第八十五幕
「失礼します。」
僕が直亮様の部屋に入ると、直亮様は片ひじをついて寝転がって本を読んでいた。藩主としての威厳などなく、休日のお父さん感が強い。僕は周りを見てから
「そのような格好を他の方には見られないようにして下さい。」
「今日は貞治しか会う予定がないからな。」
「ご体調が悪いと伺いましたが、具体的にはどのような?」
「う~ん、気の病・・恋の病・・かな?」
「ふざけておられるんですか?」
「皆には肺のあたりが痛いと言ってるが実際はそんな事もない。
もっと簡単にいうなら仮病だ。」
「なぜそのような事を?」
「私もそろそろ死にたいと思ってね。
三浦北庵先生にお願いして、偽の病状とかをでっち上げているんだ。やはり医師の言う事は説得力が違うからな。」
「北庵先生はなぜ協力してくださったんですか?」
「直弼の友人だからと言って藩主には逆らえないだろ?
まぁ強いて言うなら『そろそろ直弼に藩主を譲りたいと思っているが幕府の方から許可がなかなかおりないから病気で余命いくばくなのでと嘘を言いたいから手伝って欲しい』と頼んだ。
直弼が藩主になった方が良いと思ってる北庵医師は快く引き受けてくれたよ。」
「まったく人が悪いですよ。それで幕府の返事はどうなんですか?藩主交代の件は進んでるんですか?」
「いや、そもそもが何もしてないから進む事なんてないぞ?
私の死亡まででっち上げるためには、幕府にはごね続けて貰わないといけないからな。これはもう死んだ事にしないと認められないな~とか言えるくらいまで騙し続けるよ。」
「正直に言えば変わるのでは?」
「直弼派の人間とは馬が合わないからな。
それで?貞治がわざわざ会いに来たのは俺の体調を心配してからか?」
「勘定方から蘭学書の買い漁りが財政圧迫に繋がっているので、進言して欲しいとの依頼です。そこまで必要ですか?」
今まではどこかふざけた感じだった直亮様が寝転がった体勢から座り、真剣な顔で
「貞治、俺の目的は直弼が暗殺されない未来を作る事だ。
歴史に詳しいわけでも政治力が高いわけでもカリスマ性があるわけでもない俺は自分の知識しか頼れる物がない。
貞治みたいに英語を読む事もできないから、お前に頼らなければ情報を得る事もできない。一人の人生を変える事はとても難しい。俺は川に紙で作った船を流そうとしている。
沈まないためには頑丈に作らないといけないし、流してしまえば舵を切る事もできないから、最初の着水地点から色々と推測しながら流さなければいけない。
途中で道を正せないなら最良を推測して行動しないといけない。
それには膨大な量の情報がいる。
直弼という船が川を越えて海に行けるかは俺達しだいなんだよ。
そのためにいま投資をしていると俺は思ってる。
俺にしかできない投資と貞治にしかできない投資がある。
これから話す事はできればで良いから実行して欲しい。」
直亮様は真剣な顔でそう言った。




