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不籍の神との出会い 6

「依代って?」


会話を聞いていたのか、寝ぼけた眼をこすりながら少女が母の腕の中から聞いて来た。


「依代って言うのは神様の力を分けてもらう力なの。

たとえば、わたしたち『何有の民』からすると、『何有の神』様が力を貸してくれるのだけど、『依代』はその力を借りるために必要なものよ。」

「んー?」

「そうね、分かりやすい物ならこれ、ね。明かりの依代は、こうやって…依代につけた部品をねじってあげれば、力を貸してくれるのよ。」


ぼぅっと淡い光が依代から放たれる。

何気なくやる仕草にフェルトの心がずきりと痛む。依代を使うことなどとうに諦めて、他人が使っているのを見てもあまりなんとも思わなかったはずなのに、今日の出来事のせいで妙に心がざわついてしまう。


「なら、コガもできるぞ。フェルト。やれ。」


母親の胸から飛び降りて少女が自信満々に胸を張りながら言うのをフェルトはぼーっと眺めてしまった。


「む?フェルト?」


何をしている、というような表情で振り向かれても困る。


「いや、俺?俺は依代を使えないんだぞ。…ってこの指輪か?」

「ほかに誰がいる。いいから使えばいい。」


妙に凄みのある声で言われれば、何も返せない。

期待が無い、と言えばうそになる。さっきエリアスという男性が話した通りだとすれば、自分がこの世界で唯一使える依代だと言っていた。

とうに諦めていた、はずだったのだ。

全員が息をのむ中、フェルトは促されるままに、指輪へ光るように念じた。

期待を込めて目をつむって祈る。


「…フェルト?」


ヨアンナに声を掛けられ、フェルトは薄目を開けて指輪のある左手を見た。

左手の人差し指には指輪がある。

何の変哲もない、出来のいいだけの指輪だけが、光もせずただ指にはめられている。


「光らない、な。」


どこか落胆するような響きが含まれた父の声に自分の胸が締め付けられるような気持ちにさせられる。


「むーーっ!」


少女がフェルトの頭に飛び掛かってきた。

その小さい体のどこにそんな力があるのか分からないが、少女の身長の倍の高さにある自分の頭上にしがみついてきた。


「なにを!するんだ!?」


ぽかぽか、とフェルトの頭を叩いてきた少女に困惑していると、


「この!ポンコツ!」


と、謂れのないそしりを受けた。そして、けっこう、いや、かなりこの少女の攻撃は痛い。

フェルトは振り払おうと、力を込めて体を振るが少女は頭の上から下ろせる気配はない。


「えーと…あなたの名前はコガ、ちゃん、て言うの?」

「そうだ。わたしの名前はコガっていう。」


しばらく頭をはたき続けられていたが、我に返った母親が注意をそらすように助け舟を出してくれた。

叩くのをやめて、頭の上で器用に向き直って言葉を返した。


「コガちゃんはどこから来たの?」

「コガはずっと眠ってた。待つように言われて、ずっと待ってた。」

「あー…コガ?あそこで俺を呼んだのはお前だったのか?」

「せめて、“さん”をつけろ!でこすけやろー!」

「あだばぁ!!」


フェルトが言葉を挟むと、コガはフェルトの頭の上で器用に飛び上がると後頭部から蹴り上げられ、床に顔から叩きつけられる。

コガはフェルトと一緒に倒れそうになるのを、飛び上がった状態からきれいに両手を上げて、しゅたっ、と着地した。


「えーと、コガ、さんでよいのかな?私たちが神殿と呼ぶ場所でずっといて、フェルトを呼んだ、ということでよいのですか?」


ずさーっとかなりな勢いで転んでいったフェルトを見届けると、冷や汗をかきながら、ガウフはコガに問いかけた。


「お前たちはコガ、と呼んでいい。むしろコガちゃんと呼んでくれ。あたたかくて、いい。

 そして、お前の言う通りだ。このポンコツを呼んだのはコガだ。」

「村長、このような少女の話は聞いたことは…?」

「それがな、ぜス。私も聞いたことはないのだ。だが、先々代が公開した村長むらおさの書には神殿が人を待っている、とは書かれている。口伝にもそういったものは含まれていない。

 だが、神殿の依代が動くのは龍邦が待ち望んだものが神殿に入った時だ、とある。ならば、私たちが聞いてきたことは正しかったのだろう。しかし、正しいのだとするのなら…。」


父と村長の会話を聞いて、絶望の色を深くしたのが母親だった。


「そんな、フェルトはまだ16になったばかりなんですよ!」

「だが、ヨアンナ。お前もフェルトの指輪を見たのだろう。ならば、そうしなければならないのは、どうやら理由がある。」


おおよそ、両親や村長の苦虫を噛み潰したような顔の原因はわかる。エリアスの言葉通りなら自分はこの大陸を旅しなければならないのだろう。

それも、どれほど広いか分からない、この大陸を一人で、だ。

目の前で母が村長に食って掛かっているのをどこか他人事のように感じてしまう。

心細くない、と言えば嘘になる。1年前、父親たちに連れられて隣の町に一緒に行く機会を与えてもらったが、村の外に出たことなどその一回こっきりなのだ。


「おい、ポンコツ。コガがついている。お前を一人にはしない。」


コガが横に立ってフェルトの手を取って言った。

自分の半分ほどの身長の女児に励まされていることを自覚し、心強いやら気恥ずかしい気持ちが生まれる。


「構わん。ポンコツなのだから、コガはお前を守る。」


見透かしたようなコガの言葉にフェルトは肩の力が抜けて苦笑し、コガに笑いかけた。


「ほんとは俺が言わなきゃいけないんでしょうけどね。」

「生意気な。立場をわきまえろ。コガはフェルトを守る。」


おそらく神、という立場だから守る、と言ってくれているのだろうが、そんな大層な立場であるなんて見た目では分からない。


「わかってます、でも、やっぱり、俺はコガを守りますよ。」


だったら、年下の女の子を守るのは当たり前だ。

精いっぱいの強がりで笑って見せる。


「ふん。さんをつけろ。」


少し頬を染めてそっぽを向くコガの姿に微笑んでしまう。


「コガさんはいかなきゃいけない場所はわかるの?」

「うむむ、だいたいこっち、って感じなら、わかる、か?…わたしは、わたし一人でも、行ける。…わたしは守りたい、から…。」


最後は消え入るような声だったが、いまだ迷う自分に対して甘やかすような言葉を言ってくれる。

覚悟なんてない、自分がやらなきゃ世界が滅ぶ、と言われても実感なんてない。

でも、少女一人で世界を旅しろ、なんて言えるほど恥知らずには生きていない。


「大丈夫です。コガさんは僕が守りますよ。」


コガに助けるように取ってもらった手をしっかりと握り返す。

そうだ、そもそも自分はそんなにこの村にいたいか、と言われればそうではなかった、ということを思い出した。

旅立つのが早いか、遅い、それだけの違いだったのだ。


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