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不籍の神との出会い 4

穴が開いた場所からは距離にしてはそんなに歩いていないだろうが、行き止まりはすぐに現れた。


「これは、真祖の8人と、8英雄か…。」


神殿と思われる洞窟の最奥は広場になっており、合計で16体の石像が並んでいた。自分もおとぎ話としてしか知らないが、この大陸の2度の大きな騒乱で名を馳せた16人を模った石像だろう。

遥か昔の物語と聞いていたが、状態が良くきれいにされているところからみるに、定期的に村の大人衆によって掃除がされているのだろう。

だが、フェルトはその居並ぶ石像に違和感を抱いた。

8英雄の中央奥に2人分、男女の石像があるのだ。

まるで8英雄の中心にいるように配置されている二人など、学んだ歴史書にはそのようなことが書かれているのは見たことが無い。フェルトは近くによってその石像をまじまじと眺めようとすると、


―こっち!


興味を強い勢いで削ぐ声が頭に響く。


「だから叫ぶなって。聞こえてるから!つーかどこだよ!?」


顔をしかめながら叫び返して、あたりを見回す。


―もうすこしそっち。…そっちじゃない!


駄目出しされない方向を目指して体を動かすが、正解ではない方向に体を向けるたびに強い声で意識を引き戻される。

どうやら自分が違和感を抱いた2体の石像の奥に誘われているらしい。


ここにきてフェルトは自分の異常に気付いた。やっと、頭の中で騒ぐ大きな音に慣れてきたともいえる。

行商人が持ってくるものを含めて、あらゆる『依代』を動かすことが出来なかった自分に…、神の奇跡の代行、神秘の体現と呼ばれる『依代』を動かすことが出来ない自分に、なぜこのような不可思議な声が聞こえるのか。

こんなにもきれいならば村に住む大人たちは、期間は空いているだろうが、定期的に掃除に来ているはずだ。

誰もがこの声を聞こえるなら、この頭を割らんばかりに響く音を聞いたことがあるに違いない。だが、少なくともこんなにうるさくがなり立てられる状態できれいに掃除するなんて、絶対に出来ない。


懸念はある。それが、良い物か悪い物どうかなんてわからない。

だが、予感だ。

これは、自分の人生を大きく変える、なにか、だ。


―どうしたの?だいじょうぶ?これる?


問いかけてくる声は変わらず、幼い。

幼い声に助けを求められたら、助けるのは当たり前だ。


逡巡したのはほんの少し。

フェルトは意を決して、促されるまま2体の石像の後ろの壁を触った。



つるりとした冷たい壁に触れると、触れた先の壁が扉のように開き、その奥にまた別の石像が目の前に現れた。


広間にある石像は立像だったが、現れた石像はまるで椅子に座るかのようにゆったりと腰かけた姿をしていた。

18体の石像はどこか作られたかのような意匠があったが、この座像はまるで生きているものを石にしたかのように顔のしわや、服のしわが彫られている。


―まってた。ずっと。エリアスに言われて。必ず迎えが来るからって。まってた。


助けを求めるように、泣き出しそうな声が響く。


フェルトが座像に指先を触れると、石像の表面がパラパラとはじから崩れていくと、崩れる勢いはどんどんと増していった。


「うおぉう!?」


驚いて後ずさりすると、石像は瞬く間にすべて砂に変わってしまった。

壊した、というか壊れた、ともいうか崩れた石像に動揺していると、小さな山になった砂が淡く光って人の形を模った。


「やっと、生まれたか。そうだな、ひとまず、俺の名はエリアスと言う。…お前の名を聞いてよいか?」

淡い光は

焦点が合うかのように少しぼやけていたが、長身の男性になった。よくよく見ると、先ほど座像になっていた男性にそっくりであった。

フェルトはあまりに非現実的な光景に口をぱくぱくとさせながら、呆然とエリアスと名乗った男性を見ていた。


「…?おい。どうした。この場所のことを聞いて来たんじゃないのか?」

「いや、色々あって、村のものだけど、何も…、俺は何も知らない。」

「うそだろ!?いや、えと、まずい。そうすると、時間が無いのはまずい。」


エリアスと言う男が勝手に焦り始めた。人と言うのは不思議なもので妙に焦っている人が目の前に現れるといきなり冷静になってしまう。


「とりあえず、名前はフェルトです。エリアス、さん?」

「お?お、おう。一個聞きたいんだが、お前さんは依代を使えるか?」


仕切りなおして名乗ると、エリアスと名乗った男は口元に手を当てて考え込みながら問いかけてきた。

『依代』が使えるか、それは自分の劣等感の象徴であり、複雑な心境にさせられる。


「いや、あぁ、違う。そうだな、説明が無いからな。いいか、フェルト、この場合は使えない方がいいんだ。」


フェルトの表情がこわばったのを見たエリアスが慌てて言葉を付け加える。


「特に、今回の場合は依代を使えてはいけない。フェルト、お前はここに来るまで声を聴いたり、壁に触れたら扉が勝手に開いたか?」

「この通路のことですか?通路は勝手に開きましたし、さっきまで物凄くうるさい声が聞こえてきました。」


―うるさいって!うるさいってなに!?


「ぎにゃあっ!」


エリアスと話し始めて声が聞こえなくなっていたため油断した。またもや耳元で叫ばれて悶絶する。


「くふふ。ふはははははははっ!安心した!よかった。いや、本当に…。実際、依代を使えるやつが盗掘に来た、ってのが最低最悪なパターンだった。それに備えて俺がいたわけだが、大丈夫だ。お前はもう懐かれたようだな。」


目の前のエリアスと言う男が底冷えする笑いをいきなりし始めたため、フェルトはその笑い方に邪悪さを感じて身構えたのだが、長身の男は屈んで目線を合わせてこちらに微笑みかけてきた。


「いいか、そろそろ本当に時間がまずいから大事なことを伝える。歴史とか、この場所については後で誰かに聞け。俺たちの掟がそのまま残っているのなら、大人たちから多分、聞けるはずだからな。俺の像が崩れた砂の中に指輪がある。その指輪はお前にも使える『依代』だ。しかも、そこまで懐かれているならお前がこの地で使える唯一の依代だ。」

「は?」


自分が依代を使うことが出来る、ということに呆気にとられる。自分にとって、依代というものは使えないものをさすし、そのことで神を恨んだり、親を恨んだり、思い返せばその言葉にはつらい思いしかしていない。


「ちなみに、その指輪はお前だけでなく、誰でも使うことが出来る。だが、な。だが、その指輪を正しく使えるのは一握り。依代を使えないやつ、つまりお前だ。

 だから誰にも渡すな。使わせるな。もし、そうしてしまえば…必ず不幸が起きる。」


苦悶の表情でエリアスが告げてくる。


「その指輪はこの大陸に住まう4神ではない、別の神とつながっている。だからこそ、4神の加護たる依代を使える者は別神の誘惑に勝てない。正しく、別神の祈りや言葉をきちんと聞けるのは4神の加護を持たないもの、つまり、どの依代をも使うことが出来ない者しかない。」


エリアスがフェルトの肩をつかんで話すが、フェルトの肩をすり抜けているため、触られている実感はない。だが、その言葉や表情は熱のこもった真剣そのもので、掴まれているような心持にさせられる。


「その指輪は俺の時代では『全能の依代』と呼ばれていた。その指輪は別神、名を『不籍の神』と呼ぶが、その神の加護を受けている。が、今、その指輪は半分に分かれて二つになっている。

それでも、大陸全体に奇跡を起こしている依代が、同じ神の力を、その二つだけに注がれている。いうなれば、大河から多くの人に恵みを与えるものではなく、大河から二つだけがその恵みを受けられているんだ。それだけでこの指輪の恐ろしさは分かるか?」


普通に考えれば大陸全体の生活になくてはならないものとされている依代、つまり、大陸にある依代の数は計り知れないのだ。それだけ多くの奇跡を依代は生み出しているのに、たった二つだけでその力を使うことが出来るのだ。

依代の使用感は分からないが、あればどれほど力を持つかなんてどれだけ想像したことか、その力をこの指輪一つでできるのか…。


「本来ならば儀式を受けるかどうか、説明を聞き、決めてからでなければいけないのだが、お前はその前に触れてしまった。だが、ならば、お前はこれからこの村を出なければならない。

儀式と言うのは分かたれた二つの指輪、この指輪は言うなれば不籍の神の心だが…っち。時間が無いな…。」


段々と体を形作っているもやが煙のように端から透明になっていく。


「いいか、もう一つの指輪はこの大陸のどこかにある『冥闇の谷』にあるはずだ。おまえはこの指輪と同じように封じられた『冥闇の谷』にある神殿に行かなければならないが、さらに、その封印は4民8族の神殿に行かなければならない。そして、この場所にあった8人の戦士、…っと、8人ってのはだれかわかるか?」

「8人の真祖と8英雄のことですか?」

「いや、あいつらは英雄ってほど素行は良くないんだがな。あいつら考えなしだし。だが、合ってる。真祖じゃない方だ。それぞれ8族の神殿に置くようにお願いしたからここにあるものと全く同じものがあるはずだ。壊れないように作ったし、だから、まぁ、恐らく残っているし大事にされているだろうよ。その石像の近くに指輪を持っていけ。そうすれば勝手に指輪は反応する。そうやって、すべての8族の像のもとに行くことで指輪が鍵になる。」


フェルトはなにかすさまじく大変なことをやらされてしまうような気がして、背中に冷や汗が流れるのを感じる。


「そして、すべての鍵が集まることによって『冥闇の谷』の神殿の扉が開く。残る指輪と重なることによって、『不籍の神』は大陸に住まうことが出来るようになる。まぁ、まずはここに埋まってる指輪を手に取れ。

…あー、と…手に取らないと酷いことになるから手に取っておいた方がいいぞ。」


いきなり、指輪を拾えと言われても…と、こちらが手を出そうか迷いを抱いたことを見透かしたのだろうか、エリアスが忠告してきた。

フェルトは、はっ、と気づいて無駄と知りつつ耳をふさぐ。


―おいてっちゃ…やだー!!!


「あだがぁっ!!」


大音声を耳に浴びせられてお決まりのようにフェルトはすっころぶ。


「だから言ったろ?酷いことになるって。とりあえずもう後戻りできないんだ。拾っとけ。」


耳をふさぎつつため息をついて、エリアスが諭してきた。フェルトはエリアスの声に促されるままに渋々と砂の中から指輪を取り出した。


「ふぉう!!」


気づくと自分の頭の上に、狐と思われるぴんと立ったきれいな耳をした少女が自分の頭上からまとわりついていた。


「うん。やっぱり見たほうが実感あって早いな。いいか、こいつは産まれたばかりの神だ。はっきり言えば、お前がそこにいることをしっかりと確認したから、実質、今、産まれたんだ。」

「は?産まれた?いや、そんなバカなこと…」


フェルトはそろそろ、自分の理解が追いつく範囲も開き直って受け入れられる許容範囲も超えてきた感覚がしてきた。


「くそっ、本当に時間が無いな。お前は、まだ名もないこいつを、あるべき形に導かなければならないが、いいか、何より大事なことは、指輪を片時も離すな。その指輪は過去の大戦争、お前らの言う8英雄が生まれた戦争を引き起こしている。不籍の神の悪心が強くなれば、この大陸は滅ぶ。お前が生きている間くらいは大丈夫だろうが、使命をこなせなければこの大陸は滅ぶからな。」

「は…?」

「疑う気持ちは分かるが、お前の目の前の異常事態を考えろ。現実だ。さて、さっきも言ったようにこいつは不籍の神の心だ。俺としては叶うならばエリアス、お前には…そいつが、世界を恨まないように、ともに旅して導いてやってほしい。と、俺が伝えるべき最低限必要なことはこれですべてか…?何か聞きたいことはあるか?そんなに時間はないぞ。」


大陸が滅ぶを明日の夕飯の献立のように言われても現実感が湧かない。

色々と聞きたいことはある。それこそたくさんある。8英雄の話とか、この指輪で何ができるか、なんで自分が依代を使えないのか、などなど。だが、何より聞かなきゃいけないことは…。


「『冥闇の谷』ってどこにあるんですか?」

「すまん、わからん。俺の時代とお前の時代はあいつらが8英雄と祭り上げられるようになるくらいの時間がたっているってことだし、少なくともこの指輪を使えるお前のようなものが生まれるまで、たくさんの世代を重ねなければならない。そして、色々あるが、俺のいた時代とお前のいる時代は絶対に地図が違うからだ。一応、当時の何有の民の魔人族領にあったのは確かだからそれが参考になれば、とは思う。だから、最終的には『冥闇の谷』を探すこと含めてお前の役目だ。

…と、駄目だ。答えられてもあと一つくらいだ。考えて質問しろ。」


最後の質問って言ったって、何を聞けばいいのかなんて分からない。何かとてつもないことをやらされるようで何が必要なのかとかも分からない。困惑しながら考えを巡らせる。

ふと、気づくと、フェルトは自分の腰のあたりにがっしりとしがみつくようにして、女の子がしゃくりあげながら泣いているのが見えた。


「…エリアスさんはこの子とどういう関係だったんだ?この子は…。」

「ふっ。ふははは。お前は…。そうか、運命を、感じるよ。俺は『不籍の神』の巫ってやつで、まぁ、簡単に言えば『不籍の神』の数少ない話し相手だったんだ。だが、あくまで俺はこの指輪が分かれる前の話し相手だった。それを俺の魂と足元にいるヤツの中でこの指輪の時を止めていた。ま、その封印自体も長いこと止められるものじゃなかったから、誰かに託さなきゃいけなくなったんだ。これで理解できたか?」


少女を慈しむような表情で語り、頭を撫でようとしてその手が少女の頭をすり抜ける。

エリアスのその仕草や表情がどこか哀しいもののように見えて、フェルトは言葉が出なくなってしまう。


「ま、だが、俺たちがあれだけしっかり準備したのに、色々とすっ飛ばして、偶然にもお前がこの場所を見つけ、それでもなお、この状況でこいつを心配できる、か。安心したよ。

じゃ、頼んだ。俺ができる後世への余計なお世話はここまでだ。…がんばれよ。」


現れた時と同じように煙となって、エリアスと名乗った男はかき消えた。

ぽつんと二人が、いや、数え方で言うなれば一人と一柱が静かになったその場所で取り残される。

気づけば、ここに来るまでずっと聞こえていた風が鳴くような音は聞こえなくなっていた。

ふと、我に返ると少女のしゃくりあげ方が、段々とえずきを含めた物に変わり始めており、かわいらしさとは程遠い泣き方に変わっていっている。

フェルトはしがみついたまま泣き止まない少女にこれはまずい、どうしたものかと思案し、ひとまず頭を撫でて慰める。

しばらく撫でていると、ぐずぐずと言う音に変わっていき、しがみつく力の弱くなった少女を、村の大人たちの子供のあやし方を見真似して、抱き上げてもう一度撫でる。見た目と同じくとてつもなく、軽い。

どれほどそうしていただろうか、段々と腕がつらくなってきたころにようやく鳴き声が収まり、すうすうと寝息を立て始めた。

フェルトは少女が寝息を立て始めたことに安心し、そのまま抱き上げて歩き始める。

撫でていない方の掌の中にある指輪に妙な存在感を感じながら…。


ひとまず、今回はここまでです。

ご観想頂けると嬉しいです。酷評でもよい評価でも反応があると励みになります。(感想乞食です)


また、投稿します。

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