第八十七幕
僕は直亮様の言う事も考慮して岡本半介と会っていた。
宇津木家の四男だった半介は家老の岡本家に養子で入っているという生い立ちがあるが、家老家の人間とか関係なく影響力は若い藩士を中心に広く強い。
僕よりも年上なのに僕を立ててくれるそんな人物であり、僕も半介の事を尊敬している。
「今日はどうされました?蘭学の講義であれば鉄臣も呼びましょうか?」
「いえ、これはかなり極秘にあまり人に聞かれたくないお話ですので、他言は避けて頂きたいです。」
半介は目を見開いて驚いているようだ。普段、僕は重い雰囲気を出す人間ではないからどう対応しようかと迷わせてしまったのだろう。
「それは……彦根藩に関わる事ですか?」
「そうです。」
僕は短く言い、改めて
「直亮様のご体調が優れず、北庵医師の話では先は長くないかもしれないといわれてます。
直弼様が藩主になられるのも時間の問題です。」
「それは貞治様からすれば嬉しい事ではないですか?」
「藩主になられる事は今までの努力や精進が認められたという事で嬉しく思っております。ですが、直弼様という光が強いためにそれに伴う陰が僕には心配事になっております。」
「それは具体的にはどのような?」
「直弼様は優秀で周りを支える長野殿、三浦殿なども優秀な方が多い。特に三浦殿は直弼様に忠告もできる人物ですが、これはあくまで身内からのもので外部からの意見ではありません。
当然、身内の忠告とは同じ志の中でのズレを解消するためのものであり、抜本的に見直さなければならない課題ではありません。
よって直弼様の方針が間違っていた場合に正す事ができない可能性を持っているという事です。」
「つまり、身内ではない所から直弼様を正す役割を担う者が必要になるわけですね。………それを私にという話ですか?」
「はい。半介は僕と関わりがありますが直弼様と直接の関わりはなく、また若い藩士達にも影響力があります。
場合によってはツラい役割になってしまうかもしれませんが、これを頼めるのは半介以外にはいないと思っています。」
「そんなに明確に心配される懸念事項が今もあるという事ですか?」
「僕は…………幕府の終わりが見えます。
これは反旗をひるがえそうとか倒幕を考えているという事でもありません。俳句を読んだ松尾芭蕉も平氏の政権を見て『盛者必衰の理』と言っているように江戸幕府も既に衰え出していると思います。今後、政権は外国勢力との繋がりがあり先進化する藩の連合により担われるでしょう。
そうなった時に幕府の中心にいる彦根藩は困窮するでしょう。
それも100年とは言わず50年…20年以内には起こる可能性が高いです。僕もできる限りは直弼様に忠告しますがそれでも足りなかった場合に彦根藩を守れる直弼様の反対勢力を用意しておいて欲しいです。」
「反対勢力とは何をするのですか?」
「それは本当に正しい事かと問いかけて下さい。
僕の方からこういう事をしてくださいとお願いする事もあると思います。もちろん、半介には断る権利があります。
一歩間違えば反直弼派として処刑される可能性もありますから。」
「私にしかできない事だからお話を頂いたのですよね?」
「はい。僕が任せられると思ったのは半介だけです。」
「承知致しました。そのお役目慎んでお受けいたします。
と言っても、何をすればいいかはわかっていませんのでこれからもご指導をよろしくお願いします。」
こうして岡本半介は僕の指示の元で直弼様への反対勢力を作り出したのであった。




