第7節 狩りの準備
翌朝、目が覚めると何だか不思議な気分だった。何やら夢を見た気がするが、既に内容が思い出せない。まぁ、夢の内容をすぐ忘れるのなんてよくあることかと大して気にもしなかった。
朝食が終わるとモニターにビーストモードのヴィンセルが映った。
『おはよう。三人ともよく眠れたようだな』
「おはよう、ヴィンセル」
「おはよ」
「おはよう。そう言えばヴィンセルは眠らないの?」
『ああ、私は基本的にメンテナンス時以外は眠りにつくことはない。データの分析や整理に集中して、外見上眠っているように見えることはあるだろうがね』
「へぇ~」
『それからナノマシンは正常に定着している。何か違和感があったりはしないか?』
「う~ん、特には?」
「……ない」
「特に変わった感じはないけど、何か夢を見たような気がする」
「どんな?」
「ん~、よく覚えてないんだけど、ヴィンセルが出てきたような……」
『ふむ、それはソウルリンクの影響かもしれないな。機械生命体側の記憶データが多少人側に流入してしまう事があるというのは、過去に幾つか報告されている』
「へぇ」
「何か、問題があったりする?」
『いや、過去の事例では流入するのはいずれも断片的な記憶に過ぎず、ソウルライダーに悪影響があったという報告は無い』
「なら別に気にすることもないね」
『では昨夜の観測で判明した情報の共有から行うとしよう』
オレたちはうなずく。
『まず懸案のこの星の位置についてだが、幸い銀河系内、それも銀河連盟の支配域内なのが判明した。』
モニターに銀河系の地図が表示される。最悪の場合、別の銀河の可能性もあると事前に聞かされていたのでそこは一安心だった。
この地図だと、地球は左下側の中央辺り、そして今いる星の位置はもっと銀河中心寄りの星が少ない場所だった。
『だが太陽系からの距離という点ではかなり離れているのもわかった。具体的には1万2千光年ほどの距離だ』
ベイクル・セクトーでは宇宙空間まで上がることは可能だが、星間航行能力はないという話だった。この星にそんな船があれば助かるが、技術レベルは地球より低いとのことなので望み薄だ。
『この位置からだと、地球へはミラージュ・ドライブのみでは8ヶ月ほど、最寄りのゲートを使用しても4ヶ月ほどかかる計算になる。連盟内の星ではあるが、データベースに該当する物は見つからなかった。どうやら辺境の未調査惑星のようだ。いつまでもこの星というのも何なので、今後は仮ではあるがグランマキナと呼ぼうと思う』
今の所この星の人々がこの星を呼んでいる名前は不明との事だ。銀河連盟内でも特に命名は無いらしい。未調査惑星に現地調査員が勝手につけた名前がそのまま登録されるということはよくある話だそうで、この星もいずれそうなるのかもしれない。
地球も辺境惑星ではあるけど、一応データベースには載っているらしい。地球人が銀河連盟とかを知らないのは、銀河連盟側に超光速航法を獲得していない文明とは公に接触を持ってはならないという条約だか法律があるからだそうな。
『母船と分断された現状では、通信で連盟所属の誰かに連絡をとるしかないが、外宇宙まで届く通信機はベイクル・セクトーには搭載されていない』
つまりどうにかして自分たちで製作するしかないということだ。幸い関連する設計図自体はベイクル・セルトーのデータベース内にある。とはいえ現状では資材が全くたりないそうな。
『その通信アレイ施設は、結構大きな施設が必要となる。当然ベイクル・セルトーに収納できるサイズではない。そのため、今すぐではないがいずれどこかに拠点が必要となるだろう』
施設を作る機械。その部品を製造する施設。部品の素材を製造する施設。素材を加工する施設。そして膨大な量の必要素材の収集。いずれも今は用意できない。
『施設を作る場所の選定には様々な情報が必要となるが、君たちにはこの星の人類社会の中での情報収集も頼みたい』
「それって……、スパイするってこと?」
『いや、特に何か工作活動をしろということではない。君たちは普通に各所で日常的な会話をしてくれるだけで構わない。君たちの目や耳を通して必要な情報は私の方で収集する。まぁ、何か有用な本があったら読んでもらうかもしれないが』
何でもドローンで雑多に集められるのは主に建物の外にいる人々の会話がほとんどで、建物内での会話はあまり集められないらしい。どこか特定の部屋だけなら窓ガラス等の振動から拾えるけれども、この方法は広く情報を集めるのには向いていないとのことだった。それから本などの文字情報も不足している。建物外にある文字と言ったら看板がほとんどなので、字形の収集すら不足しているそうだ。
『一番手っ取り早いのはどこかにあると思われる機獣の生産施設を発見し、そこを奪取する事だが……。こちらはもし見つけられたとしても現状では戦力不足だろう』
今まで他の星で発見された機獣は工場で生産された物と、自己増殖で産まれてくる物のどちらかに大別されるらしい。あの狼型の機獣は自己増殖が可能だったようだけど、この星に生産施設が無いかはまだ分からないという事だった。残骸からは断片的な記憶データしか得られず、一番強く残っていた記憶は最後に戦った相手の事だそうだ。何か巨大な機獣と戦っていたそうだが、今の所周辺にそういう機獣は見当たらないという話だった。
『それからこの星に来て三日目ともなったが、この星の一日は地球時間で約25時間と判明している。一年は397日だ。』
「ふーん?」
「体感的にはあんまり一日が長い感じはしてないよね?」
「うん」
周りは木ばかりだと言うのに、今の所毎日見る物全てが新しく、全く退屈しないのも体感時間が変わっていない要因だろうか。
「……でもなんか、思ったより長い道のりになりそうね」
「そうだな。まぁやれることをやるしかないけど」
「……頑張る」
『ああ、私もできることを一つ一つこなしていくしか無いと考えている。一緒に頑張ろう』
オレたちは今日の行動を開始するため、外に出る。
『昨日言ったように、今日は君たちに狩りをしてもらいたいと考えている』
その言葉に三人の間に緊張が走る。
『とは言え、いきなり野生動物と戦えと言うのはさすがに無理だと私も理解している。なのでまずは罠猟から始めよう』
「罠?」
『一応、夜の間に幾つか設計してみたが……。残念ながら私に狩りの知識はないので、地球で雑多に集めた映像データの中からそれらしい物をいくつかピックアップして再現してみた』
キャンピングカーの後部ハッチが開いて、工作室が出現する。どうやらまだ設計だけで物はこれから作るらしい。オレたちがキャンピングカーに乗っている間は工作室が使えないからだ。
『仕掛けるポイントの情報も全く無いので、その辺りは試行錯誤が必要かと思う』
いきなり戦うのは避けられたかとちょっと安心したが、罠にかかった獲物のとどめを刺すのは結局オレたちがやらなきゃならない。それに必要な槍や、獲物を吊り上げる滑車とワイヤー等もいくつかの罠や檻と一緒に作成するようだ。
「あの、解体とかも全然分からないけど、ヴィンセルも知らないんだよね……」
『ああ、分かるのは大雑把な手順くらいのもので、細かい所は全く不明だ。すまないがぶっつけ本番でやるしかないな』
ヴィンセルが分かる大雑把な手順というのはまず血抜きをして、内臓を抜き、川などで肉を冷やし、皮をはぎ、それから枝肉に分けていくというぐらいまでだった。各工程の内容についてはぼんやりとしか把握していないらしい。
『とりあえず、狩猟具以外にも洗濯機作成や木材の加工など色々作業があるので、その間に三人には昨日と同じく資源と食料の採集に出てもらいたい。もちろん護衛にドローンをつけるが、一基しかないので三人バラバラというわけにはいかないが』
既に周辺の地図作成は終えており、残り三基のドローンは全て街へ送って集中的に情報収集に当たらせているとの事だ。一週間以内には日常会話ができる程度の語彙を集めたいという話だったので、街中の会話を手当り次第に盗聴させているんだろう。
それから昨日は丸太の状態だった木材が、オレたちが起きるまでの間に板や柱などにカットされていた。この後更に細かく砕いてチップ状にして、組成を調べたり、繊維質から紙、糸等の試作や、セルロースとか言う物の抽出をしたりするんだそうな。
トイレットペーパーやらも今すぐなくなるというわけではないので、試作だけしておいて本格的な製造装置の作成は素材に余裕ができてからにするらしい。
魚はまだ昨日釣れた分の残りがあるので、今日は三人一緒に森に入ることにした。
森の中には野生動物の存在がドローンで確認できているけど、オレたちが近づくと視界に入る前にみんな逃げてしまっているらしい。向かってくるやつが居ないのには安心した。念の為一応槍は持ってはいるけれど。
今日のオレは昨日は全く見つけられなかった果物のたぐいが見つからないかなと、ちょくちょく木を見上げている。上ばかり見ていたせいで何度かつまづいてしまった。
「ほら、足元気をつけないと」
「いや、分かってはいるんだけど、上を見てるとなかなか……」
「まずは森の中を歩き慣れる方が先じゃないの?」
「う、そうかも」
やっぱりツグミに口では勝てない。
その後も食べられそうなものと、まだ調べていない植物を一通り集めて、一時間くらいでベースキャンプことキャンピングカーへと戻った。
結局フルーツは見つからなかった。
戻ると三種類の罠が完成していた。形は違えど基本的にはどれも仕掛けを踏むとバネで脚にワイヤーが巻き付き、逃げられなくなる「くくり罠」と呼ばれるタイプだった。形が違うのは仕掛けるポイントの地形によって使い分けるらしい。
今回狙う獲物は小動物という事なのでどれも小さめの罠だ。もう少し大きい、猪や鹿等を捕る用の物も用意されてたけど、今回は使わない。
日本で罠猟をするには免許がいるそうだが、ここは日本ではないので不要だ。
『まずは設置の練習と動作テストをしよう』
「うん」
こういうのはオレの役割だろうと前に出る。ツグミとクマリも一応一緒に説明を聞くようだ。
まず木などにワイヤーの片側を固定し近くの地面に穴を掘って仕掛けを設置し、ワイヤーの反対側の輪っか部分をセットして、上に木の葉などを載せてカモフラージュする。
仕掛けの形状や方式、セットの仕方等で違いはあるけれど、説明を聞きながらやればどれも難しくはなかった。
『よし、ではテストしてみよう。木の枝で仕掛けを縦に突くんだ』
「わかった」
適当な木の枝を拾って罠の仕掛け部分にぐいっと突き刺すと、バシッと音がしてワイヤーの輪っかが巻き付いた。
『うん、ちゃんと動作したな』
シミュレーション通りに作動してヴィンセルも満足そうだ。
「わたしもやるー」
「いいぞ」
クマリが興味を持ったのか手を上げたので、別の適当な枝を渡す。
「よっ」
またバシッと鳴って罠が動作した。これも成功だ。
罠はあと一つ。
「ツグミもやってみる?」
「う、うん」
枝を渡されたツグミはおっかなびっくり仕掛けを枝で突く。
「ひゃっ!」
またバシッとワイヤーの輪っかが締まったが、枝を奥まで突かなかったせいか、ちゃんと巻き付かず、枝が弾かれてしまった。
「ご、ごめん、失敗しちゃった……」
『いや、動作テストなので問題ない。むしろ問題点の明確化に繋がるので失敗は重要だ』
今回の失敗で分かったのは、踏み込みが浅いと罠にかからず、逃げられてしまう可能性が高いという事だった。これはヴィンセルがちょっとした改良で改善できそうだと五分もかからずに改良してしまった。
『では実際に仕掛けてみるとしよう。仕掛けるポイントは夜の間にいくつか候補を選定しておいた』
ドローンのサーモグラフィーで複数の動物の動向を追って、よく通る道や巣の位置などを調べておいたらしい。
『今回狙うのは地球の猫とかウサギくらいの大きさの動物だ。姿はだいぶ違うが……』
「可愛い動物だったらちょっとやだなぁ……」
『可愛いというのがどういうものを指すのかは私には理解しかねる。……地球で似た形状の動物だと、ネズミ、いやもっと太っているのでウォンバットが近いか……? ただし体毛はかなり少ないが』
「……ウォンバットってどんなだった?」
「えーと、確か、ちょっとコアラっぽい感じじゃなかった?」
「知らないけど、毛が少ないならあんまりかわいくはないんじゃね?」
三種類の罠はそれぞれ三個ずつ用意されていた。オレはそれを一時間以上かけて指示されたポイントに一つ一つ仕掛けていった。ツグミとクマリも一緒について回った。
確認するのは明日の朝だそうだ。
今日はかなり歩き回ったので結構疲れた。
夜、オレたちは夕食と風呂を済ませると早々にベッドに入ったのだった。
地図はさすがに自分で描きました。