第9節 街への出発準備
初めての戦いからもう三日たった。
この間、機獣などの襲撃はなく、平穏そのものだった。
狩りの方は、その後の罠の改良により、かなり成果を上げている。ベイクル・セルトーのリソース格納庫スロットに保管すれば、実質時間を止めたような状態にできるということで、生ものの保存の心配がなくなったため、肉も魚も穫れるだけ獲って保存している。野草や根菜等は量があまり集まらないので備蓄すると言うほどにはなっていない。
紙や布もひとまず完成しており、その布からヴィンセルは衣服まで工作室に作った機械で作ってしまった。木材チップからパルプやセルロースなどの素材を作る装置を作成して設置。そこから紙製品や衣服を作る小規模な製造ラインを作ったため、工作室の奥の方のスペースがその装置類で占められてしまった。残りの空きスペースは三分の二といったところだろうか。
でも製造ラインができたからと言ってあれもこれもと作るわけにはいかない。必要な溶剤の量が限られてるからだ。溶剤は少量なら他の素材から精製できるけれど、今作っているような少しの分ですらまかないきれない量らしい。大量に精製するなら手っ取り早いのは石油系資源を原料とする物だそうだ。これもそのうちどこかで手に入れなければならないけど、ヴィンセルは本来指揮官タイプでそういう化け学方面はあまり詳しくないので、入手できたとしてもすんなり作れるかは分からないみたいだ。
『この手のものについては仲間の一人のオレルハが詳しかったはずだが……』
ヴィンセルの仲間は転移前のあの時、四人いたのを見ている。
肉弾戦に優れ鉱物などの埋没資源に詳しいウルソー、飛行能力と偵察能力に優れたエコー、情報分析に優れたアティビダ、科学技術全般に優れたオレルハの四人の他に、母船に残っていた操船技術に優れたコレットと言う仲間もいるそうだ。
溶剤などの液体はともかく、金属などの素材については新たに得た機獣の残骸でとりあえず当面困らないだろうという話だった。
そんなこんなでトイレットペーパー等も一応作れるようにはなったけど、ひとまず生産は保留(サンプルとして各種一つずつは作った)で、結局先行して生産されたのはツグミとクマリがこっそり頼んでいた女性向けのアレらしい。こちらは予備が少なかったので切実だったようだ。というのを二人とヴィンセルがコソコソ話してたのが断片的に漏れ聞こえてオレはそれとなく察した。
ともかく一応、現地風の服と下着はできたんだけど、これはそのままでは使えない。新品では目立ちすぎるので古着に見えるように加工しなきゃならないんだ。とりあえず思いついたのは汚してから洗濯機で洗うのを繰り返すというのだったけれど、ここで洗濯機の性能が問題になった。性能が良すぎて多少汚しても新品同様にキレイになってしまうのだ。なんか洗剤なしでも分子レベルで汚れを落とすらしい……。なので洗濯機を改造して手洗い風に洗うモードを追加して貰い、これでよれた感じにはなったのだが、それでもまだ古着っぽくはなかったので、泥で手洗いしてみたり木の皮と一緒に煮たりしてから洗濯機で洗い直して、どうにかそれっぽくなった。
それから革靴も作ってもらった。ブーツに近いような形の物だ。しかし布はまだしも革製品風の物も木材から作ってしまうとはビックリだ。本物の革より多少柔らかいようだけど、見た目には全然分からない。ムレ防止処理やソールに衝撃吸収加工がしてあったりなど色々工夫してあるので実際の現地の革靴よりはかなり履き心地は良いはずという話だった。サイズもピッタリで、少し歩いてみただけでも今までの靴より山歩きはしやすかった。
布・革の色については今の所、白から乳白色や薄いグレー、くすんだ黄色、茶系、淡い緑等が出せるらしい。もうちょい色んな種類の植物の分析ができれば他の色の染料も作れそうだという話だったけど、現状では目立たない地味な色の方がいいだろう。それと、くすんだ黄色が出せるなら最初からそれで服を作れば良かったんじゃと思ったけれど、今の所均一な色の布しか出力できなくて、それで作っても古着には見えないだろうという話だった。
そして昨晩、ついに現地語のインストールを行ったので、現在は現地語での会話の練習中だ。まだたどたどしいけど、自分の口から今まで知らなかった言葉がスラスラと出てくるのはすごく不思議な感覚だ。あと、ヴィンセルに町中での会話の様子などの映像を見せてもらって、会話のリズムや会話中の動作等の予習をしている。
街へ行くためにはまだ必要なものがいくつかある。最初街へ入るためのカバーストーリーの作成と、換金用の素材の用意だ。
その一環として現地語インストール後は最寄りの街に置いてたドローン三基は一基だけを残して、以前より詳しく周辺を調べるための再調査に回したそうだ。
それによる半径百キロ超の広域マップの作成により、周辺状況の類推がある程度できるようになった。まず北部を東西に走る山脈によりその南北の平野部は分断されてて、山脈の向こう側の北側にも都市や街道がある。山の途中まで伸びた道も何本か見つけてるけど、南北ともに全て開拓村のような山中の小村部までで、山越えをするような街道は探索範囲内では見つからなかった。また、襲撃を受けて滅んだり、放棄されたような村の跡もいくつか見つかっている。どうやら人間側が何らかの資源――多分鉱石などの埋蔵資源――を見つけて、その掘削のため開拓を進めてるんだけど、山脈一帯は機獣の巣窟になってて、いくつかの村は襲撃を受けて撤退したか蹂躙されたということのようだ。
なお、実際ドローンでの資源探査により山脈一帯には多様な金属などの鉱物資源が豊富なことが判明している。なんでも地面でも星でも貫通する粒子があって、それを用いた波動を使って、上空のドローンからでも地下に埋まっている物質をある程度分析できるらしい。ただ、調べた結果地下の一部に探査不能なエリアが広がってて、周辺の地上の機獣の数も多いので、もしかしたらそこが機獣の生産工場かもしれないとヴィンセルは推測している。
地図を見て気づいたけど、山脈の隙間を縫うように南北をつなぐ谷間が走っており、その辺りは生息している機獣が周辺よりかなり少なく、ここを通れば北側へも抜けられそうなんだけど、ドローンで見た限りでは人が通っている様子はなかった。山の奥でかなり入り組んでるので地図なしにこの道を見つけるのは難しいかもしれない。
それから北側の都市はこちら側の都市の住人と話している言葉は概ね同じだけど、建築や衣服などの様式が異なるようで、別の国なんじゃないかと言う推測も出ている。
最寄りの街には軍隊が駐留しているのもその説を補強してるけど、単に機獣対策の可能性もあるのでまだ確定とは言えない。
そんな感じの周辺状況から作ったカバーストーリーは今のところこうだ。オレたちは北部の山奥の村出身で、ある日機獣の群れに襲撃されて機獣士である親たちが迎撃したけど、村は壊滅。生き残ったのはオレたち三人と親が手懐けていた機獣一匹だけ。親から聞いてた峠道を抜けて何日もかけてここまでたどり着いた、という話だ。
まだ色々穴がある話だけど、その穴を埋めるための調査は引き続き行ってるし、実際街へ向かう前にその峠道の途中まで行ってみて、多少の痕跡を残そうという話になっている。
南側の滅びた集落の出身にすると、もし住人名簿のようなものがあった場合にごまかしようがないのと、一応今まで調べた限りでは、機獣士が所属する組織は国ごとに全く別の団体であるのが街の住人の会話から分かってるので、身元の不確かさは北から来たということである程度ごまかせそうだとは思ってるんだけど……。ただそうすると、北の国のスパイを疑われる可能性があるので、まだこの案は決定案ではなく最有力候補にとどまっている。
街へ向かうための準備は着々と進められており、ベイクル・セルトーの擬装もキャンピングカーから機獣士が使うトレーラー――機獣車と言うらしい――への変更作業が今行われている。キャンピングカーの内装の方はオレたちの居住スペースとして残されるけど、窓は全て立体視モニターへと変更される。この立体視モニターというのは見る角度によって見える映像が変わるというもので、実質窓と同じように外の様子を見られるそうだ。ついでにキッチン下の戸棚を倉庫スロットとつなげた食料取り出し棚に変更するなど細々とした改修も行われた。
街へ行く時用に、最後に残してあった六つ目のスロットに構築された機獣車風の内装も用意された。貨車タイプの機獣車は車輌の前の方に僅かな居住スペースがあるだけで後ろのほとんどが貨物スペースになってるらしい。居住スペースとは扉で行き来できるので、貨物スペースを区切るかテントを張るなどすれば一応住めるけどあまり居住性は良くないだろう。機獣車は一般に金属製の外装なようでいかにも鉄の箱って感じの外見だけど、オレたちのはわざと汚したり、所々にちょっとへこみがあったりとオンボロな感じの擬装にしている。今はヴィンセルが引く形になってるけど、元がサポートビークルなので実は自走できるそうだ。
住民以外が街に入るには入市税がかかるようだけど、オレたちは当然この国のお金なんて持っていない。そのため、貨物スペースに機獣の残骸をある程度残しておいてその代わりとする予定なんだけど、上手く入れてもらえるかは行ってみないと分からない。実際のところはまだ不明だけど、機獣士や住民などの登録がないと買い取れないとか言われたらアウトだ。まぁ最悪だめなら逃げて北の国に行けばいいかと楽観視することにしている。
機獣の残骸はヴィンセルの武装の改良やベイクル・セルトーの改装などで結構使ったけど、まだ半分以上残っている。元がかなり大きいのでバラバラにしても貨物スペースに全部入りきるか微妙なところだ。
今日はこの後、ヴィンセルによりトレーラー周辺に広げられてた各物資の収納と余った物資の廃棄が行われる。トレーラーのすぐ横には洗濯物を干すスペース以外にもオレたちの休憩用の丸太製の椅子やらテーブルやらも設置されてたけど、これはそのまま放置する。
その間、オレたちはこの辺りでは最後の野草収集だ。山歩きにもだいぶ慣れてきて、一番体力のなかったクマリでも一時間ぐらいならあまり疲れなくなってきたようだ。オレ自身は二時間以上は歩き回れるようになったので途中で疲れてきた二人を荷降ろしのついでにキャンプに戻して、一人で収集を続けた。こちらに来てまだ数日しか経ってないのに随分体力がついた気がする。こころなしか身体が多少軽くなったような気分だ。
明日の早朝にはこのキャンプを引き払い、一旦山奥へと進む。山越えルートを行ける所まで、できれば峠を越える辺りまで進んでから引き返し、街へ向かう予定だ。途中何事もなければ早くて四日、長くて七日ぐらいはかかると見込んでいる。一応食料は十日以上はもつ予定だけど、野草や根菜の類いは長引いた場合途中で補充が必要になるかもしれない。
その間に山奥の村での生活を学び、ある程度は身につけなければならない。一応まだ子供なので大人並みに色々できる必要はないだろうけど、こちらでは子供も働くのが普通なようなので、今後のことを考えると何もできないというわけにはいかないのだ。とは言えずっと移動が続くので罠猟などはできそうにない。基本的にはドローンの映像による座学と体力づくりがメインとなるだろう。毎日最低三十分くらいは機獣車と並走しないかとヴィンセルに言われているけど、果たして山道でそれだけ走り続けられるかは少々不安だ。学校でやったマラソンでは確か三キロぐらいだったはずで、それ以上の長距離を今まで走ったことはない。
現在のドローン四基の配置は一基が最寄りの街、一基が北の国の街、一基が山間部の開拓村、そして最後の一基がオレたちの上空で周辺の監視だ。その監視ドローンにより、道中はなるべく機獣の少ない場所を進んでいく予定になっている。
結局その後も夜まで何もなく今日も平穏無事に終わった。明日はいよいよ出発だ。
くっ、投稿予定時間に間に合わなかった。