第九十四幕
直弼様が戻ってくると後ろに男性を連れてきていた。
僕らよりも年上の男性は部屋に入ると正座をしてから
「彦根藩士、宇津木景福と申します。」
名前を聞いて思い出した。たしか直亮様が側近にされていた人で直亮様自身が優秀すぎる男として重用されていた人だ。
「景福殿は直亮様の逝去を立場もある方なのに早馬を走らせてしらせてくれた人だ。たしか岡本半介殿はもともとは宇津木家の出ではなかったか?」
「はい、血は繋がっておりませんが弟のように可愛がっておりました。養子に出されて色々と不自由な時の相談なども受けた事があるため、兄と慕って貰っています。
半介がどうかされましたか?」
景福殿は何も聞かずに連れてこられたようだ。直弼様が
「実は私が藩主になる事をよく思っていない藩士の集まりに半介殿が主導的に参加していたとの話がありまして。
それで、半介殿に蘭学を教えている貞治の事も主膳殿が疑われてましてね。景福殿に半介殿の話でも聞けたらと思いました。」
「なるほど、半介がそんなことを。
半介は好奇心が旺盛なため、気になったものは調べようとする男です。藩主の交代という人生であまり経験しない変化を検証しているのかもしれません。そしてたまに問題だなと思うところは岡本家の人間であるがために行動に家名がつきまとう事です。
今回の疑惑に関する集会にも興味本位で行ってみたら家老の岡本家の当主が来たために祭り上げられた可能性もあります。
あるいは暴走を防ぐために自分が先導者となり抑制する事を選んだ可能性もあります。
私の知る限りでは半介はバレバレの秘密集会を開く人間でもなければ変化を恐れる人間でもないので長野殿が心配されるような事はないと思います。」
「どうだ、主膳殿?まだ半介殿が怪しくて貞治も怪しいと思うか?」
「いえ、もう結構です。私は用事を思い出しましたので、これで失礼します。」
長野主膳は勢いよく部屋を出ていった。直弼様が
「貞治も疲れただろう、今日は休んでくれ。
また、彦根に向かう時に同行を頼む。景福殿もありがとうございました。」
僕と景福殿は直弼様に挨拶をして直弼様の部屋を出た。
並んで歩いていると景福殿が
「直亮様は未来が見えるのかもしれませんね。」
そうニコリと笑いながら会釈をして去っていかれた。
この状況もすべて計算されていて、こう答えろと指示されていたのだろうか?景福殿の言葉はそう言ってるように聞こえた。




