第九十三幕
長野主膳は少し黙ったあとに
「そういえば藩士の岡本半介という人物はご存じですか?」
「ええ、僕が個人的に蘭学の方を教えさせて頂いている人ですね。」
「岡本半介が若い藩士を集めて何やら秘密の集会を開いているとの情報もありますよ。
何やら直弼様に対する反抗の意思があるとかないとか。
もしかして貞治殿が先導されているのではないですか?」
僕は噴き出して笑ってしまった。
「アハハ、それは面白い妄想ですね。僕が直弼様に反抗する集団を導いて何の得があるというのですか?」
「で、ですが岡本はあなたに師事しているのでしょう?
その弟子が中心となって何やら画策しているならそれは師匠の考えで動いていると考えるのが筋という者ではないですか?」
「長野殿の一門はそうなのかもしれませんが、僕と半介殿は師弟関係ではありませんので僕がどうとかは関係ですね。それに半介殿はもともと若い藩士たちから相談を受けたりしていた人なので藩主の代替わりで不安を感じている者達の話を聞いたりしておられるだけなのではないですか?僕の知らない所で半介殿がどのようなお仕事をされているかは存じ上げないですね。」
「まあ何とでも言えますね。それを明らかにする方法はお持ちなんですか?」
「長野殿が何を言われたいのかわかりませんが、僕には関係のない話です。
半介殿が僕の授業から得た知識や他の知識を基に彦根藩の藩政に必要な行動を独自に考えられているとするなら僕にはそこに口を出すつもりはありません。長野殿は門弟を意思のない操り人形だとでも思われているのですか?我々のような学者は知識を求める者に与える事でその人の人生の糧を与える仕事でしかないと思っています。知識を基に何を成すかまで見守るつもりはありませんよ。」
「な、そんな事は思ってない。失礼だぞ!」
「主膳殿、先ほどから失礼な話を貞治にしているのはあなたですよ。
私も岡本半介は知っていますが、穏やかな人柄ながら間違っている事にはしっかりと抗議をする事ができる信頼のおける人物でもあります。実際に私は自分の信頼のおける者達を藩政の中心に置き始めており直亮様の元で藩政にかかわってきた者達を更迭したりもしています。
家老の中には自分達の家がどうなるのかと不安に思う者もいるでしょう。
岡本家も家老ですから相談を受けていたとしても不思議ではない。
それに半介殿を介して貞治に取り入って私に近づこうとする者もいるでしょう。
半介殿もバカではないからそういう人達を貞治に報告したりもしないでしょう。
そうだ、あの方なら半介殿についても何か知っておられるかもしれませんね。」
そういうと直弼様は立ち上がった誰かを呼びに行った。




