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第9話

 

 いきることは かべをつくること

 しぬことは かべがこわれ そらにとけだすこと

 きみと わたし とけあうのなら

 それはきっと しぬことと にている



 『残機』は商店街の出口へ向けて走った。商店街を抜けた先の公園、そこまで辿り着けるなら、勝算はあった。

 しかし、走り出してすぐに、マダニ達に追い縋られる。

 小型のマダニが鋏状の顎を剥きだし、『残機』に嚙みつこうと飛びかかった。『残機』は右手と融着した小銃で力いっぱいマダニを殴りつけ、床に叩きつけられたマダニにすかさず銃弾を撃ち込んだ。

 無残に潰れたマダニの死骸を見て、マダニ達は僅かに怯んだようだった。

 『残機』はマダニの群れに向け、挑発的に微笑む。その左手は、保育園前の植え込みに置かれていた。

 「……ちょっとだけ、本気出す。」

 『残機』の左手から腕へ向けて、黄緑色のラインが走る。

 ツツジだろうか。青々と繁った無数の葉が、『残機』の手が置かれた場所を中心に見る間に萎れ、乾燥し、枯れていく。

 周囲の植物の生命力を瞬時に吸い取り、爆発的なエネルギーを得る……アブラムシ型ミライ、中でも兵隊と言われる、戦闘に特化した個体の本領発揮である。

 「うっ」

 呻いた『残機』の胸部から、弾けるように一対の黄緑色の槍がせり上がった。アブラムシの脚ーー。

 同時に、『残機』の頭部も人間ではなく、側面に眼のある黄緑色のアブラムシのものへと変化した。長い触覚が周囲を探るようにふわりと揺れる。

 マダニの群れが、痺れを切らしたように『残機』目がけて押し寄せた。ある者は『残機』の腹部を刺し貫こうと、ある者は首を噛み千切ろうと飛びかかる。『残機』はそれらの攻撃を軽いステップで回避し、すれ違いざまに脚や小銃でマダニの体を引っ掻く。決して致命傷ではない、浅い切り傷の筈だった。

 しかし、引っ掻かれたマダニが突然動きを止めた。3体、4体、5体……。苦しげに痙攣し、次々と倒れるマダニ達。またたく間に辺りに死屍累々の光景が展開される。

 触れるだけで対象の生命力を吸い取れるなら、その逆、注入も可能だ。植物のみを吸汁するアブラムシの性質上、吸い取る対象は植物に限られるが、注入の対象は問わない。敵を引っ掻く瞬間に致死量の毒液……体内で生成される消化酵素の一種を注ぎ込む。アブラムシ型ミライの文字通りの必殺技。

 「あ……」

 『残機』の足がもつれた。脱力し、がくりと膝をつく。

 すぐさま立ち上がる『残機』。しかし、その姿はアブラムシから人間へ戻っていた。エネルギー切れと毒液を注入した際のマダニの持つ麻酔性物質の逆流が重なり、魔法が解けたらしい。もう必殺技は使えない。

 「くっ……!キリがない……!」

 通りのあちこちから、次々とマダニが現れる。さらに、毒を浴びた者も最後の足掻きとばかりに『残機』を狙う。

 攻撃を(かわ)しつつ、小銃で応戦する『残機』。だが、その足取りは徐々に鈍っていく。

 『残機』が躓き、つんのめるように姿勢を崩した。好機とばかりにマダニ達が『残機』へ襲いかかる。

 あ、終わった……。

 『残機』は床に座り込んだまま立ち上がれない。

 「危ない!」

 遠くで誰かの声が聞こえた気がした。

 マダニの爪が眼前に迫り、『残機』は反射的に顔を逸らした。

 ぐしゃり。何かが潰れたような音がした。自分の内臓の断末魔だろうか。『残機』は一瞬そう錯覚した。

 でも、生きてる。何故。

 『残機』の正面、そこに見知らぬ青年の背があった。スポーツ用の黒いコンプレッションウェアを纏った青年。その背には一対の黒く硬質な翅が生えていた。左右の翅の中央に一つずつ、赤い丸模様が浮かんでいる。

 旧ミライ人?!

 身構える『残機』。

 青年が『残機』の方を見た。ぞっとするような、冷酷な視線。

 「立てよ。ホンキなんだろ?」

 その言葉に『残機』の肩がびくりと震えた。

 「アンタのスペックはそんなにヤワじゃないはずだ。」

 「……立てない」

 『残機』は苦痛に顔を歪めた。全身が痺れ、指先から力が抜けていく感覚。麻酔が効いている。

 青年は軽く舌打ちし、迫るマダニの顎を蹴り飛ばした。

 向き直った青年が『残機』の肩を強引に抱き寄せる。

 「??!」

 唇を塞がれた。

 突然のことに、『残機』は事態を把握できなかった。キスされた、と理解した頃には既に青年は『残機』から離れていた。

 青年はマダニの死骸へ唾を吐き捨てた。唾を浴びたマダニの顔が溶け、薄い煙が上がった。

 「毒を吸い取っただけだ。気にするな」

 青年は『残機』に背を向けたまま言う。

 『残機』は左手を軽く握り、開く。痺れが和らいでいた。いける。 

 青年はマダニの死骸から脚を一本引き千切り、槍のように構えた。

 『残機』は青年と背中合わせに立ち、小銃を構える。残弾はとうに尽きているが、何故だか負ける気はしなかった。

 不意に、倒れた1体のマダニがゆらりと起き上がった。口元から泡をこぼしながらも、真っすぐ『残機』を見据える。弾かれたように体当たりを仕掛けるマダニの頭部へ『残機』は渾身の力で小銃を叩きつけた……。

 


 走る蟻牧の前方に『残機』の姿が見えた。しかし、その動きは遠目からでも分かるほど鈍りつつあった。『残機』が躓いたように体勢を崩した。マダニの爪が『残機』に迫る。

 「危ない!」

 蟻牧は叫んだ。その声に数匹のマダニが振り返る。

 「ひっ!!」

 ヤバい。目を付けられた。

 「来るな来るな来るな来るなあぁっ!!」

 蟻牧はめちゃくちゃに腕を振り回した。右肩と融着したスペアの左腕が独立した生き物のように躍り、小銃でマダニを殴りつける。蟻牧はその余剰肢の動きに引っ張られるように引き金を引いた。嫌な反動が続けざまに肩に伝わる。

 硝煙が晴れ、蟻牧の眼前に折り重なって仰向けに倒れたマダニの姿が浮かび上がる。

 ぴくりとも動かない。

 死んだか……?

 蟻牧は恐る恐るその場を離れ、物陰に隠れて息を整えようとする。

 助かった……。

 そう認識すると同時に冷や汗が噴き出し、余計に鼓動が速まった。

 頭を切り替えようと、蟻牧は『残機』がいる方へ視線を向ける。

 先程まで存在しなかった全身黒ずくめの青年が、マダニから『残機』を庇うように戦っていた。青年は座り込んだ『残機』の方へ振り向き、何か言っていたが、やがて『残機』に近付き、肩を抱き寄せた。そして……

 「は……?」

 一瞬、蟻牧の思考が止まった。

 何だこれ。

 何を見せられてるんだ俺は?

 「あー……」

 もしかしてアレか?『残機』の言う助っ人とはアイツのことで、ついでにあの女の彼氏でしたーってオチか?

 は?意味わからん。ふざけんな。

 『残機』はふらつきながらも立ち上がり、青年の背を見つめる。その視線には確かな信頼の色があるように思われた。

 青年と『残機』は息の合った動きでマダニ達を翻弄し、隙を突いて叩きのめしていく。

 マダニの数は残り僅かだ。二人がマダニを殲滅するのも時間の問題だろう。

 俺、必要なくね?

 完全に出て行くタイミングを逃してしまった。

 いや、出て行ったところで何かできる自信は無いが……。

 「くそっ」

 一瞬でもあの女を守ろうなどと格好つけた自分がバカみたいだ。何だか無性に腹が立った。八つ当たりなのは承知だが、『残機』と青年には罵声の一つも浴びせたい気分だ。

 蟻牧は拳を硬く握りしめる。

 マダニの気配が完全に途絶えた。全滅したらしい。

 『残機』と青年が言葉を交わした。

 『残機』の表情はにこやかで、心なしか上気しているように見えた。

 しかし、その笑顔は突然凍りついた。

 青年が『残機』の顔面を殴りつけたのだ。

 「あぁ?!」

 蟻牧は思わず大声を上げてしまった。

 カッとなった蟻牧に同調するように、余剰肢が跳ね上がる。青年に照準を合わせ、スペアの指が引き金にかかる。

 まずい。止めなければ。

 理性による制止が、僅かに遅れた。

 銃声。 

 青年が胸を押さえ、蟻牧を睨みつける。

 「殺す……!お前らアブラムシも、プロリファレイトの連中も全て……!!」

 「は……?」

 青年の気迫にたじろぐ蟻牧。

 青年はその隙に一気に距離を詰め、蟻牧の襟首を掴んでぎりぎりと締め上げる。青年の左胸に穿たれた赤黒いシミが急速に拡大していく。

 急に蟻牧の呼吸が楽になった。青年が脱力したのだ。

 荒い息を吐き、咳き込む青年。

 蟻牧は呆然とした様子の『残機』へ手を伸ばす。

 『残機』の顔は無残に腫れ上がり、右目が潰れているようだった。

 「逃げよう」

 今のうちに。

 『残機』が蟻牧の手を握った、その時。


 「よぉ、蟻牧。来てやったぞ。」


 場違いな程能天気な声が響いた。蟻牧にとっては妙に懐かしい声。先輩、藤上の姿がそこにあった。 

 「って、おい、波星?!お前何してんだ、こんなとこで」

 「ちっ」

 波星、と呼ばれた青年がうざったそうに視線を逸らした。波星の背からナミテントウの翅が消えていた。

 「え?何?お前ら知り合いだったん?……つーか波星、お前酷い怪我だな。救急車呼ぶか」

 「必要ない」

 ぶっきらぼうに答える波星。

 「必要ないったって……心配だわ。蟻牧、お前ん()、空きあるか?」

 「はあ?俺っすか?」

 重傷を負っているとはいえ、自分を殺そうとした相手を部屋に上げることには抵抗がある。

 「仕方ねえだろ。コイツん()よりお前ん()の方が近いし。」

 「はぁ……」

 抵抗はあるが、藤上には世話になっている手前、逆らいにくい。それに、コイツも藤上の知り合いのようだし、藤上がいる限り下手に手出しはしてこないだろう。蟻牧は渋々そう思うことにした。

 「よ、立てるか?」

 藤上が波星に肩を貸す。

 「蟻牧、お前も手伝え、そこの彼女も」

 藤上が顎で『残機』を指した。

 『残機』の顔の腫れは多少引いてきたようだが、足取りが覚束ない。先の戦闘で相当なダメージを受けたらしい。

 蟻牧は『残機』を支えるように歩き始めた。

 藤上は何か言いたげに蟻牧の方へ振り向いたが、『残機』の歩き方を見て悟ったのか、何も言わなかった。

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