第8節 初めての狩り、初めての戦い
翌朝目が覚めると、オレは両手両足を軽い筋肉痛に襲われた。
「ツツツ……、動けなくはないけど、結構キツイなこれ」
「……同じく」
「くー」
いつもより起きるのが遅くなってしまったが、朝食後、昨日仕掛けた罠の確認へ向かった。
が、九箇所中八箇所目までは何もかかっておらず、オレたち三人の間にはすでにあきらめムードが漂っていた。内二つは罠が作動した痕跡があったけど、獲物はかかってなかった。仕掛けを踏んだ跡はあるので、かかりが浅くて逃げられたんだろうか。
最後の罠の場所に近づくと、オレは異変を感じ立ち止まった。罠の方から何かバタバタと音が聞こえる。
「…二人は念の為ここにいて」
「……わかった」
オレ一人でゆっくりと、なるべく大きな音を出さないように罠を仕掛けた場所へ近づいて行く。やがて草や低木の間から罠に掛かったデブネズミが、罠から逃れようと暴れているのが見えてきた。
オレは意を決して手にした槍を構えると、ゆっくり近づいて行った。
「あ、戻ってきた」
オレは体長30~40cmほどの息絶えた獲物をぶら下げて二人の所へ戻った。虫や魚以外の生き物の命を奪ったのは多分これが初めてだ。バクバク言う自分の心臓の鼓動がうるさい。
「さ、キャンプに戻ろうか」
「う、うん」
多分今、結構顔色が悪くなってるだろうけど、無理に笑って二人に呼びかけた。二人は気を使ってか、それ以上何も言わなかった。
木材やら何かの素材やらがそこらに積まれ、ベースキャンプとなったキャンピングカーの所へ戻ると、ヴィンセルが出迎えてくれた。
『よくやったな、タケル。ドローンで見ていたが、罠の方はまだ改良が必要そうだな』
このデブネズミ、どうやら見た目と違い結構足が速いらしく、瞬発力もあるそうだ。それで罠が作動した瞬間に飛び退いて逃げたのではないかというのがヴィンセルの予想だった。
それから解体作業の参考として、地球で収集した映像ライブラリの中から、ネット動画かテレビ番組か何かの解体作業の様子の映像を空中に投影して見せてくれた。編集が入っていたため、作業内容は断片的なものだし、カメラも全体を映しているカットが多くて、手元がどう動いているのか細かい所はわかりにくいけど、全体的な流れはどうにかわかった。
膨大な映像資料の中からどうやってこれを探したのかと聞くと、映像資料は記録時に映像内に登場する物や出来事を自動的にタグ付けしてデータベース化するようになっているらしい。
解体作業は引き続きオレが代表でやるけど、ツグミとクマリも自分でやる時のために見学するとのことで、今度はヴィンセルも見守る中で作業に取り掛かった。
30分以上かかり、かなり苦労してどうにか水場で肉を冷やすところまではたどり着いて、一息ついたその時、ヴィンセルが急に立ち上がった。
『タケル、警戒範囲に入っていた機獣がこちらに向かい始めた。どうやらこちらに気づいたようだ』
「……危険なの?」
『おそらくな。中型で肉食型のようだ。私やベイクル・セクトーを感知したのだろう』
ここで言う肉食とは他の機獣を食べるタイプという意味で人間などの動物を食べるわけではない。草食型だと岩や土などを食べてそこに含まれる金属や希土類等を吸収する。どちらのタイプもエネルギー源自体は水や空気、太陽光から得ているので基本的には何も食べなくても活動はできる。食べたものは自分の体の強化や成長などに使うらしい。機獣は機械と言っても一応生命体なので、時間をかけて成長していくんだとか。
『無理強いはできないが、君も一緒に来てくれ。君の勇気が必要だ』
「……わかった」
ヴィンセルはソウルライダーと一緒にいると、戦闘能力などが向上する。たとえオレ自身は何もできなくても一緒に行く意味はあるのだ。
ビーストフォームのヴィンセルが地面に伏せ、オレに背中に乗るよう指示する。登りやすいよう簡易ラダーが出てきたので、それを使って上に登っていくと、ヴィンセルの背中にバイクのようなシートがあった。シートにまたがり、前傾姿勢になると、バイクのハンドルの位置にレバーがあったのでそれをつかんだ。
『そのレバーをしっかり掴んでいてくれ』
「うん」
ヴィンセルが立ち上がると、今度はシートが沈み込み始め、オレごとヴィンセルの身体の中に収納されていく。それと同時にシートの形状が変化し、オレは前傾姿勢から車の座席に座っている状態へと姿勢が変えられた。それから後ろの方から頭上にカバーがせり出し、覆われて完全に密室になった。いや、これはコクピットか。
周囲のモニターが点灯し、周りの様子が映る。地面でツグミとクマリが心配そうに見ているのも見えた。
『二人はベイクル・セルトーの中に居てくれ。一応ドローンの映像を見られるようにしておく』
「うん、タケルもヴィンセルも気をつけて」
「いってら」
二人が手を振りながら後ろに下がって行く。オレもスピーカーで二人に声をかける。
『じゃあ、行ってくる!』
ヴィンセルが前を向き、走り始めた。
素晴らしい速度で木々の間を駆け抜けて行く。かなり激しく動いているはずだけど、ほとんど揺れを感じない。重力制御技術により、コクピット内へ伝わる加速度等はかなり低減されているらしい。
モニターに簡易マップが表示されて、自分や相手の位置等がマークされる。相手の移動速度はこちらほどではなく、割とゆっくりだ。
ものの一~二分で肉眼で見えるくらいまで距離が近づく。
顔が細くて二足歩行で尻尾が長く、前脚に凶悪な鉤爪がある、恐竜でこんなのいたなぁという感じの機獣だった。何とかラプトルとか言ったっけ? 大きさは軽くヴィンセルの二倍以上はある。
目が赤く光って唸り声を上げ、明らかにこちらを敵視している様子だ。
『交渉の余地はない。先制攻撃を行う』
ヴィンセルは一応、機械生命体に通じるような各種言語で呼びかけを行ってたみたいだけど、いずれにも返答がないため敵性個体と結論づけたようだ。
ヴィンセルの背中のビーム砲がビュンビュンと音を鳴らして光弾が発射される。
が、光弾が命中しても敵機獣はのけぞっただけで、大きなダメージは与えられてないようだった。
『む、やはりヘルミオンに対し耐性があるか』
何でも狼型機獣の分析結果からこの星の機獣の装甲は、ヴィンセルのエネルギー兵器にある程度の耐性があるのが判明してたそうだ。装甲の表面に何ちゃらエネルギーの膜が張られているとか何とか。分析対象が狼型一体だけだったので、確定とは言えず一応試しで撃ったみたいだ。
背中のヘルミオン砲は荷電粒子砲の一種なので、改造して他の弾丸を使用できるようにする予定だけど、まだ資材が足りないのと優先順位的に後回しだったそうだ。
『このまま突っ込む!』
オレは衝撃があるかもと一応身構える。
ヴィンセルが走って来たその勢いのままに機獣に飛び掛かり、前脚の爪で殴りかかった。
ガキィィィン!
体制を崩していたラプトル型機獣がモロにそれを喰らい、首筋が切り裂かれた。が、大きくダメージはあったもののまだ戦闘力を失うほどではない。たたらを踏んで倒れそうになるのをこらえた。
『ガアァァァァァ!!』
機獣が咆哮を上げ怒りをあらわにする。と、頭を下げ背中の武装をこちらに向ける。機獣の背中のミサイルランチャーから次々とミサイルが発射され、こちらに向かってくる。
ヴィンセルはそれを意に介さず前に出て、ミサイルの間をすり抜ける。どうやら距離が近すぎてミサイルの誘導が間に合っていないらしい。ミサイルは次々と後ろに抜けて行き、後方で爆発が起きた。
ヴィンセルはヘルミオン砲を連射しながら機獣に駆け寄り、光弾を顔面に受けて機獣の頭が上がった所を、下から首筋に噛み付いた。
機獣がヴィンセルを振り払おうと首を振り回すが、ヴィンセルは前脚の爪を首に突き刺し、しがみつき、なかなか離れない。
こう激しく振り回されるとさすがにコクピット内も揺さぶられ、オレは必死に堪える。
機獣も前脚の爪を使い、ヴィンセルを無理やり引き剥がすが、その際に機獣の首が大きくえぐれてしまった。
着地したヴィンセルはすかさずその露出した首の内部へとヘルミオン砲を叩き込んだ。
『グガッ、ガッ、ガガッ』
さすがに内部まではヘルミオン耐性も無く、光弾が首を貫通し、それが致命傷となったのか、機獣の目から光が失われ、地面へと崩れ落ちた。
『対象、機能停止。周辺に他の機獣の反応無し。お疲れ、タケル。片付いたぞ』
「お、終わったのか……。はぁー、怖かった~」
結果的にヴィンセルとしてはかなり余裕のある戦いのようだった。これくらいの機獣であれば今後、特に心配する必要はなさそうだ。
とは言え、その戦いの只中にいるというのは、いくら安全だとしても、安心できるわけじゃない。しばらくは毎回ドキドキが止まらなさそうだ。
その後倒れた機獣の身体の各所にワイヤーをかけ、それをヴィンセルが強引に引きずってキャンプへと戻った。来る時はあっという間だったのが、戻るには二時間近くかかった。
『これは次回からは運搬用の荷台かトレーラーが必要そうだな。戻ったら設計しておこう』
「それは任せるけど、オレもうお腹ペコペコだよ~。昼食べる前に来ちゃったし」
もうとっくに昼食時は過ぎている。キャンピングカーに通信をつなぐと、ツグミが昼食を用意して待っててくれてると言う。二人もお腹を空かせてるようだ。
キャンピングカーが見えるくらいまで近づくと、ヴィンセルの背中が開いてコクピットがせり出し、最初の背中にまたがっている状態に戻った。この状態だとヴィンセルが歩く揺れが直に伝わって、結構大きく上下動しているのが分かる。
『いずれ街へ行く際はこの状態でとなるだろうから、今の内に慣れておいてくれ』
「これ、短時間ならいいけど、長時間だと結構しんどそうだね」
『ふむ、この状態では走るとさすがに厳しいか。何か対策を考えねばならないな』
この状態でヴィンセルに走られたら遊園地の絶叫マシンより酷いことになりそうだ。乗ったことはないけど、荒波で小型船に乗ってるようなものだろうか。もっと酷いかな?
そのままキャンピングカーのそばまで近づいて行くと、地面に立てたポールの間にワイヤー製のロープが張られ、洗濯物が干されているのが目に入った。今朝作ってもらった洗濯機が早速活用されたらしい。現状持っている服の数が少ないため、洗濯物の数も少ない。
オレが伏せたヴィンセルから地面まで降りていると、キャンピングカーの中からツグミとクマリが迎えに出て来た。
「おかえり~」
「ただいま」
「おなかすいた」
『君たちは食事にするといい。私はその間、回収した機獣の分析と解体をしている』
ヴィンセルは人型形態に変形して膝立ちで言った。
オレたちはありがたく遅い昼食にさせてもらった。昼食はまだ肉の解体は終わっていないので魚がメインだ。
食事中の会話は戦いの感想が中心で、あとは狩りについては少し触れる程度だった。
「二人は狩りとか解体とか平気か?」
「…今の日本の小学生で動物の狩りや解体をしてる子なんてあんまりいないだろうし、これも貴重な経験だと思うことにする」
田舎とかだとしてる子もいるかもしれないが、危険もあるわけで、まぁあんまりいないだろうな。前にテレビでドイツだったかの村ではソーセージ作りの一環で豚の解体に子供も参加するような映像を見たので、日本以外の国では結構やってる子もいるのかもしれない。
「クマリは?」
「……血を見るのはちょっと怖いけど、お肉が食べられるなら我慢する」
「そっか」
オレとツグミはクマリの食いしん坊ぶりに苦笑した。
午後は解体作業の続きと、ヴィンセルに指定された植物などの回収を行った。内臓はさすがにグロかったけれど、枝肉になってしまうともう完全に肉という感じで気持ち悪さは薄れた。その間、ヴィンセルはオレたちの解体作業の監督をしつつ、裏で紙と布の試作作業をしていたようだ。街へ行く際は今オレ達が着ているような服では浮くため、衣服の作成が特に急務らしい。
ツグミとクマリはオレが解体作業の片付けをしている間にヴィンセルに何か優先で作って欲しい物のリクエストをしていたようだが、何を頼んだのか聞いてもごまかされてしまった。
夕食にはとれた肉をツグミが早速料理(調味料の都合で塩焼き)してくれたが、あまりクセがなく鶏肉っぽい、あっさりとしたかなり食べやすい味だった。
思ってたより美味しかったので、オレたちの間で狩りへの意欲が高まるのを感じつつ、夜が更けていった。
当初この話数で挿絵が入る予定でしたが、原稿の投稿がギリギリになってしまったので多分後日となります。……もしかすると入らないかも。
最初狩りやら解体やらもっと詳細に書いてたんですが、本来テ○東とかの夕方アニメのノリを目指していたので、考え直してかなりオミットしました。
原稿のストックが尽きたので、次回以降早くも週一投稿に減るかもしれません。