ポイントは鈴
2022年8月31日一迅社様よりコミックス『悪の華道を行きましょう2』(やましろ梅太先生)発売致しました。 宜しくお願い致します!
誰もが寝静まった深夜。
宰相家の部屋の片隅。
そこで人目を偲んだように隠れ、密会する二人がいる。
「セレスには絶対に内密にな」
「は、はい旦那様…でも本当によろしいのでしょうか?」
この家の家主である宰相と、最近この屋敷に雇われた若い使用人だ。
「構わぬ。ほれ、もっと近う寄れ」
「ああっ…で、でもセレスティーヌ様に見られてはっ」
戸惑う使用人の意思を無視し、強引に事を進めようとする宰相。
醜い腹を揺すり醜悪な笑みを浮かべる。
「ふふふ、この艶。やはり弾けるような若さは格別よのぅ」
「あああぁ、ダメです。こんな所でっ、いけません旦那様っ…!」
何やら妖しい行為が繰り広げられようとしている二人に、一つの影が迫る。
「…旦那様? 何をなさっているのかしら?」
恐る恐る宰相が振り返ると、そこには禍々しいオーラを纏ったセレスティーヌが仁王立ちしていた。
「こっ、これは違うのだセレス!」
若い使用人を咄嗟に背後に隠す宰相だが、犯行現場を押さえられては言い訳は不可能だ。
「約束を破ったのね…それもこんな若い子にこんな事を無理強いするなんて…」
「いや、この者が困っていたから少し助けてやろうとして…」
「黙らっしゃい!!」
「ひゃ、ひゃい…」
セレスティーヌのあまりの剣幕に巨体を縮こませる宰相。
美人は怒ると迫力も段違いである。
「あれほど間食をしないと約束しましたよね!? それもなんですのこれは!?」
「わ、若鶏のフリッターでございます」
若い使用人は自身の手にある皿の中身をビクビクしながら申告する。
「よりにもよって油物!」
「違うのだセレス。たまたま厨房を覗いたらこの者が料理長に提出する新作レシピに悩んでおっての。ここは舌の肥えたワシの出番だと思ったのだ。この家の長であるワシは悩める新人を放っては置けず、摂生中ではあるが身を投げ打って…」
ツラツラと言い訳を並べる宰相に対して深いため息を吐くセレスティーヌ。
「だいたい!そもそも!何がどうして! こんな夜中に厨房をたまたま覗くのでしょうね!」
「いやぁ〜ぶぁははは」
笑ってごまかす宰相の頬を両方からびよんと伸ばす。
「よろしいこと旦那様」
「ふぁい」
「私が心を鬼にして旦那様に摂生を求めるのは、もちろん健康面を思ってです。それは分かっていただきたいの」
「ふぁい」
素直に返事をする宰相にセレスティーヌの眉が下がる。
「本当は私だって旦那様にはもっと思いっきり食べて頂きたいのよ。だってこのワガママボディがもっとムチムチふわふわになるのよ? 大きなお腹はもっとまん丸になるのよ? そんなの…そんなの…」
宰相の頬から手を離したセレスティーヌが俯きがちに震える。
「めちゃくちゃ愛らしいではないですか! まるで国民的愛されカラクリ青狸のよう!」
「ん? カラクリ青狸?」
「ええ青狸! 頭テッカテカなところとか、なんでも欲しいものを出してくれるところとか、首が全く存在しないところとかソックリですわ!」
頭テカテカで首が存在しない青い狸…化け物かな?
尋ねたい宰相だが、何やら大変興奮しているセレスティーヌに口を挟む隙がない。
「あああ!でもダメ!やはりそんな愛らしさでは大人から赤子まで皆が旦那様に夢中になってしまうもの。この新人料理人のように、頼りない少年たちが旦那様の頼もしさに皆泣きながら寄ってきてしまうわ!」
ビシッと指差された新人の肩がビクリと跳ねる。
「貴方もここで働くなら覚えておいて頂戴。いくら可愛らしく強請られても、旦那様に無闇に餌を与えてはいけません。分かったわね?」
「はいっ!」
「よろしい、ではもう戻っていいわよ」
セレスティーヌに鋭い視線を向けられた新人は騎士のような美しい敬礼をし、その場をダッシュで去っていった。
「さて旦那様…」
少年を見送ったセレスティーヌがゆっくりと宰相の方へ視線を向ける。
「あまり約束を破るというなら鈴のついた赤い首輪をその存在しない首に嵌めてしまいますよ?」
そう言って艶やかに笑うセレスティーヌ。
何がなんだか分からない宰相だが、たまにはそんな夜も悪くないのではないかと、そんな愚かな考えを頭の片隅に浮かべた。
このお話はコミックス1巻の巻末オマケ漫画としてやましろ先生が描いて下さったものの小説版です。
物凄い迫力で怒ったセレスティーヌを描いて下さっております!必見です!
気になる方は是非2巻とあわせてコミックス1巻もお楽しみ頂ければ嬉しいです。