第九十八幕
二人で並んで歩いて行くと寂れた小屋が見えてきた。
小屋の前には農民の格好をした二人が立っていたが、この二人には見覚えがあった。彦根城で働く藩士だ。
二人は僕に会釈してから
「旦那様、周囲の警戒は滞りなく。貞治殿をつけていた者に関してはやくざ者に絡ませて足止めして引き離しておきました。」
「悪いな。あと少しだからよろしく頼む。」
「承知いたしました。」
二人が頭を下げている間に僕と亮吾さんは小屋に入った。
「こんなに協力者がいたんですね。
というか、僕をつけていた者とは?」
「やはり気づいていなかったか。長野の門弟だろうな。
おおよそ、お前が岡本と接触しないかを監視していたのだろう。」
「大丈夫なんですか?」
「問題はない。それよりさっき言いかけた大事な話だ。」
「何かあったんですか?」
「実はたかとの間に子ができてな。」
「真剣な……お話ですか?」
「そこまで言われると冗談だと言いたいが、これはただの前置きだったからもう少しテンション上げてツッコンでほしかったな。」
「真面目な話だとちゃかすわけにもいかないじゃないですか。」
「確かにな。たかがこの時代では超高齢出産になるから重要な話ではあるが、それは俺とたかの問題だから貞治には関係がない。
貞治に関係ある話としては、この時代にどれだけの現代人がいるかという話だ。」
「他にもタイムスリップしてきた人がいるんですか?」
「考えてみろ。この広い日本でタイムスリップした人間が二人出会っているんだぞ?他にもいるかもしれない。」
「確かにそうですね。それが何か関係あるんですか?」
「俺達は直弼をより良い偉人にしようとしているが、そうなると歴史が変わるかもしれない。例えば安政の大獄は起こらず桜田門外の変も起きないかもしれない。
そうなると幕末は俺達の知らない歴史になる可能性もある。」
「歴史が変わって不利益を被る人や歴史を変えないために動く人も出てくるかもしれないという事ですか?」
「そういう事だ。そして俺が死んだ事になった今、直弼を導いてる現代人は貞治という事になるからお前を殺せば歴史を守れるあるいは自分の好きなように変える事だってできるようになるだろう。お前には命の危機があるって事だ。」
「なるほど、考えてもみなかったですね。
維新を願う者達からすれば僕は邪魔者になるわけですか。」
「薩長にばかり敵はいないぞ?徳川慶喜も直弼が生きていたら将軍にはなれない。もしかしたら俺のように歴史に名前が残っているが中身は別人だったなんて事もない訳じゃないからな。」
「そうですね。そういう意味では長野主膳も生まれからの経歴が不明なので僕と同じように僕らと出会う前後でこの時代に来た人なのかもしれない。それならこの短時間に門弟を増やせるだけの知識もあるかもしれないですね。」
「長野だけではなく、長野の門弟の中にいたりまったく別の所で影響力を強めているかもしれない。
十分に気を付けろよ。」
「承知しました。」
「さて、たかが戻る頃合いだろう。表の者達も帰さなければいけないからな、ここまでにしよう。
これが最後かもしれないから言うが、自分を大事にしろよ?
お前は直弼のために死ぬ必要はないし、自分が危なくなれば逃げれば良い。お前の存在は歴史には出てこない。つまり、いてもいなくても良いんだ。
自分の命を大切にな。」
「ありがとうございます。肝に銘じておきます。」
僕の返答を聞いてから亮吾さんは先に小屋から出ていった。
僕も少し遅れて小屋を出て亮吾さんに挨拶をしてそのまま城に向かった。




