。


「えっ?ちょっ……大丈夫なの!?中に入って!」


 氷室悟史は堪らずといった様子で俺の腕を掴み、困惑気味に眉を顰めた。

余程驚いているのか、敬語は……猫被りは外れてしまっている。


「第一、フリーの祓い屋なんかにどうにか出来る訳!?風来家より派遣されてきた者達ですら、解決出来なかったのに!」


 やはりこちらの実力を信じてなかったのか、氷室悟史は『危ないよ!』と警告してきた。

が、俺は全く意に介さない。


「あいつらがしたのはあくまで、部屋や組長の浄化と母親のお祓いだろ?それじゃあ、この問題の根本は解決出来ねぇーよ」


「はっ……?それはどういう……」


 怪訝そうな表情を浮かべる氷室悟史に、俺はやれやれと(かぶり)を振る。

そして、一から説明してやろうとするものの────目当てのものを発見して、一瞬固まった。


「あれか────呪詛の媒介は」


 独り言のようにそう呟くと、俺はタンスの上に置かれた熊のガラス細工へ一直線。

俺の腕を掴んだままの氷室悟史を引き摺っていき、目当てのものを手に取った。

と同時に、床へ叩きつける。


「お、おい!一体、何を……えっ?」


 ガラス細工の破片の中から出てきた一枚の紙に、氷室悟史は目を丸くした。

恐らく、素人目から見ても禍々しいものに映ったのだろう。

俺はその紙を持ち上げると、『ふっ!』と息を吹きかけた。


「これでよしっと」


 禍々しい雰囲気のなくなった紙を見下ろし、俺はクルリと身を翻す。

すると、間髪容れずに氷室悟史が声を掛けてきた。


「えっ?何をしたの?」


「呪詛の効果を打ち消したんだよ」


「はっ……?」


 『一体、何を言っているんだ?』と戸惑い、氷室悟史は目を白黒させる。

全く状況についていけない様子の彼に、俺はチラリと視線を向けた。


「まあ、一から説明すると、組長の体調不良の原因は母親の幽霊じゃなくて、この紙────に込められた呪いのせいなんだよ」


「!!」


 ハッとしたように息を呑む氷室悟史は、メモ帳サイズの紙を凝視した。

かと思えば、困惑気味に色素の薄い瞳を揺らす。


「じゃ、じゃあ母さんの幽霊は最初から居なかったってこと……?」


「いや、居る。めっちゃ居る。そこに居る」


 組長の頭上辺りを指さすと、氷室悟史は『ますます訳が分からない……』と額を押さえた。

今にも思考停止しそうな彼の前で、俺は体が透けている女性を見つめる。


「多分だけど、お前の母親は────組長を守るためにここへ来たんじゃないかな?」


「えっ……?」


「この呪詛って、本来は悪夢や幻覚を見せて精神的に追い詰めていくやつなのね。でも、お前の母親が父親の夢に干渉することでその効果を何とか抑えていたんだ。いや、吸収していたと言った方が正しいか……」


 『毒を食らうような行為なのに、よくやる』と肩を竦め、俺は氷室悟史に向き直る。


「あと、お前らの前によく現れていたのは父親の異常に気づいてほしかったから。自分が……幽霊が頻繁に出るとなれば、医者だけじゃなく祓い屋も呼んでくれると踏んだんだろう」


 本当は自力でどうにかしたかったんだろうが、幽霊は物理的に何か出来る訳じゃないから……こういう遠回しな方法を選ばざるを得なかった。

まさに愛だな。自分が悪者になってでも、他人を助けるなんて……たとえ、夫婦でもなかなか出来ない。

氷室悟史の言う通り、母親は本当に組長のことを愛していたのだろう。

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