第九十一幕
「みんな集まってくれてありがとう。
直亮様が逝去されたため直弼様が藩主となるのは決まったも同然だ。それに対して我々藩士は何もいう事ができない。
問題があるとするなら直弼様はご自身の友人を藩政の中心に配置されている事だ。この友人が藩の中の人間であったなら私もこんな話はしたくなかった。
これは彦根藩に長く仕え、支えてきた家老家や忠臣の藩士が藩政に関われなくなる可能性を秘めている。
私は知っている者もいるかもしれないが直弼様の側近である脇貞治殿に蘭学の教えを頂いている。
その授業の合間に貞治殿が漏らした言葉だが直弼様は長野主膳なる国学者に傾倒されておられるらしく、その考えも徳川四天王が末裔の井伊家にはそぐわないものなのではないかと仰っていた。
このまま直弼様を全面的に支持すると歴史ある彦根藩は存亡の危機におちいるのではないかと私は思った。
そこで藩への忠誠も厚くこれからの彦根藩を担う若い藩士のみなに声をかけさせてもらった。」
岡本半介は自分の目の前にいる大勢の彦根藩士に向かって言った。ここにいる者の全員が彦根藩の将来を憂いている訳ではない事を半介は承知している。自分も言ったが家老家が蔑ろにされる事を嫌う者、直弼様が埋木舎におられた部屋住み時代から直弼様を馬鹿にしていた者、友人に誘われて来た者もいるだろう。目的は違えど直弼様に藩政を任せる事に不安を感じる者達が集まっているのは確かだ。
特に長野主膳が藩政に関わるな者の刷新を進言したとの噂が流れた事により保守派が多く集まっている。
「中国のことわざに温故知新というものがある。
新しいモノばかりに目を向けるのではなく、古き伝統や習わしを踏襲しながらより良い新しきを築かなければならない。
直弼様は今までを否定し新しきを追い求めすぎている。
我々が勢力となり直弼様の暴走を抑止する存在となろう。」
半介の言葉に共感したのか拳を上に向かって突き上げる動作をする者がどんどんと出た。秘密の会合だから盛り上がるわけには行かないとの配慮なんだろう。
とにかく結果的に貞治様から言われた反直弼様勢力の第一歩を踏み出す事には成功した。
基本的には貞治様からの指令などはなく自分で考えこの勢力を導かなければいけない。
それができると貞治様に認められたからのこの役割だと思うと重圧が凄かった。期待に応えるべく精進しようと岡本半介は思った。