第九十五幕
「5年ぶりですか?」
「それくらいになるな。」
僕と直弼様は馬に乗って佐和山の辺りから彦根を見渡していた。
「藩主となられて初めての彦根ですが感動とかはされてるんですか?」
「ハハハ、貞治にはそう見えるか?」
「やりたくて仕方ない事がたくさんあってワクワクされてるようには見えてますよ。」
「そうだな、色々と考えてはいる……」
「何か不安な事でもあるんですか?」
「貞治は宇津木殿をどう思う?
このまま私は重用してもよいのだろうか?」
「直亮様の側役だったから等と下らない理由で悩まれているなら馬鹿げた話ですよ。宇津木殿は媚を売ってその地位を得ていた訳ではなく優秀だから側役として働いていたのです。
優秀な人間を重用するのは当たり前ですし、文句を言う人間こそ重用しない方が良いでしょう。」
「歴史は物語っているか?」
「暗君、暴君というのは人の才を見抜けぬ者を言うのだと思います。逆に優秀な者が集ったときに名君は生まれるのではないかと思います。徳川家康公のもとに本多忠勝という猛将がいて、先陣を切って攻め込む勇猛な井伊直政という武将がおられたからこそ戦での反旗を翻す者が出なかったわけです。
政治面に置いても優秀な者たちがいたからこそ江戸幕府はここまで続いてきているのですよ。」
「そう言われると反論しにくいな。」
「直弼様はご自身の目で見た優秀な人間を重用されれば良いのです。先ほども申し上げましたがそれに文句を言う人間ほど自らの能力が劣っていて自分の立場を心配する者なのです。
優秀でないのに声の大きいだけの愚者です。
直弼様が使いたいと思われた場所で、その人を活かすことが彦根藩の繁栄に繋がると僕は思います。」
「貞治は主膳殿が嫌いか?」
「好き嫌いを申し上げるつもりはありません。
あの方にはあの方の良さがあるし、ダメな所もあるでしょうから。」
「例えば?」
「長野殿は折れない信念を持っておられるように感じます。
そうですね……、例えるならあの方は割れない岩塩ですね。
僕のようにその時その時の感情で考えを変えたりする者を砕いた塩だとするなら使い所に困らないですが頼りきるには不安があるでしょう。
ですが、長野殿のような割れない岩塩は使い所こそ困りますが変わらない安心感を得られます。
精神的な支柱の1つにされるには大事な存在ですが、変化ができない分、思想に偏りが生まれるのは必然ですので重きを置きすぎない事が大事ではないかとも思います。」
「なるほど、私がたまに感じる違和感はそれなのかもしれないな。主膳殿の話がどこか決めつけたような言葉に聞こえるのもそう言うことかもしれない。心に置いとくよ。」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか。
新しい彦根を作りに。」
「いや、遺産整理からかと思うと気が重いな。」
直弼様は笑顔で言った。そして二人で馬を走らせた。