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第8話

 

 あおいそらに 

 てをのばした

 なきたくなるほど にげばがない

 びんのそこ

 かげろう ゆれる

 わけもなく のどがかわく

 あといくつ あきらめれば

 にんげんに なれるだろうか



 「マダニ型3体商店街北スーパー丸浜、了解。」

 夜の住宅街。

 『残機』が無線機片手に走りながら応答する。

 大きなリュックを背負った蟻牧と、『スペア』が後に続く。

 「マダニ型だって。一度戦ったことあるし、イケるね?」

 『残機』が蟻牧に目配せする。

 「いや、死にかけたし……ってか3体って?!」

 蟻牧が青ざめる。

 「まぁこっちも3人だし、助っ人も来る?らしいしダイジョブダイジョブ!」

 楽観的な『残機』。

 「わた!わた!わたしも!わたしもっ、頑張りますっ!のでっ!」

 『スペア』がペコペコとお辞儀する。数日前に死んだ『スペア』と容姿は瓜二つだが、別個体だという。彼女は少々喋るのが苦手らしい。

 『スペア』が小銃を構える真似をして叫ぶ。

 「だだだ!だだだ!だだだだだ!」

 「……」

 何故だろう。そこはかとなく不安になってきた。


 人気のない商店街に入る。電灯こそ点いてはいるものの、シャッターを下ろし、物音一つ立てずに眠る通りはまるで廃墟を思わせた。

 そこに、蟻牧達3人の靴音のみが忙しなく響く。

 目的地のスーパーマーケット跡が見えた。先月末に閉店し、什器が撤去された店内は虚ろな闇に閉ざされている。ここに旧ミライ人達が潜伏しているのだろうか。

 『残機』が足を止めた。

 「来ない……」

 助っ人を気にしているのか。どのみち相手が立て籠もっている以上、不用意に攻め込むのは危険だ。先に動いた方が負ける、嫌な予感があった。

 蟻牧は背からリュックを降ろし、中から取り出した小銃を『残機』とスペアに手渡した。

 『残機』が右手で小銃のグリップを握る。

 「融着」

 小さく呟いた。

 声紋認証確認。『残機』の右手が黄緑色に透け、その指先がグリップに沈む。溶け込むように、融着。グリップと右手が一体化する。

 小銃はプロリファレイト社が開発した、ミライ人専用武装の一つだという。身体に馴染む、を通り越して身体と融合することによってブレを軽減し、より感覚的に取り回せるとか何とか。

 「融着!」

 スペアが満面の笑みで小銃を掲げる。左手が黄緑色に透け、グリップと融合した。

 「静かに!」

 『残機』が鋭くスペアを叱る。

 スペアが拗ねたように頬を膨らませた。

 と、そこで何か思いついたように笑顔になる。

 スペアが急に走り出した。

 「ちょっ、やめ――」

 『残機』の制止も聞かず、スーパーの入口に向けて小銃を乱射する。

 「どどど!どどど!どどだだだ!!」

 スペアの歓喜の叫びは、突如悲鳴に変わった。

 銃声が止んだ。

 スペアが無抵抗に押し倒される。

 スペアは人間大の茶色い蜘蛛のような生き物―マダニ型旧ミライ人に抱きつかれていた。

 マダニは頭部をスペアの胸に埋めたまま動かない。その体が次第に膨張していた。吸血。

 「ヤバいかも」

 蟻牧の隣に移動した『残機』が珍しく青ざめていた。

 「囲まれた」

 スーパーの窓ガラス越しに無数の光点が見えた。さらに商店街の入り口、脇道、物陰、至る所から気配がした。何者かが、二人を見張っている。

 どう見ても3体どころではない。蟻牧の脳裏に最悪な想像が過る。

 まさか、この通りの住民全員が旧ミライ人と化し、一斉に暴走し始めたなんてことは……。

 「私達、嵌められた……?」

 『残機』が弱々しく笑う。

 「でも、足掻くしかないよね。生き物だから。死ぬまで。でしょ?」

 『残機』が己を鼓舞するように小さくガッツポーズをする。

 「私が他の敵を引きつけるから、キミはスペアの銃を腕ごと千切って融着して。吸血中のマダニは動かないから、キミでも倒せるはず。」

 「その後は?」

 「生きてたら考える。じゃっ!」

 『残機』が駆け出した。スーパーとは逆方向へ。

 「鬼さんこちら!手の鳴る方へ!」

 おどけた口調と共に発砲する。

 スーパーの奥から一斉にマダニの群れが躍り出た。背の高いもの、低いもの、幼い子どものようなものまで、10体ほどが『残機』目がけて突進する。

 マダニ達が振り向かないことを祈りつつ、蟻牧は恐る恐るスペアに近付く。膨張したマダニはスペアに抱きついたまま、未だ動かない。

 大量の血を吸い取られて無残に萎んだスペアの身体は枯れ葉を思わせた。当然もう助からないだろう。

 蟻牧は吐き気に震えながら、小銃を融着したままのスペアの左腕を引っ張った。か細く萎れた腕はあっさりと千切れ、蟻牧は軽く動揺した。

 蟻牧はスペアの左腕を掴み、その端を右肩に押し当てる。

 「融着……」

 声紋認証確認。どくん。スペアの腕に黄緑色のラインが走った。蟻牧の体液を得て、スペアの左腕が息を吹き返す。蟻牧の余剰肢として。融着の権利がスペアから蟻牧に移り、小銃のグリップに溶けたスペアの指が形をもって浮かび上がる。

 大きく膨張したマダニの体が揺れた。

 蟻牧は余剰肢に意識を集中させる。マダニの頭部に銃口を当てる。スペアの細い指がぎこちなく動き、引き金を引く。銃声。

 蟻牧は思わず目を逸らす。飛び散った多量のマダニの体液がシャツを汚した。殺した。人であったものを。防衛ではなく、自分の意思で、初めて。

 その事実に意識が遠のきそうになる。

 蟻牧は『残機』が走り去った方向を見た。50m程先に蠢くマダニの群れと、時折閃く火花。

 『残機』は生きている。

 蟻牧の余剰肢がぴくりと動いた。親の『残機』を求めるように。

 正直、今すぐ逃げ出したかった。戦っても勝ち目はない。死にに行くようなものだ。けれど、ここで逃げたら一生、死ぬほど後悔しそうな気がした。

 「……足掻くか」

 蟻牧は余剰肢に力を込め、小さくガッツポーズした。

 走り出す。最後まで、生きるために。   

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