第八十六幕
直亮様は姿勢を正して真剣な顔で
「さっきも言ったが俺は頭も良くなければ歴史について詳しいわけでもない。だから、俺の考えられる可能性に対しては対策をしておきたい。もちろん、俺が思いつく事は貞治も思いつくかもしれないけど俺の不安と貞治の不安が常に一致するとは思わない。
だから俺の不安も伝えておきたい。
俺の最も不安に感じている事は歴史を変えることができずに直弼が桜田門で殺されたあと彦根藩はどうなるのかって事だ。
学校では彦根藩がどうなるのかは教えて貰えないからな。」
「確かにそうですね。歴史の出来事のその後なんて教えて貰えないですから。」
「まぁ、現代でも事件が起きてもニュースで騒がれるのは最初だけだから違和感もないかもしれないが、大事なのは『その後』なんじゃないかと思うんだよ。何を学びどのように解決したのかを伝えなければ被害者が報われないし悪循環が止まらない。
今は貞治や勘定方の三浦のように直弼派で藩政を動かす準備をしていると思うが直弼のイエスマンばかりでは彦根藩の未来はない。なぜなら直弼の死と共に倒幕への動きが加速していくからだ。薩長はイギリスから武器を買い込んでいる。
確実に歴史は幕末に進む。その先には何がある?」
「明治維新ですか……。」
「ずっと幕府の中心に居続けた井伊家を薩長や倒幕派の藩が攻撃してこないわけがない。
何より安政の大獄により直弼は恨みを買うことになる。
それも含めて、藩内に直弼に否定的でかつ貞治が導ける人間を中心とした反直弼勢力を構成して直弼に万が一があった場合に直弼という藩主を否定した藩政への転換を図らなければいけない。
もちろん、直弼が暗殺されない未来を作るのがベストだが何もかも上手くいくほど世間は優しくないからな。」
「僕が導けて直弼様に反対勢力を作れる人物ですか……」
「できれば家老家の者が良いだろう。一般藩士から権力を握るには時間が足りない。あとは直弼と直接関係のある者では不信感も生まれる可能性があるからできるだけ避けた方が良いな。」
「なるほど……、それでは岡本半介などはいかがでしょうか?
僕の個人的な蘭学教室に来てくれている者ですし家老家の出でもあり、人を導くのも上手い男です。
彼には隠さず伝えても良いのでしょうか?」
「直弼の側近の貞治が反対勢力を作ろうとする真意を知らなければこの計画は上手くいかないだろう。
だから、俺達の知ってる未来に関しては伏せながらも将来的な不安からの対策として伝えよ。確か岡本は長野主膳に対してあまり良い印象を持っていなかったはずだ。
長野の危険性も含めて話せば信じて貰えるだろう。」
「承知致しました。」
「では貞治、次に会うのは俺が死ぬ時だ。
まぁ、正確にいうなら北庵医師と貞治が俺の最後を看取り、藩内に直亮死去を広めて貰う事になるわけだがな。
直弼の側近のお前が看取ったとなればさらに信憑性が高まるからな。」
直亮様は笑顔だったがどこか寂しそうにも見えた。




