第九十七幕
僕は直弼様と別れて馬を同行していた人に任せて城下町を歩いた。直弼様を出迎えるために多くの役人や領民が集まる中を抜けて少し高い場所から直弼様の行列を見ていた。
役人に囲まれて挨拶ぜめにされるのも領民達からの歓声に応えるような事もしたくないしできないと思ったから直弼様のもとを離れた。そもそも僕は歴史には登場しないイレギュラーな存在なのだから人目につく行動は控えるべきなのではないかと思うようになっていた。この時代に来てもう16年くらいになっている。
この時代で生きて死ぬ覚悟はできたが、元の時代へと帰りたいと思う気持ちがなくなったわけではない。
そう思うと寂しい気持ちになる。
「こんな所で感傷に浸っていていいのか?」
僕は突然声をかけられたため慌てて振り向くとそこには見知った顔が笑顔で立っていた。
「あなたこそ、彦根藩にいたらまずいんじゃないですか?」
「俺は直弼と違って領民に顔が広まってるなんて事もないし、俺の信頼の置ける部下による工作のおかげで身バレの心配もない。
それに今日はたかが仕方なく戻ってきたからついてきただけで俺自身は特に用事もないしな。」
「……今は…亮吾さんで良いんですか?」
「まあ、そうだな。解放されたからな。」
「今はどちらにおられるんですか?」
「うん?知りたいか、そんな事が?」
「長野主膳はあなたの死に疑念を持ってますよ?」
「ああ、長野の門弟がたかをつけていくのを見たよ。
今ごろは長野がたかに接触してるかもしれないな。」
「大丈夫なんですか?」
「アハハ、たかは強いからな。口も腕っぷしもな。
それにたかは多賀大社の代理で挨拶に行ったんだ。たかにもしもの事があれば大社を敵にまわす事になるから長野も迂闊には動けないだろう。」
「亮吾さんはいつから僕をつけてたんですか?」
「馬を預けたくらいからだ。
さすがに直弼に見られたら大事になるだろ?」
「死んだはずの藩主が生きてたら大事にならないわけがないですね。それで安全な場所にいるんですか?」
「今は養子に出して大名になってる弟達の元に転々といさせて貰ってるよ。たかが多賀大社から解放されたらどこかにずっとお世話になるつもりだ。」
「弟さん達は何も言わないんですか?」
「藩主なんてやりたくないとう思ってる弟しか頼ってないからな。
藩主やめたくなったから死んだふりして逃げてるって言ったら大爆笑で迎えてくれてるよ。」
「まぁ、受け入れられてるなら良いですけど…。
そんな話をされに来たんですか?」
「いや、大事な話がある。もう少し人のいない所に移動しよう。」
亮吾は真面目な顔でそう言ったのでついていく事にした。




