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第6話

 

 あした せかいがおわるなら

 がっこうは やすみになるかな

 かいしゃにも いかなくていいよね

 なんだ いいじゃん 

 なにもかも おわっちゃえばいいのに

 なにもかも おわっちゃったら

 どこへいこう

 のいずしか きこえない

 こわれたらじおひとつもって

 うみへいこうか

 うみへいこうか



 「うわ……酷ぇな」

 蟻牧は思わず呻いた。

 数台の乗用車やタクシーを巻き込み、炎上する救急車。

 異様なほどに閑散とした駅前ロータリーに、もうもうと渦を巻く黒煙。

 ここにいたはずの人々は、逃げたか、あるいは……。

 「!」

 一際大きく火の手を上げる救急車。その屋根に、もぞもぞと蠢く影があった。

 じゃきっ

 背後で『残機』と『スペア』が小銃を構える。

 影は立ち上がり、華奢な人間のかたちをとる。

 茶色のドレスを纏った中学生ぐらいの少女。怪我をしているのだろうか、口許が血で汚れている。「早く何とかしなくては」そう思いつつも、ようやく人の姿を見つけた安堵に蟻牧の緊張が緩む。

 少女を心配し、声をかけようとした。その時。

 少女が、笑った。

 「伏せて!」

 『残機』が叫んだ。

 「え……?」

 蟻牧の反応が遅れた。

 目の前に、少女の顔があった。飛びかかった少女に蟻牧が押し倒された格好である。少女の口許が、茶色い注射針のような形状に変化する。

 「っ!!」

 首筋に激痛が走り、意識が混濁する。

 あれ?この子、どこかで……。痺れた脳の片隅に、そんな呑気な思考が浮かぶ。

 立て続けに響く銃声。

 ぎゃ、という少女の苦鳴とともに、首筋から針が引き抜かれた。

 目の覚めるような赤い飛沫に、蟻牧の意識が揺り戻される。

 「ぐおおおっ!」

 蟻牧はわけのわからない叫びを上げつつ、弾かれたように跳躍した。少女の頭上で右腕を振り上げ、加速のついた拳を叩き込む、はずだった。

 少女が振り向いた。少女の怯えたような表情に、拳が思わず躊躇した。軌道が逸れる。

 腕に引っ張られて体勢を崩した蟻牧の腹に、少女の膝蹴りが命中した。可憐な姿に似合わぬ重い一撃を受け、喉元まで胃液が込み上げる。

 続いて蟻牧に迫る二本の鋭い棘。茶色い昆虫の脚。

 今になって、少女のドレスと見えたものが、へりの広がった人間大のカメムシの胴だと気付く。

 銃声が響いた。カメムシの脚が、蟻牧の目前で撥ね飛ばされる。

 「チッ!」

 少女が舌打ちし、狙いを変える。『残機』と『スペア』の方へと……。

 「危ない!」

 蟻牧は咄嗟に手を伸ばす。しかし、離れた2人に届くはずもなく、その手は虚しく空を切る。

 弾丸を装填中だった2人が一瞬、驚いたように硬直する。

 その一瞬が命取りだった。

 「うわあああああ!!!」

 『残機』と『スペア』、顔立ちも背丈も服装も瓜二つな2人のどちらが犠牲になったのか、瞬時に判断するのは不可能だった。ただ、1人の白い首筋にカメムシの脚が突き刺さった。そして、和紙でも破るかのように容易く引き裂かれた。

 目を丸くした表情のまま、女の頭部が落ちる。落ちる。

 少女が、もう1人の敵を片付けようと向き直る。

 「ああああああああ!!!!!」

 蟻牧は絶叫した。何が何だか分からなかった。ただ、目の前の脅威を己の視界から消し去りたい一心だけが身体を衝き動かせる。アスファルトを蹴る、足元の感覚が妙に覚束ない。蟻牧は、つんのめるように少女へ突進する。

 小銃を構えたまま震える女へ、カメムシの脚が伸びる。しかし、首筋に届く寸前でその脚はがくりと折れた。

 カメムシの脚の主、少女は二本の槍に胸を貫かれ、絶命していた。

 艶やかな黄緑色の槍。蟻牧の腹から、シャツを裂いて伸びるアブラムシの脚……。


 「……です。はい。処理完了しました。」

 何処からか、涼やかな声が聞こえた。

 旧ミライ人「処理」後の報告には無線機を用いる場合もあるが、大抵はプロリファレイトの社用スマホを使う。「型落ちな上、ボロくてろくに電池持たないのよね。さすがクソ企業だわ。」そう『残機』が愚痴っていた……。蟻牧は、そんなどーでもいいことを思い出す。そこで、

 あ。

 その毅然とした口調で気付いた。今報告している女は『スペア』ではない。『残機』だ。殺されたのは『スペア』だった。『残機』は生きている。その事実に、蟻牧は何故だか無性に安堵してしまった。

 『スペア』も『残機』も同じ人間で、命の重さに違いは無い。そう理解しているはずなのに、何故だろう。殺されたのが『残機』じゃなくて良かった、そう思うと心からほっとして、場違いな喜びすら湧いてくる。そんな自分の身勝手さに、蟻牧は困惑した。

 

 「そんなとこでぼーっと突っ立ってないで。さっさと片付けて帰るよ。」

 普段と変わらぬ口調で『残機』が言う。

 「何ニヤニヤしてんの。気持ち悪いんだけど」

 肉親を喪ったばかりとは思えない、まるで何事も無かったかのような口調。その声を聞いて、蟻牧は思わず泣き笑いの顔になってしまう。

 「……ごめん。」

 蟻牧は声を絞り出すように言った。

 「何が?」

 『残機』はけろりとしている。

 「あの時、俺が躊躇ったから、『スペア』が……」

 「あぁ……そのこと?いいよ。別に。また産めばいいし。」

 こともなげに言う『残機』に、蟻牧は軽く動揺した。

 「また産めばいいって……。娘なんだろ?!そんな、簡単に……。」

 「娘じゃないし。あれは、そういうものだから。戦うために生まれた、ただの使い捨て」

 『残機』は『スペア』の死体へ歩み寄る。『スペア』の周りに広がった血溜まりが揺らぎ、ぴしゃぴしゃと音を立てた。

 『残機』は無残に首を切り落とされた『スペア』の体をおもむろに抱きかかえた。そして……放り投げる。激しく燃え盛る車輌目がけて。

 「おい、何するんだよ?!」

 蟻牧が慌てる。

 「何って……証拠隠滅だけど。警察(サツ)来たらメンドイじゃん。」

 「いや、そういう問題か?!」

 『残機』は蟻牧を無視して、傍に転がっていた『スペア』の頭部を掴んだ。まるでバスケットボールでも扱うように、軽々と炎へ投げ入れる。

 続いて『残機』は半分カメムシと化した少女の死体を持ち上げた。

 「よっこいしょーいち」

 『スペア』の死体と同様にぶん投げる。

 『残機』は唖然としている蟻牧の方へ振り向いて言った。

 「離れて」

 「は?」

 「いいからどいて。今すぐ。出来るだけ遠くへ!」

 「は、はあ……」

 蟻牧は渋々後ずさる。

 「走って!」

 「はぁ……」

 蟻牧は『残機』に従い、訳も分からず走った。ふと後ろを振り向くと、『残機』が炎の中へ何かを投げるのが見えた。『残機』も炎に背を向け、蟻牧を追うように走り出す。

 一瞬の後、凄まじい爆風が蟻牧を襲った。

 「?!」

 アスファルトを転がる蟻牧。

 「痛っー……」

 反射的に頭を押さえ、見上げた前方は炎と煙に覆われていた。先程まであった車輛の残骸も、今は見当たらない。

 「あの女……!」

 『残機』が炎へ手榴弾か何かを投げ込み、『スペア』と少女の死体ごと爆発させたらしい。

 「何か言った?」

 煙の中から澄んだ声が聞こえた。

 「とっととずらからないと。一酸化炭素中毒で死ぬよ」

 『残機』が蟻牧へ手を差し伸べ、微笑む。

 血と煤に汚れてなお、寒気がするほど魅力的な笑みだった。

 「さ、帰ろう。」

 『残機』は至極当然のように言った。

 

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